第23.2話 長い一日の早朝。
間が空いてしまって申し訳ありません。いよいよメインに入ります。これから年末にかけて投稿をスピードアップしていきますので、よろしくお願い致します。
「よぉ、お疲れさん」
「お疲れ様です」
巡回中、すれ違った相手に挨拶を交わす。
最近肌寒くなった為に着込んできたものの、やはり夜は寒い。
外套の襟を立てて、少しでも温かくしようと肩を竦める。
「東の魔法灯が切れてたから足元気を付けろよ」
「どうもです」
夜勤にも色々種類があるのだが、昼間に比べると人数は圧倒的に少ない。
上司不在も多いため、不測の事態になれば部隊に関係なく走り回る。自然、横の繋がりが強くなるのが夜勤の特徴だ。
「あと何時間だ?」
「何もなければ二時間ほどですね」
「いままでは何事もなくて良かったな」
「何か起きそうな雰囲気を出すのやめて下さい」
笑い合いながら、通り過ぎた男の後ろ姿を追う。そしてそのまま、自然に視線が上がった。
「今日も灯りがついてる……」
ここ連日、灯りが途切れない部屋があった。今日もその部屋は灯りが灯っている。
夜勤担当の者がそろそろ交代を意識し始める時間になっても、元帥執務室の灯りは爛々とついたままだった。
「で、拳銃はの件は?」
「海に落ちたと供述している。三人とも同じだ」
「本当に海に落ちたっすか?」
「音だけで判断したようだ」
「確認できてないってわけか。あーあ。探索系の魔法は第一公国に多いんだよな」
本棚の傍の――窓から見えず、扉から死角の――部屋の角にある小さなテーブルに、三人が集まっていた。
二脚しかない椅子に座るのは、全身白装束の小柄の者と、漁師姿の男。二人の間で立っているのが五十近くの軍人だ。
立っているだけで威圧感を覚える男が、鋭い目で、小さな人物を刺す。
「海の底にどれだけ物が埋まってると思っている」
「鉱物に限定しても無理そうっすよね」
漁師姿の男が軽薄そうな笑いを上げた。
「失せ物探しの魔法使いを頼むっすか?」
「誰が渦の中を確かめにいく?」
アンティークの椅子は小さいが、小柄な者には丁度良い大きさだ。
壊す心配を微塵も意識に上げず、背もたれに体重を預けた。
「真面目な話、優秀な探索魔法の使い手は、確かに第一公国にいるけどよ。うちに貸してくれるとは思えねーな」
「第一公国の公主は今の王妃さんの母親に当たるっすから、王様に頼めば良いんじゃないっすか?」
「最新の武器の開発をしていて、それを無くしたと。いまついてる首輪が更にきつくなるぞ」
王家への反逆罪で処罰された記憶も新しい第二公国で、新型武器を開発していることを言えば立場が悪くなるに決まっている。ただでさえ厳しい締め付けが、更に厳しくなるのは遠慮したい。
「海の底にあったって問題はねーんだ。問題は、今どこにあるのか分からないことだからな」
本当に海に落ちたのなら問題は無い。供述した三人は夜間に酒に酔った上で、音だけで海に落ちたと判断したというのだ。嘘は言っていないとしても、信憑性は低い。
これが機密性の無い武器だったら問題はなかったのだ。
他の公国は愚か、第二公国の公主にまで内緒で多額の資金を費やして開発していた武器だからこそ、不味いのだ。捜査を広げる為の命令も出来ず、他からの協力を仰ぐことも出来ず。結局、事情を知っている内々で内密に処理しないといけない。
「一応、番号は彫ってあるっすから、物があれば判別は出来るっすよ。溶けてなければっすけど」
「横流し品の調査の一環として調べる。それが一番目立たないだろう」
頬杖をついていた漁師姿の男が、ほぼ真上にいる男からの言葉を受け、顔の向きを変えた。
口元と目元が意地の悪い笑みを形作っている。
「それで見つかると良いっすねー。ところで今回の横流し品はダイナマイトだそうっすよ」
明らかに別の方向に向けた言葉に、他の二人も同じ方へ視線を向けた。
三人の視線の先には、大きな執務机があって、そこに常に座っている人物も当然いた。
常に机に向かって書類を書いているはずの元帥が、珍しく手を止めて、顔色悪く三人を見ていた。
最近、憂鬱ではなかった朝はない。
しかし今日は特に憂鬱だ。
なんだか頭も痛い気がする。
「起きなきゃ…」
店の仕事を手伝っていたせいだろう。どうしても朝早くに目が覚める。
その店の手伝いも、ここ一か月はしていないというのに、いつも同じ時間に起きてしまう。
人生で初めてお酒を飲んで、二日酔いになって起きれなかった朝。
初めて、無断で、店の手伝いを休んだ。
母に飲酒がバレて、父に連絡が行って。
――父は、何も言わなかった。
母が父に向って、何か言ってという声が聞こえていたが、父は何も言わなかった。
呆れられたのだと思う。
それから顔を合わせられなくて、父を露骨に避けた。
母も何も言わなくなった。けれど父とは違い、物言いたそうな視線が常に向けられた。
母の視線も避け始めたら、家に帰るのが憂鬱になった。
けれどつるんだ連中とも折り合いはあまり良くなく、なんとなく居場所がなくて、最近は良く倉庫街で時間を潰している。
ここままではいけないと分かっている。
だからって、どうしたら良いのか分からない。
教えてもらっても、素直に聞けない。
だってそれは自分の考えではないから。
納得出来ない。納得できないから従いたくない。
従えないけど、他に方法も無い。
逃げているのは分かっている。
解決になっていないのも分かっている。
だけど。
自分と向き合うのは怖い。
リラが合おうって連絡をくれたのに……。
夢見の良くない、霞かかった頭でうだうだと考えていると、二階の窓の外に大きな猫の尻尾が現れた。
窓を開けてくれというように、大ぶりの尻尾で窓を叩く。
両開きの窓を開けると、冷たい風と一緒に、大きな猫が部屋に入り込んできた。
大柄な見た目のわりに身軽な猫は簡単に床に飛び降り、足にすり寄って来る。
窓を閉めようと伸ばした手を、猫の頭へと移す。
「おはよう」
朝のひんやりとした空気に触れていた毛が、少し冷たい。
撫でているとその冷たさも消え、温かい体温に自然と笑みが浮かぶ。
鬱々とした空気が窓から流れ出たような気がした。
「今日は街が騒がしくなるから、大人しくしておいた方が良いよ」
野良猫とはいえ、数年来の付き合いだ。
頭を撫でる手を止め、箪笥の中から瓶を取り出す。
「ほら」
煮干しを与えながら、愚痴を言うのが最近の日課だが、今日は忠告を送る。
この猫は意外と広範囲に縄ばりを張っているのだ。
忠告の後に愚痴を言ってしまった為、いつもよりも煮干しを多く与えてしまった。
猫は煮干しを食べ終えると、前足を舐め、毛繕いをはじめた。
その間に寝巻から外行きへ着替える。
憂鬱で頭痛がするのに変わりはないが、少しましになった。
「なぁ~」
声に振り返ると猫がベッドの下に潜り込んでいた。
勝手知ったる他人の部屋だろう。ベッドの下に、猫に見られて困るものは無い。
ベッドの下からお尻を突き出して引きずり出したものを見て、困惑する。
「忘れてたな……」
「なぁ」
「持っていけって?」
「なぁぁ~」
受け取れと視線で催促してくる猫の頭を撫でて、引きずりだされた塊を手に取る。
手のひらより少しだけ大きい、鉄の、たぶん、銃。
拾ってから思い出した。いつか見た、軍の演習場で使用していた細長い武器に似ている。
小さいからたいして殺傷力はないだろう。
「………念のために、持って行こうかな。たぶん、威嚇ぐらいには使えるはず…だよね?」
「なぁ」
今日の街の雰囲気は、猫にすら感じ取れるほどだろうか。
せっかく忠告をしたのに、猫には余計なお世話だったようだ。
反対に猫から忠告を貰い、隠して持ち運べるように細工した服の中に、拾い物を収めた。
まだ夜の気配が残り、太陽が寝ぼけ眼で顔を覗かせる時間帯。
商人の倉庫番にも負けず劣らずの時間であるにも関わらず、第二公国軍の大演習場では緊張感に満ちた軍人がすでに隊列を組んで並んでいた。
日頃から訓練されているだけあり、乱れの無い姿勢、隊列と、統制の取れた様子に規律正しさが伺える。
建物に向かって七列ある隊列は、縦の長さが不揃いなのは、人数の違う各部隊が固まっているせいだろう。
軍服は階級、所属隊によって細部の作りが違う。
分かりやすいのは胸元についている飾りだ。それぞれの部隊の意匠が施されている。
列の端から、馬の意匠。実働部隊のエリートである遊撃部隊が五人。
同じく実働部隊のエリートである狙撃部隊が三人。銃の意匠である。
中央には意匠が存在しない、一番の大所帯である歩兵部隊から十人。
情報及び軍内の不正に目を光らせる鳥の意匠の情報部隊が三十人。
反対の端は、光の意匠の魔法部隊が一人と、樹の意匠の衛生部隊が一人。
合計五十人が隊列を組んでいた。
軍関係者が見れば、今回の集まりが異様なのは一目瞭然だろう。
たった三十人しかいない情報部隊が全員出動しているのだ。常に飛び回っている情報部隊の全員が集まる機会は中々無い。
つまり、今回の作戦は情報部隊を中心に、他の部隊が補佐をする形になるのだろう。
いつにない作戦に、緊張感が漂う。
自然と険しい顔になる軍人達に向かって、三人が建物が出てきた。
それぞれ、白い軍服を着た二十歳半ばの男と、黒い軍服の三十代後半の男、青い軍服の五十近い男だ。
普通に歩いているように見えるのに、とんでもない速さで整列する一団に接近した三人の中から、白い軍服を着た、恐ろしく顔が整った男が、隊列の前に立った。
他の二人は後ろで控えるようにして立っている。
隊列の軍人は一様に姿勢を改め、顔を白い軍服の男に向ける。
先ほども決して緩んではいなかった空気が、今や細い糸が引き延ばされたような鋭い緊張感を伴う。
「……諸君、緊急事態だ」
緊急事態というわりに、全く表情が変わらず、声にも感情が乗っていない。
しかし、誰もが男の言葉に耳を澄ませた。
「…今回の作戦は、内務系以外の全部隊合同作戦として、横領犯および関係者の一斉検挙を予定していた。 …けれど、想定外のことが起こった」
空気が揺れる。ことはなかった。
ただ、皆が目を細め、厳しい表情を見せた。
「…今回用意された横領犯の荷物はダイナマイトだ。
全部を使用すれば簡単に建物が爆破され、街中で使用されれば甚大な被害が予想される。
…軍の不祥事で一般人に怪我をさせるのは不味い。残念ながら、今回は横領犯と関係者の検挙よりも、このダイナマイトの捕獲を第一にする。指揮権はギンブリー大佐に預ける」
そこで、深い青の生地を着た五十近くの男が前に出た。
白髪が目立つものの、体つきは現役軍人らしく締まっている、大柄な男だ。
情報部隊隊長のギンブリー大佐は、嘲笑以外に笑わないと言われる口を開き、一団を見回した。
「聞いての通りだ。荷運人はこちらの手の者だが、情報は何も渡していない。恐らく言われるままに荷物の受け渡し場所へ来るだろう。その前に接触して荷物を回収、ダミーとすり替える。
ただし、途中で荷運人を見失った者は、その瞬間その場にいる関係者を即座に取り締まれ。見失ったからと言って焦るな」
まるで見失うのを前提の話ではないか、と疑問に思ったが、そこは優秀な軍人だ。
疑問を感じても口を挟むことはしない。
そもそも、追跡や尾行は情報部隊が専門だ。今回、情報部隊以外の部隊は補佐的な役割で、彼らは見失う可能性をもとから持っているので、抵抗は少ない。
ただ、専門職と豪語していた情報部隊の一部では、奥歯を噛みしめる音が聞こえてきた。
「各自持ち場へ散開せよ!」
『はっ!!』
ギンブリー大佐の合図に、全員が一斉に敬礼を返した。




