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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
72/89

第23.6話 長い一日の昼過ぎ。


 ――同室の運んでいたブツが黒色火薬という超級の危険物だった。


(………だめだな)


 なにが問題かというと、どこでもだれとでもぶつかる特技を持っている同室が、とんでもなく衝撃に弱い火薬の塊を持っていることである。

 例えば、同室が何かに気を取られて振り向いたとき、鞄が何かにぶつかれば爆発。

 鞄がぶつからなくとも、ぶつかった拍子に同室が転んで、鞄と共に地面に倒れれば爆発。

 火薬の量を考えるに、一メートル以内だと確実に死亡。運が良くて生死を彷徨う重症。

 運動神経そのものが悪いわけではないのに、なぜかやたら人にぶつかる同室に、それを持たせたままで平静が保てるわけがない。

 今日、ここまでだれともぶつかることなく、こけることなく、歩いていたのが奇跡なのだ。


(これは早急にリラに応援を頼むしかないな)


 アドルドは隣を見た。

 もうとっくに店から出たというのに、何度も何度も口を動かし、喉を鳴らす同室を。

 何も知らない平和そうな仕草が、アドルドに脱力感を与える。


 そうか、そんなに美味かったか。

 知り合いの料理を褒められて悪い気はしない。

 美味かっただろうと得意げに言うと、身を乗り出してきて焦った。

 目が見えるから辞めてくれ。あと、鞄はしっかり持て! 死ぬぞ!


「リラとの待ち合わせはどこだ?」


 平静を装っていても、焦りが出ていたのだろう。

 アドルドの急いでいる気配を察してか、大通りに出る手前で、後ろから声が掛かった。

 

(落ち着け、俺)

 

 慣れた相手の声にさえ動揺してしまうようでは、監視の目は誤魔化せない。

 大通りに出れば確実に監視の目が戻ってくる。

 意識して歩く速度を落とし、後ろを振り返った。


「もしかしたら、合流出来ないかもとは言っていたな」

「そうか」


 いつもと変わらない無表情で無口で無機質な声。

 なのに、耳が寝て尻尾が垂れた。ような気がした。

 

(楽しみしてたんだな。そういえば三人で街に出たことはないな)


 毎回、家に帰る約束をさせられているリラと、なんだかんだと傭兵仲間と飲んでいるアドルド、自主的に寮から出ないカラト。三人が揃って街に出る機会は無い。

 厄介事に巻き込まれやすいカラトと、口うるさいリラと一緒に出掛けるのは抵抗があるが、今日を乗り切ったなら、三人で祝杯を上げるのも悪くない。


(よし。落ち着いてきたな) 


 焦る気持ちを自覚しつつ、やるべきことに集中し、感情を散らす。

 大通りに出てしばらくすると、案の定、監視が付いた。

 アドルドが感じるのは二人。どちらも軍人のようだ。

 大通りに入って監視のついた時間を考える。早かったものの、大通りから出た直後ではない。


(見失って、主要な通りを担当を決めて張り込んでいた感じだな。となると、この通りに密集しているわけではないか)


 通りの店を冷やかしながら、周囲の人間の確認と、目当ての物がないか見当をつけつつ、案を練っていたアドルドの横で、隣の人物が突然、片手で頭を叩いて、掻き毟って、呻いた。


「………大丈夫か? カラト」

「すまない。考え事をしていた」


 前触れなくはじまった奇行に、恐るおそる声を掛けると、平坦な声が返ってきた。

 行動と声が全く一致していない。

 いつも通りといえばいつも通りだが、この奇行はアドルドの不安を煽った。

 このまま分かれて良いものか心配になったが、このまま付き合い続けるのも難しい。

 一人でも安全に待てる場所と言えば……


(噴水広場か)


 馬車の乗り入れ禁止区域ゆえに、親子連れや、ついでに恋人も多い、平和な広場だ。

 詩人や芸人もいるし、安い露店も出ている。そこかしこに座る場所があるし、大人しく時間を潰していてくれる場所に相応しい。

 問題があるとすれば、街の中で一番人口密集度が高いことだろう。

 人が多すぎて、隣の隣に待ち合わせ人がいるのに、しばらく気づかないことがざらにある。

 アドルドは元傭兵だけあって、見つけ出すのは得意だ。

 時間を潰すような場所は他にないし、金欠の同室がカフェで待つとは思えないので、ここが妥当だろう。

 アドルドはさりげなく噴水広場に誘導した。

 

 噴水広場につくと、カラトが不思議そうな雰囲気でアドルドを見上げた。


「休憩か?」

「いや、実は用事を思い出した」


 アドルドは物凄く困ったような顔を〝作った”。


「悪いカラト、噴水広場ここで待っていてくれ」 

「用事があったのか?」

「あぁ、すまない。野暮用を済ませてすぐに戻ってくる」


 相手は素直に頷いた。が、不服そうだ。

 不味いと思った。

 単純なこいつは、用事がある俺と分かれて一人で酒場に行く可能性がある。

 火薬を持って、一人で。

 駄目だ駄目だ。それは駄目だ。お前だけじゃなくて、周りも甚大な被害を受けるから駄目だ。

 

「一人で酒場に行くなよ? 絶対に戻ってくるからな!」


 肩を押さえて念を押すと、アドルドの勢いに驚いたのか、縦に首を何度も振った。


「わかった。アドルドを待つ」

「そうだな………三時間だ。それまでには必ず戻る」

「わかった」


 ――素直に頷いたはずなのに、アドルドの不安は消えなかった。





 昼過ぎ直後の雑貨店は閑散としているものの、品物を出す時間でもある為、決して暇というわけではない。

 

「えっ? おらんの!?」


 だから、リラが勝手知ったる他人の店といった具合で、従業員の入口から入り込んで、表の売り場まで行って上げた声は、大きかった。


「ごめんなさいね。あの子最近、夜遅くに帰ってきたりこなかったりして、昼はほとんどいないの」


 疲れた表情で謝るのは、ミランの母親だ。

 身長こそ低いものの、息子とよく似た華奢な体躯で、見た目の通り力仕事は得意ではない。

 そんな母親を気遣って手伝っていたのがミランだ。

 その彼がこの時間にいないとは、リアは思いもしなかった。


「………そっか………おらんのか……」 


 思っていた以上にミランの悩みは深いようだ。

 リラが様子を伺ってそっとミランの母親を見上げると、小さく思考を零している。


「一人息子だからって甘やかしたのかしら?」「こういう時もあるってあの人は言うけれど、心配だわ」


 今まで良い子で来ていたミランの反抗期に、母親は距離を掴みかねているようだ。

 過保護だ過保護だと周りから囃し立てられるリラでさえ、偶に過保護に感じる時がある人物なので、ミランの気持ちは分からなくはないのだが、それにしても帰って来こない日があるとは。

 これはリラの姉達も心配するわけだ。


(ミラン臆病やのに、えらい進歩やな……)


 そこを褒めたら目の前の親が機嫌を損ねるのは分かっているので、リラは口を閉ざした。

 そして用は済んだと片手を上げ、店舗の扉に向かった。


「ちょっと見てくるわ。もしかしらどこかで座りこんどるかもしれへんし」

「あぁそうね! おねがいね!」


 店から離れるわけにはいかない夫婦では、探し回ることも出来ないのだろう。

 アドルドのついでに探してみようと、リラは慣れた道を走った。


「ほんま。どないしたんやろ、あいつ」

 

 自分のことで精いっぱいのリラは、まさか自分が原因だとは思いもしない。


「まずはアドルド兄ちゃんと合流やな」


 

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