三幕
拙い文章を読んで頂きありがとうございます。
今回はエリストナ側がメインになります。
エリストナ王国王太子近衛師団師団長
アルファン・ヴィ・ギャレットは目の前の王太子に、胃がきりきりと痛み。思わず腹部に手を当てて歯を食いしばる。
気まぐれで、気分屋でその上、ドSで腹黒。これが自国の王太子じゃなければとうに殴り飛ばしている。
王太子のエルンストとは乳兄弟で、アルファンの父も現国王の側近をつとめているほど、ギャレット家と王家の関わりは深い。
小さな頃から手に負えなかった王子だが、ようやく側妃を迎えて落ち着くかと思えば、ますます酷くなる一方で、王太子による被害が例年比に比べて1.5倍に増え続けている。
アルファンもユーリットとは別の意味で苦労人だった。
アルファンはトルギストフの聖魔剣のひとつ、《抑止の聖剣・オフィーリア》に主として選ばれるほどの実力のある将軍だが、強烈な性格の王太子の乳兄弟に産まれたせいか、完全に世話係を押し付けられ、王太子が問題を起こす度にその尻拭いに奔走させられている。
そのため、部下達から《不憫将軍》とか言われて、生温かな視線を向けられる始末…。
気まぐれな王太子の無理難題な注文も耐えぬいてきたアルファンだが、今回ばかりは笑って済む問題では無かった。
「殿下、すいませんがもう一度、おしゃって頂けますか?」
「お前のお嫁さんが1ヶ月後にくるから支度しなよと言ってるんだけど…。何?親父殿からは聞いてないの?」
「…残念ながら初耳にございます。」
確かにママレカ公国から半年後に王女を王太子の側妃に迎えるとは聴いてはいたが、自分に嫁がくると言うのは初耳だ。
「えっと、名前はユーリット・ファベル(17)ファベル伯爵家の長女で、名将エドワード将軍の孫娘。小さなころより祖父から剣術を教わり、弱冠11歳で冒険者ギルド《海の秘宝》で働き、15歳で魔法騎士の称号を取得。竜退治15回、盗賊、海賊の捕縛及び殲滅18回。その他の護衛経験が豊富でついた二つ名が《黒剣のユーリット》…へぇ、お前にぴったりのゴリラ女じゃないか。」
「…と言うかなんで伯爵令嬢が冒険者やってるんですか。竜退治とか盗賊殲滅してるとか普通の令嬢がすることじゃないですよ。て言うかそれ…本当ですか?疑わしいことこの上ないんですけど」
「本当だよ。間違いない。父親の借金と、病気がちな母親の治療費のために冒険者やってたみたいだね。3千万ルークの借金を四年で完済してて、その後は家へ仕送りしているとか…この子17歳にして壮絶な人生送っているねぇ」
ヘラヘラと笑いながら調査書読む王太子に、眉間に皺を寄せる。アルファンも思わずなんて不憫な子だろうと思ったが、自分との結婚となると話は違ってくる。「…つまり、そのユーリット殿はアリエル姫の護衛として後宮にはいるため、俺と結婚すると言うことですか?」
「そうだよ。良かったね、逞しいお嫁さん貰えて」
「全然嬉しくないですよ!何で俺なんですか!?他にもいるでしょうが!」
思わず立ち上がり抗議すれば、エルンストは気だるげに金色の相貌をアルファンに向けてニヤリッと笑う。
「みんな嫌がったから君にお鉢が廻ってきたんだよ。アリエル姫の側近の夫となる家格の貴族は、お前しか残っていないし、結婚適齢期だから丁度いいんじゃないかと、お前の親父とうちの親父殿がサクサクと纏めちゃったんだ。僕に抗議しても無駄だよ」
「…っ…」
思わず胃が痛み、項垂れるアルファンに、エルンストは王妃に良く似た甘い笑顔で追い討ちをかけるように言い放った。
「僕も嫌々お嫁さんもらってるんだから、お前も諦めてお嫁さん貰いなよ。」
その言葉はいつになく真っ当な言葉だったのでアルファンは余計に腹が立った。
普段チャラチャラしてる奴から正論を言われると余計に腹立たしいことこの上ない。
拳を握りしめて、アルファンは勝手に縁談を決めた父親に怒りの矛先を向けると、ゆっくりと執務室の扉へと向かった。
アルファン・ヴィ・ギャレット(25)
王太子と胃痛との戦いは今日も寝るまで続く
エリストナ王国の国土は、作物を育てるには適さない土地だった。
年々クリエストロ帝国と反対に、気候が暑いために植物があまり育たない。
どちらかと言うと、鉱物資源が豊富で、鉄や金、銅などがよく取れる。
砂漠化していないのは地下水が豊富なことと、暑さに強いエブナの木がたくさん自生しているのが大きい。
そのため、エリストナ王国は北国のクリエストロ同様にママレカ公国の食糧を頼りにせざるを得ないのだ。
クリエストロは、宝石類や加工技術なら世界一の技術力を有した国で、エリストナで仕入れた材料で飾物や工芸品をつくり他国に高い値段で売り付ける。また、軍事技術も高く彼らが作る武器も主力製品のひとつだ。
軍事力ならエリストナも負けてはいない。
エリストナは世界一冒険者ギルドが多い国で、初代国王は傭兵だったことから、傭兵の国と呼ばれる猛者揃いの国だ。
もしママレカ公国に手出ししようものなら、この二つの国が黙ってはいない。
分かりやすくいうと、目の前の美味しそうな羊を食べようとすると、後ろに控える狼と獅子に逆に食い殺されてしまうと言う状況が400年ぐらい続いている。
三国の関係は、各々良好で歴代の王族同士の結婚も多くある。
現に、王太子エルンストの母はクリエストロ帝国皇帝の妹である。
現在、夫であるエリストナ国王 バルジⅥ世は五人の公爵に頭を悩ませていた。
確かに王族同士の結婚は近親婚を招きやすいが、エリストナ王家とママレカ公国公家の縁談は約150年ぶりだ。近親婚と言うには不適切だろう。
それなのに五人の公爵達はアリエル姫の母の出自の事などを理由に、難癖をつけてくる。
その背景にあるのは現在の王室に原因がある。
クリエストロ帝国は一夫一妻を基本としており、エリストナ王家のような後宮と言うものはない。
そのためバルジⅥ世と王妃が結婚する際にある確約を結んでいた。
《王妃以外の側妃をとらないこと》
それが王妃を嫁がせる時のクリエストロ側の唯一の要求であった。その要求のおかげか王妃と国王との仲は非常に円満で、三人の子を授かっている。
面白くないのはエリストナ王国の貴族達だ。彼らは自分の娘を後宮にいれることで立場を築いてきた人間だ。
特に五大公には国王に嫁がせるためだけの娘がいたのだが、彼女らはその役目を全うできず、家格の低い家へと嫁いでいった。
現大公達はその兄や弟にあたる。姉妹達の悲劇を見てきた人間としては、自分の娘に同じ轍を踏ませたくないのは当然の事だ。
強引に後宮に娘達を捩じ込む事に成功して、いざこれからと言う時に、ママレカ公国との縁談は寝耳に水だったに違いない。
ママレカ公国も一夫一妻制が主流だ。
五大公としては、クリエストロ帝国と同様の要求をされた場合、やっとこさ後宮にいれた娘達が後宮から出されるかもしれない。
それに過剰反応をした公爵達は一致団結し、公女の王妃入室を阻止する事に同意した。
公女の血に流れる《慈母の恩恵》などどうでも良い。これ以上余所者に王室を牛耳られるのは我慢ならない。
それが五大公と呼ばれる公爵達の意見である。
まさに国益を無視した貴族らしい矜持を全面に出した、歪んだ考え方だ。これには流石の国王も辟易した。
(私情入り過ぎだろう…五大公。)
別にママレカ公国は後宮に対してなんの不平不満はクリエストロみたく言ってはいない。あちらは、どちらかと言えばお国柄的に他国の文化に自分の文化を押し付ける事はしないタイプの国だ。
確かに後宮の事は良くは思ってはいないだろうが、それを言える立場でもない。
そもそも王族の結婚とは、外交手段のひとつであり、国益に大いに影響を及ぼす一大プロジェクトだ。
本来、五大公のような貴族達が口を挟むこと事態こそ越権行為だが、中央政治に関わらない地方領主たちが殆ど五大公側についてるせいか、増長しているため聞く耳を持たないのだ。
穏便に事を進めたい王はどうしたものかと、宰相に相談したところ、返ってきた答えは
「それ以前に王太子様をどうにかして下さい。」
と冷たい眼差しで言われてしまった。あの馬鹿息子が!と内心罵倒したが、あの性格は今更変えようがない。
ハァと溜め息を思わず溢す。
「…こうなったらアルファンとその嫁に頑張って貰うしかないか」
息子の側近であるアルファン・ヴィ・ギャレットにアリエル姫側の側近になる少女ユーリット・ファベルとの結婚を決めたのは、息子と姫をくっつけさせて早く子供を作らせるためだ。
側近同士が夫婦なら、お互いの主の情報交換とかやり易いだろうし、それとなく二人の後押しをしてくれる…はず。
流石に五大公もエルンストとアリエル姫の間に第一子が産まれたら、アリエル姫を王妃にすることに文句を言えないだろう。
アルファンとユーリットには是非とも二人の恋のキューピッドになって貰わねば!!
そして、可愛いい初孫を今度こそ理想的な王子に…いや姫でもいい。父親に似ないよう私が育ててみせる!
バルジ・ファタ・エリストナ。(45)
やや薄くなった髪の毛と戦う王の背中には、充分五大公に匹敵するほどの私情が混ざった決意が宿っていた。
お気に入り登録ありがとうございます。
王太子のキャラクターは強烈でサクサクっと書けました。
父親の国王を親父殿と呼びにしたのは、何となくです
多分公式の場ではきちんと「父上もしくは陛下」と呼んで猫かぶってます。
体面とかどうでも良さそうな人だけど、アルファンに言われて渋々そうしてます。
国王陛下も中々に濃い人なのでやっぱり書いてて親子だなぁと感じます。
では次回