二幕
・トルギストフの聖魔十剣
現在4本は消失、6本が現存している。
ヴァルフリートとユーリットの出会いは別の機会に出します
・ファベル家一覧 ・
祖父・エドワード
祖母・ブリジット
父・ユリアス
母・エリーゼ
長兄・ロベルト
次兄・ルイス
末娘・ユーリット
※祖父のエドワードと祖母のブリジットは既に故人です
早朝4時、まだ朝日も昇らない暗い道を馬車がある一軒の舘へとやってきた。
ロベルトはそれを待っていたかのように、手にランプを持ち、来訪した馬車を使用人と共に出迎える。
馬車は家の玄関先で停車すると、中から30代ぐらいの黒いドレスに身を包んだ女性が、馬車から降りてきた。
「お待ちしていましたマートック夫人。」
「ごきげんよう。ロベルト様。妹君が御帰還されたとお聞きし急いで王都を出たのですが、何分急だったためにこのような時間に到着とあいなりました。申しわけありません。」
「いえ…さぞお疲れでしょう。どうぞ中へ。暖かい紅茶をお入れしましょう。」
皆寝静まる早朝にやって来た客は、そっと屋敷を見上げると、ロベルトの後に続き、歩きはじめた。
「おはよう…ヴァル。」
『ふぁあ…もう朝か。おはようさん。』
ユーリットはべットから起き上がると、壁に立て掛けた相棒のヴァルフリートに朝の挨拶をする。
ベットから降りてクローゼットを開けると、母が揃えたのかシンプルで趣味の良いドレスが何着かあり、水色のドレスを選ぶと早速着替えることにした。
ちょうど支度を終えた頃、ドアのノック音が部屋に響き渡り、ユーリットは扉へと向かう。
最近雇い入れた使用人が朝食を伝えにでもやって来たのだろうか…?
扉をあけると、黒いドレスを着た知らない女性が立っており、ユーリットに膝をやや屈めて会釈した。
「…?」
「失礼いたします、私は王宮女官を拝命しておりますサリア・マートックと申します。」
「お会いできて光栄ですマートック夫人。私はユーリット・ファベルと申します。以後お見知りおきを」
王宮女官と言うことは、貴族の未亡人だ。ユーリットは冷静に会釈を返す。それをサリアは目を細めてジッと見つめると何か納得したのか、軽く頷いた。
というか、何故田舎街に、しかも我がボロいファベル家の屋敷に王宮の女官がいるのだろうか。しかもいきなり朝一番でユーリットの部屋に訪問したのは何の目的があってのことなのか…。ユーリットは内心、慌てたが、長年の経験上、対応は迅速に冷静に対処するのに慣れていたため咄嗟に挨拶出来たのは不幸中の幸いだろう。
しかし、ユーリットは未だに状況が理解できずにいた。
「あの?」
「失礼、想像したよりも華奢な方だったので…。不快になられたら申し訳ありません。よろしければ、食堂にご一緒いたしませんか」
「…はい。」
ユーリットは脳内でサリア=父の客と認識するとサリアと共に部屋を出た。
「朝早くに不躾な訪問をお許し下さい。実はわたくし、公務でこちらに来たのですが、二、三貴女にどうしても伺わなければならない案件があり、こうして恥を忍んで朝食にお誘い致しました。申し訳ありません」
つまり、個人的に聴きたいと言う事は、ユーリットの家族の前では聴けないことだ。
現在この屋敷には三人の召し使えがいる。ユーリットが借金を返してから雇い入れた召し使い達は恐らく今頃は朝食の準備で厨房にいるだろうし、兄と父達は客を迎える準備で忙しいはずだ。
それを把握しているなら、この女官は頭が切れる人なのだろう。
人気がない朝の廊下を歩きながら聴くと言うことは、よほど急ぎの案件と言うことか。
「驚きましたが、不快には感じてはおりません。…私に聴きたいこととは何でしょうか。」
「はい。ユーリット様は武術が得意とお聞きしましたが、他に女性貴族の嗜みは?」
女性貴族の嗜みと言うことは芸事だろう。ユーリットは昔から祖父との剣の稽古の他にも芸事を学んでいたが、絵画と音楽は壊滅的といっても良い。しいて言うなら
「…刺繍と、調香は得意です。ダンスも嫌いではありません」
「結構。ご様子からして、読書や詩作も不可ではなさそうですね。」
「ええ、まあ」
「…もうひとつ。貴女は処女ですか?」
その質問にユーリットも驚いたのかバッとサリアを見上げた。
「…。」
恥ずかしくなり目を反らして無言で頷けば、サリアは眼鏡を押し上げ、容赦なくユーリットを見下ろす。
「では、意中の男性もいらっしゃらないのですね?」
「はい。と言うか…あのサリア様、何故そのような質問を?」
「それは朝食の時にご説明いたします。私がここにいる理由を、お父上から直接お聴きするほうが宜しいでしょう。それと数々の非礼な質問をした事をお詫びいたします。」
立ち止まり、頭を下げるサリアにユーリットは困った様子でそれを見下ろした。
(…ヴァルを連れてくれば良かった。)
喋り下手なユーリットは、気まずい空気に返す言葉が見つからず、とりあえずサリアを食堂へ促すことにした。
食堂につくと既に両親と兄たちが揃って二人を待っていた。
「おはようございます。」
「おはよう。」
「おはよう。ユーリット」
食卓に並んだ朝食を見るとユーリットはサリアに上座を進めると、自分は下座の次兄の席へとつく。
全員が席に座ると、恒例の祈りをささげ、各々朝食に手をつけはじめる。
「…さて、ユーリット。聴きたい事が多々あると思うがまず、お前を呼んだわけを説明しよう。」
珍しく真面目な父にとユーリットは頷くと手を止めて、ユリアスに視線を向ける。
「…実は半年後の春月に第一公女、アリエル様が、隣国エリストナ王国のエルンスト王太子の側妃として嫁ぐ事になった。」
ユーリットは表情には出さずに内心で首を傾げた。
ママレカ公国は小国だが、その公王家の血には間違いなく《王権の王冠》が流れている。
それを抜かしても一国の公女を王太子妃ではなく、側妃に嫁がせるとはママレカ公国に喧嘩を売っているとしか思えない。
「…恐らく何故、側妃なのかと思うだろう。しかし、これには深いわけがある。
アリエル様の母君、第二妃のハミエラ様は元農民だとお前も知っているだろう?それをあちらの五大公が気にくわないようなのだ。」
そう、現公王ロドニー二世の第二妃のハミエラは農民出身の妃なのは国内外でも有名な話だ。
しかし、ハミエラ妃が公妃になったのはその血に流れる祝福によるものだ。
ハミエラ妃の先祖は大地母神の神官で、《慈母の恩恵》を血に宿していた。
《慈母の恩恵》とはその血の祝福をうけた人間が存在するだけで広範囲にかけて、豊穣の恵みをうけることができる特殊な血の祝福で、極めて少ないものだ。
実際、ハミエラ妃と公王が婚姻を結ぶと前年度に比べて作物の収穫量が二倍になり、ママレカ公国は豊作続きだ。
最初は極めて珍しい血筋なので、ロドニー王は保護するだけが目的だったのだが、いつしかハミエラ妃と恋仲になり第二妃として迎えたのだという。
因みに第一公妃のエリザベス妃は、現公太子を産んだ後、まもなく亡くなっていたのでハミエラ妃は事実上、後妻と言うことになる。
ハミエラ妃とロドニー二世は三人の娘と二人の息子に恵まれたが、全員《慈母の恩恵》
持ちなため、年々、作物の収穫量がハミエラ妃とその子供達の相乗効果で凄いことになっており、北のクリエストロ帝国の食料危機を救ったのは有名な話だ。
他国からの縁談の申し入れが後を絶たないぐらいなのに、どうして国を担う五大公と呼ばれる公爵達が反対するのだろうか。
ハミエラ妃は確かに身分は低いが、それにあまりある血の祝福を受けている。
その血を祝福をもつ姫を側妃にしろだなどとは、普通は言えないだろう。
「実は、ちょうど五大公には各々年頃の姫君がいてね。熾烈な正妃争いの真っ只中だったのだが、ここにきてアリエル姫と言うダークホースが現れたせいで、五大公は焦ってうちの姫様に難癖をつけてきたわけだ。」
…つまり権力争い中に、自分達より地位の高いアリエル姫との縁談が決まったことに反発した権力者どもの我欲のせいで、自国の姫が側妃として嫁ぐ事になったのか。
ユーリットは内心、アリエル姫と、ハミエラ妃に同情した。
ママレカ公国は大陸の食料庫と呼ばれるほど自然豊かで、農耕が盛んな国だが、武力は極めて低い。
そのため、現在北側の隣国、クリエストロ帝国と東側のエリストナ王国という二つの大国の庇護下にあるおかげで存続できているのだ。発言権が低いため、そう難癖つけられると断れないから仕方がない。
さぞかし、心を痛めていることだろう。
しかしながら、アリエル姫の輿入れと、ユーリットを呼び寄せた理由との接点が見つからない。
「…既に五大公の姫君が先に側妃入りはしたが、さすがにエリストナ国王も我が国に不敬だと感じているようで、五大公との折り合いがつけば、アリエル姫を王太子妃にすると国王直々に内約を頂いている。
外交的には問題はないのだが、ここでお前を呼んだ理由が関係してくる。」
そういうとユリアスは、ちらりと王宮女官のサリアに目配せをする。
サリアも心得たと頷くとユリアスから説明を引き継ぎユーリットに向き直る。
「姫様が側妃となると、五大公の姫君が既に入られている後宮に入室する事になりますが、後宮は男子禁制。
そのためアリエル姫の護衛をできる人間は当然女性という事になります。」
ユーリットはようやくそこで納得した。
つまり、ユリアスやサリア達はユーリットにアリエル姫の護衛をさせるために呼び戻したのだ。
確かにユーリットは没落気味とは言え、貴族の娘だ。その上ギルドでも働くほど武術に長けている。
権力争いの真っ只中の後宮に入ると言うことは、入った側妃は命を狙われやすくなる。何分王妃の最有力候補なら潰そうと考えてもおかしくはない。
普通の《騎士の家門》の祝福をもつ貴族でも女子が剣を持つことはまずないし、そう考えればユーリットは護衛に適役だった。
「…しかし、エリストナ王国の後宮にはある決まりがあります。」
「決まり…ですか?」
「はい。側妃の側近は女性であること。まあ、これは基本ですがここからが問題です。他国からの側妃の場合、側妃付きの側近は三種類に分けられております。
1、エリストナ王国の貴族未婚女性であること。2、未亡人であること 3、エリストナ王国の貴族と婚姻関係をもつ者…このいずれかの女性と限られています。」
つまり、エリストナ王国の後宮では王太子がいつ誰に手を出すかわからから、他国の未婚女性より、自国の未婚女性のほうが血筋の管理がしやすいので、側近はエリストナ王国の未婚女性と予め限定しているのだ。
しかし、それが嫌なら、未亡人か、エリストナ王国の貴族男性と結婚した貴族女性を側近にしろと言うことになる。
エリストナの王族は未亡人と結婚することは許されていないし、死人の妻に手を出すことを国民性からして忌み嫌うので、エリストナ王国の貴族でなくとも未亡人なら他国出身でも側近はOKと言うことだ。
これは過去に他国からの側妃か迎えた時にいざこざがあってそう言う決まりになったのだろう。
今回の場合、ユーリットが護衛のため後宮にはいる時、エリストナ王国貴族と結婚していなければならないと言うことだ。
ユーリットは廊下でのサリアの質問を思い出し、眉間に皺を寄せる。
「…つまり、父上とサリア様は…私にエリストナ王国の貴族に嫁げと?」
「…そう言うことだ。」
確かに17歳は一般的な貴族女性の結婚適齢期だが、ユーリットはつい最近までギルドで働いていたので、いきなり結婚しろと言われるのは正直抵抗があった。
他国にいきなり嫁げと言われて、はいそうですかと言うには頭が混乱していたのだ。
「…もし、それを拒むとどうなるのですか?」
「この屋敷が更地になって、家名がなくなっているでしょうね。」
その言葉にユーリットは顔を真っ青にさせた。
つまりこれは《受諾しなければ家を潰すと言う》公王勅命と言う名の脅迫だった。
斜め前に座る母が、ユーリットに、今にもごめんなさいと泣き出しそうな顔を浮かべている。
散々苦労させてきた娘に、このような結婚を強制するなんて、あまりにも酷い仕打ちだ。母親にとっても今回の話は辛いものだった
実際、ユーリットが家に帰ってくるまで夫と大喧嘩していたし、毎晩枕を濡らしていた。
しかし、愛娘が帰ってくるのに泣き顔を見せるのは良くないと必死で我慢していたが、とうとうエリーゼはポロポロと涙を溢しハンカチを目にあてる。
娘に何もしてやれない自分が情けなくて、悔しくて仕方ない。
兄たちも同様、苦い表情をうかべ、父・ユリアスに至っては必死に拳を握りしめ何かを堪えていた。
そんな様子の家族をみて、ユーリットは目を伏せると、軽く息を吸って、サリアに真っ直ぐな目を向けた。
「誠心誠意、姫様に忠心を捧げ、姫様をお守り通すと誓約申し上げます。」
「…誓いを受諾します。では、具体的な今後の予定を組みましょうか。」
サリアはユーリットの言葉に満足そうに優雅に微笑むと、ナプキンをその手に取った。
サリア女史無双。
サラリと毒を出すタイプです。
次回に天敵の旦那がでます。