第14話 覚悟
登場人物
爆弾男 (バクダンオトコ) 23才
301号室に忍び込んでいた男。口から緑色の爆弾を吐き出す事ができる。その爆弾は、まるで心臓のようにドクンドクンと脈をうち、直接体に当てれば、人体を弾け飛ばすほどの威力がある。
もちろんツバサから返事は返ってこなかったが…小さくうなずいたように見えた。
僕は直ぐ様ツバサのもとに駆け付け…ツバサを背負った。
ツバサは全身の力が抜けていて…気を失っているようだった…
『おいおい…逃げんのかよ?』
爆弾男が僕に向かって言った。
『今はな…お前は後回しだ』
僕はそう言い…ツバサを背負ったままベランダの窓に向かい、そのまま軽くジャンプをし、外へと跳んだ。
その時後ろから…
『ソイツはもう助からねーよ!!(笑)』
と 爆弾男の叫ぶ声が聞こえた。
僕は何だか悔しかった…医者でもないお前に何が分かんだ…決めつけんなよ…ツバサは助かる…死ぬかよ…
ダンッ!!
そんな苛立ちを覚えながら、僕は地面に着地した。
とにかく今はサオリさんのもとへ急ごう…僕の足が早く治ったのも…きっとサオリさんのおかげなんだ…サオリさんにはそういう力がある…ツバサを助ける為にも…今はその力に賭けよう…
『おぃ…て…け…ょ』
突然ツバサが咳き込んだような声で僕に言った。
『置いてけ?…何をだよッ!?』
僕はすぐに聞き返した。
『もぅ…無理…だッ…て』
ツバサは弱々しい声でそう言った…
ツバサがこんな弱音を吐くとは…らしくない…ツバサはもう自分が助からないと思っている…
『諦めんなよ…諦めない奴は救われるんだぞッ!!知らねーのかッ!!』
僕は泣きながら叫んでいた。
カツン…
不意に頭上から妙な音がした…
見上げると…嘔吐爆弾が僕目掛けて落ちてきている…
『行くぞツバサッ!!』
僕はサオリさんのもとへと全速力で駆け出した!!
すると2、3秒後…
バァン!!…
随分と後ろの方から爆発音が聞こえた…爆風さえほとんど感じなかった…
僕の足なら、あの爆弾も余裕で回避する事ができるみたいだ。
あの狭い部屋の中じゃ…爆風まで回避する事は困難だが…このだだっ広い外なら…確実に回避する事も可能なようだ…僕の中で勝機が見えはじめていた。
僕はサオリさんのいる林にたどり着いた…
そして…サオリさんのいる所に近づいた時…気絶しているサオリさんのすぐ隣に…誰かが座り込んでいる事に気が付いた…
一瞬敵かと思い…とてつもない不安が僕の中に過ったが…
『チヒロちゃん…?』
それはチヒロちゃんだった…なぜチヒロちゃんはこの場所が分かったのかと不思議に思ったが…おそらく物音を聞いて…この場所が分かったのだろう…
手には救急箱を持っている…チヒロちゃんは音だけで今の状況に気付けたのか…?
妙に用意が良すぎる気がするが…いや…あれだけの爆発音がすれば…ただ事ではないと思うのは当然か…
『大丈夫…ですか?』
チヒロちゃんが不安そうな顔をして僕に言った。
今はそんな事を考えている場合じゃなかった…とにかくツバサの治療をしなくては…
『ツバサ…ツバサの手当てをしてやってくれ!!』
と僕はチヒロちゃんに言った。
『は…はい!』
チヒロちゃんは少し焦りながらも、返事をしてくれた。
僕はツバサをサオリさんの隣に寝かせた…ツバサの意識はまたなくなっている…大丈夫か?…生きてるよな?…僕は少し不安になった…
チヒロちゃんは救急箱を開けて…中をガサゴソとやっている…
『とにかく血を止めてやってほしい…止血剤とか…包帯はないか?』
『あっ…包帯ならあります!』
そう言い…チヒロちゃんは救急箱から包帯を取り出した。
その時…突然チヒロちゃんの顔色が変わった…
チヒロちゃんは強張った表情で…団地の方向を見ている…
『どうしたの?…』
と僕が聞くと…
『誰か…多分あの男が…まっすぐこっちに向かって来てます…』
チヒロちゃんは言った。
『僕らの居場所がバレてんのか?』
『多分…そうだと思います…』
あの爆弾男は…僕がこの林の中に入って行くところを見ていたんだろうか?…それとも…とりあえずこの林の中から…僕らを探そうと思っただけ?…
まぁどちらにしろ…あの男をここに来させる訳にはいかない…
サオリさんは気絶しているし…ツバサはあまり体を動かさない方がいい…それに早く手当てもしなければならない…やはり…あの男とやり合うしかないだろう…
『ここから男までの距離はどれくらいある?』
『もう100メートルもない…90メートルぐらいです』
『分かった…あの男は僕が何とかする…チヒロちゃんはツバサの手当てを頼む』
『はい…気を付けてください』
チヒロちゃんはそう言い…ツバサの手当てをはじめてくれた。
僕があの爆弾男を倒す…そう決めたものの…僕の心臓はバクバクだった…足は震え…頭からは冷や汗が流れた…もしかしたら負けるかもしれない…負けたらどうなる?…もちろん殺されるだろう…つまり死ぬんだ…
僕はどうしても…死の恐怖が頭から離れなかった…てか死んだらどうなんの?…誰か教えてくれ…死の先には何があんだ?…それが分からないから僕は怖がっているんだろうか?…
いや…どっちかッつーと…死の直前の痛みを僕は恐れている気がする…痛いのが怖いんだ…いや…違うか?…やっぱ死んだ後の事が怖いのだろうか?…自分の存在がなくなる感覚…想像ができない…
てか死んだら…また別の何かに生まれ変わんだっけ?…それって本当か?…つか誰が考えたんだソレ…うさんくせぇッての…もしそれが本当だとしても…結局僕は僕ではなくなってしまうんだ…それさえも怖く感じる…僕は僕のままでいたい…
あれ?…てか僕は誰だっけ?…僕は何で僕をやってんだ?…はぁ?…だんだん自分でも何を考えているのか訳が分からなくなってきた…そもそも何を真剣に僕は考えていたんだ?…意味分からん…僕はもうパニックやで…
とにかく…僕は死ぬのが怖いんだ…生きたい…ただそれだけだ…
今さらそんな事をビビっている自分が情けなかった…メチャクチャかっちょわりー…でも死ぬの怖ぇ…
『大丈夫ですか?…』
チヒロちゃんが心配そうに僕を見て言った…その言葉を聞いて…僕はハッとした…
『悪い…少し考え事してた…行ってくるよ…ツバサを頼んだぞ』
僕はそう言い残し…林の外へと飛び出した。
死んでたまるか…勝てばいいんだ勝てば…
…んッ!?
勝つ?…勝つって言っても…どうすれば僕の勝ちなんだ?…あの男を殺すこと?…だが僕はあの男を殺すつもりはない…じゃあどうすりゃいい?…殺さないとすると…あの男に負けを認めさせる事が僕の勝利という事になるが…そんな事できんのか?…
もちろん向こうは僕を本気で殺すつもりでかかってくるだろう…だけど僕はあの男を殺さない程度に手加減して戦わなくてはならない…明らかに僕の方が不利だ…
本気で戦って相手を倒すよりも…手加減しつつ相手を負かす方が圧倒的に難しい…僕にやれんのかよ?…
やっぱ無理じゃね?…この勝負…負ける事はあっても…勝つ事はないんじゃないか…?…そんな不安が頭から離れない…
やはりあの男を殺してでも…勝ちを狙うべきか?…自分が死んだら何にもなんないもんな…
………
でも…やっぱそれじゃ駄目だ…
一瞬でもそんな事を考えた自分が恐ろしくなった…僕は人を殺そうとしていた…許される事じゃない…子供でも分かるよ…そんな事…
『何ボケーッとしてんの?…俺を油断させようっていう魂胆?』
気が付けば、前方20メートルほど先に、あの爆弾男がいた。
『つかさぁ…スゲーさみぃよ…このびしょ濡れの服のままじゃ凍死すんな…』
男はぶるぶると震えている。
『お前…何でこんな事すんだよ?』
僕は男に聞いた…
さっきまであった恐怖心など…いつの間にか忘れていた。
『こんな事って?…』
『ベランダの外の死体も…お前が殺ったんじゃないのかよ?』
『1人はな……つかてめェ勘違いしてるよな?…被害者は俺らの方だからな!!』
男は人差し指を自分に差した。
被害者はそっち?…どういう事だ?…どっちかっつーと被害者は僕らの方な気がするけど…
『俺は仲間を殺られたんだ…先に手を出したのはてめェらだぞ…』
『殺られたって…誰に…?』
『知るかよッ!!…とにかくてめェの仲間だ!!』
男はすごい形相で僕を睨んだ。
仲間を殺されたから…この男はあの団地に忍び込み…マサヤさん達の仲間を殺したという事なのだろうか?…
この男が被害者で…僕たちが加害者…?…言ってる事とやってる事が逆な気がするが…
もしこの男の言うことが本当だとしても…この男のやっている事は間違っている…結局はこの男も加害者だ…
『てめェらを片付けておかねーと…安心して夜も眠れねぇんだ』
男は不適な笑みを浮かべた。
すると突然…
『ぅヴッうぉぶぇぇッ!!』
男は口から例の爆弾を地面に吐き出し…その爆弾を右手で拾い上げた。
『俺とお前…どっちが死ぬか…まぁ…十中八九死ぬのはお前か…?…やっぱ…』
男は僕を凝視している。
『誰も死にやしないさ…僕はお前を殺すつもりはない…お前とは違うんだ…助けてやるよ』
僕は自分でも驚くぐらい…冷静だった。