第四話 悪魔の襲来
「……………。」
今、僕の目の前には扉がある。趣と歴史を感じさせる 重厚な木製の扉で…まあ簡単に説明すると我が家の客間に通じる扉だ。
自分の家だし普段であれば戸惑いなく開くんだけど今日に限ってそれができない、なんとゆうか、扉が放つ威圧感が半端じゃないのだ。
いや…これは威圧感なんて生易しいものじゃない…これは…そう…
「邪気だ…邪気を感じる…。」
「それたぶん気のせいです。」
禍々しい邪気に圧されて思わず後ずさる僕を尻目に、可憐さんは何の躊躇もなくドアノブへと手を掛ける。
「あっ、ちょっ、待って、まだ心の準備が…」
「失礼します、お二人をお連れしました。」
突然の行動に焦りながら必死で制止しようとする僕に一切構うことなく、彼女はドアノブを捻って勢い良く扉を開いた。 僕は咄嗟に扉の端に飛び込んで、そので影に身を隠す――せめて直視することは避けようとゆう僕なりの防衛手段だ。
…よし、ギリ助かった。
タイミング良く飛び込めたおかげで何とか身を隠すことに成功した、 これであちらから僕の姿は見えないはずだ。
「あら、意外と早かったじゃない。」
可憐さんの背中越しに若い女性の声が聞こえてくる。 至って普通、特に何の異変もない女性特有の高い声なのだが、僕はその声を聞いた途端に背中が冷たくなるのを感じた。
室内の空調の温度が低すぎるとかそういう外的な要因ではない、もっとこう内側から来るものってゆうか心理的な物のせいだろう。
忘れたくても忘れられない、頭と身体の両方に刻まれたあの忌まわしき日々の記憶が………………
「……………ハッ!?」
ヤバイ、危うくトラウマが発動してしまうとこだった…。
落ち着け僕…今は取り乱しちゃいけない…しっかり敵の動きを観察しなければ…。
気を取り直した僕は扉の影からギリギリ顔が見えない程度に視線をずらして、バレないよう細心の注意を払いつつ中の様子を仰ぎ見る。
まず最初に目に付いたのは部屋の中央に鎮座する低めのテーブル、その上にはティーカップが置かれており、茶菓子のクッキーを乗せた小皿もあった。 そこからさらに視線を横へずらすと来客用の大きめなカウチソファーがあり、そこに例の人物が座っているようだ。 だが可憐さんの死角に入っているせいか、見えるのは足の部分のみで肝心の顔までは見えない。 今回は可憐さんのタッパのでかさが裏目に出てしまったか…。
「唯月の馬鹿はなんでボロボロの状態であんたに担がれてんの?」
「先ほどオイタをしていたので、教育的指導を施しておきました。」
「…なんか泡吹いて気絶してるけど。」
「うちの家では『悪い子には鉄拳制裁』が基本ですから。」
そんな恐ろしすぎる家族間ルールを僕らに適用しないでくれ、てゆうかやるとしても唯月だけにしてほしい。
…まあ、その辺はあとで可憐さんとじっくり話し合うとして、今はどうやってこの場を切り抜けるかが最大の問題だ。今は可憐さんと雑談しているのであの人の意識もこちらには向いていない、逃げるとしたら今が絶好のチャンス…。 だがしかし、もし逃げたら僕の命はないだろう(わりとガチで)。
…あんまり悠長に構えている時間は残されていないな。
僕に与えられた選択肢は二つのみ…さあ、どうする?
・戦う
・逃げる
・むしろ踊る←
…いや意味わかんないぞ、そもそも選択肢が二つじゃないし。
どうやらテンパりすぎて頭がおかしくなってるようだ…そもそも自分の脳内で会話してる時点でかなりヤバイ。
「…よし決めた、逃げよう。」
もう後のことなんて知ったこっちゃない、なるようになるはず、とゆうよりなるようにしかならないだろう。いざとなれば唯月を身代わりに差し出せばいい話だし…兄弟愛?そんな物はハナから持ち合わせちゃいない。
決断したら即実行、僕は扉に背を向けると、床に手を付いてクラウチングスタートの体勢を取る。 全神経を大腿四頭筋に一点集中させ、自分にできる最高のスタートダッシュを決めるため一歩踏み出そうしたそのとき…
「…で、あんたはそんなとこでなにやってるわけ?」
背後から冷たく嘲るような声が聞こえた。
「………………。」
声が聞こえたのは僕がいる場所のすぐ後ろ、つまり開け放たれた扉の目の前…確実に誰かが立っている気配を感じる。 床に這い蹲るような姿勢のまま首だけを動かして背後を振り返ると、そこには一切の感情が篭もっていない、まるで能面のような表情の女性が僕を見下ろしていた。
その存在を確認した後、背後の女性から一端目を逸らして正面を向き直る。
…まどろっこしい説明は敢えてしない、端的に現状を表すとしよう。
『 見 つ か っ た 』
うん、これ普通にヤバイ、てゆうかバットエンド確定のルートだ。とゆうか、ついさっきまで部屋の中にいたはずなのに、いつの間にここまで来たのだろうか。 いや、そんなことどうでもいい、とにかく現状を打開することだけに集中しよう。
よし、まずは敵の状態を確認だ。 敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。 戦オタの孫子っちが言ってんだから間違いない。
自分でも言葉の使いどころを間違えているような気がするが、とりあえずそれは無視してもう一度後ろを振り返ってみる。
「…ふふっ。」
なんかSっ気たっぷりな顔で、ものすごい不気味に笑ってた。
「ねえ、黙ってないで何か言ったらどう? そこで何してるのかって聞いてるんだけど?」
しかもプレッシャーと共に半端じゃない追い込みを掛けてきてるし。
ああもうヤダ…なんかすっごいお腹痛くなってきた…。
だが僕も【漢】の端くれ、こんなところで終わるものかっ…!今の僕に求められているのは何者にも負けない勇気、そして…何者にも負けない勇気だっ…!!
「あのねぇ~、僕ねぇ~、駆けっこの練習してたのぉ~、エへッ♪」
僕は母親に対する純粋無垢な幼児のような甘えた声を出しながら、晴れやかな青空のように透き通った笑顔で背後に立つ人物の方へ向き直る。 頬に人差し指を当ててキュートさを演出する徹底ぶり、女性であれば母性本能をくすぐられ思わず抱きしめたくなるほどの可愛さだろう。
フッ…どんなに上辺を取り繕おうがこの人も所詮は女…僕にかかればちょろいもんだ…。
勝利を確信し、チラリと彼女の顔を覗き見る。
「えっ、なに言ってんの…?」
素でドン引きしていた。
このなんとも言えない雰囲気はアレだ、違う意味でヤバイ。
「いや、あの、これは違くて、その、僕はただツッコんで欲しかっただけで…。」
「ちょっ…近寄んないでよ…気持ち悪い…。」
まるで汚物でも見るかのような目をしながら後ずさる彼女と、それに必死な顔で追い縋る僕。
「お二人ともどうされたのですか? 話なら部屋の中で…」
そこに現れる第三者。
「…………………。」
そして訪れる沈黙。
…僕はそのとき、人間として何か大事な物を失ってしまったような気がした。