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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
84/89

第35.2騒 長い一日の夜2。

 黒色火薬は、直射日光に晒しても変質しない。長期保存も可能。また、吸湿してしまっても、乾燥すれば再使用できるなど、備蓄という観点では大変に優秀だ。

 取扱い上の注意であり、要改良点という所では、摩擦や衝撃にとても弱く、吸湿性が高く、水分を含むと爆発しない、ということだろうか。


 水をたっぷりすいこみ、火薬としての役目を無くしたダイナマイトは、大人しく鞄の中で揺られていた。

 何度か衝撃に見舞われたが、発火しやすい性質は鳴りを潜め、物言わぬ物として、ただ揺られている。

 朝から揺られ続けられる中、今日何度目かの強い衝撃が起こり、揺れが収まると同時に、仄かな灯りが隙間から差し込んできた。

  


 家路に帰る者と、外に出る者が混在する時間。

 第二公国は独り暮らしの独身軍人が多いせいか、作法を知らずとも手軽に食べて酒を飲める店が多い。

 夜だからと人がいなくなるわけではなく、昼間とは違う人の流れが出来上がる。

 魔法陣が内蔵された街灯が点きはじめる頃、そんな流れから外れて、噴水広場のベンチで一人の男が額の汗を拭った。

 息を吐きながら、前かがみに体を倒す。足の間には素朴な鞄が置いてある。


「今日はなんだってこんなに軍人が出ばってんだ?」


 重そうに頭を持ち上げ、男は周りを見渡した。

 三十後半から四十代の、うだつの上がらない番頭のような雰囲気を持つ男だった。

 髪が後退を開始したせいで広くなった額の汗を、もう一度拭う。


「………撒いた………か」


 男は顎を上げた。灯りの付いた街灯にたかる虫が小さな目に映る。

 夜になると冷える季節だが、顔を上げた男は夜風を楽しむように小さな目を細めた。


「あーー。風が気持ちいいなーー」


 人が集まる噴水広場は、夜は男女の定番場所である。男が座るベンチ以外には、若い男女の姿もあった。

 まだ健全な様子の男女の姿に、男は「仕方無い」と呟いた。


「もっと濃厚なやつの方が、若い警備の連中が近寄らないんでありがたいんだが……まだまだ時間が掛かりそうだな……ちんたらしやがって」


 もう一度「仕方無い」と呟きながら、男は靴の間に置いていた鞄を膝の間に置きなおした。

 そしてもう一度周りを見て、両手を擦り合わせた。

 満面の笑顔を浮かべながら、まるで贈り物を開けるような弾んだ様子で、男は鞄の口に手を掛けた。


「さてさて御開帳~~って………ん? 鍵?」


 開けようとした鞄には鍵が付いていたようだ。男の眉間に皺がよった。 

 だがすぐに皺を伸ばし、汚れのついた服を探って細い針を取り出した。


「固い処女の足を時間を掛けて開かせるのも乙なものってね」


 先ほどより更に弾んだ様子で、鍵に針を差し込みながら手元を動かす。

 器用に動く男の手だが、鍵は中々開かない。


「くぅ…この焦らすのが溜まんね~~」


 なぜか異様に興奮した様子の男は、鍵開けに没頭した。何度も何度も繰り返し試していく。周りは一切見ず、ひたすら鍵に夢中だった。と、男の手の中で、鍵が緩んだ。男の顔も緩んだ。


「今日のパンツの色はなんですか~」

「黒だ」


 ゆっくりと鞄の口を開けていた男の肩に、分厚い手が置かれた。


「ぎゃぁあぁ!!」


 驚いた男の身体は文字通り飛びあがった。男の声に、周囲のベンチにいた男女が驚き、中には乱れた服をささっと直す姿もあった。

 若い男女の非難めいた視線を無視して、ベンチに座る男を背後から見下ろした男は、肩に置いた手に力を込めた。

 

「捕まえたぞ。懲りない奴だな、お前は」

「毎回ひつけーなぁ!」

「毎度毎度お前が性懲りもなく掏りを繰り返すからだっ!」

「いてててぇ……わかった! わかったから離してくれぇ!」


 暴れる男の肩を押さえつけ、怒鳴る。

 男の怒鳴り声に、また非難めいた視線が集まったが、男が周りを睨むと揃って顔を逸らした。

 男の着ている服を見て、堂々と喧嘩を売る者は少ないだろう。

 深い緑色の動きやすそうな服装で帯剣している男は、誰がどう見ても軍人で、この街で軍人に喧嘩を売るのは馬鹿か犯罪者だけだ。

 

「荷物を寄越せ。お前は今日は別荘行きだ」

「へいへい。分かりましたよ。飯は米で。あと、あの部屋はさみぃからそろそろ毛布も」

「お前は……どうしたら反省するんだ……」


 逃げる様子は欠片も感じないが、反省した様子も欠片も感じない男に、軍人は呆れたようだ。

 男から荷物を奪い、両手を拘束する。

 する側はともかく、される側も慣れたように両手を組んで差し出した。

 軍人は男の座っていたベンチに腰を下ろすと、付けたばかりの手錠を引いて、男も座らせた。

 行儀よく腰を落とした男の横で、背中を丸めてベンチに座る軍人は、哀愁が滲み出るようだった。

 

「全く……今日は役職付きの軍人が殺気立ってるっていうのに……」

「せっかくの公休日に朝から大勢出張ってきやがって。こっちはいい迷惑だ」

「お前が言うな」

「………なぁなぁ、謝るからさ。それの中身、見せてくれよぉ」


 男が、軍人の手に渡った鞄に粘着質な視線を送る。


「……なんだまだ見てないのか」

「せっかくの公休日に朝から大勢出張ってきやがって」

「朝から今まで逃げてたと……お前は根性の使い道を間違えてるな」

 

 覇気のない声と動きで、軍人は鍵の開いていた鞄を簡単に開き、中を覗き込んだ。

 しばらく目を凝らして、利き手とは反対の手を鞄に入れる。灯りが遠く、鞄の底まで見えなかったようだ。

 鞄の中身を気にするように身を寄せつつ、軍人の利き手にしっかりと巻きつけられた手錠を見た男は、不機嫌を隠しもせず、座りなおして足を組んだ。

 鞄を漁っている軍人の手に、細長い何かが束になっている感触が伝わる。湿っているそれは、鞄の底から掬うように片手で持ち上げても、さほど重みを感じなかった。

 鞄から取り出す。興味が失せたように足を組んでいた男が首を傾げた。 


「なんだぁ? それ?」

「………………………」


 よく見ようと街灯に手をかざした軍人は、息すら固めて動きを止めた。

 



 誰かが、開けた口、そのまま形で空気を吐き出した。


 ヌメ色のそこそこ使い込まれた革製の手提げ鞄が、放射線を描いて暖炉へ飛び込んでいく。

 煉瓦を組んだ小さな暖炉は、八メートルほどの長方形の酒場には少し小さめだが、まるで吸い込まれるかのように、四角い暖炉のどこにもぶつかることなく、薪の火が燃えさかる中へ身を投じた。

 その場には、軍服を着た、見た目からして屈強な男たちがたくさんいた。

 彼らは暖炉に鞄が入る直前、身体を反転させて床を蹴っていた。

 その刹那、肺と胃に入っているだけの空気を吐き出すかのような声が轟く。


「退け!!!!」


 声をのせた振動が背中を押すように、それまで動いていなかった者達が一斉に動き出した。

 扉から転がり出る者がいる。奇跡的に無事だった窓から体当たりで外へ出る者がいる。

 軍人ではない男の襟首を掴み、外へと放り投げる者がいる。

 せめてもと、カウンターに身を伏せる者がいる。

 声を上げた男は逃げることなく、重なるように拘束された者たちを盾に、身を伏せた。

 大柄な男だが、木の床に腹ばいになって伏せれば、人で積んだ山の影になる。

 意識の無い者がいるせいで上手く起き上がれず盾にされた彼らは、軍人が血相を変えて逃げている様子を見て、恐怖に顔を歪めた。


 暖炉の火は、新たな火種を歓迎するかのように、一際大きく燃え盛り、鞄を己が身へ抱え込もうとした。


 そして


 暖炉から、間抜けな音と、大量の白煙が上がった。


「…………………」


 ギンブリーは白い煙に覆われた酒場で身を伏せたまま、眉を顰めた。

 本来、黒色火薬は爆発の際に、ひどい硝煙の匂いと、大量の白い煙が上がる。

 そもそも、ダイナマイトは爆発というよりは、爆破に近い。瞬間的に威力を出し、その場の物を破砕するのだ。この大きさぐらいの酒場なら、半分は無くなる。

 はずだが、どうも可笑しい。

 白煙と共にある、食べ物を長期間放置したような独特な臭気がない。

 嗅覚が麻痺しているのかとも思ったが、籠ったアルコールの匂いはしっかり感じ取れたので、鼻が機能していないわけではないようだ。


「どういうことだ?」

 

 ギンブリーは詳細を確かめようと立ち上がり、酒場を見渡した。

 暖炉の火が消えた酒場は薄暗く、空いた扉や窓から抜けた白い煙が薄く漂うだけ。

 人の気配が薄くなった酒場には、盾にした男達と、捕縛した狼の男と共に、床に伏せる複数の軍人。気絶している少年と、蹲っている青年。カウンターからは、姿は見えないが二人の気配がする。

 あの一瞬でほとんどの軍人は外に逃げられたようだ。判断力、身のこなしとも、優秀である。

 よくよく見ると、ダイナマイトが投げられた暖炉は真四角の煉瓦の形のまま。多少煤けている以外、無傷だった。

 壁に穴が開いている様子もない。何かが壊れたり、衝撃が起こったりしたような感じも無い。

 先ほどの喧噪が嘘のように静まり返った酒場で、ギンブリーは結論を出す。

 

(爆発は起こっていない)


 事実として、爆発は起こっていない。

 ただし原因は不明。


 更に状況を確認しようとすると、カウンターの下から、銅の十字架フィートシンボルを下げた黒髪の青年と、明らかにマスターと思われる中年の男が立ち上がった。

 マスターは直ぐに店を見渡した。割れた窓を見て少し落胆した以外は、建物に損傷の無いことを確認して胸を撫で下ろす。

 もう一人、この原因不明の事態を起こした片割れが、マスターと同じように周りを見渡した。

 同じものを見たというのに、彼は肩を落とし、伏せた顔に片手を当て、力なく左右に顔を振った。

 脱力というに相応しい雰囲気だ。


(細工をした張本人にしては仕草が変だ。手配しただけで、作成したのは別の者か?)


 脱力したままの青年は再び店内に視線を巡らせ、暖炉で止めた。

 一緒に行動していた、当初の運び屋役の青年が、暖炉の前に座り、背を向けていた。その後ろには、棒のような細い少年が気を失って倒れている。

 火の消えた暖炉を眺めている青年の後ろに、気配を殺して近づく。何を見ているのか確認する為だ。

 途中、床に落ちていた拳銃を拾い上げ、懐に仕舞う。

 これが探していた銃だろう。目的を一つ達成したのに、達成感が全くない。

 そのまま表情を変えることなく、座りこむ青年の背中越しに、暖炉を覗き込んだ。

 曲線の形をした黒っぽい金属と、とても見覚えのある布切れが暖炉に埋もれていた。

 それらが何なのか、咄嗟には分からなかった。見覚えのある端切れの生地をよくよく見て、それが見慣れ過ぎた軍服の端切れであると閃いた。曲線の金属片は、煤けた鞄の取っ手だろう。


「………………」


 我々がダイナマイトだと思っていた鞄の中は、軍服の端切れだったらしい。


「………………」


 意味が分からない。

 全く分からない。


 分からないことは喋らさなければならないだろう。強制的にでも。

 ギンブリーは座っている青年の頭を掴んだ。

 骨と骨の接合部に指先をあて、手のひらをしっかり頭頂部に押し当てる。

 大きくない頭は丁度良く手のひらに収まった。そして、握り潰すように力を加える。

 取り乱して暴れるほど痛くはないが、悶え苦しむぐらいには痛い加減。

 人は、痛みを与えると、舌の回りが良くなるのだ。


「い。痛い」


 ギンブリーは、頭を潰している反対の手で目を擦った。

 青年の背中に、人ではありえない尻尾が見え、その毛が総毛立つ。そんな幻覚を見たのだ。

 青年の口調は平坦で無感情で、痛みを感じているようには思えない。不思議な幻覚を見たものだ。

 目の不調かと考えていると、黒髪の男が背後に立つ気配を感じた。こちらに攻撃を加える気はないようだ。

 それも杞憂だろう。男は脱力したまま、復活していない。

 

「俺、何かしたか?」

「お前以外考えられないぐらいには」


 疲れ切った声を出す黒髪の男の心労は、なかなかのもののようだ。


「カラト。俺がいない間に何をした?」


 手の圧を緩めれば、こちらを伺うように青年が顔を上げた。

 顔は前髪に隠れて見えないが、思案するかのように首を傾げた。すると、平和そうな雰囲気を醸し出し、何を思い出したのか口元を緩めた。

 なぜか非常に苛立った。

 手に力が籠もると、手の中の体が大げさに跳ねた。


「全部、ちゃんと、思い出した方が良いぞ」


 今度は尻尾を股に挟み、怖がっている幻覚が見えてしまった。

 自分は、心底疲れているようだ。

 どうみても平然としているのに、変な幻覚を見る。

 

「アドルドと別れたら噴水に落ちた女の子の家で服がお茶を貰って途中で掏られた!!」

「ほぅ」


 疲れているのだ。青年の言葉の意味が何一つ理解出来ない。

 幻聴まで聞こえてきた。こんなことは始めてだ。

 ギンブリーは形の良い頭から手を離し、背後を振り返った。


「訳せ」

「少女が原因で噴水に落ちて、服とお茶をもらっての帰り道、鞄をスリに掏られたらしいです」

「………なんだそれは」


 話の意味は理解出来る。

 なんらかの問題が起き噴水に落ちた後、替えの服とお茶を貰った帰り道。その時に鞄に入っていたのは青年の濡れた軍服。それを掏られたと。

 そもそも軍人が掏られて。いや、その前に少女に噴水に落とされるのもどうなのか。


「その時、ダイナマイトを持っていたのは?」

「カラトです」

「……同じ鞄がもう一つあったということか?」

「………そうみたいです」  


 話は分かるが、内容が理解出来ない。

 

「その時掏られたはずの鞄がなぜここにある? 本物は何処だ?」

「………………」


 詰問めいた口調になったが、青年は顔を青くして俯いた。重大なことだと理解しているようだ。 


(早く本物のダイナマイトを見つけなければ)


 当の本人は自分が何をしでかしたかまるでわかっていないのか、自分の頭を手で摩っていた。『うあー痛かった』という幻聴が聞こえてきそうな様子で。


『………』


 非常に、非常に、苛立ったので、再度頭に手を置いて、圧を掛けた。

 

「ギンブリー大佐! ご無事ですか?!」


 外で待機していた衛生兵が飛び込んできた。素早くあたりを見渡し、一瞬、倒れている少年に視線を止めたが、すぐに顔を上げた。


「無事だ。鞄にダイナマイトは入っていなかった」

「………ではどこに……」


 被害の大きさを想像したのか、衛生兵の顔が曇る。

 被害を出す前に早く見つけなければ。

 開いたままの扉から、酒場を覗き込む軍人に指示を出す。

 

「歩兵部隊と狙撃部隊は取り合さえた者たちを早急に軍へ連行しろ。戦略部隊は周囲の警戒を。衛生と魔法はこの場で負傷者の手当てを。情報部隊は街へ散らばった者へ連絡を。ダイナマイトの行方を探せ」

 

 虱潰しに探すには当てがなさすぎるが、散らばっていた情報部隊が少しでも何かを掴んでいるのなら。

 

(当事者に聞くのとどちらが早いか)


「お前にも詳細を聞く。逃げるなよ」


 釘を指せば、銅の十字架フィートシンボルを下げた青年が神妙に頷いた。

 続けて、お前もと、手の下にいる人物に目を向ければ、死にそうな顔色をして意識を飛ばしていた。


「衛生兵!!」


 よく見れば、青年の手の平からはまだ血が流れていた。

 勢いは減ったとはいえ、流した血の量から考えると致命傷だ。手の平から感じる体温も冷たくなっている。

 すぐに衛生兵が青年の身体を横たえ、脈を診る。

 その時、足をもつれさせるような走りで、歩兵部隊員が酒場に転がり込んで来た。


「大佐! 大変です! 街中でダイナマイトが発見されました!!」 


 ………理解不能だ。



本来のダイナマイトの中身は、黒色火薬ではなく、ニトログリセリンです。

表現が上手く出来そうもなかったので、ダイナマイトという言葉を使いました。

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