七幕・前編
長らく更新できず申し訳ありません。
今回は長くなるので前編後半に分けます。
訓練場はいつもと違い、熱気に包まれていた。
観覧席には主君・ロドニーⅡ世と三人公子が揃い、とりわけ憧れのアリエル姫が珍しく見学しているのだ。
公族の錚錚たる面子に、否応なしに騎士達は皆、心が高鳴った。
ある者は緊張、ある者は興奮、ある者は憧憬、ある者は敬愛にそれぞれ、「姫様が見てるいいとこみせるぜ!」と己を鼓舞している。
その中でも異彩を放つのがユーリット・ファベルだった。
彼女はいつも通り、落ち着いた表情で慣れているのか、さして興奮していない。
ヴァルフリートを腰に差し、動きやすい騎士服を着て、ポツーンとガタイがいい男達の騎士の列に並んでいる。
「兄上、あれがユーリットですか?」
第二公子のエドウィルは緑の瞳を爛々と輝かせて、隣に座るウーセル公子を見上げる。
「そうだ。」
「雪の妖精のように綺麗なひとですね。紫水晶のような瞳も綺麗で…ああ、一度間近で話してみたいなぁ…きっと鈴みたいに美しい声をしているんでしょうね」
エヘッとエンジェルスマイルを浮かべるエドウィル公子に、ウーセル公子は微妙な表情を浮かべた。
第二公子エドウィルは天然ジゴロであった。容姿は父似で髪や目の色は母似の爽やか系な12の少年だが、女性を天然で落とす機雷がある。
言動を注意すべきかウーセル公子は悩んでいると、エドウィル公子の左隣に座るマルセルが青い顔でカタカタと震えながら兄に忠告する
「…エド兄上、注意しろ!あの貧乳に喧嘩売ると燃やされるってサリアが言ってたぞ!」
「お馬鹿だね、お前は。僕が女性に喧嘩なんて売るわけないだろう?可憐な女性に喧嘩を売るのはお前ぐらいなものだよ。…女性の扱いをろくに出来ないとは我が弟ながら嘆かわしい。お前は一度燃やされてくればいい」
それはまるで、女性に喧嘩をうる馬鹿な弟が燃やされても仕方ないと肯定しているような言いぐさだ。
女性に優しく男に容赦ない。…本当に12歳なのかツッコミたくなる弟に渋面していると、直ぐ横の王座に座る父親が吹き出し笑う声があがった。
「燃やされるか、そりゃあ剛毅だな!ふむ…魔法使用は今回は良しとしようかのう!」
「父上…!」
「ありゃ、すまんなアリエル。冗談だ冗談。それより、お前顔色悪いが大丈夫か?」
ロドニー王は末席に座る姫を見ると、身体を小刻みに震わせ、白い肌をさらに青くさせている。
柔らかな黄緑色のドレスの裾を片手でにぎりしめ、口元にハンカチを当てている。
サリアかユーリットを探しているのか実に挙動不審だ。
「アリエル、」
「…む、始まるみたいだな」
ウーセルが声をかけようとした時、訓練開始を告げるファンファーレが訓練場に響き渡る。
ロドニー王は椅子から立ち上がると、眼下の騎士達にニカッと爽やかな笑みを浮かべ、息を軽く吸い込む。
「晴天に恵まれ、この日を迎えることを余は嬉しく思う。
しかし、我が騎士達よ、兵士よ。今一度問う。」
数十人の若い騎士達はゴクリと唾を飲み込み、年嵩の騎士達は皆、嫌な予感がすると言わんばかりの表情を自国の王に向ける。
ロドニー王は両手を広げ、高らかに叫んだ。
「アリエルに良いところ見せたいか!?」
その瞬間その場の騎士と兵士達は皆、硬直した
「ち、父上!!」
顔を真っ赤にするアリエルに父王は、破顔した。
「余は問うたぞ!アリエルが嫁入りしてしまえば、そなたらには二度とこのような機会はないぞ!己の雄姿を姫の目に焼きつけたいと言う勇者よ!己の実力を自負している兵よ!声を張り上げ、我こそはと雄叫びをあげよ!!」
その言葉に騎士達はパラパラと雄叫びを挙げ、軈て訓練場を揺らすような一体化した声が響き渡った。
「その意気込みや良し!!さあ、余とアリエルにその成果を、実力を見せてくれ!」
威厳ある王の言葉に兵士達はテンションがさらに上がりおおおぉ!!と雄叫びが既に耳に痛い。
「…なぁ、今の俺たち完全にスルーしてたよな」
「父上にとって僕ら息子は二の次なのだろうね。今日の主役は姉上とユーリット嬢だからね。」
暢気な年少組を尻目に、ウーセルは末席に座る妹に視線を向ける。
青白い顔で精一杯の笑顔を浮かべている。身体は小刻みに揺れて今にも泣き出しそうな勢いだ。
単一でも無理な姫が奇跡的に堪えている。
ウーセルは視線をアリエルからユーリットに向けると、彼女はアリエルを、心配そうに見つめている。
アリエルはユーリットに「大丈夫よ」と伝えるために笑顔を浮かべているのだ。
実に気にくわない。ウーセルは眉間の皺を更に深く刻み、ユーリットを睨み付けた。
「えー、それでは第一競技の説明をいたします。第一競技はいわば第二部の試合参加者を選抜する、ふるいの役割があります。」
拡声器に良く似た魔道具を使っているせいか、広い訓練場にサリアの声が響き渡る。
どうやら今回の司会進行はサリアがするらしい。
「第一競技は、外壁の周りを3周走り、そのまま用意してある馬に騎乗し、8つの柵越えをしてもらい、各々城の侍女を一人を抱き上げたままこちらの訓練場を二周してもらいます。」
トライアスロン並みにキツイ内容に思わず絶句、脱落者も半端なくおおそうだ。
「そして午後の第二部では上位40名により勝ち抜き形式による試合をしていただきます。
それでは各々位置についてください。」
《随分とまあ、やるなあの女官殿も》
「サリアさんらしい競技だね。」
《あいつ、絶対前世は蛇だぜ…もしくは女豹》
「…後で何言われるかわからないよ?」
ユーリットがそう苦笑すればヴァルフリートは《おーこわ!》とおどけるように笑った。
スタートを知らせる旗があがり、騎士達は一勢に走りだした。
***
「ご協力感謝します。」
「い、いえ…こちらこそ」
ユーリットは競技に協力した侍女の少女をそっと地面に下ろすと、恭しく一礼した。
ユーリットは汗はにじんではいるが、息ひとつは乱れておらず実に涼やかだ。
その場にいた一同は流石に沈黙した。
ユーリットの順位は3位
1位は騎士団長のユベール
2位は騎士団屈指の猛者と呼ばれる、ヨハン
彼らでさえ息が切れ切れだったのに、彼女は実に平然としている。
男に混じり、淡々と城壁の周り(約20km)を三周し、厩に控えていた暴れ馬と名高い白馬を瞬く間に乗りこなし、八つの段差のある柵を軽々と超えるて、控えていた自分より背が高い侍女(18)を軽々と抱き上げ、訓練場を凄まじい速さで駆け抜けた。
ウーセルすら顔が真っ青にさせるほどの出鱈目な体力だ。
因みに後にひとりの若い騎士が「どうやってそんな体力をつけたんだ?」
ユーリットに尋ねると、彼女はやや乾いた表情でこう答えたと言う。
「…お答え、しかねます。」
と、死んだ魚の目で哀愁を含んだユーリットの表情に、騎士は沈黙した。
ユーリットはアッサリと第一競技をクリアすると、午後に行われる第二部の試合準備に取りかかった。
第二部は、木刀による試合形式の戦闘訓練では甲冑を身につけなければならない。
星銀石で造られた甲冑は通常のプレートメイルとは違い、実に女性らしい作りをしていた。
柔らかな身体に、あわせるかのようなぴったりとした白金の甲冑通常、プレートメイルは甲冑の下にチェインスカート(鎖帷子)と呼ばれるものを着る。鎖で編まれた鉄の服は関節や皮膚を守る。
しかし、ユーリットの甲冑はそれが布で、甲冑と騎士服が融合したような姿だった。
胸元にはアリエル姫の象徴であるフリージアの紋様が刻まれ、正直 かっこいい。
彼女のために用意された更衣室から出てきたユーリットは、女性特有の柔らかさはなく、本当に13~14くらいの少年騎士のようだ。
控室を出て通路を通り、試合会場の闘技場につくと、既に40位以下の予選落ちした騎士達が観客として座っており、あちこちからユーリットにヤジを飛ばしている。
「女がしゃしゃりでてくんじゃねぇ!」
「どうせ、魔剣がなければ何も出来ないんだ。とっとと田舎に帰りな!」
侮蔑を孕んだ観客席の声に、ユーリットは表情ひとつ変えずに対戦相手をじっと見据えた。
プレートアーマーに携えている木剣、身長は180を超えているいかにも歴戦の騎士といった佇まいだが、表情はユーリットを明らかに軽んじており、ヘラヘラと笑っている。
「お嬢ちゃん、泣きをみたくなければさっさそんな鎧を脱いでドレスでも着るこった。」
「……。」
「ああ?ちったぁ喋れよ。それともびびってんのか?」
予想通りの言葉にユーリットは、呆れたようにため息を溢すと、木剣を握り直すと審判へ視線だけを向ける。
「それでは正々堂々と騎士らしい戦いを」
審判の合図で、二人は刃先を天にむけ、剣で顔を隠す騎士の礼をとり、観覧席の王達に一礼する。
「始め!」
「うらあああ!!」
対戦相手の騎士は先手必勝と言わんばかりに木剣を振り上げ、ユーリットの脳天めがけて振り下ろす。
「…。」
ちょうどユーリットの頭に当たる寸前で、ユーリット素早く身体を横にずらし、相手の利き手の籠手…振り降ろしてきた木剣を握るほうの手首めがけて木剣を叩き込む。
その速さは一瞬で、相手は防御もできぬままにユーリットのカウンターをまともにくらってしまった。
「うっ…うああああ!!いでぇえ!」
「そ、そこまで!勝者ユーリット・ファベル」
ユーリットの首よりも太い手首があらぬ方に折れ曲がり、赤く膨れ上がる手首を抑えてのたうちまわる騎士にユーリットは一礼すると、一瞥もくれないまま静かに控室へと戻っていく。
「…つ、強っ!秒殺かよ!」
「…え?…え?」
興奮するマルセル公子達だが、一瞬の出来事にアリエル姫は目を白黒とさせている
「…アリエル、あの娘が何をしたかわからんか?」
「は、はい…」
シュンと項垂れるアリエル姫にロドニー王は「無理もない」と笑う。
「ユーリット嬢は向かってきた相手の勢いを利用し、あたるかあたらないかのギリギリのところで横に体の向きを逸らせ、そのまま相手の剣を持つ手を叩き伏せたんだよ。」
「へっ…た、たったあの僅かな間で!?
」
驚くアリエル姫に、ロドニー王は目をキラキラと輝かせ、唇を吊り上げ、隣にいたウーセル公子に白い歯を見せた。
「…しかも相手の手首を軽くへし折りやがった。あり得ねぇ。なぁ?ウーセル」
「…はい。」
「何故あり得ないのですか?」
コテンと首を傾げるエドウィルとマルセルに、ウーセルは青白い顔を隠すように額に手をあてる。
「通常、プレートメイルは星銀製だ。わかるか?星銀は鋼より硬くて軽い。鎖帷子の上にその星銀製の鎧を着た人間が木剣で腕をへし折られることは、あり得ない。
見ろ、あの騎士の腕を」
ウーセルに顎で促され、二人の公子は担架で運ばれていく騎士の腕を注視する。
相手の騎士の手首は約90度に折れ曲がり、籠手も折れた腕と同様にぐにゃりと変形している。
「うぇっ!?」
「…うわぁ…」
痛そうに目を瞑るアリエル姫と、二人の弟公子の声に、ウーセルは眉間に皺を寄せながら、ユーリットが出ていった控室の通路に目を向ける。
恐ろしく正確無比な太刀筋は容赦がなく、一撃必殺で無駄がない。
恐るべき女だ。とウーセルは内心冷や汗を流す。
「…あの小娘、本気だったら木剣でも手首を切り落とす事が出来るやもしれん」
「はあ!?、そんなの出来るんのかよ!?」
「…それができるんだよなぁ。アルベール流剣術の《師の相伝》を持つ者ならな、な」
《師の相伝》
師から弟子へと伝えられる技巧を総じてそう言う。分かりやすく言うと《免許皆伝》みたいなものだ
アルベール流剣術はその中でも、習得が難しい。
肉を切って骨を断ち、その剣術は鉄をも切ると言う一撃必殺の斬剣術
別名《甲冑殺し》。
如何なる甲冑を着てもそれさえもこの剣術の前には無に帰してしまう。
ユーリットの祖父エドワードはその名手と詠われた剣士であり、数多くの暗殺者を葬り、ロドニー王の先代、アリエル姫達の祖父を護ったと言う。
相手の騎士の腕を平然とへし折ったユーリットの姿は祖父の若き頃と重なり、エドワードを知る古参の騎士達は、さぞ背筋に戦慄が走った事に違いない。
(…蛙の子は蛙というが、何も容赦がないとこまで似なくてもよかろうに。)
ロドニー王は自分の確信が間違っていなかった事に、苦笑を漏らした。
「確かに、あの腕で、アルベール流の相伝を受け継いでいるなら、ドラゴンに致命傷を負わせてもおかしくありませんね。…」
「認めるのか?」
「…っ。」
ニヤニヤと笑う父王に、ウーセルはプイッと悔しそうに顔をそらした。
***
「アルベール流か」
「…相手にとっては不足なし。やりますなあの娘。」
試合を見ていた騎士団長のユベールとヨハンは、興味津々といったような表情で先程の試合を振り返る
ユベールは28歳で騎士団長になった実力者であるが、同時にユーリットの兄達の士官学校時代の先輩にあたる。
ユーリットの兄たちから聞いた話だと、ユーリットは3歳で既に祖父との修業を開始していたという。
《祖父は妹が男でないことを、とても残念がっていました。》
と寂しげに笑う後輩の顔を思い出し、ユベールは苦い表情を浮かべた
(…確かに、エドワード将軍が惜しがるわけだ。)
剣術の申し子と言うべきだろうか、彼女は自分や、隣に座るヨハンより剣術の才がある。
しかも、実戦経験が豊富で、鍛え方も過酷なものだったのだろう。その重みが彼女の剣の端々からみてとれる
「…確かに、姫様の護衛には良い騎士だな。…けど他国に嫁いじまうのが勿体無いッ」
そう、勿体無いのだ。
アルベール流の剣士は国内には少ないし、ユーリットはその使い手の中でも上位だろう。
しかも、魔術や魔剣も使うというではないか…もっと早く彼女を知っていたら…。
「…さて、私はいくよヨハン。」
「決勝で御会いしましょう」
「できたらな。」
そう言うとユベールは控室へと向かい歩きだした