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第十二話 新たな協力者

ドスンとゆう鈍い音。

次いで下半身に走る鋭い痛み。 

何とも言えない浮遊感の後、ふっと手足が軽くなる。

依然として僕の視界は黒一色に染まったままだが、不思議にも意識はハッキリとしていた。

痛みはあったがそれはほんの一瞬のこと、今では何も感じない…どうやら彼女は一太刀で僕を楽にしてくれたようだ。

正直、もっと凄惨なものを想像していたが、終わってみれば案外と簡単なものだった。痛みもなければ恐怖もなく、何かを断ち切られたという自覚すらない。

人間が最も畏怖する『それ』は何とも呆気ないものだ…そんなことを不意に思うと何故だか無性におかしくなった。


「フフッ…これが【死】か…」


「…なに言ってんの、あいつ」


聞き慣れた嘲笑交じりの呆れ声が頭上から聞こえてきた。幻聴かとも思ったが、それにしては嫌にはっきりと聞こえたような…。


「………………。」


「うわっ…こっち見た…。」


閉じていた瞼を開きつつ顔を上げると、そこには若干引き気味な表情を浮かべて僕の方を見ている和葉さんたちの姿があった。

走馬灯…ではないみたいだ。みんなさっきと同じ位置にはいるけどこれほど冷たい目はしていなかったはずだ、うんきっとそうだ、そうだったと願いたい。

…とりあえず和葉さんたちのことは置いておくとして、とにかく現状を把握することが先決だろう。

そう思い立って試しに体を起こしてみると普通に立ち上がることができた。手や指も問題なく動くし、無論足も生えている。念のため自分の胸に手を当ててみると心臓もちゃんと動いていた。


結論:身体に異常なし。


「綺麗に切れたみたいですね。我ながらうまくできたと思います」


ポカンする僕とは対象的に目の前に立つ来宮先輩はなにやら満足げな顔でそう言った。その右手にはしっかりと包丁が握られていて、彼女が何かをその刃で断ち切ったことは間違いない。それが僕の体ではないとしたら彼女はなにを『切った』と言うのだろうか?


「んっ…?」


もう一度自分の体を確かめるように周りを見回すと足元にバラバラになったロープの残骸が散らばっていた。それを見てようやく彼女が僕の拘束を解いてくれたのだとゆうことに気付く。

ああそうか、どうりで自由に動けると思った…てっきり刺し殺されるか切り殺されるかのどちらかだと思っていたから、ロープを切るだなんて思いもよらなかった。ようやく状況を理解した僕は安堵から思わずその場にへたり込む。


「良かった…まだ生きてる…」


そんな僕の様子を見て来宮先輩が心配そうな表情を浮かながら僕の顔を覗き込んだ。


「大丈夫ですか…? 申し訳ありません…少し冗談が過ぎたようですね…」


困ったように眉を落とした来宮先輩は何かを窺うように和葉さんの方を振り返る。


「もう話してしまってもいいですか?このままではあまりにも可哀想です」


そう言った来宮先輩に対して、和葉さんは片手をひらひらと煽って『好きにしろ』と合図する。それを確認した来宮先輩は再び視線を僕に戻すとニコリと微笑みかけた。


「もう一度自己紹介をさせて頂きますね、私は九条分家『来宮家』の咲夜と申します。」


「ひゅあ…?」


唐突過ぎる言葉を聴いて思わず喉から変な音が出る。僕の聞き間違いでなければ先輩は今【九条分家】と口にした。『九条』とゆうのは僕の苗字だ、その分家とゆうと僕の親戚とゆうことになる…全く持って意味がわからない。いや、言葉自体の意味は理解できるのだが、なぜ先輩がそんなことを言い出したのかがわからないのだ。


助け舟を求めて唯月の傍らに立っている可憐さんの方を見る。


「来宮家は歴とした九条家の分家ですよ、知らなかったんですか?」


可憐さんは何食わぬ顔をしながらきっぱりとそう答えた。その態度から察するに先輩が分家の人間であることを可憐さんは最初から知っていたようだ。


「親類といっても和葉さんのような直系の親戚ではありませんし、式原家のように本家において重要な役目を担っている家柄とゆうわけでもないですからご存じなくとも無理はありませんよ。」


可憐さんの言葉をフォローするようにそう言った来宮先輩は苦笑を浮かべている。別に先輩が悪いわけでもないのになんだか困らせてしまってるみたいだな…。

でもそうか…来宮先輩はうちの分家の人だったのか…だとしたら助かった…今回のことは当主である祖父の意向であることを説明すれば納得してくれるだろうし…僕のことは黙っていてくれるようにお願いすれば――――


「いやちょっと待て、何かがおかしい。」


なんだか納得しかけていたがどう考えてもおかしな部分がある。先輩が分家の人だとすれば当然僕と唯月のことを知っているはずだ。


「あの変なこと聞きますけど、僕のこと知ってますか?」


「本家嫡子の九条 紗月さんですよね。」


確認を取るため来宮先輩本人に直接訊ねてみると、彼女は案の定僕のことを知っていた。そうだとしたら間違いない、この人は…


「…僕が男だって会う前から知ってました?」


「はい、もちろんです。私も末席とはいえ九条家の人間ですので、本家の紗月様のことは以前から存じております。」


僕の問いかけに来宮先輩はあっさりとそう応える。やっぱり思った通りだ、僕のことを知っていて僕の性別を知らないはずがない。


「………ぬあああっ!!」


ようやく自分が『嵌められた』に気づいた僕は奇声を上げながら床の上を転げ回る。恥ずかしいなんてもんじゃない、もういっそこの場から消え去ってしまいたい気分だ。

僕の裸を見たときやその後も、来宮先輩がやたらと落ち着き払っていたのはそうゆうことだったのか…。

普通に考えてあの状況は即通報されてもおかしくないはずなのに、来宮先輩はそれをしなかった。それは彼女が始めから僕のことを知っていたからだったのだ。僕を警察に突き出したとしても、彼女にはなんらメリットはないのだからその理由も頷ける。

…でも、仮に彼女が僕のことを知らなかったとしても、彼女の対応は変わらなかったような気がする。どうしてそう思うのかと聞かれたら自分でも返事に困るが、彼女の人間性が僕にそう思わせた。


まるで善意の塊のような彼女が僕を進んで嵌めるはずがない、これは間違いなくあの人の差し金だ。


「和葉さんっ!!」


涙目になりながら、傍観を決め込む和葉さんを睨み付ける。それに対しては和葉さんは小馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らした。


「気付くのが遅いのよ、あの程度の茶番なんて最初から見抜きなさいっての」


「わかるか!!」


こっちは正体がバレたのかと思って本気で焦ってたのに…。だいたい、本気でテンパってる人間がそんなのに気付けるはずがないだろう…。


「…唯月も知ってたの?」


和葉さんから目を離して、今度は唯月の方を見る。


「お前が風呂場で着替えてる間に大体の話は…な。」


唯月はバツが悪そうにそう言って僕から目を逸らした。まさか僕がここまで怒るとは思っていなかったようだ。


みんなして僕を騙して…一人だけ何も知らない僕を見て笑っていたんだ…ひどい…ひどすぎる…。


「うぅっ…あんまりだ…。」


「何があんまりよ、自業自得でしょ。」


本気で泣きそうになっている僕に、和葉さんは追い討ちをかけるようにそう言って詰め寄ってきた。


「咲夜のこと教える前に全裸晒してたのはどこのどいつよ。」


「うっ…。」


それは僕の不注意が招いたことで完全に僕が悪いけど…だからって…。


「今回は相手が咲夜だったからいいものを…もしこれが何も知らない赤の他人だったら冗談で済む問題じゃなかったの、その点わかってる?」


「…っ。」


和葉さんの言う通り、それに関しては言い訳のしようもない…下手したら僕の人生はここで終わっていたかもしれなかったんだから…。


「ごめんなさい…。」


「…謝るぐらいなら、最初からやるなっての。」


俯いて謝る僕を見て和葉さんは苛立たしげに舌打ちする。不機嫌なのを隠そうともしない和葉さんを前に、僕は更に縮こまるしかない。

わかっていたつもりだったが、どうやら理解が足りなかったらしい。この学校に取って僕は【イレギュラー】な存在なのだ、それを自覚してもっと慎重に行動すべきだった…。


「和葉さん、もう許して差し上げてもいいんじゃないでしょうか、紗月様も十分反省なさっているようですし。」


僕のことを見かねたのか、来宮先輩がやんわりと和葉さんを止めに入った。


「今回のことはノックもせずに扉を開いた私にも非があります、それに…」


来宮先輩は一度僕の方を見て小さく微笑んで見せたあと、もう一度和葉さんの方に向き直る。


「私をこの部屋に呼び出していたことを完全に忘れていた和葉さんにも、少なからず問題はあるかと思いますよ。」


「……………。」


微笑を湛えたままそう言った来宮先輩を、和葉さんはじっと見つめている。相対する二人の間に言葉はないが、視線だけはガッチリと重なっていた。


「…あーはいはい、わかったわよ。」


和葉さんのことだから文句の一つ二つはあるだろうと身構えていたが、意外にも彼女はあっさりと引き下がった。ただその顔には苦虫を噛み潰したような何とも言えない表情が浮かんでいる。


「…ったく、やりにくいわね」


苦々しい表情のまま小さく呟いた和葉さんはクルリと身を翻して僕達に背を向けた。


「言っとくけどもしものときは遠慮なくあんたを切り捨てるからね、私は巻き添えなんてごめんだから」


和葉さんは僕に対してそう言い残し、少し早足ぎみに部屋を出て行った。



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