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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
88/89

第37.4騒 事件の後の、傍観者達。

 敷地の一部を、競り立った崖の上に構える第二公国軍。

 広大な敷地の正面入り口は、その規模からいえば小さく、馬車二台並列して通れるぐらいしかない。夜間は監視が付く正面を潜ってすぐ、整えられた道を逸れて10分ほど歩くと、長い下り階段がある。

 下り階段の下には新人の為の寮と施設があり、手狭ではあるものの、座学の部屋、武器庫、室内訓練場、屋外訓練場、馬術訓練場など、各種施設が収まっている。


 一年をかけて100人近くを訓練する新人寮そこは、朝は鐘の音と共に慌ただしさを極める。

 朝六時。崩壊を起こした防波堤のように、扉という扉から人が流れ出てくる。

 洗面所に辿り着くころには一つの流れになり、規則正しい動きが出来上がる。一つの鏡に平均三人の顔が映り、それぞれが顔を洗い、歯を磨き、髭を剃っていた。

 恐らく暗黙の規律が出来上がっているのだろう。無言が洗面所全体を覆う。

 壁側に背をつけている全員が歯を磨き、四つある鏡の両端に髭を剃る人が並ぶ。真ん中の二つは口を濯いで顔を洗うだけの者が次々と現れては消えていく。

 分担作業の部品ように淡々と、次から次に流れて入れ替わる。

 壮観ではあるが異様な光景だった。

 

 六時半。もはや寝ていても無意識のうちに着替えられるようになった服に身を包み、部屋の前に集合した新人達は、そこで、違和感に気付いた。

 いつもと何か違う。

 何が違うのかわからないほど些細な違和感に、皆で首を傾げ合っていると、並んでいた一人が声を上げた。


「おい。203の奴、一人も出てないぞ? お前見て来いよ」


 そうだ。人数が少ないのだ。

 人数が少なくなっただけで違和感を感じてしまうほど、彼らはここ(新人寮)の生活に馴染んでいた。


(何かあったのか?)

(203のやつが出てきてないってよ)

(どうしたんだ?)


 無言で指導教官が来るのを待たなければいけないのだが、囁きは広がるばかりで、収まる気配はない。

 廊下に並んでいた隣部屋の一人が扉を薄く開けた。

 部屋の中を片目で覗き込むと、扉を一度大きく開く。直ぐに扉を戻し、首を横に振った。


「誰もいない」


 部屋は狭いので、扉を開ければ中は丸見えだ。

 生活感が見えないほど綺麗で整理された部屋だから、人の気配は分かりやすい。おそらく昨夜から一人も帰っていない。そんな空気だ。 

 部屋番号に関係なく、部屋の全員が揃って出てこないなど、今までなかった。異常事態と言えるだろう。


(全員体調が悪いのか?)

(三人とも?)

(だったらなんで部屋にいないんだよ?)


 小さな囁きが小さな騒めきになる。

 

「静かに!」


 廊下から届いた叱責に、騒めきが一瞬で静まった。

 階段を登って来た二人の指導教官が、機嫌の悪い目つきで朝の点呼を促す。

 常々冷たく見える指導教官の目が、今日は氷点下だ。


「201、三名、異常なし!」

「同じく202、三名、異常なし!」

「……204、三名、異常なし!」


 報告者が敬礼を取ると、同部屋の者が閉じていた片足を広げ、手を背中に組む待機姿勢に入る。

 敬礼した者も待機姿勢を取り、点呼の終わりを待つ。

 流れるような点呼が終わると、指導教官が連絡事項を伝えた。

 

「203はカラト三等兵とリラ三等兵が負傷の為、アドルド三等兵が看病をしている。また、ヘルマン教官は付き添いの為、本日不在だ」


 身体に覚えさせられた待機姿勢を保ちながら、正面しか向けない彼らは目配せも出来ず、心の中で不安と疑問を浮かべていた。


 203号室の一人は以前も大怪我をして、高熱を出していた。

 そしてその時の授業は死ぬ思いをしたことを、誰も忘れていない。

 指導教官達が、目に見えてその時よりも機嫌が悪そうなので、彼らの不安は仕方ないだろう。

 なぜ何度もそんな大怪我をするのだろうとの疑問もあるし、顔馴染み相手だから心配もする。

 自分か彼の身か、各々心配の方向性に違いはあるものの、大半の者は若干の不安を感じている程度だ。

 その中でも、勘の良い一部の者は、指導教官の付き添いとは名ばかりの事情聴取だろうと察した。

 203号室は何かと問題を起こしているので、また何かやらかしたのだろうと。


 フランクとデッシュ、二人の指導教官は素知らぬ顔をしながら、新人達を観察していた。


 軍は新入隊員を軍属として扱っていないので、軍内で起こっていることは知ろうとしない限り、知る立場にない。

 ただ中には知ろうとし、なおかつ人脈があった者は、顔色を悪くしていた。

 季節外れの大規模な人事異動および隊の編成があったことで、軍内で横領の話は浸透してしまった。

 昨日、噂に名高い情報部隊総出の捕り物劇があったことは、今日中には知れ渡るだろう。

 顔色の悪くしている一部は、もしかしたら昨日、街に降りていて、そのことに気付いたのかも知れない。

 

 デッシュは点呼を取りながら、一人一人を確認していた。どこまで知っているかはともかく、事情を察した者も何人かいた。それが多いと思うべきか、少ないと思うべきか、デッシュには判断出来なかった。


(意外だったのはこいつらだよな) 


 非常に似通った顔立ちの二人をそれとなく見やったデッシュは、二人の内の一人の、あからさまに不機嫌な様子に視線を下げた。

 点呼表には、前日の外出の有無も書かれている。


(二人とも、昨日は外出してねーな。危険に晒さない為に大事にされたか……ないな。あの部隊に限ってそれはないわー。ただ単に邪魔だったんだな)

 

 点呼表の外出欄に記載がないことで、心の中で溜息を落とす。


(どう考えてもこいつら、情報部隊に利用されたよなー)


 軍内で関わりたくない人物といえば、真っ先に名前が上がるような相手で、人を利用することに微塵も罪悪感を持っていない節がある。

 情が厚いと言われてるデッシュからしてみれば、とてつもなく薄情な奴である。

 そんなデッシュが心配している新人に目を向けると、フランクがその新人に近づいていた。


(こいつは……これからどうなるかな……)


 明らかに顔色の悪い男に、正面と左右の者が心配そうに伺っている。

 周りの者より一回り大きい体に、鍛えられた上半身。家は木材関係の仕事だったはずだ。

 血気盛んで短気な性格だが、軍内ではよくいる人種で、特に問題視はしていなかった。

 カラトたちの話で、彼が関っていることを知ってしまった指導教官達の胸中は複雑だ。

 自分達の指導が甘かったのか。残念だという思いが強い。

 兄という存在は、弟にとって大きいものなのだなと改めて思う。その兄と連絡がとれないせいか、寝むれていないせいか、顔色が悪い。


「フィラット三等兵、顔色が悪いが大丈夫か?」


 フランクが声を掛ける。


「………大丈夫です」

「…体調が悪くなったら直ぐに伝えるように。怪我をしないように見ておけ」


 最後は同室者に伝え、フランクが戻って来た。


「………好都合だ。見張っておくぞ」

「へぃへぃ」 

 

(あいつの処遇は深く考えると、こっちの精神が持たないな…)


 本人は知らないかも知れないが、彼は今、新人寮で軟禁している状態だ。

 情報部隊から直々の命令である。

 あと少しで一年が終わりそうなのに、なんとも後味の悪い年になりそうだった。


(しばらく指導教官は休みだな…)


 だからと言って、今から手を抜くわけにはいけない。

 今いる彼らにはしっかりと教育する決意を固め、デッシュは叫んだ。

 

「あと3か月だ! お前ら、気を抜くんじゃねーぞ!!」

『はい!!』


(その前に生きていてくれカラト。わりと本気で)


 デッシュは、自分の代で死人を出したくはなかった。




 男は感嘆の息を吐いた。

 視線の先には一つも荒れた所のない綺麗な長い手。

 その中には真新しく光る鉄色の何かが収まっている。

 形は火銃に似ているといえば似ていて、違うと言えば違う。

 まず、大きさがまるで違う。男の掌に収まるほどの小さいのだ。

 銃口は極端に短く、片手で握れそうな取っ手の上に武骨な円盤が取り付けられ、穴が開いている。

 火鉄よりは軽いが、玩具と言うには重い。

 そもそも、火薬を詰める所も無いこれは、本当に銃だろうか。


「なんとも不思議だね。知りたくなるような魅力が溢れている」


 黒く長い火銃とは全然違う。それでも銃らしい、小さな物。

 所々金を使用した、銀色にも見える鉄色の銃は、簡素に見えて、観賞にも出来る出来栄えだ。


「余分を削ぎ落した姿は、まるであの方のように美しい」


 冷たい無機物でありながら、情熱を込めたであろう一品。

 胸のあたりに、冷たい感触を包み込み、男は憂いを帯びた目を流した。

 そのまま思案するように沈黙すると、ルームサービスに頼んだままだったワイングラスを手に取った。

 男の、二か月にも及ぶ逗留は、すっかりと彼の好みがホテル側に暴かれていた。

 もう白ワインは出てこず、酸味の強い赤ワインには必ず甘くない濃いチョコレートと、ナッツが添えられている。

 ワイングラスを回し、香りを嗅いで一口。


「まだ熟成させる時期か…」

「ん~~? けっこうな年代物にみえますけどね~」


 グラスから口を離した男は、視線を窓に向けた。

 閉まっているはずの窓にはなぜか人がいて、窓に寄りかかっている。

 全体的に肉がついた丸い顔に、糸のように細い目と口が、笑顔を称えていた。小柄な体に大き目の帽子とつなぎ服、そばかすの浮いた血行の良い幼い顔は十代に見えるものの、ワインを鑑定する目は三十を超えた職人ようにみえる。


「飲むかい?」


 そうして男から手渡されたワインを味わう姿は、老人のようでもある。


「あ~~美味しい~~」


 ワインの味に浸っているのか、細い目と口をさらに弓なりに細めて、窓辺で幸せそうに体を弛緩させている様子はもはや年齢不詳であった。

  

「旦那~、探していた家がありましたよ~」

「そうか」

「滅多に家に帰らない様子なんですけど、ど~します?」  

「そうだな」


 男は胸にしまった物を撫でた。


「とりあえず買っておこう」

「了解っす~。なーんて。ところで、ソレ、いつ使うんですか~?」


 おどけるように返事をした男は、糸のような目を少し見開いて、期待の混じった声と視線で問う。

 いつまでたっても血気盛んだと、男は肩を竦めた。 


「あいにく、君の思う使い方とは違うと思うけどね」

「じゃあ、何に使うんですか~?」


 一気に不満を込めた声に、男は笑った


「これは、彼の人に近づく為の最終手段だよ」




 一連の騒動が不本意な終わりを見せたとは言え、終わりは終わりだ。

 やるべきことは他にもたくさんある。そうしてようやく、地層になった書類を整理しようと、二人しかいない部屋で黙々と作業していた最中。


「よし、決めた」


 机の上で胡坐を組んで、書類を仕分けているとばかり思いこんでいた上官が、突然、声を上げた。

  

「なにをっすか?」


 唐突の宣言に、何を指して言っているのか分からず、首を傾げた。

 机の上にいる上官は上機嫌だ。  


「あれをもらう」

「もらうってなにをっすか?」


 本気で分からないと伝えると、上官は手元の紙を掲げて見せた。


「これだよ! これ!!」


 出身地、身長体重、家族構成、所属先、成績、功績。まだ空白の欄が目立つ紙は、新人の物だろう。

 こうした個人の情報が詰まった紙は厳重に保管されているが、新人に限っては、各部隊に順番に回され、それぞれ見込みがありそうな者を指名していくことが出来る。

 一部の者を取り合いになる光景が多いのだが、一度も新人を取ったことのないこの上官が、どんな新人を受け入れようというのか。

 一体誰だろうかと、恐るおそる紙を受け取り、よくよく見て。


 --衝撃を受けた。


「………………う、うそっすよね……………」

「オレは本気だ!」


 上官は限りなく本気の顔だった。


「………うそっす………うそっすーーーーーーー!!」


 

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