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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
86/89

第37.2騒 事件の真相。

 ギンブリーが元帥室へ入室すると、予想通りそこには先客がいた。

 入ってすぐの左手。開けた扉に隠れてしまう位置にある小さなアンティークテーブルに、大と小の二人組が常連の如く陣取っている。ギンブリーがここに来ると常にいる二人は、今日もやはりいた。

 扉越しに薄い気配を感じていたギンブリーは、扉を閉めて直ぐに隣に向いた。


「…暇なのか?」

「まさかまさかっす!」


 呟くような声量に、大げさな否定が返ってくる。読唇術を極めている彼らにとって、声量は大した問題ではないのだろう。


「とりあえず、昨日の話を聞かせろよ。いまいちよくわかんねーんだよな」


 常連の小さい方が、椅子の上で胡坐を組んだ。

 女性軍人よりも小柄なので、小ぶりなはずのアンティークの椅子が丁度良い大きさに見える。

 反対に、禿げ頭に漁師のような恰好をした男が小さな椅子に座っている姿は、ままごとのようで笑いを誘う。

 そんなちぐはぐな二人は、元帥室という、最も威厳と権威が集まった部屋で、とんでもなく自由な態度と口調だった。また元帥がそれを許しているのが腹立たしい。

 ギンブリーは無駄な労力を使うのを避けるように二人の横を通り過ぎ、奥にある執務机の前まで進むと敬礼をした。

 元帥は珍しく、ペンの手を休めて耳を傾けていた。


「報告します。まずは街中でダイナマイト経緯から」



 今回の横流し品はダイナマイトだった。

 情報部隊の息の掛かった新人が運んでいたダイナマイトは、新人が噴水に落ちたせいで、初期の初期に使い物にならなくなる。

 噴水に落ちる原因となった幼女と、その母親の好意で家に招かれた新人は、替えの服を母子の家で貰う。その時、濡れた軍服を入れた鞄が、偶々ダイナマイトの入った鞄と同じ鞄だった。

 新人は母子の家から噴水にいく途中、掏りにあう。

 掏られたのは“軍服が入った鞄”で、新人は“ダイナマイトの入った鞄”はそのまま所持し続ける。

 酒場に運んでいる途中、新人に同行していた同室がダイナマイトに気付き、“偽の鞄”と交換することを計画。そして交換作戦を実行した結果、“偽の鞄”を新人が所持。

 “ダイナマイトの入った鞄”は、傭兵を経由してもう一人の同室が受け取る手筈だった。

 しかし、その交換の瞬間を、狼の息が掛かった少年達が偶々目撃し、傭兵から“ダイナマイトの入った鞄”を受け取ったもう一人の同室から鞄を強奪。

 少年達のうちの一人が鞄を持って逃走。その際にぶつかった男と荷物が交換。

 このぶつかった男が、掏りを行った男だった為に、少年が“軍服が入った鞄”を、男が“ダイナマイトの入った鞄”を所持。

 そして、“偽の鞄”と“軍服の入った鞄”が酒場に集まり、街で捕縛された掏りの男の荷物が“ダイナマイトの入った鞄”となった。



「以上。事件の経緯です」

 

 説明を終えたギンブリーは、執務机にいる元帥を真顔で見た。

 元帥は頭を振った。


「………ひどすぎる」

「偶然がこわいっす!!」


 背後で上がる悲鳴も、分からなくはない。偶々や偶然がこれほど起こる事件は初めてだった。


「だから今までかかってたんだな。全員から話聞かないと繋がらないから」


 ギンブリーの影の奮闘を労わるような視線と言葉に、ギンブリーは味方を得た気分になった。

 

「…報告の続きを」

「はっ。次は横領について」



 彼らは軍の備品や装備を、首都にある店へ売って金銭を得ていた。

 はじめは小さな備品を、ごく普通の店に持って行って換金していたのだが、屈強な男の、見るからに軍人の男がそう何度も通えるような所では無く。当然の流れで非正規の店に行きつくことになった。

 詮索しない代わりに、引き取り価格は随分と安いことに、男は不満を持っていた。

 そこに、個人的に男と接触した人物がいる。

 男が軍人と分かったうえで、普通の店と変わらない値段で換金すると言った。

 男は半信半疑だったが、何度か取引をする内に、相手を信用することになった。

 はじめは男が持ってきた物に値段を付けていたが、徐々に相手が物を指定するように。

 その頃には、男は随分と手慣れて来て、仲間も作り、より高額で希少な物を持ち出すようになっていた。

 得られる金銭は高く、元手もいらない楽な稼ぎとして、彼らはどっぷりと浸かってしまう。



「…嵌められたか」

「十中八九。軍人だと分かったうえで声を掛け、信用させてから要望を持ちかける。常套手段ですが、相手からは手慣れた印象を受けます」


 その時、背後から「はいはーい」と声が掛かった。


「その段階で三人が声を掛けられてるっす。ほかの二人は新品の装備品と薬を頼まれたあたりで手を引いたみたいっす。そして三人に声を掛けた人間はそれぞれ別人…にみせかけた同一人物っす!」


 初耳だった。ギンブリーは殺気を滲ませて後ろを振り返った。

 腹の黒い笑顔を向ける男の横で、小柄な人物が腕を組んだ。


「二人が手を引いた直後から、横領が問題化してきた。横領をする人数が増え、手口が幼稚化してきたんだ。どう考えても攪乱作戦だろ」


 ギンブリーは殺気を消して、手元の紙に走り書きをした。


「可能性は高い。その時期に手を出した連中は、見知らぬ相手から声を掛けられたと言っていた」

 

 書きながら、一体どこからの情報だろうと考える。

 元特務部隊に所属して、現在情報部隊にいるギンブリーでも、彼らの情報網は把握出来ていない。

 特務部隊の彼らは限りなく正しい情報を迅速に持ってくるが、情報の入手経路など明記出来ないことが多く、報告書を書けないことが多々ある。

 情報部隊は、彼らの情報の裏付けを取って、正式な報告書を作成している。

特務部隊の名前を出さず、公開できる報告書を書くためには仕方ないことだ。

 ギンブリーはそのことを部下に馬鹿正直に言う必要性を感じていないので、部下はギンブリーが持っている情報と思っている。

 それもあながち間違ってはいない。彼らの情報を手に入れれるのはギンブリーが彼らの信頼を得ているからだ。

 そして正式な裏付けをとれない情報は、彼ら四人だけの秘された情報になる。


「…続きを」

「はっ」



 彼らはとうとう、関係者以外立ち入り禁止の部屋から、ダイナマイトを持ち出した。

 それがどんな重大な罰になるか、知らない訳ではないだろう。既に感覚が麻痺していたのだ。

 彼らは、そのまま自分たちで保管するような、危険なことはしなかった。

 彼らは、今年新人になった身内の弟を使い、軍施設内でありながら、現役軍人が近づけない新人寮にダイナマイトを隠した。

 新人が入る寮は、清掃や規律には厳しいが、持ち込みに関しては緩い。点検もない。

 日常において、新人寮以外の出入りを禁止しているというのもあるし、寮という閉鎖空間で徹底的な監視下に置かれているのも理由である。

 中にはやむにやまれぬ事情の持ち主もいる。持ち物ぐらいは自由にしているのだ。

 よほどではなければ、指導教官も見て見ぬふりをする。

 そういった慣習を利用して、彼らの弟にダイナマイトを託し、弟はダイナマイトを軍施設から持ち出し街に下ろした。



「ダイナマイトだけじゃねーだろ」

「新人寮を利用した相手が賢しい(さかしい)としか言えんな。その前に、ダイナマイトと拳銃は同じ部屋で厳重に管理されている。奴らは鍵が掛かっていなかったと言うが、そこがそもそも有り得ない」

「…あそこは将軍でもあっても勝手に開けられない部屋だ」

「まだ軍の中に本命の密偵がいるってことか。そっちは今回、難しいだろうなぁ」


 小柄な人物が椅子を後ろに傾けた。

 胡坐をかいて腕を組んで椅子を傾けて。それでよくバランスが取れるものだと、ギンブリーは感心した。


「これから地道に全軍人に事情聴取していって、怪しい奴を見つけるしかないっすねー」

「………事情聴取をするこちら(情報部隊)の身にもなれ」


 途方もない労力と時間を要する提案に苦言を申す。

 ギンブリーは頭を振ると、懐から小振りの拳銃と、黒い筒状が束になった物を取り出した。


「今回、回収した物です」


 書類だらけの執務机に置かれた二つの物を、元帥は鋭い目で視た。

 まずはダイナマイトを手に取る。上下左右、筒の一本一本中身を目視し、机に戻す。

 次に拳銃の方へ手を伸ばした。感触を確かめるように握り、目線の高さに持ってくる。

 同じように上下左右と見ていく。

 そして取っ手を下から見た時に、元帥が呟いた。


「…刻印番号が違う」

「「えっ!?」」

 

 ギンブリーは頷いた。 


「彼らが持ち出した拳銃は、我々が探していた拳銃ではありませんでした」


 元帥の手元にあるのは、最新の試作拳銃に間違い無い。

 しかし、彼らが秘密裏に探していたのは、更に最新最先端の、公表すべきではない技術で作った拳銃だ。

 椅子が倒れた音がした。


「やられた!! 初めから全部囮か!」

「なかなか手の込んだ仕掛けっすね~」


 検分を終えた拳銃を机に戻し、元帥は考え込んだ。

 執務机に置いておいた人形(ビスクドール)を膝に置き、撫でることもなく停止する。

 ギンブリーは従順に待った。背後はまだ騒いでいる。

 二人が落ち着く頃、ようやく元帥が動いた。


「…研究室の鍵を開けたのも、盗んだのも、同じ人物だと思う」

「はい」

「…初めから全部、囮だった」

「はい」

「…囮に同じものを運ばせて、私たちは見事に引っかかったということだね」

「はい」


「………次は無い」


 鋭い刃物の様な殺気を纏う元帥に、ギンブリーは頷いた。

 華奢な見た目に騙されるが、元帥の戦闘能力はとても高い。

 ギンブリーは、元帥から逃げることは出来るが、勝つことは難しいだろうと思っている。

 そして無表情ゆえに無感情に見られるが、実は物凄く執念深い。


「…ところで、どうしてこんなことをしたんだと思う?」


 気持ちを落ちつかせるかのように人形ビスクドールを撫でながら、いつも通りの無表情で元帥が問う。

 ギンブリーは幾つかの可能性を考えた。


「最新の武器を入手したかった。または、それの技術を盗むことを目的としたもの」

「…後は?」

「それを軍への交渉として利用する為」

「…確かにアレがあれば王家にも交渉出来る。可能性としてはある」

「軍への嫌がらせ。単純に己の力を試したかった可能性もあります」

「…なるほど。碌な理由が無いのはよくわかった」


 無表情の中に疲れを滲ませ、椅子に体を預ける。

 整った顔立ちなので、気だるげな姿も非常に絵になる。

  

「アレが出来上がって、滅茶苦茶元帥喜んでたっすからね~。案外、元帥信者の仕業かも知れないっすよ~」

「お前、変態に好かれやすいからな」

「…黙って下さい」


 消されていた殺気がまた漂う。

 背後で腹を抱えて二人が笑う。皮膚が切れそうな殺気なのに、非常に楽しそうだ。

 ギンブリーもこれぐらいの殺気はどうということはないが、わざわざ火に油を注がなくても良いだろう。

 美貌の元帥を崇拝する信者に、変態が多いのは事実である。 


「…まだ何か報告は?」


 付き合いが長いからこそ分かる不機嫌を滲せ、元帥が続きを促す。

 ギンブリーは報告書に目を落とした。報告なので、言わないわけにはいかない。

 重い口を、それと悟らせず、開く。


「作戦参加人数五十名。死者重体軽傷者、ともになし。他、新人三名。内、一名軽傷。一名重体」

「………重体?」


 元帥は首を傾げた。

 後ろで二人も首を傾げた。

 

「運び屋にしていた新人が狼の実行部隊に拘束され、拘束から逃れる際に掌に怪我を。それにより出血多量、現在医務室に。一時は危険でしたが、現在は持ち直し、絶対安静の状態です」


 たかが掌を怪我しただけで出血多量になって危篤状態だ。手首ではない。掌だ。

 現場はよくみればとんでもない血の量で、ひどい惨状になっていた。

 血溜まりで足を滑らせた兵が蒼白な顔をしたり、匂いに吐いた兵もいた。


「よっぽど派手に切ったんだな…」

「血の気が多かったようには見えなかったすけどね」


 理解不能なことばかり起こす新人に、ギンブリーはサラスの言う天然の意味を理解した。

 絶対に自分の元には来て欲しくない。やると言われても断固拒否する。

 固い決意を抱くギンブリーの前で、元帥は死んでいないことに安堵した。

 横領の件で軍の風紀や規律が叩かれるのは目に見えている。ここで死者を出して更に叩かれるのは非常に痛かった。


「…いま死なれると外野が五月蠅いから、なんとしても回復させて」

「はっ」



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