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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
75/89

第23.8話 長い一日の昼過ぎ3。

 傭兵は全て傭兵ギルドに所属しているが、どの依頼を選ぶかは完全に個人の采配に任せている。いわゆる自己責任である。

 明らかに依頼内容と異なればギルドが仲裁を行うが、例えば、陣取り合戦のような内容で、両陣営からの依頼を隣同士に並べているとして、どちらの陣営を選ぶのも、そもそもその依頼を受けるのさえも自由だ。

 どちらを選んでも、選ばなくとも、傭兵であるなら気を付ける点は共通する。


 傭兵は、慎重であらねばならない。


 傭兵は総じて社会的地位が低いので、真っ先に使い捨てにされる。

 依頼を受ける時はもちろん、受けてからも、慎重であらねばならない。

 時には依頼主を欺くことも必要になる中、己の命を守る為、傭兵は独自の情報網と情報手段を持つ。それは傭兵にとっては命綱のようなものなので、傭兵以外に知られてはならないとされている。




 アドルドは銅の十字架フィートシンボルを服の中から取り出し、表に晒した。

 今日、軍服を着てこなかったのはこの為でもある。

 軍人になった今、いつかはこの十字架フィートシンボルを返還しなくてはならない。しかし肌に馴染んだ鎖の感触は、半年以上もつけてないにも関わらず、しっくりときた。


(………落ち着くな)

 

 傭兵に戻るつもりはないが、長年身に着けていた装飾品はお守り変わりでもあったらしい。

 さすがに軍人でいる間は身に着けられないが、同じようで違うものを今度探そうと決意する。

 アドルドが歩いているのは街の東側だ。 

 リラと会ったのが街の西側なので、反対側になる。西も東もさほど大きな違いはない。西には軍施設がある為、独身者用の家や飲食店が多く、東は旅商人や傭兵向けの宿や店が多いぐらいの違いだろう。

 アドルドは監視を張り付かせたまましばらく歩き、野菜売りの露店に立ち寄った。 

 露店は日によって場所や売っているものが激しく変わるが、野菜や果物の露店は、固定客を作るために、だいたい決まった場所を安定して確保している。

 日差しを遮る布を張った露店には、色とりどりの野菜が、木箱の中にひしめいて置かれていた。傍らの店主は木箱に座って煙草をふかし、近づいたアドルドを座ったまま出迎えた。

 アドルドは真っ赤なトマトを手に取った。

 見た目より重く、張りのあるトマト。柔らかくなった皮が、食べごろだと訴えてくる。


「これはどこのだ?」

「ミュー産でさぁ」

「そうか、パイ産じゃないのか」

「すいませんねぇ」


 煙草をふかし、言葉だけの謝罪を返す男に、アドルドは続けた。


「これをくれ」

「へい。一つで?」

「いや、二つくれ」


 アドルドはトマトの上を彷徨うように指を動かし、もう一つ選んだ。

 初めに手にとったトマトと同じような、熟れたトマトだ。


「まいど」


 代金を払う。

 アドルドの手元には、トマトを買うには高額な金額が握られていたが、店主は金額を確認し、お釣りを渡すことなく貨幣を袋に収めた。


「リサ様のご加護がありますように」

「ありがとう」


 最後まで表面上の挨拶だけだった露店主の声を背に、トマトにかぶりついたアドルドは、汁が服に垂れないように注意しながら胃に流し込んだ。

 甘いものを食べた口の中が、トマトの酸味でさっぱりする。

  

(これで手配は出来たな)


 いつでも消えて現れる露店は、副業で傭兵の仲介や伝言を嗜んでいる者が多い。

 普通の依頼なら傭兵ギルドに行けば良いのだが、こんな監視のある時に行けば、何かしますといわんばかりなうえ、他の傭兵にも迷惑が掛かる。

 そういう時に便利なのが先ほどのような者だ。

 実は露店に目印があって、十字架フィートシンボルと暗号があれば利用出来る。

 出来ることは店の目印によって決まっている。今の露店は、滞在している街や村の中のみ、手の空いている傭兵を派遣してくれるものだ。

 今回は、オール雑貨店に二人ほど。三十分以内で。だ。

 ちなみに、金額は伝言と手配料なので、来た二人にはまだ別途に依頼料が掛かる。


(………経費で出ないのが辛いな……)

 

 同室の命には代えられないとはいえ、臨時出費には違いない。

 そして万年金欠の同室には絶対請求できないことも分かっているだけに、肩が落ちる。

 

(割り切るしかないな)


 貸しにしておこうと、アドルドは苦笑した。


 ――この貸しが将来的に素晴らしい利子を生み出すことを、アドルドは知らない――


 その後、目くらましの為に何件か露店を巡って、その区画を後にした。 

  



「ふぅ~完璧やで」


 リラは渾身の作品をリュックに詰めた。我ながら上出来だと、達成感に溢れた笑顔をこぼす。

 予定よりずいぶん早く仕上がったリラだが、どうやらアドルドの方も予定より早く手配出来たらしい。

 店の入り口から、子供たちがリラを呼ぶ声が聞こえて直ぐ、アドルドの姿が見えた。


「上手く出来たようだな」


 狭そうに店の奥まで来たアドルドは、椅子の上に散らばる残骸を手に取り、リラに声を掛けた。

 リラは完成品を見せられないが残念とばかりの笑顔を見せる。


「職人魂が騒いで、ごっつ楽しかったわ~。で、アドルド兄ちゃんの方は?」


 散らかしたごみ屑を片付けながら聞くと、アドルドが腰を折って手伝ってくれた。


「オール雑貨店に傭兵を二人手配した」

「その人達がこっちの鞄をもって、交換しに行くんやろ?」

「あぁ。俺は直接その鞄に関わらない方が良いだろう」

「せやな~」


 手際よく片づけをする二人は、さすが連帯責任を負う同室同士、もはや阿吽の呼吸だ。

 片づけを終え、立ち上がって伸びをしたリラは、同じように立ち上がったアドルドが、こちらを見ているのに気付く。


「なに? アドルド兄ちゃん?」


 視線だけで見上げれば、少し罰の悪そうな顔をしたアドルドが、「実は」と切り出した。


「鞄を取りかえる予定の店なんだが……」

「うんうん」

「カラトの気を逸らすにはやはり食事が確実だと思うのだが………混んでて通路が狭くて、荷物の多い、監視の届かない美味い店を知っているか?」

 

 昼ご飯を食べた後なので、カラトと行くとしたら必然的にカフェになるのだが、甘味に興味が薄いアドルドには荷が重い仕事だったようだ。

 肝心な店の選択が出来ないまま帰って来た為、居心地悪そうなアドルドに、リラは任せろと胸を張った。

 姉が三人もいる為、カフェの情報には事欠かないのだ。すぐに店が浮かんできた。

 

「ロールケーキ屋やな! アドルド兄ちゃん、カラト兄ちゃんに合流する前に予約しとってや!」

「!? 予約がいるのか?」

「ごっつい人気店やからな! 予約するときは二人を二組。近い席で。やで! 予約でいっぱいやさかい席の融通はきかんから安心やで!!」

「………わかった」


 カフェ如きに予約がいると聞き、アドルドは心底驚いた。

 反対にリラは、何を当たり前なという顔だ。

 訝しむ気持ちはあれど、大事な店選びがすんなりと終わったことで、カラトとの約束の時間に十分に間に合うのだから、異を唱えるだけ時間の無駄である。不慣れなアドルドはリラに従うことにした。


「この中身、オールさん家で入れ替えるさかい」


 リラは力作を詰めたリュックを背負って、アドルドに見せた。まるで遠足に行く子供のような姿だが、敢えて口にはしない。


「あぁ。誰が取りにくるのかは分からないのだが、パイ産のトマトが目印だ。十字架フィートシンボルを下げた奴がきたらそれとなく探ってくれ」

「パイ産トマトやな。了解やで!」

「まてまて!! 俺が先に出る!」

 

 言って直ぐに飛び出しそうになったリラを押さえこみ、店の場所を聞く。

 そうして足早に駄菓子屋を後にしたアドルドを、店の中から子供たちに混じって送り出したリラは、子供に後ろ指を指され、目立って仕方のない監視がアドルドの後をついていくのを見届けると、走り出した。


 

 リラが息を切らしながらオール雑貨店に入ると、昼時を過ぎたばかりの時間帯のせいか、人が少なかった。

 それを見越してオール雑貨店を指定したのだが、いつもより人が少ない様子に、リラは好都合と指を鳴らした。


「こんにちはー」

「リラ、鞄なんてどうすんだい?」


 入口近くで商品の在庫を確認していた女将さんは、直ぐにリラき気付き、声を掛けた。

 駄菓子屋の子供はちゃんと仕事をしてくれたようだ。

 リラは女将さんに正直に、街で同室が困って手を貸すことになり、ここを使わせて欲しいと話した。あと、ミランはいなかったとも伝えた。

 ミランがいなかったと話したあたりで、肩を落とした女将さんだが、笑ってリラの滞在を許してくれた。


「おばちゃんおおきに!!」


 せめて店の邪魔にならないようにと品出しを手伝いながら、入ってくる客に視線を送る。

 しばらくして、銅の十字架フィートシンボルを持つ二人連れがやってきた。

 まだ若い、二十歳ぐらいの男女の二人組だ。

 はじめての客らしく、店を眺めている。オール雑貨店は店自体も大きく、商品数も多いので、初めて来た客は大抵驚く。


「いらっしゃいませー。何探しとん?」

 

 リラの慣れた雰囲気に、店の従業員と思った二人は、少しだけ互いの顔を見合わせ「トマトはどこだ?」と聞いた。


「こっちやで」


 言われた通り素直に野菜置き場に案内するも、この二人がアドルドの言っていた二人か分からない。

 しかしそこは、愛嬌と度胸のリラ。「今日はテレ産やけど、裏にパイ産もあるんよ」となんでもない風を装って暗号を混ぜた。


「そうか。食べなれたパイ産がありがたいんだが……」

(あたりや!!)

「ほな特別やで。……こっちに来てや」


 と、従業員の休憩室に案内する。

 休憩室に入ると、さっそくリラは用意していた鞄を取り出し、机に置いた。

 リュックにつめていた力作は既に鞄に入れている。


「これをな、ロールケーキ屋におる同じ鞄持つを二人組のと交換して欲しいんや。二人組には監視がついとるさかい、絶対ばれんようにしてな」 

「二人組の特徴は?」


 リラはカラトとアドルドの特徴を話し、ついでにアドルドが銅の十字架フィートシンボルを持っていることも伝える。


「同業同士なら大丈夫そうだな」

「そうね。場所と、交換した後のことも知りたいわ」

「場所は大通りのロールケーキ屋で、席も予約しとる。注文はアドルド兄ちゃんの奢りやさかい、心配せんでもええで。鞄は交換したらブラン商会に持ってきて欲しいんや」

「分かったわ」


 ロールケーキ屋と聞き、女性の傭兵の顔が綻んだ。

 アドルドは奢りとは言わなかったが、ケチの男ではないので大丈夫だろう。

 見ればなかなか可愛いらしい顔立ちの傭兵だし、この機会をぜひとも有効活用して欲しいとリラは思った。

 当人たちにしてみれば非常に大きなお世話だが、リラにとっては善意の行為だ。


「ところで、依頼料はどないなるん?」

「大丈夫だよ。完了したら傭兵ギルド経由で金銭のやり取りが行われるから。本当は前払いがあるんだけど、今回はロールケーキの代金を前払い扱いにしておくよ」


 商人の感覚を持つリラにとって、証拠のない後払いなど、踏み倒されるようなものだ。それで良いのだろうかと、考えた顔色を読まれたのか、傭兵の男が笑った。


「使うのも使われるのも同じ傭兵。同業者の信用は大事なんだよ」

「ふ~~ん。そういうもんなんやな」

「じゃあ、行きましょうか」


 二人組が鞄をもって休憩室を出ようとするのを、リラは慌てて止めた。


「大事なことを忘れとった! あんな、取り換えてもらう鞄の中身な……………火薬が入っとるけん扱いには注意してな」 


 最後をこそっと耳元で囁けば、傭兵の二人は笑顔のまま固まった。





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