第16話 汚ない世界
登場人物
雅也 (マサヤ) 31才
1人で301号室に入り、行方不明になった男。体格がとても良く、身長は184cmあり、常に冷静さを忘れない。普通の人にはない、独特な雰囲気を持っている。現実では、千葉で記者の仕事をやっているらしい。
僕はショックを受けた…
そこに立っていたのは…マサヤさんだったからだ…
『フーゴお前逃げなかったのか…他の連中はどうした?』
マサヤさんが僕に聞いた。
マサヤさんが無事だったのは素直に嬉しい…だけど…
『マサヤさんが…やったのか?』
僕は質問を質問で返した。
『何をだ?』
マサヤさんは、とぼけた顔をして言った。
『さっきのだよッ!!目の前で人が焼け死んだろ…』
『ぁあそれの事か…そうだ…俺がやった』
マサヤさんは平然と答えた。
『何でだよッ!?殺す事ないだろッ!!』
僕は感情を剥き出しに、マサヤさんを怒鳴った!!
『フーゴ…お前はこの世界の事を分かっていない…殺らなきゃ殺られる…そんな甘いことは言っていられないんだ』
マサヤさんはそう答えた。
『おかしいだろ…そんなの…』
僕は泣きたくなった。
『フーゴ…お前大学生だよな?』
マサヤさんが僕に聞いた。
『そうだよ…だったら何だよ?』
『この世界は…現実の社会と同じだ』
『はぁ!?』
『誰かを蹴落としていかなければ…生き残れない…皆が皆…助かるなんて事はありえないんだ…お前にも分かるだろ?』
マサヤさんは僕を見て言った。
『さっき殺したあの男と女は…一度俺らを襲った人間だ…もう信用はできない…殺るしかないんだ…生きる為にも…俺らは負ける訳にはいかない』
マサヤさんは、さらにそう続けて話した。
『ふざけんなよ…あんた…目の前で人が死んでも何とも思わないのかよ?』
『さすがに…もう慣れた…』
『おかしいだろ…本当にそれでいいのかよ…これが現実の社会と同じなら…僕は死んだ方がマシだ…誰かを蹴落としてのし上がる…汚ねェ世の中だなッ!!』
僕は泣きながら叫んだ!!
『悪いが…現実の社会もそんなもんだ…この世界と何も変わらない…ただ直接命が奪われないだけ…やってる事は同じなんだよ』
マサヤさんはそう答えた。
『ひでぇ…ひでぇよ…間違ってる…』
『お前もいずれそれが正しいと気付く…』
『僕は…僕は絶対あんたみたいにはならないからなッ!!』
『だったらお前は生き残れない…帰りたくないのか?…現実に』
『……』
正直…僕は現実の世界に帰りたかった…誰かを蹴落としてでも…
それが普通なのかもしれない…他人なんかどうでもいい…自分が助かればそれでいい…自分が幸せになれればそれでいいんだ…
だけど…そんな事を思う自分が許せなかった…そんなんじゃ駄目なんだ…
ちくしょう…何なんだよホント…嫌な奴ばっかだ…僕も…みんなも…
馬鹿にしやがって…
『帰りたいよ…帰りたいに決まってんだろッ!!…でも…僕はあんたとは違う!!』
僕は叫んだ!!
『そうか…帰りたいか…じゃあこの世界について教えてやるよ』
『知ってんのかよ…』
『ああ…お前は何で自分がこの世界にいるか分かるか?』
マサヤさんは僕に聞いた。
『分かる訳ないだろ…そんなの…』
『この世界に来る前…お前はどこにいた?』
『どこにいたか?…』
僕は…思い出せなかった…
この世界に来る前…僕はどこで何をしていたんだろう…?
『…それが何か関係あるんですか?』
『いや…思い出せないなら別にいい』
マサヤさんは不適に笑った。
『ならお前…三途の川って知ってるか?』
『…三途の川?』
『危篤状態の人間が見るという夢…現世とあの世の境目にある川だ…知らないか?』
『聞いた事はあるけど…』
『その夢を見た者は…生か死…選択を迫られる…川を渡れば死が訪れ…渡らなければ…やがて目が覚めて…現実に帰れる』
『それは都市伝説だろ…その夢がこの世界だとでも言いたいのかよ?』
『そうだ…』
『…根拠は…あるんですか?』
『ああ…俺はこの世界に来る前の事を覚えている…俺は今も…現実で生死をさまよっている』
マサヤさんは深刻な顔をして、話しはじめた。
『もうかなり前の事のように思える…あれは…いつも通りの朝だった…俺は車で会社に向かう途中…事故にあった』
『事故…?』
『突然の出来事だったな…トラックと正面衝突しそうになり…ハンドルを思いっきり切って…そのまま横転し…壁に激突して…車は炎上した…火は俺の体に燃え移り…軽く火だるまになりながらも…俺は必死に車から脱出したんだ』
『…その後は?』
『もちろん救急車で病院に運ばれた…病院の手術室に連れて行かれるところまでは…うっすらと覚えている』
『それだと…自分が生きてるのか死んでるのかも…分からなくないですか?』
『俺は生きてる…分かるんだ…今も病院のベッドで眠っている』
マサヤさんは自信ありげに答えた。
それが本当だとすると…僕も危篤状態でどこかで眠っているという事なのだろうか…?
僕がこの世界に来る前…何をしていたのかを思い出すことが出来れば…分かる事なのだが…正直何も思い出せない…
『もしそうだとしたら…どうすれば現実に帰れるんです?…現実の自分が目を覚ますのを待つしかないって事ですか?』
僕はマサヤさんに聞いた。
『待ってるだけじゃ駄目だ…生きる選択肢を選び続けろ』
『生きる選択肢?』
『俺が思うに…これは三途の川なんだ…生きるか死ぬかは自分で選べる…とにかく生きろ…誰かを殺してでも…』
『何が言いたいんです?』
『とにかく生にしがみつき続けろ…でなければこの世界で生き延びるのは無理だ…生きてさえいれば…いつか帰れる』
『…何だよそれ?』
『あくまでこれは俺の一説だ…』
『…』
『もう1つ説がある…前にここは神が作り出した…もうひとつの世界なんだという…宗教じみた女もいた…』
『宗教…?』
『その女が言うには…この世界は大勢の罪人が見た悪夢…その罪人を殺す事で…もとの世界に帰れるらしい…』
『罪人を殺すと帰れる?…うさんくせェょ…』
『サオリはそれを信じてる…罪人を《当たり》と呼ぶらしい…』
『そういえば…前に当たりがどうとか言ってましたね…』
『まぁ…何を信じるかはお前次第だ…』
『サオリさんも…おかしいよ…結局は誰かを殺すって事かよ…犠牲はつきものってか…あんたら…他の考え方はできないのかよ…』
『人ってのはな…常に何かにすがっていたいんだ…夢や希望…それを失くしたら終わりだ…自分の存在すらもなくなる…特に人は絶望に追い込まれた時…誰かを信じたくなる…』
『その信じるものがおかしーんだって…』
『なぜそう言える…?…おかしいのはお前の方かもしれないぞ…』
『何だよ…人殺しが正しいってのかよッ!!』
『俺達だって理由もなく殺すわけじゃない…自分を守る為…助かる為だ…全ての殺人が罪だとは俺は思わない』
『…』
『少なくともこの世界では…殺人は罪ではない…自分が生きる延びる為の術だ…自分の身は自分で守るしかないんだよ…フーゴ…』
マサヤさんは真っ直ぐな目で、僕を見て言った。
『もぅ…わッけ分かッんねぇよッ!!……あんたらも…こんな汚ない世界も…皆なくなっちまえよ…』
僕はボロボロと…涙が止まらなかった。