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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
82/89

第29.7騒 長い一日の昼過ぎ10。


 分厚い木の扉が開いたと同時に、乱暴な速馬車のような勢いで、強い突風が木造の建物の中を抜けた。

 風は一瞬だったが、刹那の暴風の煽りを受けて、棚の前面に並んでいたグラスや中身が少なくなった酒瓶が、価値に関係なく一斉に落ちる。

 高い音から低い音まで、ガラスが持つ特有の音が幾つも重なって、さながら雷が落ちたような激しい音だった。

 たまらず耳を塞ぎ、反射的に目を閉じる者達の中、強い力で服を引かれた者がいた。足から床の感触が消え、浮遊感が体を襲うと、瞬きの間に床に叩きつけられた。

 痛みに呻きながら、細く開いた目で見たのは、街で見慣れた軍服だ。

 逆さまになった視界に、軍人が店に雪崩れ込んでくるのが映る。

 階級や所属を示す胸章が統一されていない十数人の軍人に仲間が気付くものの、気づいた時にはすでに軍人が眼前に迫っており、ろくな抵抗をする間もなく床に転がされていく。

 それでも仲間達は全力で抵抗した。

 衝突や、衝撃、または反撃で、風で倒れなかった酒瓶がどんどん棚から消えていく。

 もったいない。と、腹の上に仲間を乗せられ、身動きが取れなくなった体の上を飛んでいく酒瓶の銘柄を見て、思う。

 酒瓶が床に落ちて割れる音が響く。

 酒特有の匂いが溢れる中、このまま酔えたら幸せだろうと、さらに重みの掛かった腹に、濁音混じりの悲鳴を上げた。


 

 アドルドは飛び掛かって来た男を身を捻って躱しながら、背後にいる軍人の集団を確認した。

 軍人の顔ぶれの中に、見知った顔は、ない。


(フィラットめ! やっぱり目を付けられていたか!!)


 所属先が違うにも関わらず、しっかりと連携が取れているうえ、武装されている様子から、リラが助けを呼んで来た者ではなく、初めから準備されていたものだろう。

 混合部隊という、普段ではありえない編成から、将位以上の息がかかっているのが伺える。


(………やばいな)


 ここで捕まると、横流しの手助けをしたとして軍法会議にかけられる可能性がある。


(混乱に乗じて抜けられるか?)


 アドルドは拳と酒瓶を避けながら黒髪の青年の姿を探した。

 アドルドは、カラトが軍人の接触を受け、間諜の立場であることを知らない。

 軍法会議の心配はないのだが、事情を知らなければ巻き込まれたと思い焦るのも当然だろう。

 そしてアドルドは、一人で逃げる気は毛頭なかった。

 呑気で間が抜けている同室を、こんな物騒な所に残していたら、うっかり死んでしまうかも知れないと、本気で思っていたのだ。

 カウンターの上にある血溜まりも、アドルドの心配を助長させた。

 血の跡は移動しており、店の奥の、盾のようにテーブルが倒されている所へ続いていた。乱闘から身を守っているようで、アドルドは取り合えず胸を撫で下ろす。


(合流するか)


 奥へ行こうと体の重心を前に変えた所で、顔を目掛けて酒瓶が飛んで来た。

 ぶん投げたというに相応しい勢いで、当たればただでは済まない威力。

 重心を更に前に移し、酒瓶を後頭部すれすれでやり過ごす。大振りの酒瓶が通り過ぎるのを首を捻って視界に収め安堵と――殺気を感じた。

 首を捻った方向の反対側。

 

「くっ!!」


 勢いを重ねて更に体を前方へ傾け、前方に受け身をとってその場を離れる。

 すぐさま振り向くと、胸元を肌蹴させた男が、アドルドがいた場所にナイフを突き出していた。獣のように鼻息が荒い。ナイフを持ち換え、迫る男。

 目を狙った速い突きを間一髪躱す。


「………ちっ。滑るな」


 ナイフを引いた男が、舌打ちを零して、ナイフを握っていた手を振った。

 刃を伝って垂れていた血が、細かい飛沫となって飛ぶ。

 ぬめりのあるナイフは使いづらい。刃と刀身が分かれていないナイフならなおさらだろう。

 男はナイフをしまって、拳を握った。 

 

「てめぇ、この落とし前はつけさせてもらうぜ」

「何を言っているのか全くわからないが、お前こそ、覚悟しろ」


 アドルドも拳を握った。ナイフに伝う同室の血を見て、逃げる選択が頭から消えていた。


 


 準備を終えた魔法使いがギンブリーに頷いた。

 ギンブリーは扉を蹴破る勢いで押し開け、姿勢を低くした。頭上では魔法使いの両腕が伸ばされ、魔法が放たれている。

 白髪が混じった髪が風に煽られるのも構わず、ギンブリーは前に踊り出た。

 暴風もただの風とばかりに、身を低くしたまま手身近にいた男を一人、片手で引き倒す。

 引き倒す勢いで体を持ち上げ、良い高さの男を反対の手で掴む。

 腰を捻りながら肩に担ぐようにして落とした所で、他の者達が合流した。

 奇襲の手を止め、ギンブリーは店の状況を確認すべく、視線を回した。

 カウンターを中心に人が密集している場所を、ギンブリーが狙って最初に崩した成果か、後に続くように隊員が手際よく無力化させていく。

 そちらは任せることにし、ギンブリーは更に視線を回す。

 店の奥にはテーブルを二台倒した即席の防御壁があった。

 小さいテーブルなので、一台に一人か二人隠れるのが精々だろう。

 気になったのは、そのテーブルに至るまでに血の跡が点々としていることだ。

 少なくない出血量だが、怪我人を確認するよりも、この場所を早く無力化させる方が良いだろうとギンブリーは判断した。

 丁度、テーブルから顔を覗かせた少年と目が合う。

 遠目からでも分かるほど怯えていた顔を更に歪め、幼い顔が恐怖に慄く。震える身体を小動物のように丸め、喧噪そのものから身を隠すように、テーブルに身体を引っ込めた。


(………)


 目を合わせただけで過剰に怯えられたギンブリーは、いつものことであるとは言え、納得している訳ではない。

 元々、明らかに軍服の色の違う、いかにも歴戦の兵然としたギンブリーに向かってくる度胸のある者は少なかったが、不機嫌さが滲み出た今、敵味方問わず、ギンブリーの傍に来る者はいなかった。

 不自然に空いた空間で、ギンブリーは気を取り直して“狼”の幹部と、鞄の行方を探した。

 半数以上を捕縛した空間は、随分と見通しが良くなっている。

 カウンターの傍で、“狼”の幹部と思われる男と、首に銅の十字架フィートシンボルを下げた男が拳を交えているのを見つけた。

 報告によると、今年の新人である。男は、接近戦の技量としては中々の物だった。

 実践慣れしているのだろう。傭兵であったのなら納得の腕で、対する“狼”とは互角だ。

 その二人の近く、カウンターの下で、ジレを着込んだ人物が、傭兵を応援していた。

 彼らの近くに、目的の鞄があった。

 ギンブリーは、丁度二人が互いの拳を打ち合って静止した所で、音もなく“狼”の背後に立つと、後ろから軸足を蹴った。

 低くなった頭が、良い位置に来たところで、頭を鷲掴んで床に叩きつける。

 一騎打ちに無粋だとか、そういう思いは一切無い。

 新人兵の技量が高ければ場を任せたかも知れないが、技量は同等だった。

 ならば効率的に、気が散っている今を狙うべきだろう。

 全体重をかけた一撃。今までで一番重い音が響くと、店の中が静かになった。


「厳重に縛り上げろ」

「はっ!」


 脳震盪を起こした様子の“狼”を、傍にいた歩兵隊員に引き渡す。

 鞄の回収に当たっていた部下が、茶色の皮鞄を手に傍に寄る。

 

「大佐、鞄です」

「開けろ」

「はっ!」

 

 素早く床に鞄を降ろし、開閉口近くにナイフを立てて、引き裂く。

 慎重に取り出した部下は、微かな緊張感を滲ませてダイナマイトを差し出した。

 受け取ったギンブリーは上下左右と向きを変えて眺めた。


「保管しろ。偽物だ」


 無造作に部下に投げ渡したギンブリーに、敵味方なく、その場にいた全員が騒めいた。


(一人。様子が違うな)

 

 首から十字架フィートシンボルを下げた新人兵だけが驚かなかった。

 偽物を持ってきた一番驚かなければならない者が、一番驚いていない。


(………何かしたな)


 幾度か見失った時に、細工をしたのだろう。

 話を聞こうと近寄ると、固めていたはずの入り口から、息切れも激しく、男が転ぶように押し入った。

 赤毛の若い男はろくに店内の中も見ず、視線を上げないまま叫んだ。


「すまんアドルド! 鞄を取られた!」 

「なにぃ!!」

「相手の数が多すぎた!」

 

 アドルドと呼ばれた、新人兵が、今度こそ顔色を変えて入って来たばかりの傭兵に詰め寄る。

 またもや場が騒めく。


「詳しく説明してもらおうか」


 鞄に細工をしただろうアドルドの肩に手を置く。どさくさに紛れて逃げられないよう、強めに。


「本当か!?」

「出鱈目を言うな!!」


 さすがに丈夫なものだ。回復していた狼の幹部が叫ぶ。

 全員、鞄の中身がダイナマイトと知っている様子である。その威力を知っているがゆえに、取り乱すのだろう。真偽を問う声が広がり、嘘だと叫ぶ声が上がる。

 ここにないならどこにあるというのか。

 後手後手に回っている現状に、苛立ちが起こる。

 その時、店の奥から聞きなれない声がした。

 

「俺の鞄だ!!」

 

 倒れていた奥のテーブルが激しく動いたと思ったら、なぜか見慣れた拳銃を持った見慣れない少年が、間諜を頼んだ新人兵の米神に拳銃を当て、可哀想なほど震えながらこちらを見ていた。

 血眼で探していた試作品の小型拳銃が、一般人の手に渡っている疑問や、鞄がもう一つある疑問や、とっくに気絶していても可笑しくない血の量を垂れ流して人質になっている軍人やら。多種多様の疑問が渦巻く中、なぜかその声は自然と耳に入った。


「なんで“また”人質になっているんだっ」

  

 

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