第18話 寂しがり屋
もし僕が偽善者なら…
その偽善を最後まで貫くだけだ…
偽善を最後まで貫けば…
やってる事は善者と何も変わらないじゃないか…
本物の正義じゃなくてもいい…
正しい人間であろうとする事が大切なんだ…
良い奴になりたい…
僕は本気でそう思った。
そして…
プシュー
という音が鳴り…
ゆっくりと電車は走りはじめた…
ガタン…ガタン…
ガタン…ゴトン…
すると突然…
ダンッ!!
と…後ろの車両の方から妙な音が聞こえた。
何だ?…今の音…
誰かが電車の上に飛び乗った…?
そんな感じの音だった。
そして不意に…
(アハハ…偽善者か)
僕の頭の中で、また女の人の声が鳴り響いた。
僕は目の前にいる…顔のない女を見た…
その顔のない顔は、僕にしっかりと向けられている。
やはりこの人が僕に話し掛けているのか…しかも直接僕の頭の中で…
テレパシー…ってヤツ?…
まぁ少し前の僕だったらビビって逃げだしていたかもしれないが、今の僕なら驚きはしない。
むしろ人に危害を加える能力じゃないだけ全然マシだ。
しかしこの人…目もないのに僕の居場所が正確に分かっているみたいだが…それもテレパシー能力のおかげか…?
う~ん…分からん…
てかこの女の人は僕に助けを求めていたようだったが、何をどう助けてほしいんだ?
『さっき…助けてって…言いましたよね?』
僕は恐る恐るその女に聞いてみた。
(うん…)
顔のない女は、僕の頭の中でうなずいた。
『で…何を助ければいいんですか?』
僕が尋ねてみると…
(何もしなくていいよ…ここに居てくれればいいし…)
顔のない女はそう答えた。
『…』
何なんだ…?…
この女は何がしたいんだ?…僕を馬鹿にしているんだろうか…?…つかこの電車はどこに向かってんだよッ!?
(まぁ馬鹿にはしてないけどね…この電車がどこに行くかはいずれ分かるよ)
顔のない女は、僕の考えていた事に答えるかのように言った。
もしかして騙された?…用がないなら助けてとか言うなよな…
(騙したッてのはあってるかもしんないけど…用がない訳じゃないよ)
この女は、また僕の考えていた事に答えるかのようにそう言った。
何だこの女…まるで僕の考えている事を読んでいるかのようだ…たまたま当たっただけか?…
(いや…まぁ読んでんだけどね)
顔のない女は、僕の頭の中で言った。
はぁ?…どういう事だ…?
(はぁ?…どういう事だ…?…じゃねぇよマジで)
顔のない女は、オウム返しのように僕が思った事をそのまま言った。
マジで…僕の心を読んでんのか…?
え~…
バーカ!!バーカ!!…
(馬鹿じゃねェよ…だから読んでんだよ)
顔のない女は、また僕の思った事を言った。
本当にこの女は…僕の考えている事が読めているようだ…
意味分かんねェ…読心術?
(そうかもねェ読心術かもねぇ…私もよく分かんないけど)
顔のない女は言った。
『あなたは…ここで何してるんですか?』
(見りゃ分かンでしょ?電車乗ってんだよ)
『この電車は…どこに向かってる?』
(いや~言ったらあんた逃げ出すッしょ?)
『何だよそれ?…まぁ用がないんだったら…言わなくても逃げ出すけどな』
僕は車両の扉に手を掛けて、ドアをこじ開けようとした。
『ンん…』
思ったより固いな…
イッソのことぶっ壊すか…
僕は扉に足を掛けた。
(ちょっと待ッて…暴力はよくないなァ)
顔のない女は言った。
『僕はこんな所でウダウダしてる場合じゃないんだよ』
そうだ…僕はこんな所にいる場合じゃない…
皆を探しに行こう…
『僕の心が読めるなら…分かるだろ?…悪いが僕は行くぞ…』
僕はその場で振り返り、顔のない女に言った。
そして…
ダァンッ!!
僕は車両の扉を蹴り飛ばした。
扉は外に投げ出され、ガシャンガシャンと転がりながら音をたて、あっという間に見えなくなった。
僕は電車から飛び降りようと、とりあえず横の手すりに手を掛けた。
だが…
ガタンガタン!!
ガタンゴトン!!
うわ~思ったより電車って速いんだな…怖ぁ…ないわ…これ飛び降りたらケガするんじゃないの?
僕は思った。
でもまぁ頑張るか…行けんだろ?…多分…
よし……
…行くぞ!!
僕がそう決意した時…
(あれれ~?助けてくれるんじゃなかったッけ?)
顔のない女が、僕を引き止めるように言った。
『何を助けてほしいのかも分かんないし、別に何も困ってないだろ?』
(だから…ここに居るだけでいいんだって)
『居るだけでいいって…どういう事?…それが分かんねェんだよ』
(…)
顔のない女は…黙ってしまった…
しばらくすると…
(あんたさぁ…奈落って知ってる?)
女は急に話しを変えた…
『ナラク?…』
(奈落の底とかッて言うでしょ?…まぁつまり地獄の事なんだけどさァ)
『それが…何?』
(この電車…奈落に向かってんだよね)
『奈落…そんなとこ行ってどうすんだよ?』
(だよねぇ?…アハハハハハハッ!!(笑))
女は僕の頭の中で、突然笑い出した。
何だよ?狂ってんのか?…
(私はまともだよ)
『…』
(まぁ奈落に行ったら…もう戻って来れないんだけどね…死ぬよね絶対)
『何だソレ?…だったら尚更ここに居るわけには行かないだろ?』
(でも…助けてくれるッしょ?)
『助けるよ…この電車から一緒に出よう』
僕はそう言ったが…
(違う…そうじゃない…)
『じゃあ何なんだよ?…死にたいのかッ!?』
(…)
顔のない女は、すぐに返事をしなかった。
何だよ?…マジで…
(あんたが本当に良い人だったらさ…ここに居てくれるはずだよね?)
『ふざけんなよ…僕は死ぬつもりはないぞッ!!』
(嘘よ…あんたも同類…私には本心が見えてる)
『同類?…意味分かんねェよ…適当な事言ってんなッ!!僕は関係ないぞッ!!』
(ぁーあ…やっぱ偽善者かぁ…イザという時は助けてくんないのかぁー偽善者は…)
『だから助けるって…さっきから何なんだよッ!?』
僕は顔のない女に、少し怒鳴りながら言った。
すると…
(私は一緒に死んでくれる人を探してんの…あなたがもし偽善者じゃないなら…一緒に死んでくれるでしょ?)
顔のない女は、平然とそう答えた。