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七幕・後編



…消化不良なので書き直すと思います

日がやや落ち始めた頃、決勝を前にユベールは、目を閉じて控室で侍従に預けた己の剣と向き合っていた。


白銀に輝く代々伝わってきた名剣は、父、祖父、そしてユベールへと継承された家の誇りである。


「…ユーリット・ファベル」



その名は実に響きがよく、耳に残る名前だった。


雪のような華奢な身体に無骨な鎧を軽々と纏い、まるで熟練した剣を振るう彼女を見て、彼は既に認めていた。



(彼女は強い…)



二十歳にも満たない少女に負けたとあっては、周りの笑い者となるだろう。


しかし、本気で戦って負けるのならば、悔いはない。



本気で戦ってみたい。


その一念に突き動かされるように、彼は持っていた木剣を壁に立て掛け、家宝の剣を手に取った。




「騎士団長、それは…」


「クラウスか、行ってくる。」


「…っ…はい。」



既に決勝進出をきめたヨハンとの約束があったが、ユベールにとって、ユーリットの本当の強さを見極める事が出来るかどうかは、この試合に掛かっていると言ってもよい。


ユベールはどうしても、黒き魔剣を携えた魔法騎士《黒剣のユーリット》と戦いたかったのだ。


女性に対して初めて懐いたこの熱い感情は、まるで初恋のようにユベールの心を浮き立たせる。



(“真剣勝負”したいなどと、…嫁入り前の婦女子に抱く感情ではないな。)



そう思いつつ、ユーリットの姿を思い浮かべ口元を釣り上げるユベールの姿は、通りがかりの侍女達が頬を染めるほど艶やかなものであった。




***




東の通路から登場したのは白銀の少女騎士。


華奢で小さな背中を真っ直ぐに伸ばし、ゆっくりとした足取りで、審判たちの元へと歩みよる。



先程の準々決勝をみたマルセルは興奮した面持ちで、ユーリットを見つめている。



「しっかし、ベルナルドとの試合は凄かったよなぁ!俺、ユーリットの弟子になろうかな!」



「もうじき嫁ぐ、彼女に弟子入りはできないよマルセル。…あ、ユベールが来たようだよ」



エドウィルとマルセルは西の通路から現れたユベールを見て、固唾を飲む


ユベール・アドウ


《緋鷹》とあだ名され現在騎士団長を務める自他共に認める騎士である。


武術の腕は高く、特に魔法は勿論、弓矢と剣においては騎士団において一二を争う腕だ。


緋色の髪と、鷹のように鋭く優美な姿が印象的な騎士団長の登場に、会場は色めきたった



(…ふむ、しかし…ここまできて木剣だけだと言うのは、つまらんなぁ…)



本来試合と言うものは、剣の刃と刃が重なる鋼の擦れる音や、それを交わす剣士の張りつめた攻防にハラハラすることに醍醐味がある。

木剣での試合は、熟練した剣士達もそうだが、それを見る観客にも味気なく見える



準決勝となれば猛者揃いとなるだけに、実に惜しい。


今回はアリエル姫の要望があって木剣使用だが…ロドニー王にとっては騎士達の緊張感あふれる試合も、見たいわけで…ちょっぴり残念だなぁと思っていた。


「陛下、御観覧中失礼いたします。」



アリーナの真ん中から、ロドニー王達の前に膝をおり項垂れる騎士団長の姿にロドニー王は片眉を釣り上げ、怪訝そうな表情を浮かべる


「ユベール、なんだ?」



問い返すロドニー王に、ユベールは良く通るバリトンの声を張り上げた



「実は、陛下に嘆願したき議があり、御前に参上いたしました。非礼とは存じますが、どうか私の願いに、しばし耳をお貸しくださいませ。」


「勿体振るな、なんだ?いってみよ」


そう言うと、ユベールは顔を上げて、真っ直ぐにロドニー王に目を向ける



「ユーリット・ファベルとのこの試合、本気で戦いたく、どうか、真剣と魔術使用をお許し下さい。」


「「!」」


その場にいた三人の公子は目を見開き、アリエル姫はギョッとした表情でユベールを睨み付ける



「馬鹿をおっしゃらないでアドウ騎士団長!貴方は嫁入りのユーリットの肌に傷をつけるおつもり!?」



「…承知の上で申し上げております。どうか、」


「駄目よ、ユーリットの主たる私の意見は変わりませんわ!だいたい、この訓練に出すこと事態…」


「黙れ、アリエル。」


「父上…!」



静かな父の言葉にアリエル姫は可憐な顔を曇らせ、今にも泣き出しそうだ。


そんな娘の顔を(罪悪感が湧くため)あえて無視すると、ロドニー王は席を立ち上がり、ユーリットに目を向ける



「ユーリット。ユベールは今、全身全霊をかけてそなたと戦いと望んでいる。そなたも、そなた自身の意思に従いユベールに応えよ。」



ユーリットは、キラキラとした表情で「やれよ真剣勝負!俺は見たい。めちゃくちゃ見たい」と語る王の表情をみて顔をひきつらせた。



「…それは魔剣も使えと?」



「無論。私は魔剣の持ち主と戦った事がないから、是非ともお願いしたい」



ユーリットとしても騎士団長と剣を交えるのは貴重な体験だ。剣士として心踊るのもがあるが、正直ユベールの結局の願いは魔剣を持ったユーリットと戦うことにあるというのにやや落胆した。



(…ヴァルフリートの力を見せる良い機会だし…仕方ないか。)


ちょっぴりアリエル姫に謝りながら、ユーリットは苦笑すると、真っ直ぐにユベールをみやる



「…承知いたしました。慎んでお受けいたします。」


ユーリットは頷くと意識を集中する。


「…きて、ヴァルフリート。」


魔剣の真銘を呼んだ瞬間、ユーリットの目の前の空間が歪み、一振りの黒いバスターソードが姿を表す。

装飾は一切ない黒炭のように真っ黒の剣は異様な魔力帯びて、主人に応えるように瞬いた



ユーリットはその柄を掴み、一振りすると、魔力が解放されその黒炭の刃から禍々しい紫電の光がほとばしる。



「…あれが…トリギストフの魔剣…」



「…すごい…!」



感嘆する観客達に、魔剣は暢気な声を出す。


『おー…スゲー、観客。』


「ヴァル、いくよ」


『了解っと、ひとつ宜しくな…騎士団長さん』



ヴァルフリートの声を聞いたユベールは、口元を釣り上げ「お手柔らかに」と微笑んだ。



騎士の礼をすると、審判の司祭の掛け声と共に試合は始まろうとしていた。



***



晴れ渡る空は夕焼け色にそまり、エルンストは空を見上げながら、傍に侍り話しかけてくる5人の姫の言葉を適当に流す。


どの姫も皆、美しく可憐だが彼には面白味のないお人形にしかみえない。


蠱惑的な笑顔、清楚を振り撒いたようなドレスに甘やかな香り


どれもこれも彼の琴線にふれない。香水をまぶした鑑賞用の造花を愛でるほどつまらないものはない。


「…さて、姫君達。僕は所用があるから失礼するよ」


「そんな、殿下…!」


「…もう少し後宮にいらしたら?」


「そうですよぅ…折角のお休みなんですからぁ」


「…アルファンが五月蝿くてね。」



早くここから出たいと表情には出さずに、乳兄弟を理由に足早に立ち去ろうとした。


「…そう言えば、ギャレット将軍がこの都度結婚されるとか」


5人の姫の中で一際厄介な女に、足留めされエルンストは内心舌打ちした。



五大公「ファザーン家」第一公女


ルサルカ・ド・ファザーン


謎めいた美貌の美女は、魅惑的な唇を釣り上げ、紫色の扇子を広げ口元を隠す


「…そうだよ。それが何?」


「聞くところ、お相手は野蛮で勇ましい伯爵家の姫君とか…いくらなんでも将軍がおかわいそうですわ。私の護衛のマリンのなら釣り合いがとれると言いますのに…」


「…姫様…私はギャレット将軍が幸せなら…。それに私は姫様をお守りすると誓った身。一生独身でもかまいません」


「…まあ」


ルサルカの後ろに佇んで、こちらをチラチラと期待するように見てくる女騎士の視線を無視して、エルンストは内心鼻で笑った。


(お飾りの騎士の分際で、良く喋る女だな。)


大方、側近の女騎士はアルファン狙いで騎士として後宮に入った男爵か子爵の娘ってとこか…アルファンがダメになったから、他の側近当たり狙ってんのが見え見えである


実はエルンストにはアルファンの他にも側近がいたりする


アルファンはその筆頭格であり、エルンストの周りには意外にも有望な側近があと何人かいる。


良くも悪くもエルンストに玩具認定をされてしまった哀れな青年達だが、長年エルンストに振り回されているせいか有能な人材として早くから育ち、次期大臣候補にもあがっている。



玩具筆頭のアルファンが結婚することにより、残りの側近の争奪戦が水面下で始まっていた



(釘を刺しておくか…)



「サムロ殿とデュナミス殿には是非、野蛮なママレカ貴族ではなく…やはり自国の貴族の姫を…」


「ルサルカ…君は僕を不快にさせたいようだね」


にっこり微笑んでルサルカを見やれば、いきなりここにきて冷ややかな態度になったエルンストに瞠目して言葉を無くすルサルカに、エルンストは畳み掛けるように冷たい目を向ける。

「わたくしは決して殿下を不快にさせるつもりは…」



「…僕が一番嫌うのは僕の玩具ものを他人にとやかく言われる事だよ。わかったなら二度と僕の玩具(もの)の話題を出さないでよ。」



そう言えば、ルサルカはやや顔を青白くさせ、申し訳ありませんでしたと、謝ってきた。



他の四人の側妃達や、その傍にいる女騎士達や女官達もそれぞれ顔色が悪い。



エルンストは側妃の立場を弁えろとその場の全員に示すと、後宮を後にする



(やっぱり後宮ってつまらないなぁ…。あの姫君達いまいち弄りがいがないし、うるさいだけで面倒なんだよね。五大公がうるさいから、定期的にきてるけど…)


「…今度くるアリエル姫が良い玩具だったら、遊び場にしても良いかな?」



悪戯っぽく笑う王太子の姿に、その場にいた侍女達は「アリエル姫が来たら、なるべく優しくしてあげよう」っと密かに同情して、去り行く後宮の主を見送った







「っ…!」


「どうしたアリエル?」


「今、なんか…悪寒が」


全身に粟立つ鳥肌を抑えながら、アリエル姫は眼下の光景を見ると、アリーナでは、ユーリットとはほぼ互角の闘いを繰り広げていた。


剣がぶつかり合う金属音と、混じり会う闘気。


緊迫する空気の中、周りはみな口を閉じてその勝負をじっと見つめている。


ユーリットが機動力がある剛剣なら、ユベールは柔らかく柔軟で守備に特化した剣で、上手く相克する


「っ…!」


ユーリットは後方に飛び退くと、ヴァルフリートを一振りすると、ヴァルフリートの刀身がグニャリと歪み、一瞬で弓の形になる



「なっ…変形したぁ!?」


ユーリットは弓の弦を引くと同時に魔力で精製した雷の矢をユベールめがけて解き放つ


流石にユベールも驚いたように慌てて魔法の矢を避けると、避けた箇所が雷の轟音と共にクレーター状態になった



「…成る程、剣としての概念がなく主の望む姿になる…か。確かに…厄介だ」



ユベールは内心、冷や汗を流した。


ユーリットは近距離遠距離でも間合いを気にせず容赦なく攻撃ができるのだ。


しかも、正確無比な射撃かわすのも苦労がいる。


会場からは飛び道具は卑怯だと叫ぶ声があがったが、ユベールはユーリットに内心感嘆した



後方に退きながらの不安定の状態のまま魔法の矢を放つのは至難の技だ。彼女は恐らく弓矢の相伝も会得しているのだろう


体制を立て直すと、ユーリットは間髪入れずにヴァルフリートを短弓から十文字槍にすると、今度は火属性の魔力を矛先に纏わせ、ユベールの懐にはいる


ユベールは、剣の鐔の部分でそれを弾き、半ば身体を半回転しながら剣をユーリットに振り下ろすが、ヴァルフリートの姿が今度は双剣となり、ユベールの振り下ろしたロングソードの刃を交差するように受け止め、今度はユーリットが後退する


まさに千変万化



ユベールは思わず心が踊った。


なんと楽しい攻防だろうか


これが魔剣


これがユーリット・ファベル。


…これなら互角に勝負を持ち込める。幸い自分のほうが筋力があるようだからと


口元をつり上げ、計算するように笑うユベールを見て、再び短弓の姿にに戻ったヴァルフリートが呆れたような声をだす



『騎士団長さんよ。なんか勘違いしてんなら訂正しておくぞ?俺の能力は“転換”だぞ?ただ姿を変えたら“変化”だ』


「え…?」


『剣としての形としての概念も、法則もそれまでの方向・方針・傾向などが“別”のものに変わること。また、変えること。』


「変わること…変えること?」


『んじゃ、分かりやすくするためユーリットもう一発』


「今度は軽めでいきます。ユベール様、構えて下さい」



ユベールは慌てて臨戦体制になると、ユーリットは再び魔法で精製した雷の矢をつがえて、再びユベールに向けて放った。当然ユベールは避けたが、弓矢の方向がユベールの避けた方向にくるリと変わった


「っ!?」


慌てて剣で弾くと、ユベールの身体に電撃による軽い痺れが走る



『俺の能力は主の攻撃ならば必中必殺に、相手からの攻撃が主に向けるならばその全ての攻撃を回避・反射無効化する。どうだ?凄いだろ?』



つまり、使い手の攻撃を自動補正して随時、回避不能のクリティカルヒットを可能にさせたうえに、敵からの物理攻撃、魔法攻撃全て、方向を転換して敵へと返し、防御を不能にさせる



もはや凄いと言うレベルではない。


はっきり言って…─



「…反則技ですね。それ。」


ユベールは会場中の人間全てが感じた感想を代弁するかのようにそう言うと苦笑を浮かべる。



ユーリットは短弓の状態であったヴァルフリートを、元のバスターソードに戻し、真っ直ぐな瞳でユベールを見すえる



「ユベール様…ヴァルの能力はわかっていただけました?」


「ああ…嫌と言う程にね」


「ならば、ここからは剣だけの勝負でも宜しいですか?」


「…?…魔剣を使わない?」


「はい。…ユベール様は魔法と魔剣を使う魔法騎士としての私と真剣勝負をお望みでしょうが、私はこれ以上ヴァルを使いたくありません…」


ユベールはハッとし少女の拒絶に、呆然と立ち尽くす



(私は…こんな表情をさせるつもりはなかった)


言い知れぬ罪悪感を感じていると彼女が続けて唇を開く


「貴方に魔剣で勝負を挑まれたとき、落胆したのは事実です。」


そう言うとユーリットは手の中のヴァルフリートに視線をむけ、ギルド時代の事を思い出す。散々ギルド内でも言われてきた中傷や、やっかみの言葉だが、半分は事実なので言い返さなかった。



けれど


「あの方には…魔剣の力だけに頼っているのだとは思われたくなかったのです。」


ユーリットの視線を王族の観覧席へと向ける視線に、ユベールは魔剣を持つユーリットと戦う事だけを望んだ己を恥じた


彼女にも魔剣使い以前に、剣士である自負があったのだ。




「…すまないファベル嬢。」



「…いえ、多分ここにいる方々はヴァルフリートの力を見たいと言う方も中にはいるでしょうし…まあ、仕方ありません」


爛々と輝く国王の顔を思い出してユーリットは苦笑する


デモンストレーションは派手なほど効力があるのは事実だ。


ユーリットはそれを理解した上で控室に置いてきたヴァルフリートを喚んだのだ。だからユベールが謝る義理はない


「…その、よければ今度こそ真剣勝負のお相手お願いできるかな?…無論剣士として」



「…望むところ」




そう返事するユーリットの表情は、普段無表情が嘘のような、晴れやかな笑顔をユベールに向けた。










「約束を守れず、すまない。」


「良いですよ。団長が楽しかったなら。ただ…俺もファベル嬢と戦って見たかったですねぇ」



ユーリットとユベールの戦いは日が落ちても続いたため。


決着がつかないまま公開演習は強制終了された


このままでは朝まで続きかねないほどで、引き分けと言うかたちで勝負はお預けになり、決勝戦は結局行われることはなかった



一国の騎士団長を相手に一歩も退かずに戦いぬいたユーリットの腕は、最早見学にきていた貴族の令嬢やその親達からしてもレベルが違うとわかったようで、大人しく帰っていった


あれだけの激戦を見せられては誰も文句は言えないだろう



先に決勝に勝ち残ったヨハンだが、結局楽しみにしていた決勝戦で戦う事ができず、その鬱憤を晴らすようにユベールと街にくりだして酒を飲んでいた



「…しかし、残念だな」


「残念?ああ、確かにあの腕で他国にいっちまうのは残念ですね…」


「…それもそうだけど」


そう言いかけて、ユベールは口元に手を当てる



改めて真剣勝負を申し込んだときのユーリットの表情が、瞼に焼き付いて離れない。


白雪が太陽が反射して煌めくような鮮やかな笑顔


薔薇に色づく頬


嬉しそうに細まる菫色の瞳



普段あまり笑わない少女が、雪解けのような笑顔を自分に浮かべたら誰だって心が揺れる



「本当に…残念…だなぁ」


恋だと自覚した瞬間、それを諦めなければならないユベールはゆっくりとため息を溢した



…うーん


とりあえず、こんな感じの流れです


次はウェディングですね

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