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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
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第23.3話 長い一日の昼前。



 前衛的な落書きと卑猥な文字が書かれた壁を横目に、前を行く同室の後ろを、アドルドは努めて平静に付いていった。

 最近少し肉が付いてきた同室は、服を着ると中肉中背の体型に見えるものの、まだまだ一般人以下の肉付きだ。ただ、歩行訓練で身に付いた足取りは力強い。

 姿勢良く前を向き、流れるような足は止まることなく。何も知らない人間なら全幅の信頼を置くだろう迷いのない足取りだ。

 だが、背後を歩いているアドルドは、その背中から、大量の冷汗を流している幻覚が見えている。

 歩き始めてから一度も足取りが乱れることはないし、そんな素振りも全くないが、焦りの気配が背中から漂ってくる。

 声と表情が変わらないのに、なんとなくの気配で感情がわかるということは、背中だけを見ても分かるものらしい。


 明らかに、道に迷ってる。

 明らかに、焦っている。


(………やはりな………)


 アドルドの予想通りである。

 裏道に入ったから心配してはいたのだ。

 この首都シェアラブルの裏道は、とにかく迷いやすい。

 住民でも自分が普段通る道しか覚えていない者がほとんどだ。

 なにせ道が良く変わる。建物が潰れて道になっていたり、道が潰れて建物になっていたり。

 そんな、住民でも手を焼いている裏道に、寮の主と呼ばれる引きこもりが挑むのだ。

 無謀以外の何物でもないだろう。

 一体何を目印にしていたのか聞いてみたい。

 そもそも、人目に付かない裏道は犯罪が横行している場所でもある。

 そんな道であるから、良く知る道以外は住民でも通らないのだ。なのに、今まで危険を感じることなく、二時間ほど歩いているのに、人っ子一人出会わない。

 普段の裏道を知るアドルドからすれば異常ともいえる現象だ。

 この不思議な現象に、アドルドは心当たりがあった。

 

(これは決定だな)


 前々から、もしかしたらと、秘密を共有する仲間で話には出ていた。

 御伽話では『始祖神リサ』は”全ての神”からの祝福を受けたという。

 それは始祖神リサが全ての神の末っ子ゆえの特権と言われている--神様でも末の子には甘いらしい。

 そして、容姿が特定の神の特徴に類似している者は、その神からの寵愛が厚く〝祝福”を授かっていることは知られている。

 有名なのは”癒しと豊穣の女神ノアン”の祝福だ。癒しの魔法の効果が強くなったり、育てる作物が良く実ったり、夫婦円満で子沢山になったりなど、様々ある。

 〝癒しと豊穣の女神ノアン”は優しい神様で、祝福は穏やかなものが多いが、”命と贄の神イアオ”の祝福には、自身に一番近しい者を亡くすごとに財産や地位を築く祝福もあるらしいので、一概に良いものばかりとは言えない。

 ”始祖神リサ”は銀髪金目。同室は黒髪金目。

 御伽話通り、他の神の祝福があるなんてわからないが。

 

 どうやら何かの祝福を受けてはいるらしい。

 

 角に入るたびに、道に迷うたびに、背後から追ってくる気配が少なくなっている。

 めちゃくちゃに、理屈なく、本人にもわからないまま進んでいるだろうから、仕方ないことかも知れない。ただ、偶然というには説明のつかないことがあったのだ。


(………あんな道、こいつ以外は通らないだろうな)


 草木に覆われた行き止まりの壁。

 その壁に向かって、同室が迷いなく、速度を緩めることなく進むのだから、激突して頭を打つのかと肝を冷やした。

 なのに壁を通り抜けたのだ。慌てて追いかけて壁をすり抜けた時は衝撃だった。

 普通に通れたが、どう見ても壁だった。


(微妙に変な気配な道もあったな。あれは絶対にこいつの後をついてなかったら出れない類の物だった)

 

 本当に不思議なのは、そのことに全く、ほんの一欠片も気づいていない同室だ。

 自分の目の色に気付いていないぐらい天然だから仕方ないのか?


(本人に気付かれない祝福って、どうなんだ?)


 アドルドは遠い目をした。

 よくわからないが、結果として、監視は全て撒いた。

 はっきりとアドルドがそう確信した時だ。

 前を歩いていた同室が振り向いた。


「悪い。道を間違えた」


(今更だな)


 心の中で突っ込みを入れてしまう。

 初めから間違えていただろうと思うが、あえて言わない。

 そしてなぜ全員を撒いてから言うのだろうか。

 目が前髪で覆われていて目線が分からないので、あくまで気配だけだが、目が泳いでるような気がしないでもない。

 監視の目をどうしようかと昨晩あれこれと話し合ったアドルドは、急に馬鹿らしくなった。

 こちらを伺う同室に、明らかな作り笑いを見せ、威嚇を加えた。


「時間はたっぷりあるから構いはしない。辿りつけさえすれば、な」

「………」

「ちゃんと、最後まで、案内して、くれる、よな?」


 表情の変わらない同室だが、尻尾が丸まって股に挟まれている幻覚が見えた。

 この幻覚、複数いる時でも、同じような幻覚が見えているらしい。

 現実では無表情に無反応と、聞いているのかと言いたいところだが、「やばいやばいやばい」と気配が語っている。

 同室はゆっくり周りを見回し、頭を垂れた。

 その時、裏道に入って初めて人が現れた。

 まろやかな体つきを惜しげもなく周囲に晒す、十人中九人は美人と答える美女だ。

 金髪碧眼の美女は、裏道にいたアドルド達に気付き、警戒の色を見せた。しかし直ぐに喜色を浮かべて近づいてきた。

 アドルドの知り合いではない。

 美女が近づいてくると酒の匂いがした。衣装と化粧から、夜の女だろう。

 何人かそういった所に知り合いはいるし、女は化粧でいくらでも化けるが、泣きぼくろの女はやはり覚えが無い。

 アドルドの怪訝な視線を受け、女は人差し指を立てて自身の口元に当てた。

 小さくて細い指が色付いた唇におしあてられる。唇は悪戯を思いついた笑みを形取っているものの、伺うような視線は色気を感じさせ、思わずどきりとしてしまう。


 そんな美女が、なぜか同室に抱き着いた。

 

「カ、ラ、ト、く〜ん」

 

 見ただけで大きいと確信できる胸を、同室の腕に押し当て、顔を見つめる。


「本当に軍人さんだったのね」

 

 汗臭い訓練着を嬉しそうに触り、更に密着度を増す。


(…………………)


 見えない何かで殴られたような感覚があった。体が働かない。

 アドルドはしばらく呆然としていたが、いつまでたっても離れない二人に怒りが湧いてきた。 


「カ、ラ、ト」


 呼べば、込もった殺意に気付いたのか、美女の腕を解いて距離を置いた。

 美女は不服を隠そうともしない。


「今日が仕事じゃなかったら一緒に飲めたのに」


 不服を表すように突き出した唇が、何か思いついたのか、最初に見た悪戯の笑みに戻った。

 初めと同じように指を唇に当て、しかし今度はより明確な意図を込めて。

 指に口づけするように。ゆっくりと。

 悪戯をしているのに恥ずかしそうな、はにかむ笑みに、なぜかアドルドの方が期待してしまう。


「また一緒に飲みましょう。今度は、二人っきりで、ね」


 可愛らしく口づけされたその指が、同室の唇に押し当てられた。

 恥ずかしさからだろう、さっと逃げ出そうとした美女の腕を、同室が掴んだ。


「なぁにぃ〜?」


 引き止められ、美女は目に見えて喜んだ。

 そこに。


「酒場への道を教えて欲しい」


 同室の冷静な声が掛かった。

 ………こいつは男として何も感じないのだろうか。

 場の空気を読まない同室に冷めた目を向けてしまった。


「それだけ?」


 案の定、がっかりした様子の美女は、仕方ないとため息をついたものの、苦笑を向けた。


「いいわ。ほら、あそこよ」


 困った子供を見るような目をされているのに、同室は美女の指差す方向を見て、明らかに安堵の息を吐いた。その方向に顔を向けたアドルドだったが、視界の端に映ったモノに、向けた以上の勢いで顔を戻した。


「教えてあげたから、今度はちゃんと朝まで付き合ってね。カラトくん」


 女が同室の頬に唇を寄せていた。

 軽い挨拶のようなものだった。が、それを挨拶ととる朴念仁はいないだろう。

 なのに、同室は美女に手を振って、目的地だろう店に近づこうとした。


「………………」


 思わず手を肩に乗せて引き止める。

 アドルドは、同室をモテないと、今の今まで勝手に思っていた。

 寮の主と呼ばれる引きこもりだったはずではなかったのか。金が無いと言ってなかったか。知り合いもいないといってなかったか。

 聞きたいことが山ほど溢れて、肩に乗せた手に力がこもった。


「アドル、ド?」


 いつもと変わらない、不思議そうな雰囲気でアドルドを伺う男が、今は憎くて仕方無い。


「カラト、ちょっと顔をかせ」




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