第11話 窓越しに見えた男
登場人物
千尋 (チヒロ) 14才
いつもサオリさんの隣にいる女の子。耳がとても良く、耳をすませば 数百メートル離れた音でも聞き取る事ができる。音だけで人の居場所を感知できるが、その人が誰なのかまでは、特定する事はできない。
……うん…どう見ても団地だ…
僕は子供の頃 団地に住んでいた記憶がある…僕の住んでいた団地とはもちろん違うが…なんとなく懐かしい感じがする。
でも…何で団地なんだよ…?…ここにマサヤさん達の仲間がいるのか…?
…それにしても団地とは妙にリアルだ…夢の中ならもっと高級マンションとかでもいいんじゃないの…?…なんでマンションじゃないの?…僕は心の中で叫んだ。
『あれ…団地ですよね?…』
僕は一応マサヤさんに聞いた。
『ああ…団地だ』
マサヤさんは平然と答える。
やっぱ団地か…まぁ見りゃ分かるよな…
『あそこに…行くんですか?』
と 僕はマサヤさんに聞いた…
『そうだ…あの団地が俺達の拠点だからな』
と マサヤさんは言った。
拠点?…あの団地をアジトにしているという事か…?
それとも普通に住んでるだけ…?…どう見ても ただの団地だしな…
…でもそんな重要なことを教えてくれるということは…僕たちを仲間として認めてくれたのか…?……それとも…
『異常はないな?…』
マサヤさんがチヒロちゃんに聞いた。
『うん…大丈夫』
と チヒロちゃんはうなずいた。
何が…?…
と一瞬思ったが…
たしかチヒロちゃんの耳はとても良いらしい…
おそらくマサヤさんは…誰かに後をつけられていないか?…という意味でチヒロちゃんに聞いた…それをチヒロちゃんは…音だけで誰もいない事を判断し…大丈夫だと言ったのだろう。
異常がないという事は安心していいのだろうか?…
…僕は何か不安だった……
………
そうこうしているうちに、僕らは団地の目の前に来た…
団地はいくつも建てられていたが、マサヤさんは一番手前にある団地の階段の前で止まった。
僕は団地を見上げた…
団地は五階建てだった…だが誰も住んでいる気配がない…それにかなり不気味な雰囲気が漂っている…明らかに廃墟といった感じだ…
まぁここがアジトだとしたら…ここに人が出入りしている事を誰かに悟られてはいけない…廃墟っぽい感じの方が都合がいいのだろうが…モロにお化けでも出そうな感じだ…僕の不安はさらに増した…
『何だよここ?…気持ち悪ッ…』
と ツバサが言った…
……僕も同感だ…
『俺達は この団地の301号室を拠点として使っている…つまりアジトみたいなもんだ』
マサヤさんが僕らに教えてくれた。
やっぱアジトかよ…
でも…何で301号室をアジトにしてんだろ…?…全ての部屋をアジトにしちゃえばいいのに…みんなで固まっていた方が安全ということか…?
『その301号室に、マサヤさん達の仲間がいるんですか?』
僕はマサヤさんに聞いた。
『ああ…4人いる…まだ帰って来ていないかもしれないが…』
と マサヤさんは答えてくれた。
『301号室以外は空き部屋ってことですか?』
僕はさらに気になったことをマサヤさんに質問した。
『そういうことだな』
と マサヤさんは答えた。
なるほど…
なら301号室以外の場所で…何か物音がしたら…それは仲間以外の誰かということか…さらにその物音は…チヒロちゃんの耳で確実に聞き取ることもできる…みんなで同じ部屋にいた方が…異変に気付きやすいということなのだろう。
僕は何気なく三階の窓に目をやった…
ん?…
窓の端の方に一瞬 男の顔がチラッと見えた…僕らを睨んでいるように見えたが…あれがマサヤさん達の仲間だろうか…?
『今三階の窓のところに誰かいましたよ?…』
僕は一応マサヤさんに報告した。
『それは俺らの仲間だろう…もう帰って来ているようだな』
と マサヤさんは言った。
『うん…もう帰って来てるみたい…301号室から音がする』
と チヒロちゃんは言い…さらに…
『でも変だな…音を聞く限り…5人はいる気がする…』
と すかさず言った…
5人…?…さっきマサヤさんは…仲間は4人と言っていたが…
『俺らと同じように、信用できそうな人間を1人団地に連れて来ただけだろう…』
と マサヤさんはあまり気にしていないようだが…
僕は窓越しに見えたあの男が気掛かりでしょうがなかった…さっきのは本当に仲間なのか?…どう見ても僕らを酷く睨んでいるようにしか見えなかったが…
見ず知らずの僕とツバサがいたから…警戒して僕らを見ていただけだろうか…?……気になる…本当に大丈夫なのか?…
『さっき三階の窓越しに見えた男…僕らの事をすごい目付きで睨んでいましたよ…』
僕は念のためマサヤさんにその事を伝えた。
『お前とツバサ…知らない人間が2人もいるんだ…警戒するのも無理はないだろう』
と マサヤさんは答えた。
そう言われるとそうかもしれないが…
僕の不安はさらにさらに増した…
………
マサヤさんは僕を背負ったまま団地の階段を上りはじめた…
そして…
301号室の扉の前で立ち止まった。
すると…マサヤさんは
『戻ってきたぞ!!…開けてくれ!!』
と 部屋の中まで声が聞こえるよう、大きな声で言った。
が…
『…』
中から返事はなかった…
『…ん?』
マサヤさんが首を傾げた。
『おい…チヒロ…』
マサヤさんはチヒロちゃんを見た。
『中からは何の音もしないよ…誰もいないみたい…』
と チヒロちゃんが言った。
『何の音もしないって…さっきまで誰かいたんじゃないのか?』
マサヤさんがチヒロちゃんに聞いた。
『さっきは確実にいたんだけど…今は何の音もしない…みんな息をひそめてジッとしてるのかな?』
と チヒロちゃんが言うと…
『どうして?…』
サオリさんが不安そうな顔をして言った。
たしかにおかしい…なぜ息をひそめて待ち構える必要があるんだ…?…仲間なら堂々としていればいいじゃないか…
男が窓から僕らを見た時…見知らぬ僕とツバサがいたから…敵だと勘違いしているのか?…
だが…マサヤさんの呼び掛けに何も答えないのは変だ…どんだけ用心深いんだよ…
『最初からいなかったんじゃねーの?』
と ツバサが言った。
『いや…僕はさっき窓越しに男がこちらを覗いているのを見た…僕らが階段を上る前…この301号室に男は絶対にいた』
と 僕はすかさず言った。
『じゃあ…私たちが階段を上っている最中に…いなくなったってこと?』
サオリさんが僕に聞いた。
『そうかもしれませんし…チヒロちゃんの言うとおり…息をひそめているだけかも分かりません』
と 僕は言った。
『みんな…何かあったのかな?…』
サオリさんが心配そうに言った。
『そもそも窓越しに見えたあの男が…みなさんの仲間なのかどうかも僕には分からない…僕以外に男の顔を見た人はいませんか?』
と 僕はみんなに聞いたが…
『…』『…』『…』『…』
誰も答えなかった…
僕以外 男の顔を見ていないようだ。
『つまり中に敵が待ち構えている可能性もあるということか』
マサヤさんが怖いことを言った…
だが たしかにそういうことになる…その可能性の方が高いと僕も思った。
『何だよそれ…?…どうすんだよ?』
ツバサが不安そうに僕らの顔を見ながら言った。
『…』『…』『…』『…』
みんな黙ってしまった…
………
『音はどのタイミングで消えた?』
不意にマサヤさんがチヒロちゃんに聞いた。
『…すみません…分からないです…』
と 申し訳なさそうにチヒロちゃんが言った。
いつでも聞こえるわけじゃないのか?…音に集中していないと…遠くの音まで聞き取ることはできないのだろうか…?
『誰かが窓から飛び降りるような音はしなかったか?』
マサヤさんは さらにチヒロちゃんに質問をした。
『…ごめんなさい…分からないです…』
チヒロちゃんは今にも泣き出しそうな顔をした…
………
『とにかく…中を確かめるしかないな…』
と マサヤさんは言った。
『とりあえず他の部屋に入って、様子を見るっていうのはどうですか?』
と 僕はマサヤさんに提案したが…
『いや…中に敵がいるとしたら 野放しにしておくわけにはいかない…それに早く仲間の安否を確かめなければ…手遅れになる可能性だってある』
と マサヤさんは言った。
『確かに…』
僕はマサヤさんの言うことに納得した。
だが…もし敵を見つけたらどうするんだ?…やっぱり殺してしまうのだろうか…?…僕はそれが心配だった…
『みんな…やられちゃったのかな…?』
サオリさんの声が震えている…
『どうだろうな…?…そもそも帰って来ているとも限らない…中にいるのは敵だけかもしれないしな…とにかく俺が調べてくる…お前らはここで待っていてくれ』
と マサヤさんが言った。
僕らの中で一番強いのはおそらくマサヤさんだ…この男なら一人でも大丈夫なような気がする…
それに…多分部屋の中はそんなに広くない…もし敵がいた場合…僕らも一緒にいたら…マサヤさんの邪魔になるだけだ……ここはマサヤさんに任せた方がいいだろう。
マサヤさんは僕を背中から降ろし…僕は左足だけで地面に立った…
『ツバサ…お前がフーゴを支えといてやれ』
と マサヤさんがツバサに言った。
『あんた…1人で行くつもりかよ…なんなら俺も一緒に行ってやってもいいけど…』
と ツバサはマサヤさんに言ったが…
『1人で十分だ…それにお前に一緒に来られても…足手まといになるだけだと思うしな』
と マサヤさんはツバサに言った…
ツバサは何も言い返さなかった…ツバサも不安だったのかもしれない…
ツバサは何も言わず…黙って僕の体を支えてくれた。
『じゃあ…行ってくる』
マサヤさんはドアノブに手を掛けた。
『気をつけて…』
サオリさんが小さな声で言った。
『もし俺が五分以内に帰ってこなかったら…この団地からすみやかに離れろ』
と マサヤさんは振り返ってサオリさんに言った。
が…
サオリさんは首を横に振った…
見捨てるつもりはない…という事なのだろう…
ガチャ…
マサヤさんは すんなり扉を開けた…どうやら鍵は掛かっていなかったようだ。
マサヤさんが小さく扉を開け…301号室に入ろうした時…僕はチラッと中を覗きこんだ…
中は思ったより生活感のある部屋だった…部屋の隅にはタンスがあり…床には掃除機が置いてあった。
バタン…
マサヤさんが行ってしまった…
…不吉だが…なんだかもう会えないような気がした…マサヤさんはもう戻って来ないんじゃないだろうか…?
不意にそんな事を考えてしまう自分が嫌になった…
『チヒロちゃん…もし妙な音が聞こえたら すぐに教えてね』
と サオリさんはチヒロちゃんに言った…
チヒロちゃんは黙ってうなずいた。
………
………
しばらく沈黙が続いた…
中からは何も聞こえない…チヒロちゃんも特に変わった様子はなさそうだ。
サオリさんはチラチラと何度も腕時計を見ていた…
………
………
この時間は…
とてもとても長い時間に思えた…
五分長すぎ…
つか…もう五分経ったんじゃないか…?
でもサオリさんの様子を見る限り…まだっぽいな…
五分経ったらサオリさんが知らせてくれるだろう…
てか部屋の中を見回るのに…こんなに時間掛かるか…?
団地の中なんてそんなに広くないんだし…一分もあれば見終わるんじゃないの…?
さすがにもう一分は経ってるだろ…
マサヤさんは一体何をやっているんだ…?
大丈夫かよ…もしかして何かあった?…
………
………
『そろそろ五分経つけど…』
と サオリさんが口を開いた。
『マサヤさん…遅いですね…』
僕は心配だった。
『遅すぎだろ…見に行った方が良くねーか?』
ツバサが不安そうに言った。
『たしかに…見に行った方がいいかもな…』
僕はツバサの意見に半分賛成だった…
もちろん様子を見に行きたい気持ちはあるが…あのマサヤさんが無事でなかったとすると…僕たちが行ったところで…敵に返り討ちにされるだけなんじゃないだろうか…?
………
気が付くと僕の足は震えていた…
こんな所いたら…僕らもいずれ殺られるんじゃないか…?
いや…まだマサヤさんが殺られたかどうかは分からない…
もし何かあったとしても…
今行けばまだ助けられるかもしれない…
やはり行くべきか…
僕は必死に考えた…
『あッ!!』
不意にチヒロちゃんが叫んだ…
と 思った瞬間…
バァンッ!!!!…ピチャピチャ…と
とてつもない爆発音がし…その後に何かが飛び散るような小さな音がした…
『くそッ!!』
と ツバサが言い…
ガチャッ!!…
ツバサはとっさに301号室の扉を開け…中に入って行ってしまった…
『待てツバサッ!!』
僕はツバサを追いかけるよう片足で歩きながら301号室へと入った。
中は何か独特な臭いがした…
何だこの臭い?…なんだか血生臭い…
僕は靴のまま家に上がり込んだ…
とりあえず僕は近くの部屋から順々に目を通しながら廊下を歩いて行った…
マサヤさんの姿は見あたらない…
僕は廊下を突き進み…リビングにたどり着いた…
僕は部屋の中を見回した…
リビングはさっきの爆発のせいか…家具などが部屋の隅の方に吹き飛んでいる…床は少し焼け焦げ…血だまりがいくつもできていた…壁には血と肉片のようなものが点々と飛び散っている…
『何だよ…これ…?』
僕は思わず声に出した…
ベランダにつづく窓は大きく割れている…その窓の前にはツバサが立っていた。
ツバサは呆然としながら窓の外を見つめている…
『ぅああぁぁあッ!!!!』
男の泣き叫ぶ声が聞こえた…
僕はツバサに歩み寄り…ツバサの見ている方向に目をやった…
僕は恐ろしい光景を見た…
そこには体の全身が燃え…火だるまになって のたうち回る男の姿があった…
その男の近くには…顔と胸の部分が弾け飛んだ…人の死体が転がっている…
………
『…意味…分かんねぇ…』
僕の口は…勝手にそう言っていた…