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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
78/89

第29.3騒 長い一日の昼過ぎ6。


 取り扱い厳重注意の危険物を、寄りにもよって気の弱い幼馴染に奪わた。

 思考が停止し、茫然となったのは一瞬。

 直ぐに怒りに体を震わせると、後を追うべく立ち上がった。

 

「っぅ!!!!!!」


 勢いよく踏み出した足から、雷に討たれたような直線的な痛みが脳天を貫く。

 身体が前のめりに沈む。

 余りの痛みに言葉が形を成さず。先ほどとは違う意味で身体が震える。

 撫でるよりも軽く右足首を触る。触れて分かるほど腫れていた。

 穿つような痛み。息を捻りだす荒い呼吸。熱を持つ痛みを必死でやり過ごす。


「あれだけもみくちゃにされたら、そりゃ、どっか捻るよな」


 蹲ったリラの傍に、傭兵の男と女が近づいた。

 鞄を渡してから奪われるまでの始終を観ていた二人は、負傷した少年を置いて立ち去ることはしなかった。

 それが善意か偽善か、好奇心か義理なのかはリラには関係ない。

 土の上で蹲る少年の横に、女が膝を付いた。


「大丈夫?」


 脂汗が噴き出たリラの顔を覗き込む。


「捻挫だな」

「わかっとるわ! それぐらい!」


 女の後ろに立つ男の言葉に、噛みつくように返答する。

 叫んで痛みを紛らわせているのだろう。

 痛みに涙目になっている少年の少しばかりの強がりに、女と男が笑う。

 リラにとっては笑いごとではない。

 思いっきり捻ったらしく、立ち上がるのも難儀するような痛みだ。

 

(あかん……こんなところに悠長にしとったら………)


 今はまだ、先ほどの騒ぎがあってすぐなので、様子を見に来る人はいないが、しばらくすれば誰かが出てくる。

 この界隈でリラを知らない人間はいない。当然、蹲った人物がリラだと分かった途端、すぐそこにある実家兼、工房に連絡が行き、母と姉達が出てくる。

 

(あかんあかん! 捕まったら外出禁止や! そしたらアドルド兄ちゃんが手配した人に伝言なんて無理や!!)


 リラが帰ってくる公休日だからと、わざわざ休みをとるほどである。

 怪我をしたと知れば、家に連れ帰って嬉々として看護することは確実だ。

 足の捻挫に対して、ご飯まで手ずから食べさせようとする図が簡単に想像出来る。

 それは不味いと。アドルドの仲間と連絡を付ける係を任されているリラは焦った。

 リラは女の後ろに立つ男に顔を向けた。


「そこの兄ちゃん! 今すぐにうちを抱えて連れていって欲しいところがあるねん!」


 焦った様子の少年とは対照的に、男は悠然と答えた。 


「俺は傭兵だ。傭兵は、金を払わないと仕事は受けない」

「怪我したいたいけな子供の頼みを断るんかいな?! うちと兄ちゃんの仲やん!」

「なんとでもいえ。俺たちは鞄をお前に渡すまでが依頼だった。後のことは俺たちの責任じゃない」


 感情に訴えるも正論で返されたリラは、恨めしそうに目を細めた。

 女は呆れ、男はあくどい笑みを浮かべている。

 リラは悔しさに歯ぎしりした。何に対しての悔しさか、本人にも分からないまま、叫んだ。


「いくらや!!」




 本気で怒ったリラの声に驚いて逃げてしまったミランは、早々に後悔していた。


(やっちゃった……リラ、相当怒ってるだろうなぁ……)


 リラから奪った形になった鞄を胸に抱きしめ、幼馴染の後々の反撃を想像し、半泣きになりながらも走る。

 罪悪感からか、本人の慣れの問題か。無意識に細い裏道ばかりを選ぶ。


(リラが怒ってるからあそこに戻れないし……みんなはどっかにいっちゃったし)


 自分と反対に逃げた仲間を、ミランはしっかりと見ていた。

 どこかで合流するのかと思っていたものの、その気配は微塵も無い。

 ミランは溜まり場に帰ろうと決めて、しかし直ぐに鞄の存在を思い出した。


(これを上の人に渡したら直ぐに帰ろう。うぅ……絶対にリラ、家で待ち伏せしてるだろうなぁ……今夜は家に帰れないよぉ……) 


 道先を決めかねて足が迷っていたせいだろう。

 走って来た中年の男が、ミランにぶつかった。


「!! いたぁ!!」

「コラァ! よそ見してんじゃねぇ!!」


 背が高いだけで全く筋肉の無いミランは、派手に転んだ。

 それだけ男の勢いがついていたということでもある。

 不自然に立ち止まってしまったのは事実なので、背中を地面から起こして、素直に謝った。

 

「すいません!」


 ミランは慌てて落とした鞄を拾おうとしたが、それより先に男が鞄を拾った。


「気をつけろよ!!」


 言うがはやいか、あっというまに走り去っていった男の背中を見送ったミランは、少し離れた位置にある鞄に気付いた。


「あんなところまで飛んでいたのか……いてて」


 後ろに転んだと思ったが、勢いで口の中を切ったようだ。血の味がした。

 ゆっくり立ち上がると、零れ落ちた拳銃が目に入る。

 朝に入れてきたまま、すっかり忘れていたソレを、ミランは改めて服の中に仕舞いこんだ。


「うぅ……今日はついてないなぁ……」


 だいぶん離れて落ちた鞄を拾い上げ、ミランはとぼとぼと道を歩いた。




「あほか! 一日の相場がこれやから時間で割るとこうやろ!」


 棒に刺さった球を慣れた手つきで弾き、携帯計算機を男の眼下に突きつける。

 男は計算機を少年から奪った。


「いくら時間が短くても相場の依頼料があるだろ! だから………こうだ!!」


 リラは男から計算機を取り返した。


「子供おぶって連れていくだけで、どんだけぼったくる気や!? これで十分やろ!!」

「あほはお前だろ! 傭兵の値段、舐めるな!!」

「餓鬼の使いでぼったくる傭兵を舐めて何が悪いんや!!」


 いつの間にか蹲ったリラに付き合うように、膝をついて携帯計算機を間に睨み合う二人を、女が呆れたように見ていた。




 そこは見るからに薄暗い所だった。

 昼でもなんとなく暗く感じてしまうのは、両隣の建物が高く、道幅が狭いせいだろう。

 空が遠く、左右の壁に挟まれそうな圧迫感がある。

 ミランは聞いたことのあるマフィアの溜まり場へ、恐る恐る足を運んだ。

 とは言っても、実際に入れたのは入口も入口で、直ぐに強面で、怖そうな男が行く手を遮った。

 これでマフィアの下っ端だというのだから、中にいる人はどれほど怖いのだろうか。

 

(帰りたいよぉ……)


 なんと声を掛けるべきか。そもそも声を掛けるのも怖い顔だ。

 行く手を遮った男も、何か言えば良いのに、全く喋ろうとしない。

 どうしよう。と考えていたミランの肩に、誰かの手が乗った。


「ひぃぃ!!」


 急に触れられて、驚きに飛びのくミラン。

 自分の直ぐ真後ろにいた男に、更に驚いた。顔に傷があるのだ!


「餓鬼がこんなところで何してる?」


「あっ……あの……!」


 男は一人だ。傷がなければ、入口に立っている男の方が怖いが、なぜか妙な緊張を感じた。

 無意識に鞄を胸に抱いたミランに、傷のある男が目を向けた。


「お前、その鞄をどうした?」

「あっ……じ、実は……」


 傷の男の視線の鋭さに怯え、つっかえながらも、ミランは教えられた男をみつけ、その男の鞄を男女二人組がすり替え、後を付けて仲間と奪ったことを伝えた。




「おまっ! ここまで来て値切ろうとかどういう神経だよ!」 

「値切ってあらへん! 交渉しとるだけや!! ちょっと加勢してくれたら怪我せんかったかもとは思ってへんで!」

「言ってるじゃないか! あーいう時は入った方が大怪我になるんだよ!」

「せやけどずっと見てるだけやなんてケチすぎるやろ!」

「厚かましい餓鬼だな!」




 ミランの説明を聞いた男は、全く当てにしていなかった子供の働きに、素直に驚いた。

 男の仲間も、おそらく傭兵も軍も、誰も眼中に入れていなかったゆえの幸運だろうは思ったが。


「よくやったな」


 親が褒めるのとは違う。見ず知らずの大人に褒められて、ミランは照れた。


「そうだな……お前。それもって店に行け、俺も行く」

「えっ?!」


 ミランの、ほんのり赤味を帯びていた顔が、一気に青くなった。

 

(帰れないの!?)


 愕然としているミランに構わず、傷のある男は、今からやってくるだろう、偽物の鞄を持つ相手を想像した。

 本物と思って持ってきた先で、偽物と知ったらどうするのか。

 偽物と知って持ってきた先で、本物があると知ったらどうするのか。

 どちらにしても、絶好の口実だ。


「偽物をもってきたやつを囲んでしめてやる」


 殺すのは許してやるか。と、男は呟いた。

 その聞こえてきた言葉の余りの軽さに、ミランは総毛だった。

 冗談よりも軽く、本当に軽く、当たり前のように口にしたのだ。


 --世界が違うと、理解したのだ。




「あかん! おかんが来てまう! ……しゃーない! 色つけてこれでどうや!!」


 リラは携帯計算機を男につきつけた。

 膝を付き合わせていた男は、計算機の数字を確認すると、立てた親指で背中を差した。


「乗りな」




 裏道で戦利品を確認しようとした所で、軍人に見つかり逃げていたケチな男は、後ろを振り返った。


「今日はやたら軍人が多いな……」


 分かっていたことだったが、本当に多い。

 何度も捕まったせいで、顔を覚えられているのが致命的だった。

 だから辞めるという選択肢は、男の中に全くない。

 男は何度も後ろを振り返る。逃げる男の体に、何かがぶつかった。

 誰もいるとは思っていなかった道に人がいたせいで、男は勢いをつけたまま転んだ。

 幸い、ぶつかった相手が吹っ飛んだことで、男への衝撃はさほどなかった。

 

「!! いたっ!!」

「コラァ! よそ見してんじゃねぇ!!」


 男は転んで擦れた箇所に手を添え顔を顰めたものの、直ぐに立ち上がって目の前の鞄を拾った。


「気をつけろよ!!」


 誰とぶつかったかなど、全く気にしていなかった。

 声変わりもまだな子供とは分かったが、それよりも逃げることが先である。

 

「いつもは中身は気にしないんだが、さすがにこれで中身がしけてたら落ち込むぜ」


 男は郊外に向かって走った。

 

 ――その手にある鞄が、すったモノとは別物であるなど、ついぞ気づかずに。



 


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