五幕
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今回から姫様編に差し掛かります。
「ごめんなさい!ごめんなさい!こんなゴミ虫生きててごめんなさぃい!!」
それがユーリットの主アリエル・ザレア・ ママレカの第一声だった。
図書館でサリアに起こされたアリエル姫は、サリアとユーリットの姿を寝惚け眼で見ると、サーっと顔を真っ青にさせて凄い勢いで謝り出したのだ。
「……。」
『……。』
無言になるユーリットに、相棒としてかける言葉が見つからないヴァルフリート。
嫌な予感ほど当たるものはない。
「姫様。何日部屋に戻られていないのですか?」
慣れているのか、サリアが淡々と尋ねるとアリエル姫は指で日にちを数え始める。
「…王都からバーデンファベルまで速馬車で2日。ユーリット殿の屋敷には二日間滞在し、通常の馬車で此方に戻ると4日。8日前後といったところでしょうか?」
その言葉にアリエル姫はコクコクと可愛らしく頷いた。
こころなしか、酸っぱい臭いがこちらまで漂ってくる。
「…食べ物は?」
「上の兄様が」
「そうですが、それはようございましたね。…覚悟はできてますか?」
「ご、ごめんなさい、サリア。この本だけ!まだ途中なの。」
「ユーリット殿」
「はい。」
ユーリットは何をすればいいのか自然とわかった。
わかってしまった。残念なことに
ゆっくりとアリエル姫に近づくと、初対面のユーリットにアリエル姫は戸惑う表情を浮かべる
「だ、誰?」
「ユーリットとお呼び下さい。本日より姫様の護衛騎士としてお仕えすることになりました。」
ユーリットは、アリエル姫の前に立つと、片膝をつき、震えているアリエル姫の右手を取るとその指先に口付ける。
「《我、ユーリット・ファベルはその真名を貴女に捧げ、その命を貴女に捧げ、騎士の家門の名の元に、アリエル・ザレア・ママレカに忠誠を誓い申しあげます》」
これは、騎士が主君に忠誠を誓う儀式である。
この誓いは生涯解けることはない主従の誓い。
一見神聖な光景だが、忠誠を誓った姫君が埃まみれでボサボサであるのが残念でならない。
「ひっ…き、騎士!?」
ザザザっと後退るアリエル姫に、ユーリットは立ち上がり、アリエル姫の元へと迷いのない足取りで歩み寄る。
『…ユーリ、この姫さん怖がってるぞ、大丈夫か?』
「け、剣がっ!?しゃ、しゃしゃ喋って…!」
『……噛みまくってんなぁ』
壁際までユーリットに追い込まれ、あっけなく逃げ場を無くしたアリエル姫は、可哀想に顔を真っ青にさせてボロボロと涙を溢している。
ユーリットを見るアリエル姫の表情はまるで捕食される小動物のようだ。
ユーリットはついさっき、傅き忠誠を誓ったはずの主を虐めるようで、心苦しかったが、サリアの目が「行け」と言っているため、仕方なく追い詰めてしまった。
さながら牧場で羊飼いに命令されて、柵に羊を追いこむ牧羊犬になった気分だ。
「姫様、ユーリット殿は今日から姫様を守る方。今はドレスですが、明日からは甲冑姿になられるんですよ?今から怯えてどうするんですか。」
「ひぃっ…だって!」
「姫様、良く見て下さい。かつて幼い貴女を取り囲んだ筋肉達磨とユーリット殿は違います。忠誠を誓った騎士に対して失礼ですわよ」
そのサリアの凛とした言葉に、アリエル姫はピタリと泣くのを止めてユーリットの姿を恐る恐る見る。
かつて幼い頃にアリエル姫を取り囲んだのは、ガタイが良い背が高い男達で、みな顔が厳つくて怖かった。
ユーリットはその騎士達とは違い、ほっそりしていて、自分と変わらない小さな身体をしている。
淡々としていて無表情なのは少し怖いが、涼やかな容姿の少女だった。
「…あれ?」
騎士と言う単語にトラウマをぶり返したアリエル姫だったが、トラウマであったマッチョな騎士とユーリットの姿が違うことに気がつき、カアアっと羞恥で頬を赤く染める。
「わ、わたくしったら…ごめんなさい。」
「いえ…こちらこそ、御無礼いたしました。」
頭をさげるユーリットに、アリエル姫はふるふると首を横にふった。
「いいえ。わたくしが悪いの。…改めてまして、わたくしはアリエル・ザレア・ママレカと申します。さっきは怖がってごめんなさい。ユーリット」
確かにハミエラ妃が言っていた通り、根は素直な姫君のようだ。
アリエル姫はふと、ユーリットの腰に帯びているヴァルフリートに気がつき、視線を向けると表情が強ばった。
「こ、これは…さっき喋ってた剣?」
「はい。私の相棒のヴァルフリートと申します。本日より私と共にアリエル様をお守りいたします。」
『よろしくな!姫さん』
アリエル姫はジッとヴァルフリートを見つめると、再びユーリットに恐る恐る視線を見上げる
「…ヴァルフリートって…トリギストフの聖魔十剣の?」
「はい。」
「英雄イーリアスの魔剣?」
『…良く知ってんなぁ。』
ヴァルフリートの言葉にアリエル姫は完全に機能停止して、固まってしまった。
「…知らなかった。有名なの?」
『いんや。元相棒はちらほら歴史に出てくるが、俺はほとんど無名だぜ?イーリアスの死後はずっと森の中だったし』
「へぇ」
ユーリットはあまりそう言う話をヴァルフリートから聞いていなかったらしく、純粋に驚いているのか興味深そうに相槌をうっている。
そんなひとりと一本を尻目に、アリエル姫はその場にへたりこみそのまま気絶してしまった。
『お、おい。姫さん!』
「…ひ、姫様!」
「やはり…こうなりましたか…。」
慌ててかけより、アリエル姫の身体を起こすユーリットに、サリアは溜息を漏らすと、懐からハンカチをとりだし、アリエル姫の口元の涎を拭う。
『…やっぱり俺が恐かったのか?』
「違います。確かに姫様は武器だけで怯える方ですが、これは容量が超えただけです。」
「容量?」
「姫様は、未知のものを見ると非常に混乱される方で、恐らく魔剣殿の存在が姫様の許容範囲を大きく凌駕してしまっただけです。」
「つまりヴァルが魔剣ということに、びっくりして気絶した。と?」
「ええ、…見ての通りです。」
そういうサリアにユーリットとヴァルフリートは複雑な気分になった。
馬車でサリアが懸念していたのは、この事だったらしい。
喋る剣と言う存在事態がアリエル姫にとってキャパオーバーだったのだろう。
怯えられるより、これはこれでキツイ。
「起きたら、多分落ち着いてるので大丈夫ですよ。…気絶してくれたのは、むしろ好都合です。さっさと部屋に運びましょう 」
『好都合って、お前…本当に姫つきの女官か?』
サリアはフッと唇を吊り上げヴァルフリートに視線を向ける。
「女官ですが、何か?」
女官サリア・マートック。魔剣をも黙らせる彼女にユーリットは背筋に寒いものを感じた。
彼女を敵にしてはならない。そう本能が警鐘をならしていた。
ユーリットはアリエル姫を抱き上げ、姫の部屋に連れて行くと侍女達が待っていましたと言わんばかりに、ユーリットからアリエル姫を奪うと、手際よく服を脱がしていく。
ついでにユーリットも何故か捕まり、服の採寸をされてしまった。
去り際に「騎士服楽しみにしててください。」とにこやかに言われたあたり、ハミエラ妃の寄越したお針子達だったらしい。
お風呂場へと消えたアリエル姫を見送ると、ユーリットはサリアとアリエル姫が戻ってくるまで、今後の話し合いをすることになった。
「ユーリット殿、貴女はまず、姫様と共に軽いエリストナ王国の結婚形式について学んでいただき、エリストナ王国の風習と礼儀作法を二週間以内に復習して、エリストナ王国とママレカ公国の国境の街ベルーシで結婚式をあげて頂きます。」
「国境…ですか?」
「はい。嫁ぎ先であるギャレット侯爵家の領地でもあります。ギャレット侯爵家はベルーシの他にも7つの村と8つの町を保有しています。
たまたまベルーシはママレカ側とエリストナ側の境に位置しているため、式場もベルーシが良いだろうと言うことになりました。」
「…大貴族なのですね。」
「ええ、アルファン子候は王太子殿下とは乳兄弟。ギャレット候は国王の側近。しかも、領地は全て国境線沿いにあります。それが意味することが解りますか?」
試すようなサリアの謎かけにユーリットは、眉間に皺を寄せる。
「…軍の家系ですか?」
「その通り。防衛線の要所を護る軍の最高顧問。それがギャレット一族です。つまり、貴女の結婚はただ後宮にはいるためだけではないと言うことを肝に命じて下さい。」
その言葉にユーリットはやや顔をうつ向かせた。
ギャレット一族との結婚。それはユーリットが後宮に入る事の他にも意味を持つ。
ベルーシは有名な城壁に囲まれた要塞都市だ。そこには常にママレカ公国が他国に侵略された場合に動く軍がある。
ママレカ公国の防衛を左右するギャレット一族に、ママレカ公国の貴族が嫁ぐという事は軍事同盟の強化を内外にアピールする事になる。
農民のハミエラ妃と再婚を6年の月日をかけて、巧妙な手口で周囲を納得させたロドニーⅡ世の事だ、ユーリットの結婚を布石のひとつとして考えていてもおかしくはない。
「…しかし、サリアさん。1ヶ月で結婚の準備と言うのはいささか無理があるのでは?」
「ええ、貴女がそう感じるのは当たり前です。ですが、貴女の結婚の準備はとっくに完了しているんです。」
「え゛」
『…ああ、どうりで手際が鮮やかだと思った。』
呆れたようなヴァルフリートに、ユーリットは顔はしかめた。
「…どういう事?」
『つまりだ、お前の意思なんぞ関係なく結婚を進めていたと言うことだ。
お前、変だと思わなかったのか?五年も帰ってない部屋のクローゼットに、お前にぴったりなサイズの服があるのとか…』
言われてみればそうだ。部屋はこざっぱりしていたし、クローゼットには何故か自分の身体に合った服があった。
ユーリットとて成長しているのに、ぴったりな服をエリーゼ達が設えるなんて無理だ。
『この件は…エナも噛んでるな。』
「……っ」
ユーリットの服の注文は全てギルド経由で職人ギルドに行く。それを発注するギルドマスターのエナがユーリットの情報を流した可能性が高い。
つまり、ユーリットの知らないところで全て決められていたと言う事になる。
信頼していたエナが関わっていた事に、ユーリットはショックを隠せず、思わずドレスの裾を握りしめた。
そんなユーリットの表情にサリアも、苦い表情を浮かべている。恐らくユーリットに対しての罪悪感を彼女なりに感じているらしい。
「…強引な手口だった事はお詫びします。 しかし、それだけ急ぎだったと言うことは理解して下さい。」
「…っ…はい。」
そもそも、ユーリット自身、長期のクエスト中でギルドに居なかったせいもある。
今更、エナや家族、サリアを責めてもしかたがない。
ユーリットは、ギュッと瞼を閉じて、サリアの言葉を必死に飲み込んだ。
これが国家の意思と言うものだろう。
酷いと思う反面、合理的で鮮やかな手際だと感嘆してしまう。
そこには個人の意思はなく、国の意思のみが存在しているようだった。
けれどあの日サリアに誓った言葉はたしかにユーリットの本心からの言葉だった。
アリエル姫を護ること。それは自分が唯一決めた意志である。
その誓いだけは、誰にも否定されても、侮辱されても守り抜かねばならない
こうなったら、この身をかけて姫を護りぬこう。そもそも自分の役目は護衛であって結婚なんて後宮に入るための口実だからと、ユーリットは無理矢理納得した。
そう、夫婦生活の心配より姫を優先にして、あえて夫の事は考えないようにしたのだ。
しかし、この時の決意が厄介な事を招くことになるとは、ユーリットは知らずにいた。
サリア無双再び…
読み返すと設定の説明文がクドイ感じがしますよね。
感想でもご指摘を頂いたんですが、どうも語彙が乏しいため表現が難しく自分でもどうするか悩んでます。もしかしたら書き直すかもしれません。
でも話のプロットが脳内で出来上がってて、どうしてもこの先の展開を書きたいという欲もあります。
出来るだけ並行して直していけたらと思っています。
所々クドイ文章があると思いますが、どうかお許しください。