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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
79/89

第29.4話 長い一日の昼過ぎ7。


 安定感のある背中に身を預け、リラは男の背から見慣れた街を見渡す。

 目隠しをされても歩けるぐらい通いなれた通りも、視点が違うと新鮮な気分だ。

 いつかこの目線にと、成長期の男子らしい憧れを胸に秘め、リラは自分を運んでくれている傭兵のことを考えた。

 傭兵の男はリラの足を気遣って、振動の少ない大股で歩きながらも、極力早く運んでくれようとしている。

 お金の話で揉めたりはしたが、あれがリラでなければ、傭兵を雇うとはこういうことだぞと、子供の教育になっていただろう。金額は相場通りになったのだから。

 そのうえ、こうして丁寧に運んで貰えば、彼が真面目で善良な人格であるのは明白だった。

 だから少し困っているのだが……。

 

「坊主はあの辺に住んでるのか?」

「せや。どこも顔パスやで!」

「依頼をしてきた傭兵の男もあの辺に住んでるのか?」

「ちゃうちゃう。まだ東の方やわ。あっ、あそこ右に曲がってや!」


 善良な人格だが、甘くはないようで。

 さすが傭兵として生きているだけあり、こうしてうまく探りを入れてくるのだ。 

 リラは、自分とアドルドが軍人であることを隠した方が良いと判断して、今まで捌いていたものの、話題を変えたくて仕方なかった。

 違う話題からでも、こちらの情報を掴もうとしてくる。

 数多の商人を見てきたリラにとって、引っかかるようなものではないが、怪我をしている今は集中力が続かない。

 ついうっかり口を滑らせてしまう前に、こちらを探らせない話題選びをと、頭を巡らせていた。

 そんな中、微かに男の頭が動く。視線の先は宝飾品店だ。

 ………ようやく確信が持てた。

 これで失敗の可能性が減らせると、リラは逸る気持ちを抑え、男が角を曲がったところを見極め、質問をした。

 

「兄ちゃんは、あの姉ちゃんとどんな仲なん?」

「どっ! どんな!? ……って、仲間だよ! 仲間!」


 慌てふためく傭兵を、背中に張り付いたまま観察する。

 ぬいぐるみ、甘味、女物の店に宝飾品店とくれば、間違いないはずだったが、当たりだったようだ。


(ここや! ここをつくしかあらへん!!)


 全力で売り込みをかけはじめた商人は、一見穏やかに、しかし獲物を決して逃がすまいと畳みかけた。


「あの姉ちゃんなら、告っても瞬殺で断るか冗談もほどほどにって笑い飛ばしそうやな」

「…………………そうみえるか?」


 まだ告白までいっていなかったようだ。

 大人のくせに手が遅いと思わないこともなかったが、一番上の姉がまだ独り身なのを考えて、慎重派なのだろうと考えを改めた。


「見えるで。でもあの手合いは、本気で一回告って断られてからが勝負やで!」

「………勝負」

「こっちが本気ってことを見せなあかん! そんでも普段は普通に接して……隙あれば押し倒す勢いで押すんや!」

「………押し倒す」


 何を想像したのか、ほんのり耳が赤くなる。大変良い感じである。


「言葉で態度で、押して押して押す! で、引く!」

「引くのか?!」


 思わずと後ろを振り返った男に、リラは重々しく頷いた。


「そこで引くんがポイントや。そこまでくると相手は完全に意識しとるさかいな。引いて相手が不機嫌になったらこっちの勝ちや!! 不機嫌な相手をベッドで機嫌ようしてやるんや!」

「言い方がおっさんだ! お前ほんとうはいくつだ!?」

「ええから、ええから! 間違いあらへん!」


 上機嫌でリラは言い切った。

 正直、他人事だ。うまくいこうがどうなろうが全く関わりないし、興味もない。

 リラにとって重要なのは、こちらの情報を取られること。それももうすぐ、アドルドが連絡役にと指定した相手がいる場所につく。

 うまく切り抜けたと、リラとしては自分を褒めたい気分であった。




 元々色白であるミラン顔は、白を超えて青くなっていた。

 傍目からでも分かるほど血の気が引いた顔は具合の悪そうな様子であったが、今ミランの周りにいる人々で、そのことを気にする者はいなかった。

 顔に傷のある男と共に店――酒場だった――に入ると、後ろから十数人がぞろぞろと連れ立つ。

 飲むには早すぎる時間帯でまだ客はおらず。もしかしたら営業前かも知れなかった。

 テーブル席が四つと長いカウンター席がある。お酒を飲まないミランには、一般の酒場の大きさは分からないが、普通の飲食店より小さめという印象だ。

 カウンター席の奥でグラスを磨いていたマスターが、当然ながら怪訝な顔を向けた。

 先頭の男はマスターより先に口を切る。


「今日ここに“鴉”の使いがくるってな」

「………さて、誰のことでしょうか」


 男とマスターは顔を見合わせたまま、互いに探り合うような視線を交わす。

 睨み合っているようには見えないが、二人の間の緊張感からか、誰も音を発さない。

 そんな中で、突然、酒場の扉が開いた。


「父さん! なんで今日は休んでも良いの!? 私がいなくて大丈夫!?」


 ノックも無く大きく開いた扉から、ミランより年上の、でもまだ若い女性が勢いよく入って来た。

 落ち着いた酒場の雰囲気には似つかわしくない、生命力に溢れたような女性で、ミランはなぜか酒と宴の神ヴィヴェイトが来たと思った。

 客がいないと思っていたのか、女性は客がいたことに驚き、狼狽え、愛想笑いを浮かべながら扉をしめようとした。足を軽く引いた女性を、連れ立っていた男が乱暴に肩を引き寄せた。


「ちょっとなにするの!」


 後ろ手を拘束された女性が声を荒らげる。傷のある男は「よくやった」と褒めた。

 マスターに向けていた視線を外し、男は拘束されて暴れる女性に近づきながら、果物ナイフよりも小さなナイフを取り出した。

 それが果物ナイフよりも鋭利でよく切れるナイフなのは、武器屋の跡取りと友達のミランには良くわかった。


「マスター、今日ここにくる“鴉”の使いは誰だ?」


 そのナイフの先は女性に向いていない。

 ミランに向けられているわけでもない。

 なのに、やけに呼吸が早くなる。

 力を感じず垂れ下がった腕に、指先だけで器用に扱われるナイフ。

 暴れていたはずの女性も大人しくなり、睨みつけるような目で、近づいてくる傷のある男を見据えていた。

 そんな反抗的な目をしていたら危ないと、ミランは鞄を胸に掻き抱いて、マスターを振り返った。

 近付く男の意図も、娘の意図も、大人のマスターに分からないわけがない。

 マスターは何か迷っているようだ。何を迷うことがあるのだろうと、ミランは焦る。

 振りかぶったら手が届く。その少し手前で、マスターは小さな声を発した。


「………フィルダンの使いと言っていた」

「ブツは?」

「………………ダイナマイトだ」

「よくそんなものを盗めたな」


 足を止めた男は、視線をミランの胸元にある鞄に移した。

 ミランの後ろにいた男達が少し後ずさる。

 その視線と行動で、ミランは自分の鞄の中身が危険な物と知った。

 といっても、ダイナマイトがどんなものか分からないミランは、ただ危険な物だとしか分からなかったが。

 

「最後だ。“鴉”の顔を見たか?」

「一度も見たことはない」


 そうか。と、男はナイフを仕舞い、目線を女性を拘束していた男に向けた。


「“鴉”の使いと話をする。来るまで待つぞ」


 女性をマスターの方へ投げるように押し出す。マスターは怒ったような呆れたような安堵したような、複雑な顔をしていた。

 女性が無傷で解放され、ミランも胸を撫でおろした。

  

「父さん……」

「今日は手伝いは良いから帰りなさい」

「………はい」


 マスターは有無を言わせぬ口調で、娘を急かすように裏口から出した。


「無事に娘を返したんだ。俺たちに茶の一杯ぐらい奢ってくれたって良いだろ」


 男はカウンターに座り、他の男たちはテーブルに散らばった。


「………………そこの坊やはどうするんだ?」 

「お前も飲むか?」


 面白がるような男の言葉に、ミランは首が捥げるほど顔を左右に振った。

 顔に傷のある男は、ただ座っていればそれほど怖く感じなかった。

 緑の目に、茶色の髪。大きく空いた胸元、太い腕や指に、高そうな装飾品がついている。服装はお洒落だ。町民とも貴族とも違う。もちろん、軍人とも違う。

 憧れを感じないと言えば嘘になる。

 でもたぶん、本当に怖い人なのだろうと、ミランは思った。価値観も考え方も住む世界も、自分とは違うと。

 



 明らかに堅気ではない雰囲気を醸し出している男たちが、監視を続けている酒場に入って行った。

 --入って行ってしまった。


「えっ? うそだろ?」


 望遠鏡で酒場を監視していた男は、思わず声を零し、慌てて通信魔法陣を起動させた。

 焦っている自覚のまま、受け取る相手の様子を無視して報告を入れる。


「大佐。今、裏っぽいのが酒場に入っていきました」

「えっ? じゃあ、さっきのは?」


 報告を聞いていた隣の女が疑問を投げる。

 つい先ほど、ほんとうに数分前に、酒場に入ろうとした裏の奴を捕まえていたのだ。

 通信魔法陣の先にいるはずの大佐からの声はない。

 代わりに、くぐもった短い悲鳴が聞こえ、「違う」と喉の潰れたような声が聞こえた。

 尋問の真っ最中に連絡をしてしまったようだ。

 しばらく向こう側の問答が続き、大佐の声が聞こえて来る。


『こちらが“鴉”の見張りで間違いない。恐らくそれは別の組織だ』

「十人ほど連れだっていましたが? あっ、今、若い女性が店の中に入りました」


 望遠鏡越しではあるが、今まで静かだった店が、なんだか急に騒がしくなったような気配がする。


『裏の奴らも馬鹿ではなかったようだな』

「前回は撒かれていたはずですよね?」

『間違いない。後で調べたのだろう』

  

 前回、運び屋が全員を撒いてしまった為、どの陣営も取引に使う店の特定が出来なかった。

 こうして情報部隊が店を特定できたのも、大佐が秘密裏に頼んでいた協力者があってこそ。

 誰かは絶対に教えてくれないが、相当な情報通であるのは間違い無い。

 しかし、あちらは同じ穴の狢。案外、特定するのは簡単だったのかも知れない。 

  

『誰か店から出てきたら報告しろ』


 淡々とした言葉と一緒に、呻き声上がる。


「今、女が裏口から出てきました」

『聞いたな。いけ』

『はっ!!』


 二人の足音が通信魔法ごしに届く。体格の良い男。響く足音から情報部隊の者ではない。

 続いてこちら監視組への指示を与える為に、大佐が空気を吸い込む。

 前に、割り込んだ。上官の言葉を遮るなんてとんでもないことだが、緊急事態である。

 

「大佐。運び屋役が到着しました」


 報告しながら思う。

 なんだろうか。この時機の重なりは。

 手を打つ隙すら与えない、流れるような展開だ。


『…………………はやいな』

「はい。予定よりだいぶん」

『動く。お前たちもこちらに合流しろ』 

「「はっ!」」 


  


 間違えるはずもない道を進みながら、アドルドは半歩後ろにいる同室の男を見た。

 大通りからこの酒場まで歩いて十分はかからないのに。朝は間違えに間違えて二時間。

 よくぞ最終的に辿り着けたと思う以外ない。

 逆に、素直に、妙に早く、現場についてしまった今回は、朝に撒いたはずの監視もすべてが元通りで、よくぞ朝、これだけの人数を撒けたと感心する以外ない。

 アドルドは監視の目が戻ったことを感心していたが、監視する方からしてみれば、「あいつら、いつの間にここまで来てたんだ!?」と阿鼻叫喚に陥らせ、泣く子も黙る情報部隊を右往左往させているとは露も思っていなかった。




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