第十話 秘密の代償
「………………。」
「なによ、えらく不満そうじゃない。」
黙り込んだまま不貞腐れる僕の方を見ながら和葉さんがそう訊ねた。
「…不満ががあるかないかと聞かれれば、不満だらけとしか言いようがないね。」
《両手両足を拘束され、床に打ち捨てられた状態》のまま、僕はその問いかけに答える。
この状態で不満を抱かない人間などいないだろう。もしそんな人間がいるとしたらそれは相当のマゾヒスト野郎だ。
「くっ…んっ…だいたいっ…何で僕はこんな簀巻き状態にされてるのっ…。」
真横の壁を使って何とか体を起こしながら率直な疑問を和葉さんにぶつけてみる。
「そりゃ相手は【性犯罪者】だからね、それ相応の対応をしたまでよ。」
そんな僕に対して、和葉さんはさも当然であるかのようにそう言い切った。まるで『口を塞がれてないだけ感謝しろ』とでも言いたげな様子だ。
「せ、性犯罪者って…。」
何もそこまでいわなくても…。
「年若い女性に全裸を晒して、あまつさえ下半身まで見せ付けるような奴を世間一般ではなんと言うかしら?」
口答えする僕に和葉さんはまるで永久凍土のような凍てつく視線を浴びせ掛けてくる。どうやらかなりご立腹の様子だ。
「うぅっ…返す言葉もないです…。」
絶対的に立場の弱い僕はただ素直に謝るしかなかった。和葉さんの言ってることの方が明らかに正しいし、僕に反論など許されるはずがない。
客観的に見て僕のやってしまったことは反社会的な行為と見なされても仕様がないことだ。例えそれが故意にやったことではないとしても第三者からすればそんなことは関係のないことで、そこにはただ『女性の前で裸を晒した』と言う事実のみが残る。僕がなにを言ったところでそれはただの言い訳にしかならないだろう。
「あんたが身内じゃなかったら、即効で警察に突き出してるやるのに…。」
和葉さんは明らかに苛立ちを隠せない様子でこめかみを叩く。普段から恐ろしい彼女だが今日はそのオーラが格段に増しているように思える。
どうやら僕は相当にヤバイことをやらかしてしまったようだ…今更ながらにそう自覚した途端、体が小刻みに震え始めた。
「ハァーー…。」
盛大にため息を吐いた和葉さんは何かを決めたようにスクッと立ち上がると、来宮と名乗った先輩の前に仁王立ちする。
「こうなった以上は仕方がない…咲夜、悪いけどあんたには消えてもらうわ。」
直後、和葉さんの口からとんでもない言葉が飛び出した。
「消えっ…? えっ…? はっ…?」
一瞬、言葉の意味がわからず、その場で固まってしまった。
消えてもらうって……い、いやいやいくら和葉さんでもさすがにそれはないだろう…先輩は立場的に被害者なわけだし…。
「…で、海と山どっちがいい?」
「ガチなやつ!?」
しかも『昼飯どこにする?』的なノリで場所を選ばせようとしてる!?
「ちょっ!!ちょっと待ってかずはさ…ブファ!?」
決定的すぎる和葉さんの一言に焦りが走り、その場から跳ね起きようとしたが見事にずっこけてしまった。
自分が縛られて身動きが取れないことを完全に忘れてしまっていた。
「ん~…できれば海の見える小高い丘がいいですね、一度でどちらも楽しめますし。」
僕が床でのたうちまわっている間に来宮先輩がものすごく軽いノリでそう答えた。
自分が置かれてる状況を全く理解してねえ!! しかも意外と欲張りさん!!
「待って!!タイム!!二人とも話を聞いて!!」
芋虫よろしく、全力で体をくねらせながら床を這いずって二人の間に割って入る。そんな僕を和葉さんは鬱陶しそうに見ていたがそんなことを気にしている場合じゃない。
「なんでいきなりそんな物騒な話になるの!?」
必死で止めようとする僕を見て面倒そうな表情を浮かべた和葉さんは、さっきより更に大きなため息を吐くと僕の胸にグッと人差し指を突きつけた。
「他に方法がないんだから嫌でもやるしかないでしょ、主家のあんたが性犯罪で警察のご厄介になんかなったら、九条家はおろか庶家である私たちの面目まで丸潰れじゃない。」
「うっ…。」
「あんただけならまだいいとして、私や可憐、それに唯月もあんたの共犯として引っ張られることになるわよ?あんたはそれでもいいって言うの?」
「う…うあぁ…。」
「唸ってないでなんか言いなさいよ、その辺どうなのよ?ねえ?」
和葉さんはぐうの音も出ないほどの正論をこれでもかとぶつけて来る。物凄い剣幕で一気にまくし立てられ追い込まれた僕は、正常に回らなくなっていた頭が更に回らなくなり最早完全に訳がわからなくなっていた。
どうしよう…どうすればいいんだ…このままじゃ先輩は和葉さんに消されちゃうし…かといって性犯罪者にはなりたくないし…ダメだ…どちらに転んでも最悪の結末しか思い浮かばない…。
「ハッ…!?」
ああ…ひとつだけあるじゃないか…どっちも助かる方法が…。
「……………。」
僕は先ほどと同じ要領で床を這って部屋のキッチンへと向かう。上半身使ってなんとかキッチンの戸棚を開けるとそこにおいてある包丁を取り出し、床の上に突きたてた。
「えっ…ちょっ…お前まさか…。」
その行動を見て何やら感づいたらしく、今まで黙って見ていた唯月が突然慌てだす。この場で唯一、僕と同じものを持つ唯月だけが僕のやろうとしていることに気付いたのだろう。
そう…全ての原因は僕が【男】であること…だったら…
「僕が本当の【女】になればいいんだああぁーー!!」
「うおっ!?マジか!?」
包丁の上に思いっきり飛び乗ろうとした瞬間、唯月が全力で僕の体を羽交い絞めにしてきた。
「待て!!お前は男として大事なものを失おうとしてるぞ!!」
「離せっ…!!こいつを…こいつを断ち切れば僕は…ーー!!」
暴れ回る僕を唯月が押さえつけているせいでうまく身動きがとれない。
くそっ…!!もうちょっとなのに…!!
「可憐!!お前も見てないで止めろ!!」
「あ…ああ…すみません…あまりに斬新な行動だったのでつい…。」
「うあああぁぁぁぁーーーーーーーー!!」




