第29.2話 長い一日の昼過ぎ5。
大通りの秩序だった流れの中、少年達一団が連れだって歩いている。
年は十代前半から半ばぐらいまでの五人組。高級ではないが、清潔な服装から一般家庭の子供だろう。
全員が面倒臭そうな表情で周囲を伺っている様子をみると、観光という雰囲気ではなさそうだ。
何を探しているのか。明らかに迷惑になるほど遅い歩みだが、早く歩けと急かす人はいない。傍目からみても虫の居所が悪い少年達に、周りの人々は顔を合わせないようにして追い越していく。
その集団に居た一人の少年が声を上げた。
「これからどうすんだよ! もうずっと歩いてるぜ!!」
苛立ちに耐えきれず吐き出した声は、燻らせている不満を訴えるものだった。
「もうやめて広場でだらだらしねぇ?」
疲れとやる気のなさゆえか、集団の最後尾にいた少年が口を挟む。
そうすると異口同音に「めんどくさい」と合唱が巻き起こった。
疲れた疲れたと、足取り重く呟く少年達。
先頭を歩き、不満を唯一口にしない五人のリーダーと思わしき少年も、言葉に出さなかっただけで同じ思いだったのか。
リーダーの足が噴水広場に向かっているのに気付いた少年達は、分かりやすく顔色を明るくした。
余裕が出てきたのだろう。無言で不機嫌をまき散らしていた先ほどとは打って変わり、少年達の足取りと口が一気に軽さを増す。
「全然みつからねーし。もぅいいよな?」
「えーーと。中肉中背、前髪がやたら長い、黒髪の十代の男」
「そいつ見つけて、そいつが持っている鞄を奪うんだろ? むりむり」
「そもそも、そんなやつ、いねーし」
そこで少年たちは一斉に周りを見渡した。
何かを恐れているのか、顔色が強張っている者もいる。
「軍人いるよ」
「いつもいるだろ」
若干の怯えを潜めた囁く声に、誰かが小さく、鋭い突っ込みを入れた。
過敏に反応していた者も少し考える間があり、「それもそうか」と顔色をあっさり戻した。
ここは軍隊が本拠地を構える、第二公国の首都。軍人は見慣れた存在だ。
「いままで俺たち、結構、真面目に探してたんだ。休んだって罰はあたらない」
「ほかのやつらだって、もう止めてるって」
「もし見つけて、どうやって連絡とるつもりだったの?」
「誰も見つけるなんて思ってねーから気にしてねーよ」
少年達の取り留めのない話が続く。
噴水広場に近づいているせいか、空腹のせいか、少年達のおすすめの屋台を語る声に熱が入る。
屋台で焼かれている肉の、香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、誰かの腹の虫が鳴り、笑いが起こる。
空腹の若い胃袋に強烈に訴える匂いだ。
「良い匂いだな~」
風に乗る匂いを嗅ぐように、一人の少年が鼻を鳴らして顔を動かした。
その鼻先に、人が通る気配を感じ、慌てて身体を逸らす。
少年よりも頭一つ分高い身長。青年というにはまだ若そうな年のわりに、ずいぶんと古臭いセーターを着ている。親のお下がりにしても、地味すぎる。
少年が見上げると、手触りの良さそうな真っすぐな黒髪が靡いた。
目の下一直線に切られた髪は、お洒落なのかだろうか。普通に切るなら目の上だろう。
「………………あ?」
熱心にというよりは、何か不思議なモノを見たような目を向ける少年。
向けられた方は、連れとの会話に夢中なのか、視線に気づいた様子はない。
立ち止まった少年に、最後尾を歩いていた少年がぶつかりそうになる。
「おい。何つったってんだ…よ………」
足を止めた少年が、立ち止まった少年と同じものを見た。
少年二人が、片手ずつ腕を伸ばし、前にいる少年の服を引っ張った。前に進もうとしていたのを二人分の力で引っ張られたせいで「ぐぇっ」と首が締まる音を漏らす。
「なにするんだよ!!」
少年の怒鳴り声に、更に前を歩いていた二人が驚いたように振り返る。
三人が振り向くと、口を中途半端に開いた間抜けな表情の二人が、ある方向を向いていた。
何があるのだろうか。三人が同じ方向を向くように首の向きをかえると、男の二人連れが、長蛇の列を成す飲食店に近寄っていく所だった。
男二人で行くとは思えない女性的な店に、男だけで向かっている。
だからどうしたと思ったのは三人とも同じだったようだ。訳がわからないと顔に書いてある。しかし、目を細めて二人連れを真剣に見ている仲間を見て、何かあるのだろうと、見続ける。
店先で、二人連れの男の片方が、横を向いた。
目の下で切りそろえた黒髪。中性中肉の若い男。良く見れば鞄を持っている。
『………………………』
二人連れは外にいる店員と確認するような動作の後、長蛇の列を尻目に、優先的に店に入っていった。
「えっ? いまのって」
「………いた」
「今入ったってことは、すぐに出てくるんじゃね?」
「どうする? まつ?」
どうやら少年達が探していた人物だったようだ。
探し人を見つけたのに、なぜか全員が困惑気味である。
少年達はお互いに顔を見合わせ、探し人の入った店に近寄った。
常日頃から男連中に囲まれている男にとって、女に囲まれるのは新鮮で得難い経験だ。
花を売る店と違い誰も媚びてはこないが、女がいるだけで華やいだ雰囲気になるのはどこも同じ。
店自体も華やかな雰囲気を持っている。花柄の壁や細かいレースのテーブルクロス、小さな丸いテーブルに丸みを帯びたベルベッド張りの椅子に、貴族が使うような豪華なシャンデリア。
至る所にある小物も、女達が総じて可愛いと連発する仕様だ。
正直、男には居心地の悪い空間である。ここまで露骨に女性客を狙った店も珍しいが、この繁盛振りを見る限り、経営者は先見の目があるのだろう。
男には、苦痛以外の何物でもないが。
椅子は座り心地は悪くないものの、全体的に小さくて尻が落ち着かない。体を揺らして調整するが、良い位置がなかなか決まらない。
「きたわよ」
尻の安定を諦めて、なんとなく機嫌の良さそうな連れの言葉に、視線を向けた。
今来たばかりの二人組を、ひらひらの花柄エプロンをかけた店員が席に案内している。
長身の、がたいの良い男と、ひょろりとした細身の男。どちらも二十代前後。
椅子に座る際の前傾姿勢の時、がたいの良い男の胸元で、見慣れた首飾りが揺れた。
「銅の十字架。間違いないな。顔に見覚えは?」
「わたしはないわね。若いし、どこかチームにでも入ってんじゃない?」
「そうかもな」
チームだと、チーム名とリーダーの顔さえ覚えていれば同じ仕事をするにも支障がないので、関わりの無い団員達まで覚えていないことが多い。
身体を狭そうに椅子に押し込む姿に、同情を覚えていると、視界を遮るように花柄のエプロンを着た店員が現れた。両手に大きなお皿を持って笑顔を振り撒く。やはり都会は美人が多い。
「おまたせ致しました」
自然に、視線が差し出された皿に向かう。
高級そうな大きな皿に、こじんまりとロールケーキが乗っている。
果物もジャムも、品よく添えられ、見た目からして腹に溜まるようなものではなかったが、こういうのは腹に溜めるようなものではないのだろう。
「うわぁ!」
皿を見た瞬間、連れが両手を口元まで引き上げ、まるで女のような歓声を上げた。
喜色を滲ませた声に、店員が更に笑顔を広げて紅茶と珈琲を用意し「ごゆっくりどうぞ」と言って去っていく。
揺れる尻の形も良い。
「………………」
注文を考えるのも面倒だったので、女と同じものを頼んでいた。当然、同じものが二つ置かれている。
この量であの値段かと思うと、一口で食べるには忍びない。
後に置かれた珈琲を先に飲みながら、一口切って口に入れた。
美味い。果物とジャムの添え物はいらないから、もう一切れ欲しかったと切実に思う。
向かい側に座る女は、目を輝かせ、うっとりとしていた。
いつもより幼く見える姿に、二口食べただけで半分になったロールケーキを差し出す。
こんなに喜ぶのなら、味見はしたし、後はくれてやろう。さっさと食べるものでもないだろうし。
「何これ?」
「食えよ」
「えっ?! いいの!?」
「ありがとう」と本心から溢れた満面の笑みに、不覚にも可愛いと思った己の思考が恥ずかしくなって、珈琲を飲みながら視線を件の二人組に向けた。
(なんで俺が恥ずかしい思いをしないといけないんだ!)
なぜだか隣のテーブルの女達が好奇の視線を向けてきて………いや、気のせいだ。
羞恥を悟らせないように、眉を顰めて険しい顔を作りつつ、圧倒的多数の女の中で身の置き場のない様子の同志を見て心を落ち着かせることに決めた。
自分よりも更に体格の良い男が、小さな椅子に座る様子は滑稽で、隣のテーブルは愚か、周りのテーブルから小さく笑われている様を見ると、気持ちが落ち着いてくる。
それにしても、傭兵の男の場違い感が半端ない。本人も似合ってないと思っているのか、周りから笑われているのにも気づいているだろう。傍目から見ても居心地が悪そうで、居づらそうである。
反対に、鞄を持つ男の方は気にしてない。というか、妙に店に溶け込んでて、違和感がない。あれは慣れてるな。
依頼の鞄はしっかりと膝の上で握りしめている。傭兵はあれをどうするのか。
そう思っていると、向こうのテーブルへ店員が注文を持ってきた。
ここはロールケーキしかないが、種類が豊富だ。
あっちが何を頼んだのか全く興味がないので別に良いが、二皿あるということは、両方が頼んだのだろう。傭兵が何か言うと、男が鞄を足元に置いた。テーブルの真下。向かい合う二人の足の間だ。
小さいテーブルなので、がたいの良い男の足はテーブルからはみ出している。
ようするに鞄は、男の股の間にあると言っても良い。
(取りづらい位置だな)
どうしたものかと考えてながら、二人組を見ていて、気づいた。
男がロールケーキを食べたまま、動かなくなっていた。
傭兵が男の顔の前で手を振った。無反応だ。傭兵はそこで困ったように周りを見渡し、一瞬、こちらと視線を絡めた。また男の顔の前で手を振った。振る手が傭兵暗号になっていた。なるほど。
「おい、そろそろ出るぞ」
「はぁーい」
少し残していた珈琲を飲み干してソーサラーに戻すと、目の前には綺麗に食べ終えた皿が二つと、空になった紅茶のカップがあった。
こちらの二人が立ち上がるのと同じぐらいに、むこうの傭兵が座る態勢を変える為、足元の鞄をテーブルの通路側に移動させた。
周りのテーブルを避けながら、傭兵と男の席を横切る。
――瞬間。
同じ速度を保ったまま、ほんの少し膝を曲げて歩いていた女が、テーブルからはみ出していた鞄を一瞥すことなく拾い、俺が前を向いたまま、同じ位置に音を立てずに全く同じ鞄を置いた。
自分で言うのもなんだが、上手くいった。自然かつ早業で、周りのテーブルの誰にもばれていない。交換したと分かるのは、鞄から一時も目を離していない奴ぐらいだろう。
そんなスリのような卑しい奴が、この値段帯の店の中にいるはずがない。
後は、あらかじめ店員に話を付けていた通り、勘定を傭兵の男に押し付けて店を出た。
「あっけなかったわね」
「仕事は楽な方が良い」
取り換えた鞄を慎重に持ち直し、大通りに出た。
「それにしてもおいしかったわ~」
ほんのり上気した顔で、無意識だろう舌なめずりをする女に、いつもは無い色気を感じた。
……ちょっと待て、俺。落ち着け。
「今度はあんたの奢りで連れていってね」
「……あ、……あぁ……」
期待を含ませた視線に、「自分でいけよ」と返すことが出来なかった。
本当にどうした、俺。
長蛇の列ができている入口と、華やかなカフェテラスを迂回した、黄色味かかった白壁にある出窓の下で、五人の少年達が店を覗き込んでいた。
本人たちはこっそり隠れているつもりだろうが、道を通る人間には丸見えだ。壁際に固まっているので、通行人の迷惑とまではなっていないが、窓から覗き込むのは明らかに店側への迷惑行為だろう。
少年達に気づいた店内の客は、まず怪訝な顔になり、不愉快さを滲ませて、少年達の視線の先を探す。
隠れているようで隠れていないのは、視線も同じで、すぐに何を見ているのか分かる。
彼らが見ているのは、男二人組のテーブルだ。
女だらけの店で、男二人は珍しい。更に片方が、大柄で筋肉質な厳つい雰囲気なので、店内から浮いて悪目立ちしている。本人もわかっているのだろう。とても居心地悪そうに椅子に座っている姿が、存外に可愛らしいと、年配の女が囁いた。
外にいる少年達の家族か仲間だろうか。偵察か興味本位か、罰ゲームか。
外にいる少年も、店にいる青年のどちらも、服装に清潔感があるうえ、あまり悪さをする様子に見えなかったこともあり、覗きに不愉快を感じていた客も、今回ばかりはお目こぼしとしているようだ。
そういった目こぼしに、少年達は気付いておらず、熱心に鞄を見ていた。
これが他のテーブルに目がいくようなら即座に店員に伝えられただろうが、少年達はそのテーブルから目を離さなかった。これもお目こぼしの大きな理由の一つになっていた。
少年達が熱い視線を注ぐ先で、すれ違いざまに、男女二人組が、テーブルの下に置いていた鞄を交換した。
「見たか?」
「鞄………取り換えたよな……」
「みたか?」「みたよ」
出窓から顔を外して、顔を見合わせる少年達。
元々困惑気味だったところに、更に困惑の表情を乗せていた。
「男がもってた鞄を奪うんだよな?」
「じゃあ、その鞄をもっていったあいつがターゲットか?」
戸惑うように首を傾げた少年達の中で、一人が呟いた。
「………とりあえずつけるか」
彼らは頷いて、店から出てきた男女二人の後を付けた。
大通りから指定された店まで、少し離れている。飲食店や食料品などと違い、武器屋や道具屋など、工房一帯型の店は作業時の騒音などの理由から、少し奥まっているのだ。
男はどうしたものかと思案した。
横の女が、後ろを気にする素振りを見せる。
「あれ、どうするの? 物凄くわかりやすく付けられてるけど」
「そういうお年頃なんだろ」
ばればれというか、一応本人たちにしてみたら隠れている気なのかもしれないが、柱一本に五人が隠れるのは無理があるだろう。足音だって気を遣っている素振りはない。
自分の昔を思い出して微笑ましさを感じるが、依頼中に付けられるのは大変困る。
変に刺激して面倒になるより、早めに無視しようと決めた。……次で撒くか。
角を曲がった傭兵を追って、ばたばたと走り寄った少年達は驚きの声を上げた。
「え?」「あれ?」「いないぞ?」
首を傾げ、あたりを見回す少年達。
曲がってすぐに追いかけたのに、男女二人組の姿はそこになかった。
全力で走って角を曲がっただけなのだが、何の訓練も受けていないただの街の少年達にとっては、忽然と姿を消したかのように感じたことだろう。
「どうするよ?」
さすがに撒かれたことに気付いた少年が肩を竦め、隣の少年に聞いた。
「こっち側は工房が多い所だろ? 傭兵なんだから、武器屋に決まってるさ」
「そうもそうだな」
「ここまで来たら行ってみるか」
尾行に夢中になっている少年達は一種の興奮状態なのだろう。空腹を忘れて武器屋を目指した。
全身鎧が飾られた店をしっかりと目に焼き付けて、従業員や家族などが利用する裏道に入る。
「なんか良い武器がありそうだったな」
ちらっとみただけでも、なかなかの品揃えだった。
同じような店が、並んで五店舗ほどあったように思う。首都の武器屋はここ以外にもたくさんあるが、ここまで密集している所はなかなか無い。見比べるだけでも面白そうだ。
「時間があったら覗いてみましょうか」
少し見ただけで、そこまで品定めしていたのかと、女が笑う。
「第二公国は鉄の加工品と武器防具に関しては一番だからな。掘り出し物の予感がする」
「私は魔法も使うから、武器は第一公国の方が良いわ。第二公国の武器って、あんまり魔法のこと考えてないんだもの。でも防具は興味あるわね」
身一つで仕事をする傭兵にとって、武器や防具は命と同じほど大事なものである。
命と同じほど大事なのに、それらは消耗品でもあるのだ。常により良い武器や防具を探すのは、傭兵の宿命ともいえる。
「まずはこっちを終わらせるか」
依頼された鞄から前方に視線を向けると、道の途中で少年が大きく手を振っていた。
さっきまではいなかったのに。どうやら指定されていた店から出て来たようだ。
興奮気味に走り寄ってくる姿が小動物に似ていて、口元が緩む。
「ほら、これだ」
「まっとったで!」
中身が中身なので、しっかりと手渡す。
満面の笑みで少年が受け取る。これで、依頼完了だ。
「ほな、依頼料は傭兵ギルドでええんやな」
「あぁ、あっちは知ってるとは思うが、仲介人の名前さえ伝えたら大丈夫だ」
「兄ちゃん達の名前は言わんでもええん?」
「構わない。こういう時は相手もこっちも知らないことにしたいからな、下手に教えないのさ」
「ほんまおおきに! ありがとさん!」
軽くなった手を振って、上に伸ばす。少年に背を向けて来た道を戻っていくと、隣に女が並んだ。
「たまにはこういうのも悪くないわね」
荷物が爆弾だと知った時は驚いたが、難しい仕事ではなかった。
なんでそんな危険物をあの少年と傭兵が遣り取りするのかは気になるが、聞かぬが花だろう。
結果的には、奢りで高級品を食べることができ、おまけに僅かとはいえ依頼料まで入ったのだ。暇つぶしにしてはなかなか良い仕事だった。
デートっぽかったわね。と隣の女がにやっと笑う。
初めより近くなった距離に、なんと言い返すべきかと考えていると、年若い少年達が飛び出してきた。
五人いる。先ほど撒いた少年達だろうか。よくいる街の子達なので、確信はない。
彼らはこちらを指さすと、
「いた!」
「あるか?!」「ない!」
と叫び「あそこだ!!」と言ってこちらを素通りして走っていった。
一人だけ残った少年が、ひどく驚いた顔で後ろを見ていたので、なんだと背後を振り返ると。
「いけーー!!!」
一人の号令を合図に、四人の少年達が鞄を持った少年に一斉に襲い掛かっていた。
「うわぁっ!!」
「この!!」
突然始まった乱闘に、どうすべきかと迷いが生まれる。
依頼は終わったのだ。
明らかに依頼の鞄を狙っているので、手助けをするのもやぶさかではないが…
「揉み合いになりすぎて手が出せない……」
依頼の少年は体が小さいと思っていたが、こう見ると他の少年達と変わらない。五人が丸のように揉み合っているので、手が出せない。
乱闘をしている少年達の外で、輪に入る機会を外した少年が、制止の声を上げようと手を上げ、下ろすのを繰り返していた。
四人はやんちゃな子供らしく、喧嘩しなれた感じではあるが、暴力になれた感じではない。
危険な急所を狙わず、腕に噛かみついたり、叩いたり、子供の喧嘩だ。鞄を死守する少年は、彼らに比べると場慣れしている様子で、鞄を第一に守りながら、時々、隙をついて反撃している。
反撃は鋭いが、こちらもわざと急所は外しているようだ。
何か嗜んでいる動きだが、まだぎこちない。同じぐらいの体格で、相手は四人。数の多さは致命的だ。
鞄を守ることで後手に回っているのも辛いところだ。
大怪我をするような乱闘でないのがわかるだけに、間に入りにくい。
「とったぞ!」
場をうかがっている間に、とうとう少年が鞄を奪われてしまった。
少年は必死に取り返そうと、足をかけ、鞄を持った一人を転ばすと、背中から抑え込んで鞄に手を伸ばす。
それを、他の仲間が抑え込もうと服を引っ張るが、なかなか離れない。同じような体型なのに、三人掛かりでも引き離せないとは。火事場の馬鹿力だろうか。ただそこで、拮抗してしまったようだ。
手を伸ばす少年と、服を引っ張って押しとどめる三人。
潰れてもがいていた少年の視線に、たまたま、立ちすくむ仲間が映ったようだ。
そこにいると、気付いたばかりのはずなのに。
「受け取れ!!」
不自由な姿勢からなんとか放り投げた鞄は、一人、輪から外れてうろうろしていた少年に渡った。
突然渡された鞄で挙動不審になる少年。破けそうなほど服を引っ張られている少年が叫ぶ。
「こぉぉらぁぁ!! ぼけミラン!! 我なんしとんねん!!」
「ひぃぃ!!!」
顔中に引っ搔き傷を作った、必死すぎて憤怒の如き表情の少年を見たからだろうか。悲鳴を上げた少年は、鞄を持って走っていってしまった。
『………………………』
まさか上げた声に驚いて逃げられるとは…。
あの少年は気が弱いのだろう。叫ばなければ、立ちすくんだまま動かなかったかも知れない。
原因となった少年は、あっけにとられた顔をして、次第に身体を震わせた。
「………ねぇ、あれ爆弾でしょ? 衝撃に弱いって聞いたけど、さっきの喧嘩って危なかったわよね?」
「何か小細工をしてたんじゃないか?」
爆発していたら、ここら一帯は瓦礫になっていたはずだ。
一応、女が防御の魔法の準備をしてくれていたが、無駄になったようでなによりだ。
「結局、取られたわね」
「あぁ……取られたな」
初めから最後まで見てしまった。あっという間の出来事だった。
悪ガキらしく、鞄を持った少年が走った方向と、逆の方向に走り去った少年達。
残ったのは、依頼を持ってきた少年ただ一人。
「洒落にならんわぁーー!!」
少年の絶叫が響いた。