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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
81/89

第29.6騒 長い一日の昼過ぎ9。


 路地裏に佇む、こじんまりとした一軒の酒場は、このあたりでは珍しい平屋建てだった。

 通常、酒場は宿を併設している所がほとんどで、連れ込み宿にもなっている。一階にある酒場は夜になると客引きの娼婦も多い。

 しかし、この酒場は小さな平屋なので、一見しただけで宿がないと分かる。飲んで直ぐに寝たい、または一夜の温もりを求める傭兵などからは敬遠されるだろうが、酒場なのに平屋の一軒家という時点で、そういった輩を排除したいという思いもあるのだろう。

 傭兵はいつ死ぬか分からない職業の為、貯蓄という概念が希薄な者が多く、酒場にとっては貴重な金蔓だ。

 ただ、手書きの看板や、店の横にある小さな花壇、扉に飾られた飾りから、女性の気配が漂う店には、不似合いであるのは納得出来る。

 そんな健全といえる酒場“鳥の囁き”の周りで、緑色の服を着た軍人が用心深く行動していた。


「遊撃五名、配置に付きました」

「歩兵五名、配置に付きました」

「情報部二名、配置に付きました」


 所属が違う軍人達が、次々と指揮官と思わしき、五十代の男に報告を上げる。

 指揮官と思わしき男の軍服だけ深い青色なので、集団の中にいても目立つ。軍服がなくとも、そもそも男は目立つ。

 立っているだけで威圧される大柄な体に、相手の奥の奥まで見据えるような鋭い眼力。白髪混じりの角刈りが更に貫禄を増すようだ。

 指揮官と思わしき男の軍服のワッペンは、鳥の意匠が描かれた、太い銀の三本線--情報部隊の大佐であることを示していた。


「歩兵五名、周辺の封鎖完了しました」

「ギンブリー大佐。すべての指示を終えました」


 ギンブリーと呼ばれた指揮官の男は、最終報告を受けて辺りを見回した。

 酒場の小さな入り口の正面に、十数人の軍人が突撃の用意を整え、待機している。

 三本ある細い道には狙撃部隊が銃を片手に控え、通路の奥には立ち入り禁止と書かれた布がはためいて見えた。

 どんな柄の悪い男でも取って引き返すような、物々しい空気だ。

 彼らの顔に笑みは無く、誰もが真面目な顔で緊張感を維持している。

 年齢も所属も階級も統一感はないが、指揮官の男以上に高齢の軍人は見当たらない。

 一番違い年と言えるのは、魔法部隊の眼鏡をかけた男だろうか。


「そのまま待機」

『はっ!』


 揃った敬礼から視線を外し、ギンブリーは隣にいる眼鏡をかけた男に問いかけた。


「店の中には十人ほどの“狼”と、運び役が二人いる。殺傷能力を押さえた魔法をぶつけることは可能か? 建物を壊さない程度のだ」


 魔法は個人差が酷い。出来ることと出来ないことに個人差がありすぎて、残酷なほど、才能の差が出る。

 眼鏡をかけた男は、ギンブリーに向けて一笑してみせた。


「できます。というか、私に威力の高い魔法を求められても困りますが?」


 皮肉のような笑みは、自虐の笑み。ではなく、自分に出来ることと出来ないことを正確に把握したうえで、自分の技術に自信を持った者もの笑みだった。

 軍人しては細身の、眼鏡をかけた男は、正直、魔法使いとしては全く強くない。魔法使いの強さの基準は魔法の攻撃力で、その点において、彼は弱い。護衛にすらなれない実力だ。

 ただし、補助系が長けていたのと、長年の後方支援担当で繊細な力配分を手に入れ、今や”攻撃魔法以外”を幅広く器用に何でもこなすようになった。

 現在、彼は魔法部隊の副官で、この作戦に成功すれば昇進して佐官がもらえるだろうと言われている。


「まぁ、得意ではないので少々時間を頂きますが」

「頼む」

「はい」

 

 魔法を使用する際の独特の詠唱がはじまる中、ギンブリーは視線を酒場に固定した。




 マスター自慢の長いカウンターを中心に、二人の男を囲う形で、半円形の人垣が出来上がっていた。

 中心にいる二人の男は見つめ合ったまま、互いの動向を読もうと、無言の攻防を繰り広げている。

 一人は三十代後半。堅気には見えない頬の傷に、鋭い緑の目。硬く固めた茶色の髪や仕立ての良いシャツから洒落た感じを受ける。

 身長は高くないが、開かれたシャツから見える胸部は厚みがある。同じように鍛えた腕や指も相当な太さだ。今、その太腿の下に拘束している、二十歳前後の細身の男と比べて、全てにおいて二倍以上はある。

 下にいる若い男は、噛みしめていた歯を解き、酸素を求めるように口を魚のように動かしている。

 重量のある男が上から乗りかかり、膝で肺を圧迫しているのだ。

 せき込む咳さえ出せないほど圧迫された重みは、息すらも満足に吸えないようだ。

 その苦しそうな様子を一見冷静に見ているのが、中心にいるもう一人の男だった。

 二十歳前後の大柄な男は、場に飲まれていない冷静な目で、周囲を把握しようとしている。

 男の黒目黒髪は第四公国の民族特徴でもあり、同時に、傭兵の中で一番多い民族でもある。

 男も例に漏れず、太い首から、傭兵の証である銅の十字架フィートシンボルが下がっていた。

 ずいぶんと場慣れしているようで、男に視線を肯定したまま、研ぎ澄まされた集中力で、周りの囲んだ男たちの動向を把握している様子だ。


 ただし、目に見えてはいないものの、焦りは感じているらしい。

 冷静になろうと、意識をして冷静を装っている。と、男を観察していた“狼”は気付いた。

 試すように下に敷いて鷲づかんでいた男の髪を更に引き、微動だにしない男に、見せつけるようにナイフで首に線を入れた。


「近寄るな。こいつを殺すぞ」


 細く鋭い刃は、柄のような所がない一本の小さな両刃のナイフだ。

 刃がない所が持ち手と呼べる代物で、手が滑ろうものなら、持っている本人の手をも簡単に斬るような、危険なナイフでもある。

 だが、男の手に馴染んだようなナイフは、危なげなく、正確に皮一枚を切り裂いてみせた。

 傭兵は眉を寄せ、怒りを宿した目を、ナイフを持つ男に向けた。

 だが、いつでも攻撃できる態勢のまま、その場を動かない。

 怒りは感じているが、それよりも冷静なのだ。

 下手に自分から動かない傭兵に、“狼”の実行部隊を取り仕切っている男は、相当場慣れをしていると判断を下した。


「お前が、狩人と繋がっていることは知っている」


 男にとっては、まさかの可能性だった。

 だが、手に入れた鞄の中身であるダイナマイトには、裏に回る時に消されるはずの製造番号があったのだ。“鴉”も“狼”も、”死の商人”ですら、そんな物は回さない。

 だから、裏の常識を知らない者、すなわち、軍の関係者となる。

 軍派閥の狩人との繋がりは分からないが、男としては『お前が軍の関係者だと分かっている』と言ったわけだ。


 ――凝り性な子供のせいで、荒く消していた製造番号が完全再現され、更にそれを本物と思い込んでいるのだが、持ち込んだ方は偽物と悟られたと思っている。完全な行き違いだが、誰も矛盾を感じていない不幸な出来事だった――


 ほんの微かに男の表情が動いた。

 人質のせいで身動きの出来ない男は、その名前に傭兵時代に聞いた噂が脳裏を掠め、微かに眉を顰めたものの、男はそれを図星だと取った。

 傭兵が軍人の関係者であると読んだ男は、小さく舌打ちした。 

 いまこの瞬間に、軍人が動いている可能性があるからだ。


「一般人を囮にしたようだが、生憎だな。お前が鞄を換えた所を、部下が目撃してる。今頃お仲間は袋叩きにされているだろうさ」 


 傭兵が男の言葉を聞き、反撃する構えを深くした。

 その行動には、自ら先に出ようとする意志が見えた。

 今まで受け身を守って来た傭兵の心境の変化に、男が内心首を傾げる。

 男の言うお仲間は、鞄をすり替えた傭兵二人のことを指す。鞄を受け取った子供のことなど、脳裏には残っていない

 対して、傭兵の男は、仲間である最年少の同室が危険に合っていると聞かされ、玉砕覚悟で突っ込む決意を固めた。

 どちらにしろ人質を取られたままでは、傭兵の男の方が圧倒的に不利だ。人質の顔色も、酸素が足りないのか徐々に顔色を悪くしている。このまま待っていても事態が好転する様子も無い。

 傭兵の男は腹を決めた。


「………この人数を相手にする気か?」


 勝てなくはない。だが、簡単ではない。

 傭兵の男の実力を、“狼”の男はそう見積もった。 


「そっちこそ良いのか。こんなところで密集して」


 傭兵の男が初めて言葉を返す。

 意志を固めたのか、不敵な笑みを浮かべている。


「………………」

「………………」


 店に、緊迫した空気が漂った。

 焦れるような、長い、一瞬。

 力を込めているのか、男のナイフが少しずつ人質の傷を深くする。


「伏せろ!!」


 言葉より早く、暴風が店を吹きぬけた。

 嵐のような音と共に、閉まっていた店のドアが吹き飛ぶ。

 兆階がどこかの壁に当たり、外れたドアが奥の壁に激突した。


「全員、動くなよ」



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