八幕
更新が大変遅れて申し訳ありません。
結婚前の二人の様子?です
エリストナの結婚式はある意味、花婿が試される最大の試練と言ってもいい。
その試練とは花嫁と花婿は三日間会ってはならないと言うものである。
エリストナの祭神は戦神アガウス。
彼の神は戦いの神だが、別に戦争を奨励する神ではない。
アガウス神の教えはに、【汝、己に打ち勝つものであれ】と言うもので、意訳すると「忍耐強く、私欲をすて、強い心を持ちなさい」と言うものである。
当然、その神様の前で結婚式をあげるのだから「清らかな関係でいましょうね!」ということなのだろう。
通常、結婚式前の三日間は「花隠れ」といい、花嫁は実家から出ない。
ユーリットの場合はギャレット家が所有する屋敷の離れに閉じ籠ることになる。
アルファンの元に嫁いでくる花嫁が到着するのが式の2日前。
3日間花嫁の姿が一切確認出来ない風習のため、アルファンは別の意味で我慢を強いられていた。
(会いたいような…会いたくないような)
「若様、若奥様が先程館に到着されました」
「…そうか。」
アルファンは短く答えると、窓の外を見るが、その部屋は調度、玄関が見えない位置にあり、馬車の端が僅かに見えるのみだった。
(…終わった…)
花婿が花嫁の容姿を確認する機会は完全に失われてしまい、ガックリ肩を落としているとは知らず。
当のユーリットは黒いローブですっぽりと身を包むと、馬車の中で、ギャレット家が所有するベルーシ砦の巨大な館に目を見開いていた
「…うちの館が厩屋に見えるね…」
『厩屋か…強ち間違いじゃねぇな』
ユーリットがエリストナに出発したのは約10日前
ベルーシに到着したのはついさっき
要塞都市ベルーシは地上40m建ての外壁と外堀に守られている。
街の北東部にあるベルーシ館は、館と言うよりも城の規模を有していた。
「失礼、ユーリット様でございますか?」
玄関にやって来たのは、老紳士といった感じの老人と、痩せギスの中年の女性だった。
服装からして恐らく家令と女中長なのだろう。
「お待ち申し上げておりました私はクロード・エダ…この本邸、ベルーシ館の家令を務めております。こちらはケイナ・ルー…女中達の統括を担う第一女中長を任されております。」
「お目にかかれて光栄です。ケイナとお呼びくださいませ。若奥様」
あくまで事務的なケイナの挨拶に、ユーリットは何となくこの人は自分を歓迎していないのだと察する。
(…やっぱり不快…なのかな。)
女中達の主は、あくまでも家長の嫁である。
この場合、現ギャレット侯爵の夫人が主なのだが、ギャレット侯の妻レイチェル夫人は他界しており、ギャレット家の女主人は事実上ユーリットと言うことになる
アルファンの妻には当然ギャレット家の奥を守る役目があるのだが、その嫁が後宮に入り、側妃に仕えるなんて、使用人達からすれば職場放棄にしか見えないだろう。
「…と…とりあえず離れへ。部屋にお荷物は既に運ばれておりますので、ご確認お願いいたします」
戸惑うユーリットを察したのか、クロードはユーリットを屋敷の東側にある離れと促した。
離れの屋敷は実に可愛らしく整った感じの部屋だった。淡いグリーンの壁紙にベージュを基調にした家具。
天蓋のレースカーテンはふわふわと風でそよいでいる。
キレイにベッドメイキングされた薄いサーモンピンクのベッドシーツの上に、白いウサギのぬいぐるみが、ちょこんと乗って、ユーリットを出迎えた。
「…素敵なお部屋ですね…」
アリエル姫が好きそうな可愛らしい部屋だ。
ここからは女性の部屋だからと、クロードさんは退室してしまい、残されたのはケイナとユーリットだけだった
「こちらが若奥様の寝室となります。何かご不明な点はございますか?」
「…と、とくには…」
「それでは若奥様の部屋付きの女中を紹介いたします。オリネ、ミリネ。」
「「お初にお目にかかります若奥様。」」
「…姉妹…?」
楚楚としたお色気系なお姉さんと、可愛らしい少女二人組は顔が良く似ているため多分姉妹なのだろう。
「オリネ・クドと申します。本日より、お仕えすることになりました。不束ものですが宜しくお願いしますね。」
「妹のミリネ・クドです。よろしくお願いします!」
「…よ…宜しく」
凄くキラキラした顔のミリネに、ユーリットは、思わず一歩後退した。
(…なんだろう、凄く嬉しそうだけど…)
「この二人は王都にも若奥様とお供としてついて行きます。」
「…王都に?」
「はい、ギャレット侯爵家の御邸宅が王城の直ぐ傍にございますのでそちらにこの二人を配置します。後宮から宿下がりのさいにお世話する者がいなければ不便ですからね」
つまり、ケイナは暗に夜は侯爵家に戻るべきだと言っているのだ。遠回しに釘を刺されたと言うか…。
彼女は主家に長く仕えているからこそ、主を思い、ユーリットには早く奥方として、主家を守ってもらいたいと思うのは分かる…分かるが…
(…お、重い。)
第一女中長は侯爵家の筆頭女中だ。侯爵から屋敷と領地の管理を家令と共に任せられている。主の侯爵に対して意見することを許されている彼女は、家を第一に考え、ユーリットに遠回しに自分の意見を述べたのだろう。
彼女の意見はこうだ
《姫君の護衛も大切ですが、あなた様は大事な候家の奥方であることをお忘れなきよう。》
彼女の言葉は別にユーリットに対して高圧的でもないし、強要や不遜な態度をとったわけではない…淡々としていて、至って事務的なのだ。
だからこそ、ユーリットにはこの老女の言葉が重く感じてしまう。
『…なんか、やりずらそうな頑固な婆さんだなぁ』
「…若奥様。」
何故かユーリットの腰のヴァルフリートに、ケイナは驚かずに眼光を鋭くさせるとユーリットに目を向ける。
彼女の言わんとしている事を察して、ユーリットは深いため息をこぼした。
「…ヴァルを頼みますね。」
「責任を持ってお預かり致します。」
『はぁ!?なんでだよ!!』
「花隠れ中の花嫁の部屋は男子禁制なので申し訳ございませんが、この頑固なわたくしめと共に別室に移動してくださいませ。」
『俺は剣だぞ!?』
「剣とはいえ、男子である事には違いありません。剣でも喋れて、男性であるのなら、神事に従っていただきます。」
『んなッ』
「申し訳ございませんが、御前を失礼させていただきます。
ユーリット様のご家族や大旦那様のお部屋の支度が済み次第、再びこちらに参り式の事については簡単な説明を致しますので、それまでおくつろぎ下さいませ。」
淡々とそう言うと、ユーリットから恭しくヴァルフリートを受け取ると、ユーリットに退室の礼を取ると部屋を後にした。
嵐のように去った女中長と、ヴァルフリートにユーリットはハァと重い息を漏らし、近くにあったソファに腰をかけると傍らで紅茶を入れるオリネに目を向ける。
「良い、香り。バルドラのファースト?」
「はい。若奥様はバルドラ紅茶の品種まで香りでおわかり成るのですか?」
「…ま、まあ。」
「…このバルドラの紅茶のファーストブレンドは出荷数が少ないのに、さすがでございます。」
前に紅茶を扱っている商人の護衛を長期受け持っていたせいか、すっかり匂いを覚えてしまったユーリットは何とか其れをごまかす。冒険者時代の事を話すのは流石にはばかられ、ユーリットはすぐさま話題を変える。
「こんな贅沢してもよいのかな。」
「奥様が、くつろげるようにとわざわざ旦那様が取り寄せたのでございます。ささ、お召し上がりください。」
「ありがとう…少し聞いても良いかな?」
「はい、なんでございますか?」
ユーリットはオリネから紅茶を受け取ると、おっとりと微笑むオリネにばつが悪そうな表情を浮かべた。
「アルファン様のご経歴や武功は聞いてるけど、実際に会ったことないからわからないのだけど、どういった方なの?」
「そう、ですね。一言で申しますと。良い人ですね。」
「ヘタレですよ。ヘ・タ・レ。」
「ミリネ!」
そこに割り込んできたのは妹のミリネだった。苺のタルトを切っていたミリネは皿にタルトをのせてユーリットの目の前の座卓にそっと置くと、飄々とした顔でにへりと笑った。
「ヘタレ?」
「その、不器用な方なのです。苦労性というか。まだお若いのに王太子殿下の側近として活躍されていて…ご立派なのですが。」
「ヘタレなんですよ。確かに武術とか、軍隊訓練とか凄いんですけど。恋愛に対して奥手で、女の子の手も握れない人なんです。何でもとあるパーティーで、大胆に胸のあいた未亡人におし、ふが!」
「・・・おほほほ、ユーリット様はお気になさらず。と、とにかく若君はとても素晴らしいお方です。」
妹の口を問答無用で塞ぐオリネの姿にユーリットはそれ以上、アルファンの事を聞くのを躊躇い紅茶をすする。ほどよい渋みが口に広がり、思わず口元が釣り上がった。
「…おいしい」
「ふふ、タルトもどうぞ。」
ユーリットは一息つくと、部屋を見渡した
(一ヶ月だけの花嫁生活…か)
こちらに滞在するのは一ヶ月。その間にユーリットは必要以上にアルファンに接触することを禁じられている。
公王直々の勅命により、ユーリットはアルファンに対して感情移入することを堅く禁じられているのだ。
禁則事項は三つ。一つ、アリエル姫よりも早く子どもを宿してはならない。二つ、護衛として後宮に上がる以上夫への感情移入をしてはならない。主人のアリエル姫を常に最優先とせよ。三つ、夫のアルファンに宿下がりを請われても、アリエル姫が後宮における安全が確認されるまでは宿下がりを禁ず。常に公を重視し行動せよ。
それがママレカ公国公王ロドニーⅡ世よりの密命である。其れを聞いたときのユーリットの心情はいささか複雑だった。それは夫である、アルファン・ヴィ・ギャレットを無視しろとはっきり命令しているようなものだ。自分はまだ17だが、アルファンは25。世継ぎを望まれる男盛りだ。ましてや軍人だから、より早く子は欲しいはずだ。婚家の意向を無視できるほどファベル家は高い地位の貴族でもない。
一応はギャレット家にもママレカ王室のユーリットの立場等の話はされているだろうが、ギャレット家の当主たる義父ローランドと、夫のアルファン。及びエルストナ国王バルジⅥ世がそれに対してどう感じ、考えているのか。其れだけがユーリットの不安の種だった。
ギャレット家
当主・ローランド・ヴィ・ギャレット
口よりも拳が出る鬼軍曹みたいな親父。
母 レイチェル夫人。故人享年22
アルファン・ヴィ・ギャレット。
ヒロインの亭主・ヘタレ
ラインバルト・ラダ・ギャレット
分家子爵家当主。アルファンの叔父。ウォーミッツァ砦の責任者。登場予定
ミドルネーム設定
ファタ:王族
ギア:公爵家
ヴィ:侯爵家
ジス:伯爵家
ラダ:子爵家
セラ:男爵家
私事で、遅れてしまい大変もうしわけございません。次こそは・・・!