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第一話 そして僕の人生は終わった


「………………。」


「………………。」


夕暮れに照らされてオレンジの光一色に染まった部屋の中、彼女と僕は無言のまま佇んでいた。隔絶された空間の中に一切の雑音はなく、互いの呼吸する音のみが嫌に響く。

彼女は人形のように固まったまま、真っ直ぐに僕の方を見ている。その綺麗な琥珀色をした眼は驚くほど澄んでいて、まるで彼女の純粋な心をそのまま映し出す鏡のようだ。

そんな小女のように無垢な彼女を、僕は今この瞬間、穢してしまおうとしている。いや…正確には『穢してしまった』と表現した方が正しいだろう…。

彼女もこんな形で自分の純情を踏み躙られるとは思っていなかったに違いない、僕だってそんなつもりはなかった。

これは事故…そう、不慮の事故なのだ。様々な要因が偶発的に重なった上に起きた不幸な事故なのだ。


「あの…。」


頬を朱に染めた彼女が恥じらいを含んだ表情で俯く。だが視線だけは逸らされることはない。 彼女は白磁のような美しい手を真っ直ぐに掲げ、人差し指のみを立てある一点を指差さした。


「えっと…できれば前を隠していただけますか…? その…大事な部分が丸見えになっていますので…。」


恥らいつつ彼女が指差した部分、それは紛れもなく僕の下半身。それも僕の分身である『彼』が剥き出しな状態の。


「あひゃいっ!?」


僕は言葉にならない奇声を上げながら、反射的にその場で(うずくま)った。正座するように足を揃え、局部を隠そうと上半身を折り曲げた状態でしゃがみ込んだ僕は、まるで土下座しているような状態になってしまう。

全裸で土下座する男と、それを見下ろす女。今の僕達は傍から見たら、間違いなく『そうゆうプレイを楽しむ男女』にしか見えないだろう。


…ってそんなことを考えてる場合じゃなかった。


「見ました…よね?」


恐る恐る彼女を見上げてそう確認してみる。後ろめたさから口調も自然と敬語になってしまう。

そんな僕に対して、彼女は赤くなった顔を更に赤らめながら、コクンと小さく頷いてみせた。


見られた…見られてしまった…。


その事実を認識した時点で、僕の視界は真っ白になっていく。それが僕の終わり、すなわち社会的な死を意味していたからだ。


見知らぬ女性に裸体を晒す男、女性側からすればそれはもう完全に変質者であり、もはや言い逃れのできない状況だろう。たとえそれがわざとじゃなかったとしてもだ。

言っておくが、僕は彼女に裸を見せたかったわけではない。それだけは信じて欲しい。

何度も言うがこれは事故だ、そこに一切の下心はないし、僕が露出狂の変態さんと言うわけでもない。

いや、それはもうこの際どうでもいい。現状を考えれば、もはや些細なことだ。

裸を晒してしまったことは紛れもない事実だが、それは事故だと懇切丁寧に説明すれば彼女もわかってくれるかもしれない。いや、普通の場所であれば、これは単なる事故で済まされる話だ。

だがしかし、僕がいるこの場所は普通とは到底言いがたい環境にあった。


今現在、僕が全裸でうずくまっている場所を簡潔かつ明瞭に一言で表すと


『女子校の中にある女子寮の一室』


こうなる。


絶対に男がいるはずのない場所であり、普段なら近寄ることさえできないところだ。

そんな場所に、しかも全裸でいるのだから、もう言い訳のしようがない。

完全なる現行犯、礼状なしの逮捕だ。


いや待て、こうゆう時こそ冷静になって物事を考えるべきだろう。そうすればきっと、何かしらの糸口が見えてくるはずだ。


虚心坦懐、明鏡止水の心で思考すれば…思考…すれば…


「うわああぁ!!最悪のシナリオしか浮かんでこねええぇ!!」


「…大丈夫ですか?」


彼女が心配そうに僕の顔を覗き込む。

裸の男が目の前で発狂していると言うのに、この人はなぜこんなにも平然としていられるのだろうか?


どうする? どうすればこの状況を打破できる?このままじゃ明日の新聞の一面を飾ることになるぞ!!


こうなったらいっそ彼女を…


「…ってそんなことできるわけないだろ!! てかそんな度胸もねえ!!」


「あの…本当に大丈夫ですか…? 体調が悪いようでしたら救急車でもお呼びしま――」


「それだけはやめて!!」


今救急車なんて呼ばれたら、それこそ一大事になっちゃうから!!


スカートのポケットから携帯を取り出しかけた彼女をなんとか制止して、必死で通報するのを思い留まらせようと試みる。


「いやほんと大丈夫なんで!! 救急車とかそうゆうのはいらないですから!!」


「そうですか、そこまで(おっしゃ)るのでしたら無理に呼ぶ必要はありませんね。」


彼女は素直に僕の制止を受け入れてくれたようで、すぐに携帯をポケットに戻した。


それを見て僕はホッと胸を撫で下ろす。彼女が疑いを知らない純粋な人で助かった…。


まあ、だからと言って状況が好転したわけでもなく、危機的状況にあることは変わりない。むしろ時間を追うごとに悪化の一途を辿っているし、このままでは捕まってしまうのも時間の問題だろう。

緊張で胃がキリキリと締め付けられるように痛む。これでは心の方が先にやられてしまいそうだ。


なぜこんなことになった…? どうして僕はこんなにも追い込まれているんだ…?


そんなことはわかりきっている…全ての元凶はあの人だ…。

あの鬼の皮を被った悪魔が僕の前に現れなければ、こんな目に遭うことはなかったんだ…。

あの時、僕が悪魔の口車に乗りさえしなければ…






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