第5話 影武者
サオリから銃を奪うには やはり一瞬の隙を付くしかないだろう…
隙を付くと言っても 銃はツバサの後頭部にずっと押し付けられている。
ツバサの後頭部から銃を離した時がチャンスなのだが…その時は訪れるだろうか…?
トンネルは真っ暗なので、サオリの顔は全く見えず シルエットだけが見えている感じなのだが…かなりを僕を警戒しているのが分かる。
サオリはピクリとも動かず、ただ僕の方をじーっと見ている…多分気持ちの面で余裕がないのだろ…警戒している人間に隙など生まれるのか?…僕はどんどん不安になってきた。
相手の顔が見えれば、多少その人の心理も読み取れるのだが…
それにしても ツバサが妙に大人しい…アイツならこんな状況の中でもギャーギャー騒ぎそうな気もするが…かなりビビっているのか?…
それとも 今 僕の目の前にいるのは実はツバサではないんじゃないだろうか?…サオリ同様 ツバサの顔も暗くて見えていない…
コイツが本物のツバサだという確証はない。
僕の頭の中に嫌な考えが色々と浮かんだ…
もし僕の目の前にいるのがツバサではないとしたら…コイツは一体誰だ?…十中八九サオリ達の仲間という可能性が高い。
…なら何の為に本物のツバサではなく…わざわざ影武者を用意する必要があるのか…?
僕が思い付く理由は…ツバサをどこかに連れ去った場合…あるいは早まってツバサを殺してしまった場合…
ツバサを人質に捕ったと見せかける事で、僕を簡単に捕まえることができる。
だとしたら サオリ達は なぜ僕を殺さずに捕まえる必要があるのか?
理由は全く分からない…
てか僕を捕まえるにしても、僕に銃を突き付ければ簡単に捕まえることができる…わざわざ影武者を用意する必要がないな…
う~ん…だんだん この推理に自信がなくなってきた…
やっぱり僕の目の前にいるのは 本物のツバサなのだろう…背丈的にも同じぐらいに思える。
そういやアイツ…女の死体を運ぶ時も まともに死体を見ようとしなかったし…結構ビビりなのかもしれないな…
僕の目の前にいるのがツバサなら 下手な行動はとれない…もし僕が妙な動きを見せれば、ツバサの頭がえらい事になるだろう…まず助からない…
早くしないと さっきサオリが言っていた マサヤとかいう男が来てしまう…
人数が増えれば サオリ達から逃げるのは余計 困難になる…やるなら今なのだが…
…そもそも サオリにあの銃のヒキガネを引く勇気はあるのか…?もちろんサオリにも あの銃を打ったらどうなるかぐらい想像はつくはずだ。
人が一人死ぬんだ…簡単にやれる事じゃない。
死ぬのが赤の他人だからといっても…普通に良心のある人間なら打つことはできない…と思う。少なくとも僕はできない。
だが 今のサオリは多分冷静じゃない…僕が妙な動きをすれば、パニックになって 思わずヒキガネを引いてしまう可能性だってある。
…やっぱり僕にはそんな危険な賭けはできない…自分の命だけならまだしも、これはツバサの命もかかっているんだ…そんな一か八かの賭けはやめておこう。
僕は落ち着いてサオリの手元を見た…銃の持ち方が少し変な気がする…よく見ると ますます変だ…アレは本物の銃か?
僕は気が付いた。
さっきの影武者の考えはあながち間違っていないんじゃないのか!?
僕は最初、目の前にいる人は実はツバサではなく、ツバサの影武者ではないかと疑った。だが銃を持っているなら わざわざツバサの影武者を用意する必要はない。
でも もしあのサオリが持っている銃こそが 影武者だとしたら…つまり銃を持っていると見せ掛けて、何か別の物を ツバサの後頭部に突き付けているだけなのでは?
それなら こんな真っ暗なトンネルの中で、僕が来るのをわざわざ待ち受けていた理由が分かる…トンネルの外の 外灯に照らされてしまったら、手に持っているのが銃でないとすぐにバレてしまうからだ。
おそらくツバサは いきなり後ろから後頭部に 固いものを突き付けられ『動くな』などと言われた為に、それを銃だと思い込んでいるんだろう…
だとすれば もう恐れる必要はない…ツバサと一緒に堂々と逃げればいいのだが…これは僕の推測に過ぎない…もしかしたら本当に本物の銃なのかもしれない。
僕は直接サオリに聞いてみた。
『その銃は本物ですか?なんか持ち方が変ですよ…』
『…!?ッ…………』
一瞬 サオリは銃を持っている方の手をチラッと確認し、僕の視界から銃が見えないよう ツバサの頭と銃が重なるように銃を構え直した。
返事は返ってこなかったが、明らかに動揺しているのが分かる。
やはりアレは本物の銃ではない…多分…
『えっ?コレ本物の銃じゃねぇの?』
ツバサが言った。
やっぱり僕の目の前にいるのはツバサだった。
すると さっきまでビビって固まっていたはずのツバサは、突然キョロキョロとしはじめた。
『動かないで!!本当に打つわよッ!!』
サオリが怒鳴った。
声が少し震えている…
『だってそれ本物の銃じゃないんだろ?』
と言ったと同時にツバサはその場で素早く振り返った。
サオリは銃を構えたまま後ずさる。
『なんだよ…携帯電話じゃん』
どうやらサオリの持っていたものは、やはり本物の銃ではなく、携帯電話を銃に見立てて持っていただけだったようだ。
サオリは膝をガクガクと震わさながら、携帯電話を地面に落とした。
『サオリさん…もうやめよ…』
サオリの後ろにいる女の子が言った。
『やめるって言ったってどうするのよッ!?』
サオリが大きな声で叫んだ。
すると 女の子は
『大丈夫…後100メートルもない』
と意味不明なことを言った。
サオリは かなり焦っていたようだが、その言葉を聞いて少し安心したようだ。
後100メートルもないってどういう意味だろ?…この人達の目的は何なんだ?
そんな事を考えていると、ツバサがサオリの落とした携帯電話を拾い上げ
『ちょっとこの携帯貸してくれ』
とサオリに言った。サオリは返事をしなかったが、ツバサは構わず携帯を開いた。
その携帯の画面の光で ツバサの顔が照らされた。電源がついているのを確認すると、ツバサは僕に携帯を手渡した。
警察と救急車を呼ぶのは 僕の役目ということか…僕は その携帯電話で110と番号を入力した。
警察に連絡するのはいいが…ここがどこなのかも分からないのに…警察にはなんて説明すればいいのだろう?…と考えながら、僕はとりあえず電話を掛けた。
が…電話が掛からない。携帯からは なんの音もしない…あれ?と思い僕は携帯の画面を見た。
一瞬 ここはトンネルの中だから、圏外なのかと思ったが、電波はMAXの状態になっている…どういう事だ?…そもそも携帯からなんの音もしないのは おかしい。
『何だコレ?壊れてんのか!?』
僕は サオリ達にも聞こえるよう、わざと大きめの声で言った。
『フフ…』
サオリの笑い声が聞こえた。
僕は何かおかしな事を言ったのだろうか…?
『電話掛かんねぇの?』
ツバサが僕に聞いた。
『ああ…別に圏外ってわけじゃないみたいなんだが…何でだろう?』
『ちょっと貸してみ』
僕はツバサに携帯を渡した。
ツバサは携帯の画面をじっと見た。
『う~ん…分からん!!』
ツバサはよく分からないポーズをとりながら言った。
ここに来るちょっと前も、同じような会話をしたような気がする…デジャヴとか言うヤツか?…お笑いでいうとテンドンとか言うヤツ?…てかそれはどうでもいいや…
『後50メートル…』
不意にまた あの女の子が、意味不明な事を言った。
あの子は何なんだ?…さっきは100メートルと言っていたが…今は50メートルらしい…さっきより距離が短くなってるけど…あの子の口癖か?…いや口癖だったら結構ヤバいな…多分何か意味があるのだろう…
『あなた達…もうすぐ死ぬかもしれないから…最後に教えてあげる…』
サオリが言った。
『…死ぬかもしれない?僕らが?』
と聞いてみたが、サオリは僕の質問には答えてくれなかった。
『電話なんて掛かるわけないんだよ……コレは夢なんだからさ』
サオリは寂しそうに言った。
『はぁ!?……意味分かんねぇ…』
ツバサは少しあきれている。
だが 僕にはそれが出任せで言っているものとは思えなかった…少し前まで 僕もそんな事を思っていたからだ。
『夢って…僕の?…』
僕はサオリに聞いた。
『違う……誰かの』
と サオリは答えてくれた。
『誰かって誰だよッ!?』
僕は大声を上げた。
『…知らない』
サオリはボソッと言った。
『ちょっと待てよ…コレが夢なわけねぇじゃん!!馬鹿じゃねーのッ!!』
ツバサが大きな声で言った。
『後30メートル…』
また あの女の子が言った。
『コレが夢だとしたら…どうしたら僕は目を覚ます?』
僕は馬鹿らしい事を大真面目に聞いた。
『さぁ…?ここで死んだら目ェ覚ますかもしれないけど…もしかしたら本当に死んじゃうかもしれないね』
サオリは僕を馬鹿にしたように言った。
『教えてくれ…あなた達は本当に存在している人間なのか?全部 僕の妄想なんて落ちはないよな?』
僕は言った。
『実際に俺はここにいるって!!』
ツバサが答えた。
『多分 私とあなた達は同じ立場だと思うよ』
サオリも答えてくれた。
『じゃあ…みんなで同じ夢を見てるってこと?』
僕は聞いた。
『多分…ね』
サオリは言った。
『……』
小さくコツコツコツ とトンネルの奥から誰かが歩いて来る音が響いて聞こえてきた。
だが僕にはそんな事はどうでもよかった…今はこの状況を知ることが僕にとって一番大切だったからだ。
『後10メートル…』
また女の子が言った。
だが僕の耳にはほとんど入ってこなかった。
僕は考えた…もしサオリの言うとおり コレが夢なら…しかも僕のではなく別の誰かの夢だとしたら…意味が分からない…そもそも人の夢を 他人が見ることなどできない…
てかコレが夢だということ事態 間違っているんじゃないのか?…実際に僕はここにいるという実感がある…それに女に首を絞められた時…痛みも苦しみも感じた…
仮にコレが夢だとしても…サオリは僕達は皆同じ立場だと言っていた…みんなして同じ夢を見てるってことなのだろうか?…
誰かの夢って事は…その誰かが僕らに同じ夢を見せているのか?…でもどうやって?…
不意に僕の頭の中で《催眠》という言葉が浮かんだ…
どこかの催眠術士が僕らに同じ夢を見させているのか?…集団催眠ってヤツ?…なんの為に?…分からない…アホらしいが…それ以外に思いつかなかった。
『1メートル…』
またあの女の子だ…
『おい…誰だソイツ?』
ツバサが言った。
気付けば僕の隣に誰かいる…それを見ると、僕よりも背の高い男のようだった。
その男はおもむろに拳を振り上げたかと思うと…そのまま僕に殴りかかってきた。
『ぅおッ!!』
とっさに僕はしゃがんで避けた!!
が…
ドォン!!…大きな音がトンネルの中に鳴り響いた。
僕は唖然とした…見上げると男の腕がトンネルの壁に突き刺さっている…どんだけの馬鹿力だ…あり得ないだろ…壁はコンクリートだぞ…
今 もしこの男のパンチを避けてなかったら…僕は確実に死んでいただろう…考えただけでゾッとする…
どうやらこの男は僕を殺すつもりのようだ…