第23.5話 長い一日の昼。
傭兵時代に、文字通り体を張って溜めた金で、念願の店を持った。
第三公国と第二公国のどちらで店を出すのかは最後まで悩んだが、結局、元傭兵が多く在住している第ニ公国を選んだ。
この土地に決めたのは、見つかりにくい。逃げやすい。籠城しやすい。と、素晴らしい三拍子が揃っていたからだ。
完璧な地形に満足していたが、商売をし始めて直ぐに間違いに気付いた。
――客が来ない。
普通に考えれば、見つかりにくい飲食店なぞ流行らなくて当然だ。
だが、当時は全く気付かなかった。
下見に付き合ってもらった傭兵も『良い場所だ!』と興奮したように言っていたのだから、職業病が精神の深い所まで進攻していたのだろう。
最近になってようやく、『迷店』として普通の客も来るようになった。
それでもいまだに客の大半を占める元傭兵を、普通の客として数えて良いのかは微妙な所だが。
その微妙な線引き上にいるアドルドが、噂の同室を連れて店に来た。
外が騒がしい日は、数日おいて店が騒がしくなる。
今度も何日か後に、どこからともなく集まってくるのだろうと思いながら、開けたばかりで客のいない店内を眺めていた時だった。
がたいの良いアドルドに隠れるように、少年を少し過ぎたぐらいの、軍服姿の青年が物珍しそうに店内を見回しながら入ってくる。
ひょろっこくて、栄養失調かと疑ってしまうほど肉がない体に、軍人らしからぬ前髪の長さも相まって、軍服を着ているのに、軍人らしさを欠片も感じない。
話の通り。と言うべきだろう。
本当に軍人だというのなら、もう少し重心を考えて動けと言いたい。体の使い方が素人だ。
(まさかわざわざ、同室を見せに来たのか?)
生まれた頃から面倒を見ていたこともあって、アドルドに対しては我が子のような可愛いらしさを覚えるが、アドルド自体が可愛げのある性格というわけではない。
(今日は突っ込まないでおくか)
昔の恥ずかしい話を大量にばらされる場所に、迂闊に友人を連れてくるような真似はしないだろうと思っていた。
これはアドルドを知る全員の一致した見解だ。だからこそ信憑性は高く、わざわざ友人を連れている今日が異常で、逆に何かあるんだろうと検討を付けるには十分だった。
連れだって店の一番奥に座った二人は、ピザを注文した。
アドルドの両親の故郷は第四公国で、そこは羊や馬などの家畜と共に移動しながら生活する人々が多い。
アドルドは第四公国の生活に馴染みはないが、両親の影響か、生活様式が第四公国式だ。
その影響のせいか、手づかみで食べれるピザはお気に入りだった。
アドルド好みの、肉とチーズたっぷりのピザに仕上げる。
「まぁ、それよりカラト。話をしよう」
アドルド達の会話を聞きながら、ピザを入れた鉄箱の魔法陣をなぞる。
一般家庭に出回っている平らな魔法陣とは違い、鉄箱全体に魔法陣が組み込まれている。
価格は正直高いが、美味しさの為には致し方ない。
「さっきの美女は誰だ?」
「彼女は、アケル」
「? 幸運と黄昏の神アケルか?」
「彼女のいるお店の女の子は、全員神様の名前」
アドルドも同室も健全な男のようで安心した。
それでなくとも軍というのは男だらけの場所だ。
実に微笑ましい。
しかし、全員神様の名前の美女がいるお店となると、心当たりは一つしかない。
それは少し心配だ。主に金銭面で。
「前に荷物を運んだ時、一緒に飲んで仲良くなった。それから誘われて、彼女のお店でたまに飲んでる」
「………カラト。お前………よくそんな金があったな………」
「?」
「いや、そこ、高級クラブだぞ」
「お店自体、古そうだし。机も椅子も全部古臭かった」
「アンティークって言うんだよ!」
………確かに、古いのが価値となるアンティークは、興味が無い者にとってはガラクタと変わりない。
分かってはいるが、それに大枚をはたいた身としては、浪漫を買ったと力説したい。
「高いのか?」
「そうだ。高いんだぞ………って、払ってないのか?!」
驚いたことに、アドルドの友人は飲食店で無銭飲食を許されているらしい。
裏口から来いと言われる当たり、相当の身内扱いだ。
金を払わなくて良いと言われているのだから、それ以上の価値があるのだろう。
(体………は、ないな)
薄っぺらいから威嚇にもならない。夜の方も経験が少なそうだ。
「いつでも……裏口から……飲み放題、触り放題……朝帰り……」
「アドルド?」
アドルドは溜まっているようだ。
それもそうだろう。よく半年も我慢している。
どうやら、今日の昼を奢って、代わりにその店に連れて行ってもらうようだ。
今日の昼食代分より良い思いが出来るだろう。
(よかったな、アドルド)
―ピザが焼けた。
「またせたな」
礼を言って受け取ったピザを、アドルドは珍しくフォークとナイフで食べはじめた。
いつもなら手掴みのはずが珍しいと思っていると、友人がアドルドを見て、真似をはじめた。
なるほど。相変わらず面倒見の良い奴だ。
二人が無言で食べているのを、調理台を拭きながら眺める。
なぜか友人が、一口食べたっきり動きを停止していた。
咀嚼はしているようで、口は動いているが、やけに長い。
ようやく二口目を口に入れた時、アドルドが思いっきり手を叩いた。
大きな動作だったので、突然というわけではないが、剣を握るぶ厚い手の平で鳴らされると大音量だ。
「おぅ、ビビらすな」
思わず非難の声を上げるが、アドルドはずっと友人を凝視している。
驚くべきことに、友人は耳の真横で鳴った大音量に気づかなかったようだ。
微動だにせず、黙々とピザを頬張っていた。
「よし」
アドルドが納得したように呟くと、椅子の下から鞄を取り、テーブルの上に置いた。
よくみる革製の手提げ鞄だ。
「マスター、開けてくれ」
鞄の錠をこちらに見せ、アドルドが鍵開けを催促してきた。
友人の荷物を勝手に開けて良いのかとも思ったが、意識が向いていない隙を狙っているのだから、それなりの理由があるのだろう。
「お前も出来るだろうが」
「時間があればするが、今は時間が惜しい」
「まぁ良いさ………ほれ」
丁度手元にあった針金で開けてやれば、礼もそこそこにアドルドは鞄を覗き込んだ。
手を突っ込んで、底を探るような動作をする。
話をしている間にも、友人は無言でピザを食べ続けている。
というか、これだけ隣で会話してても全く聞こえている様子が無い。
どれだけ料理に夢中になっているのか。
料理人としては嬉しい限りだが、少し心配してしまう。
「こんな注意力散漫で大丈夫か? 集中しているのは分かるが……」
「本当は問題だが、今日に限っては助かった」
眉を顰めたアドルドが、鞄の中から手を出し、顰めた眉ごと目を覆った。
「予想通り過ぎて泣ける」
アドルドは肩を落とした。
「どうした?」
「………………………………」
アドルドは手を鞄に戻し、中身を引き抜いて見せた。
蠟燭よりもはるかに太く、手のひらよりも長い、茶色の棒が一本握られている。
棒といっても、何かを包んでいるのだろう。
アドルドが棒をテーブルの上に置き、慎重な手付きで茶色い包装を解く。
黒色の、細く短い棒状の物が出てきた。細さは同じだが、長さには少々ばらつきがある。
この黒色の小さな棒状のものをたくさん重ねて、一本の茶色い棒にしているようだ。
五センチほどの小さな棒状の物を一つ手に取る。
黒色は木炭だろうか。匂いは………無い。
「なんだ、これは?」
「火薬だ」
火薬か。十数年前の戦争で第二公国が使用した、魔法使いや魔法陣を使わずに燃やす兵器だったか。
そこまで考えて、アドルドの顔を見た。
「………………………………おぃ」
なぜそんな大事な物を、アドルドの友人が大事に抱えているんだ。
「燃焼速度の遅い比率に変えて、圧縮することで衝撃の耐性を上げている火薬だった、か? どちらにしてもカラトに持たすには危険すぎる」
アドルドが怒りの表情を浮かべた。
「火薬は衝撃に弱い。取り扱いは細心の注意が必要だ。すぐに爆発する。しかも体が吹っ飛ぶほど威力が高い。今日はカラトが奇跡的に転ばなかったからよいものを……! フィラットは一体何を考えているんだ!?」
今日は奇跡的に転ばなかったのか。そうか。いつも転ぶのか。
「しかも四本も!!」
よくみれば包みは衝撃を和らげるよう厚手で柔らかい素材だ。
見たことのない素材だが、もしかしてこれも軍で開発したのだろうか。
………危険だ。アドルドが何かに――おそらく友人の厄介ごとに、巻き込まれている。
先日店に来ていた、貧乏くじを引いたらしい男の話が脳裏をよぎった。
その時に言っていた”噂の同室君”とは、アドルドの同室の、この青年のことだろう。
あいつが尾行を失敗した相手がこの友人なのは、いまいち納得できないが。
(………そうすると、今回もあいつは尾行を失敗したのか………)
誰かがつけている状態でアドルドはこの店に入ることはしないだろう。その時はアドルドから合図があるはずだ。それぐらいは身内として信頼しているし、されている。
「おい。大丈夫か?」
アドルドを見た。
厄介事だと、セルゲイは言っていた。
「大丈夫だ。予想通り………過ぎて、頭痛がするぐらいだ」
溜息をついて、アドルドは苦笑した。