表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
66/89

第23.1話 長い一日の前夜。


「どういうことだよ!?」


 叩きつけるような声と共に、頑強な木箱が床を跳ねた。

 対面の相手を威嚇するが如く、蹴りつけた足を勢いのまま降ろす。

 老朽化の激しい家屋では、その衝撃だけで家が揺れた。

 物騒な音に、部屋は静まり返っている。


「落ち着けよ」


 怒りを対面で受けた少年は、幼さと甘さを残す顔に、焦りと不安を滲ませたまま、声を掛けた。

 声をかけるのも十代なら、かけられた方も十代。

 周りで声を潜めて見守るのも十代ばかりだ。

 

「なんで俺らがそんなやべーことに頭つっこまなきゃいけないんだ?!」

「前に上が変わったって伝えたよな? どうやら俺らも数に数えられていたらしい」

「あそこはやべーって!!」

「俺だってわかってるよ! でも言われたことはやんねーと何されるかわかんねーぞ!」

「………っ!!」


 若者たちのたまり場と貸している廃墟同然の家屋で、こんなはずじゃないと鼻息を荒くしているのは、この場にいる子供たちの頭だ。

 腕っぷしと気が強い、典型的なガキ大将。

 若さゆえに行き過ぎる所はあるが、元々そこまで悪さをするような集まりではない。

 ただ集まって愚痴を言ってみんなで馬鹿をして、日々の嫌のことを、将来の不安を、孤独感を消したいがために集まっていた集団。

 完全に裏に染まる気もない。現状の不満をぶつけられれば満足。

 そのために裏と多少の取引を行っていたが、それが上が変わったことによって、本人たちも気づかないうちに勢力争いに巻き込まれていたのだ。


「上はなんて言ったんだ?」

「鞄を奪えって言われた」


 上と言っても金銭を渡して目こぼしをして貰っている連中の一人で、その連中の上の、更に上からの命令だと言う。

 話を聞きやすそうなメンバーを呼んで、一方的に伝えるだけの命令に、まとめ役の少年は歯ぎしりをする。


「鞄? なんで?」

「わからない。けど、その鞄が必要らしい」

「鞄なんてみんなもってるって! どれだかわかんねーよ!」


 なにせ第二公国の首都は人口密度が一番多い。

 その中で鞄を探せて言われても、砂漠で砂金を探すようなものだ。


「似顔絵みたいなのは貰った」


 と、折りたたまれた紙を開いて見せる。

 紙を中心に、輪となって周りの子供も覗き込んだ。


「十代の黒髪で中背中肉って何人いると思ってんだ」

「だから探す人手で俺たちみたいなのも駆り出されてるらしい」


 全く戦力にならないと言うのに、無理矢理勢力に入れられて駆り出された理由がそれだ。

 産まれた時から首都にいる彼らは、確かに一番道に詳しい。

 更に同じ十代ということで、白羽の矢が立ったとも言える。


「こいつが前髪切ってたらわかんねーよ」

「めんどくさい」

「適当にやれば良いじゃないか?」

「あんま関わっても良いことないって。やばいよ」


 輪の子供たちも口々に関わりたくないとぼやく。

 彼らは安全に非行をしたいだけなので、なるべく裏と関わり合いたくないのだ。


「拒否は出来ない。とにかく、明日はやるしかない」

「探せば良いだけだよな?」

「………そういっていた」

 

 彼らは不安そうに周りと目を合わせた。




 風呂から戻ってきてから、同室の様子がおかしい。

 いつもはぼーーっと置物のようになっているのに、仕切りにこちらを伺っている。

 半年も共同生活をしていれば、なんとなくは分かるようになる。


「言いたいことがあるなら聞くぞ」


 目が輝いた--ような気がする。

 なにせ前髪で目が見えないのだ。雰囲気で読み取るしかない。

 同室は座っていたベッドから降り、わざわざ床に正座した。

 正座は第四公国の説教の時の態勢だ。

 説教の度に強制していた為、最近では怒られるようなことがあると自主的にするようになってしまった。


「なにをやらかしたんだ?」

「…………………」


 肩が下がり、背が丸まる。

 

「実は、忘れてたんだ」


 しょんぼりとした様子に不釣り合いの、平坦な声。

 目と耳から入ってくる落差が酷い。

  

「相談してようと思ってたけど、忘れてて……」


 この同室は基本的に一つのことしか出来ず、生存本能が強い。

 悩んでも眠たければ寝るし、どんなに疲れてても飯は食う。

 そうして過ごしているうちに、大抵の悩みは忘れてしまうらしい。


 ………だから、今思い出したのは、結構大変なことではないだろうか。


「兄ちゃん、わいも聞いてええ?」

「聞いてくれ」


 もう一人の同室も同じことを思ったらしい。

 同室が説明を始める。

 淡々と喋る独特の話し方は、良くも悪くも感情が乗っておらず、聞きやすい。

 あまりの聞きやすさに、重大な問題点や大事な所を思わず聞き流してしまうこともある。

 聞き洩らすまいと真剣に聞いた内容は、普通だった。

 荷物運びを押し付けられて、断りたいが、どうすれば良いのかということらしい。


「まて。その約束はいつだ?」

「………………明日」

「…………そりゃあかんわ、カラト兄ちゃん。明日まで四時間や」

「いまさら拒否なんかできるわけないだろう! 相談が遅すぎる!!」


 思わず呆れて説教をしてしまった。

 それでも必死に嫌だと抵抗しているが――今の今まで忘れていたのだ。


(こいつが思い出して、わざわざ相談するぐらいだ。何かあるのか?)


 更に話を詳しく聞いていく。


(頭痛がしてきた……)


 街で傭兵仲間が話をしていた件。軍の横流しに関わっているような気がする。

 気のせいであった欲しい。

 しかし。

 前に怪我をして帰ってきてから、やたら指導教官達がこいつに絡んでいた。

 こいつの話を聞きたがる傭兵仲間がいた。

 そして明日、大規模な大物捕りがあるらしい。

 

(こいつの怪我の後で訓練内容が大幅に変わった。こいつが〝怪我を負った”ことが原因ではなく〝怪我を負った経緯”に問題があるとすれば納得が行く)


 おかしいと思ったのだ。

 こいつと、こいつの保護者を命じられた奴だけが、特別授業として軍の最高機密である小型銃の取り扱い授業をするなんて。

 さすがに最新の小型銃ではなかったようだが、それでも性能の高さは噂以上だった。

 わざわざこいつの目の為にそこまでするかと思っていたが。そうか。教官達は必至だったのだな。

 裏に目をつけられたら命に関わるというのに、自分から裏の世界に関っていて、本人が全く自覚がないと来たら、俺でも焦る。

 

(しかし、巻き込まれている確証はない)


 もし、万が一巻き込まれていても、役どころは下っ端も下っ端のはずだから、軍の上層部になら捕まっても大丈夫だろう。

 たぶんこいつ、自分が何に巻き込まれているのか、全く理解していない。

 だから軍に捕まるのは良い。

 問題なのは、裏のやつらにこいつの目がばれることだ。

 大掛かりな捕り物とくれば、裏に関わりがある奴は様子を見ようと集まっているだろう。その中でばれたらあっという間に全土に広まって、次の日からこいつの日常が無くなる。


 縋りつかんばかりの視線--何度もいうが、目は見えない――を受ける。

 仕方無いと思ってしまった。情はとっくに湧いていて、いまさら見捨てるなんて出来ない。


(頼まれてすぐに相談をしてくれたなら。もう少しなんとか出来たのに)


 こんな大事なことをどうして今まで忘れていられたんだ?


 本当に忘れていたのだろう。

 その性格の一端を改善すべく、ひとしきり説教をして溜飲を下げる。

 正座をしたまま、大人しく説教を受けていた同室は、小刻みに全身が震えていた。

 ほとんど意識がないようだ。気づけば日付が変わっている。


「もう終わったぞ」


 説教しすぎたか。

 同室はぐったりとベッドに横になって、動かなくなった。

 普段ならもうとっくに就寝の時間だから、そのせいもあるだろう。

 律儀に最後まで付き合っていたリラに視線を送る。


「リラはどう思う?」

「ごっつ怪しいわぁ」


 即答だった。

 傭兵仲間からの情報を話すか少し悩んだが、今日の明日で、何が出来るのか。

 人手は絶対あった方が良いと判断し、リラに話すことにした。


「………あまり口外するなよ。実は傭兵仲間から噂を聞いたんだ」

「なんの?」

「軍の内部で横領をしている奴らがいる。それを軍が大々的に徴発するって噂をだ」


 リラはどうやら知っていたのか、話に相槌を打った。


「うちも横領の話は聞いたで。なんや前の人事異動が異例だったらしゅうて、近所の新婚さんが愚痴っとった」


 まさかのご近所情報だ。軍人が多い街だから、なにかあれば家庭に直結するのだろう。


「それは旦那の口が問題だな」

「旦那さんも必死やで。顔の形が変わるさかい」

「………そうか………それでだな……」


 一瞬、何を言えばいいのか迷ったが、突っ込まずに話を続けようとして。

 しかし言い淀んだ。

 まだ確定ではない。確証はないのだ。

 リラは何も言っていないのに、相槌を打った。打つ回数が前よりも多い。 


「うちもそう思う。カラト兄ちゃん、巻き込まれてんちゃうかな?」


 同じことを思っていたようだ。 


「やはりそう思うか?」


 リラは賢い。この年で世の中の仕組みを理解している。


「保証はせんけどな。まぁ、保険はかけた方が無難やとは思うわ……カラト兄ちゃんやし」

「だな。カラトだしな」


 かしこくてさかしいリラは、本来なら自分の利がないことには興味が薄い。

 しかし同室には、甲斐甲斐しく口を出して世話を焼いたりと、とても甘い。

 そしてかなり上手く、黒い部分を同室に隠している。

 同室は鈍感だから気が付かないだろうが、このチビは敵に回すと厄介な類だ。


「ほな、簡単にでも、明日の打ち合わせやな。うち、明日は友達と会う約束してん。あんま協力できんさかい、許してな」


 申し訳なさそうに眉を下げて、両手を合わせての上目遣い。

 無意識か、意識的か分からないが、見た目が小動物系だから、みんな騙されるのだろう。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ