四幕
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姫様がやっとこさ登場します。
誤字脱字があったら改善いたしますので教えて下さい
1ヶ月後の婚礼までに、軽いエリストナ王国の伝統や風習や、礼儀作法を学ぶためにユーリットはサリアと共に王都に訪れていた。
今、彼女が着ている服は可憐な藍色のベルベット生地のドレス、黒いパンプス、控えめな黒いリボンが良く似合っている。しかし、一見深層の令嬢のような姿だが腰に帯びている真っ黒な剣は、何処か異質であった。
『しっかし、あのユーリットが結婚とは時間が経つのがはやいねぇ』
どこかの居酒屋の親父みたいなヴァルフリートの台詞に、ユーリットは、微笑んだが、向かいに座るサリアは苦々しい表情で、ヴァルフリートをみる。
「…相変わらず、人間臭い魔剣ですね。」
『だって、魔族に転生する前は人間だぜ?人間臭くて当たり前だ。巨乳女官』
「不快な呼び名で呼ばないで下さい。ユーリット殿、どうして斯様な魔剣と契約したのですか」
サリアは、この王都にきてからユーリットの事を様付けで呼ぶのをやめた。
サリアもアリエル姫に随伴するので、同じく側近として随伴するユーリットを様付けに呼ぶのは、同僚としてよそよそしいし、姫と区別するためあえて呼ばない方がいいと考えたのだろう。
そのせいか互いに遠慮がなくなった。
「…ヴァルと一緒にいたいと思ったので…どうしてと言われても。」
「…簡潔な理由すぎて、余計に理解できません」
サリアは額に手をあてると、チラリと馬車の窓の外へと視線を向ける。
近づいてきた王城を馬車の窓で確認するとサリアはユーリットに向き直る。
「…ユーリット殿、実は魔剣殿の存在は姫様にはまだ話してはおりません」
「…?」
「刃物を見るだけで怯える方なので、喋るとなると…。」
「あぁ。」
ここ王都に来るまでにユーリットはアリエル姫の人となりを予めサリアから聞いていた。
アリエル姫はハミエラ妃がまだ公妃にあがる前、ロドニー王との恋人期間中にできた姫君だった。
農民であったハミエラ妃とロドニー王との結婚の道のりには当然障害があり、それを乗り越えて結婚するのに6年もかかった。
アリエル姫はその期間中に産まれた姫君で、5歳まで近くの村で育てられていたという。
のんびり村で育てられていた姫君の元に、いきなりフル武装した騎士達が大勢迎えにきたら、姫でなくともビビるのは当たり前である。
それ以来、アリエル姫は騎士がどうも苦手らしく見ただけでも涙を浮かべるらしい。
性格的にも内向的で、良く図書館に引きこもるびびりで泣き虫な姫様の事だ、大いにヴァルフリートを怖がるかもしれない。只でさえヴァルフリートの姿は墨のように真っ黒で無気味だ。
皆が皆、ヴァルフリートみたいに喋る魔剣を受け入れるわけじゃない。気味悪いと言う人間は沢山いるのをユーリットは知っている。
だが、ヴァルフリートはユーリットにとって大切な相棒だ。姫様に嫌われたくはない。
それに護衛となる以上、ヴァルフリートは常に不可欠な存在なので、姫様には我慢して貰うしかない。
「すいませんが、私は隠したくありません。ヴァルにも姫様を守ってもらう以上、慣れて頂いた方がいいと思います。」
「……一理あります…急に出すより最初に出しておいた方が…まだ傷は浅くてすみますかね…。」
「珍しいですね。サリアさんがそんなに悩むなんて…。」
ユーリットは王都への旅の途中からサリアとは、打ち合わせで話し合っていたのでだいたいサリアがどういう人間かは把握していた。打てば響くような素早い対応力に、物事を現実的な視線からみて白黒はっきりわける頭脳。
王宮女官でも女官長になれる人材だ。そんな彼女が酷く気を揉むような…酷く困惑している姿は珍しい。
「姫様に会えばわかりますよ…。」
『…とてつもなく嫌な予感がするんだが…』
「…うん。」
有能な彼女をこれほど悩ませるアリエル姫様に、ユーリットは会いたくないような、会いたいような微妙な気持ちで、深く溜め息を吐くサリアを見つめた。
赤き城・ヴァーミリオン城。
2500年前に赤衛鉱石と呼ばれる鉱物で作られたその城は、ママレカ公国と名を変えても、所有する王家が変わっても王宮としての機能は健在で、世界でも五指に入るほど堅牢な城として有名である。
一見、赤茶の煉瓦のようだが、この世界で一番堅い鉱石で造られている。熱にも強く、全く焦げもしないので別名、火防石とも呼ばれている。
そんな堅牢な城は意外と素朴なつくりをしている。
森と一体化した城の空気は穏やかで、華美な装飾はあえてされておらず、内装もそれに沿った造りをしている。
日本で言うところの「わびさび」といった感じだろうか。
ユーリットは一目でこの城が好きになった。
サリアの先導で、王宮の廊下を歩いていると前方から誰かがやってきた。
質素な緑のドレスを着たぽっちゃりとした体系の優しそうな中年女性で、若い頃はさぞ可愛らしい人だったのだろう。
栗色の髪を纏め、頭には額には緑柱石と金でできたサークレット。薄い萌黄色の透けたベールが品の良さを醸し出している。
傍らには10歳ぐらいの金髪の美少年がおり、こちらをジッと見つめている。恐らく親子なのだろう。顔立ちがそっくりだ
サリアはさっと道をあけ、黒いドレスの裾を軽くあげて、その二人に頭をさげ一礼する。 ユーリットは慌ててそれに習い二人に一礼した。
「ごきげんよう、サリア。やっと帰ってきてくれたのね?」
「遅参いたし、申しわけございません公妃様。マルセル様とお散歩ですか?」
「ええ。今日は天気が良いから。それより、貴女が居なくてアーちゃんがまた引きこもっているのよ。…困ったわ半年後に結婚だというのに。」
「…左様でございますか。さっそく姫様の元に行って引き剥がして、部屋に連行いたします。」
「……。」
『……。』
ヴァルフリートとユーリットは思わず口を引き結んだ。ツッコンではいけないと脳内が警告していたからだ。
必死に空気になるのに努めていると、ハミエラ妃がこちらに視線を向けた。
「サリア、こちらの可愛らしいお嬢さんはどなた?」
「は、彼女はアリエル様の護衛として本日より仕える事になったユーリット・ファベル嬢です。ユーリット殿、この方々はハミエラ妃殿下とマルセル第三公子様です。」
「お目にかかれて光栄でございます。妃殿下と公子様におかれましてはご機嫌麗しく…」
「…貧乳だな。」
ユーリットが挨拶の口上の途中に、ハミエラ妃の傍らにいた天使のような容姿の 公子がサラリと爆弾発言をした。
思わずユーリットは絶句。ハミエラ妃がマルセル公子の頭をグーで殴るまで機能停止していた。
「ご、ごめんなさいね。ユーちゃん。マルちゃんたら生意気な盛りなもんだから…。こら、ユーちゃんに謝りなさい。」
「えー…貧乳は事実じゃん。」
「マルちゃん?」
「ゴメンナサイ。ユーリット」
拳を握りしめる母の姿にマルセルは高速で謝ると、プイッとそっぽを向いてしまう。
『っぶはははッっ!!げっ、げほっ』
「ヴァル。」
馬鹿笑いするヴァルフリートにユーリットは窘めると、そっぽを向いていたマルセルが、驚いたように此方を見やる。
「は?今の誰?!」
『っ…ここだよここ!』
ユーリットの腰に視線を向けると、マルセルは目をキラキラと輝かせる。
「すげぇ!お前、剣だよな。喋れるの?」
『おう!魔剣だからな』
「え、魔剣…?」
「マルセル様。この剣は《転換の魔剣ヴァルフリート》といってトルギストフの聖魔十剣のひとつ。
そのヴァルフリートの主であるユーリット殿は、姉君の護衛騎士となられる程の凄腕の魔法騎士。これ以上生意気な口をきけば骨も残さず焼かれますよ?」
「や、焼くのか?」
「焼きません。」
サリアの説明に間髪入れずにツッコミをいれたユーリットの表情は苦々しい。
公族なんぞを焼いたら一族と屋敷が焼かれる。
それに、子供の言葉に腹をたてるほどユーリットは狭量な人間ではない。
サリアの黒い笑顔に怯えたのか、はたまたユーリットに怯えたのか、マルセルは母の後ろに隠れるとカタカタと震えている。
「ふふっ、サリアったら相変わらず見事な躾方だわ。私ったらすぐに手が出るから貴女を見習わなくっちゃ。」
「いえ、わたくしなどまだまだ…。」
(…遠慮するとこ、違う。というか見習わなくていいから公妃様)
ツッコミを入れるのに口に出さないのは、ユーリットが空気を読める人間だからだ。
「ユーちゃん。アーちゃんはちょっと問題がある子だけど、とっても心根は優しい子なの。あの子、ちょっとお間抜けさんだからサリアと一緒に支えてあげてね」
「は。身命を賭してお守り申しあげます。」
「ふふ。頼もしいわ。そうだ!貴女のため騎士服と鎧を用意しなくてわね。男装の女騎士、素敵だと思わない?」
「ええ。素敵ですわ妃殿下」
「ならば、善は急げね。わたくしの方で手配しておくわ。後で採寸しましょうねユーちゃん。」
「あ、あの公妃様…私は…」
「ね?ユーちゃん。」
「…はい。公妃様」
有無を言わせない公妃の笑顔に、ユーリットは根負けして頭を下げた。
『…濃いな』
「…うん、濃い。」
ハミエラ妃とマルセル公子と別れた二人と一本は再び王宮の廊下を歩いている。
やけにフレンドリーなハミエラ妃は初対面からユーリットをちゃんづけだし、マルセル公子に至っては外見と中身との落差が違い過ぎる。
姿は理想的な気品溢れる王子様、脳は生意気なガキんちょ。
恐るべしママレカ公国の公族。実に濃い。
魔剣も主人公も霞む濃さだ。
ユーリットはアリエル姫のが会うのが早くも怖くなっていた。
「つきましたわ。」
サリアはある部屋の前に立ち止まると、その部屋のプレートを見上げた。
図書館とプレートに書かれた扉に、ユーリットは首を傾げる。
「ここに姫様がいらっしゃるんですか?」
「ええ。姫様は無類の本好きで、一度入るとここから出てきません。…そうですね。これからは貴女にも手伝って頂く形になりますが…よろしいですか?」
「手伝うとは…いったい何を。」
「大丈夫です…指示を出しますから。わたくしも、もう歳ですから…正直、手伝っていただくと有難いのですけど」
「…良くわかりませんが、わかりました。」
「貴女のその空気が読めるところは助かります。」
そう言うと、サリアは観音開きの扉を空けると、ツカツカと真っ直ぐな足取りで歩きはじめる。
ユーリットは慌ててその後に続くと、その広さに目を見開く。
天井まで突き抜ける広い空間、壁に埋め込まれた本棚には沢山の蔵書が並び、それが三階…いや四階ま続いている。
国営図書館並みの蔵書の数に、目を白黒とさせながらユーリットはサリアの後に続く。
サリアは一番上の階まで登ると、一番日当たりが悪い角へと向かい、そこにいる何かを見下ろした。
ユーリットは、サリアの後ろからそれを見ると思考停止した。
くすんだ金色のモップみたいな生き物がそこにいた…。
紫色のドレス(と言うには薄汚れいる)、ボサボサなくすんだ金髪(後頭部の髪の毛がなぜか顔を隠している)本を離すもんかと言わんばかりに抱きしめる丸まった華奢な身体。
どうやら寝ているらしく、「すうすう」と寝息が聞こえる。
ぺたりと床に座り込み、額を床に付けて器用に寝ている姿に、ユーリットは思わずドン引きした。
そんなユーリットを尻目にサリアは、息を大きく吸い込むと声を張り上げた。
「起立!!」
「は、はひ!?」
驚いて、跳び起きるとモップみたいな生き物はピシリと背筋を糺す。まるで軍隊の兵士のような姿にユーリットは頭が痛くなった。
髪はフワリと背中に戻り、ようやくその顔が見ることができた。
フワフワした波打つ金髪に、新緑の葉のような綺麗な瞳。白く透けた肌に、薔薇色の頬。
春を告げる妖精のような可愛らしい顔だが、残念なことに額には床についていた跡がうっすら赤くついており、口元には涎…顔や髪、ドレスは埃まみれになっている。
アリエル・ザレア・ママレカ(15)
彼女こそママレカ公国第一公女にして、ユーリットが生涯ただひとりの主となる少女であった。
自分の作ったキャラクターは悪役含め大抵思い入れがありますが…マルセル君は特にお気に入りです。
外見は貴公子中身は残念な美少年は書くのが楽しいです。
マルセル君は実は最初、甘えん坊をイメージしてましたが、生意気にしちゃいました。(後悔はしていない)
ユーリットが濃いキャラクターの被害者になりつつあります。生暖かな目で見守って頂ければ幸いです。