キスで変わる僕等の距離
穏やかな夕暮れ時、少年らしい漫画やゲームの並べられた部屋のベッドの上、まだあどけない瞳をした制服姿の男の子が二人向かい合って座っている。
癖のない黒髪に、まん丸な瞳の少年、優也は、やや興奮気味に、向かい側に座る、薄茶色の髪の色白な少年、涼人に顔を寄せた。
「なあ、俺達付き合ってるんだよね」
「まあ、そうだな」
「なら……き、キスとかしても」
「駄目だ、つかお前キスなんか出来ないだろ」
優也と涼人は今日、付き合い始めて三カ月目の記念すべき日をを迎えていた。しかし、この調子で涼人のガードは固く二人に進展はない。付き合う前の仲の良い友人同士だった頃と何も変わりがない状態だ。
優也はさながら、主人に餌をおあずけにされた、犬のようにしゅんっとしてしまった。
こうして、二人はゲームで対戦した後漫画を読み、他愛もない会話を交わして、普通の友人同士のように別れた。優也はどこか物足りなさそうな表情をしながらも渋々家に帰っていった。
翌日、優也と涼人が二人そろって登校すると、既に教室は賑わっていた。皆、二週間後に迫った初めての「文化祭」に浮き足立っているようだ。優也にとっても文化祭は高校生活で楽しみにしていた、行事の一つである。
「涼人はなんかやりたい事ある?」
「あんまり、騒がしくないのがいい」
そして、自習の時間を使い、クラスの出し物について話し合いが始まった。とは言え、男子はふらふら集まり関係ない話で盛り上がるばかり。仕方無く女子は一生懸命何やら話し合うも、なかなか話が纏まらない。
そんな中、クラスに一人はいるお調子者が声を上げた。
「俺、男装女装喫茶やりたい」
一瞬、教室が水を打ったように静まり返った後、ざわめき始めた。結局意見が別れるも、女子が纏め多数決をとった結果、その案が通ることとなった。優也はぼんやりそれを見て、涼人は不機嫌そうに眉を寄せた。
放課後、二人はいつものように並んで帰り道を歩いていた。
先程から涼人は不機嫌そうな顔をしている。優也はそれに気付き、あえて明るく話す。
「あ~、俺何の衣装にしようかな。自分で決めるなんて難しいよね」
「…………」
「涼人? どうしたの?」
「女装なんて、生き恥曝したくない」
「まあまあ、一日だけなんだからさ。涼人なら何でも似合いそうだし大丈夫だって」
優也が軽くぽんぽんと、自分より低い涼人の頭を撫でながら、夏の太陽のようにニカッと笑う。それに釣られて涼人も微笑んだ。
家についた優也は、そのままリビングに入る。トントンと野菜を切る良い音と、空腹を誘う夕食の香りに優也は目をキラキラさせた。
「今日は、カレー?」
台所に立つエプロン姿の優也の母が、ニコッと笑いながら頷く。
優也は、夕飯が出来るまでテレビを見ようと、三人掛けのソファーに近寄るが、そこには妹の愛美が赤いランドセルを枕に眠っていた。
「たく、風邪引くぞ~」
愛美は気持ちよさそうに、眠りながら腕には絵本を抱えている。その本は「白雪姫」優也でもその内容を知っている、有名な物語だ。
「未だ絵本離れ出来てないなんてガキだな、ん、……白雪姫……そうだ! これにしようと」
優也は何か思い付いたように、ぽんっと手を打った。
文化祭が三日後に迫った放課後、優也達も準備に奔走していた。優也の衣装も、女子生徒達のおかげで無事に完成していた。準備を進めていると、すっかり夕方になり、下校時間を過ぎてしまう。教師達に帰宅を促され、準備を切り上げたクラスメート達が早々に教室を後にする。
「優也、そろそろ帰ろう」
教師に呼ばれ教室を離れていた涼人も戻ってきて、教室に居る優也に声をかけた。だが、優也はあろうことか白雪姫のドレスを纏い、三つ程並べた机の上に寝ていた。
「何してるの?」
「俺、白雪姫だから。王子様のキスがなきゃ起きないよ」
涼人は、呆れた様子で溜め息をつき。ぷいっとそっぽを向いた。
「じゃあ、俺先に帰る」
「え、……涼人……」
体を起こし、捨てられた犬のような瞳をして見つめる優也に、二度目の溜め息をつき涼人が近寄った。
「キス、したいならお前からしろよ」
「して、いいの?」
「ああ、一度だけな」
涼人が目を瞑った。男にしては長い睫、ほのかに淡いピンク色の唇に優也の心臓が高鳴る。ゆっくり近寄り、そっと唇を寄せた。触れるだけの軽い幼い口付け。
「……涼人、可愛いね」
「……可愛いとか、男に使うなよ」
「でも可愛い、大好きだよ」
もう一度優也がキスをしようとするが、涼人はぷいっとそっぽを向き、それを拒んだ。
「調子に乗るな、帰るぞ」
「うん! 今日は手繋いでもいい?」
「……ちょっとだけなら」
そう言った涼人の頬がほんのり赤いのは、けっして教室に差し込む夕日のせいだけではないと、優也は気付いているも、口にはせずただ嬉しそうに小さく笑うだけだった。
帰り道夕日に伸びた、優也と涼人の影は、寄り添い、その手はしっかりと繋がれていた。