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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
63/89

第19.1騒 特別扱いされた日の前日

「まさかここまで馬鹿だったとは……」


 絞り出すような、痛嘆の呻き声。

 片手で両目を覆うフランクの表情こそ分からないが、その声は悔しさと怒りを織り交ぜていた。

 周りにいる他の三人も、頭を振ったり、両手で顔を覆ったり、頭痛を抑えるかのように手を添えたりして、フランクと同じような感情を表現している。

 彼らは今期の指導教官達である。

 フランクは指導教官として六回。デニッシュに至っては八回。

 下に付く補佐もそれぞれが三回と、近年にはないベテラン揃えの布陣で挑んだ今年の新人教育。

 そのベテラン勢が、たった一人の馬鹿(問題児)に振り回されていた。


ここ(新人寮)は閉鎖空間だからなぁ」

「今後は全員で定期的に情報をもらいに行くようにしましょう」


 指導教官の部屋にある、来客用の上等な長椅子に座って、彼らは会議を行っていた。

 机には珈琲の代わりに、音声遮断用の魔法陣が書かれた紙と砂時計が置かれている。

 チョコレート色の髪を片手で掻き毟りながら、デニッシュが唸る。

 

「ようするに。横流しに本格的に上層部が動いていて、アレが巻き込まれたっつーたら、あれだ。協力者がここ(新人寮)にいるってことで間違いねーじゃねーか」


 彼らは、気にかけていた新人がなんらかの事件に巻き込まれたと思い、在籍する部隊の上司や友人知人に情報を貰いに行っていたのだ。

 情報を遮断された新人寮だけで生活をしている彼らは、自分から動かないと情報を得られない立場にある。

 いろんな情報を総合的に考えた結果、彼らは上記のような結論に達した。


「彼の場合、自分から進んで新人以外の軍人と関わるとは思えないし……伝手もなかったよね?」


 バートは隣に座る同僚に確認した。

 カスペルはバートと同じ指導教官補佐として勤務しており、件の青年の村までわざわざ出向いて情報を集めてきた者だ。


「確認したけど、あの村人達の記憶にある縁者で軍人になった者はいないそうだ」

「それも凄い話だよね。普通は何人かいるのに……ん? 村人全員に聞いたの?」


 カスペルは村に行ったときのことを思い出したのか、頭を垂れて、重く、呟いた。


「………全員、ものすごく心配していた……」

「………だろうね」


 浅い付き合いでしかないバートすら心配してしまうのだから。

 産まれた時から見守って来た村人達は気が気ではないだろう。

 季節外れの大規模な人事異動を怪訝に思いはしたものの、日々の忙しさで深く気にしていなかったことが悔やまれた。


「上層部が張ってる案件に闊に触れると危険だ。私たちは己の職務を全うするべきだと思う」


 呪詛の呻き以来発言していなかったフランクが、顔を戻し、至極まっとうな発言をした。

 正論だが、デニッシュは顔を顰める。


「正しいっちゃー正しいが、あいつに関しては不安が残る。というか、不安しかない」


 彼は、軍内で噂になっている横流しグループの協力者が寮の中にいるということに、ひどく焦り、それが他の新人を巻き込んだことに対して、責任を感じていた。

 自分の管理下で行われていた犯罪に気づけなかったことも、自己嫌悪の原因となっている。

 探ることもするべきではない案件だ。だが、管理下にある新人をみすみす見捨てるようなことは出来ない。

 特に彼は特別だ。


「そうだ。そこで苦肉の策だが、あいつに特別メニューを科そうと思う」


 フランクも顔を顰めた。

 特別扱いは禁止と、厳しく取り締まってきた本人だけに、苦渋の決断なのだろう。

 

「あの馬鹿が巻き込まれた案件に、私たちが関わることは出来ない。協力者が寮にいたとしても、見つけてどうすることも出来ない。なら、馬鹿が巻き込まれても、少しでも生き延びるようにするべきだろう」


 それは、今まで数年間、考えて、悩んで、話し合って、それでも躊躇ってきたことだった。

 だが、それしかないだろうと、四人は頷きあった。

 

「これまで特別ってーのはなかったんだが……」

「怪我の功名と思えばよいのでは? 口実には丁度良いし、誰も反論はないと思います」

「なら彼は、次から特別メニュー中心だね」


 手際よく、議事録と報告書を作り上げていくフランク。

 誰が見ても良いように、至って真面目に作り上げる。大いに脚色が混ざっているのは仕方がない。 

 バートとフランクが意見を交わしながら内容を詰めていく。

 二人の向かいで座るフランクは、渋い顔のまま、無言で机を見ていた。


「………良い機会、だったんじゃねーか?」


 隣の男にだけ聞こえるように、デニッシュは声を出した。


「………………そうだな」


 同じ階級、同じ立場でため口とは言え、デニッシュの方がフランクよりも軍歴は長い。

 そのデニッシュが良いと言っているのだ。

 フランクは息を吐いた。


「本当に、馬鹿が良い機会を作ってくれた。そう思わないとやっていけない」


 数年葛藤していた案件が、一人の馬鹿によって固まった。


「攻撃を中心に考えるってーのは、軍人だったら当然のことだ。正直、攻撃に関しては傭兵よりも徹底してると思うときもある」


 軍の射撃訓練の的は、頭や胸だ。剣も叩き潰すのを目的とした形で、貴族が習う儀礼的な剣とは一線を画す。体術も、急所を一番先に習い、どのように効率的に攻めるかを教える。

 莫大な予算を掛けて、一定水準以上の武力を持つ者を量産させているのが軍という施設だ。

 それは、守る為ではない。攻める為の武力だ。

 軍人は戦うもの。攻めるもの。

 

 ()られる前に()れ。


 これが根底にある。

 だが、平和になったのも事実なのだ。

 デニッシュとフランクは内乱を経験しているが、その補佐のバートとカルペルは、命を感じる戦闘を経験していない。

 指導教官は、内務部隊所属。そもそもが盗賊や魔物との戦闘に縁遠い部署ではあるが、全く経験していないというのに――そういう者が少なからずいるというのに――一番に教えるのが効率の良い無力化(殺し方)

 本当にそれで良いのかと。

 常に若い世代と向き合う彼らは、時代の空気というものをひしひしと感じている。

 軍人の中でも、教育者の面が強い指導教官である。

 彼らのことを考えるなら、この選択は間違っていないはずだと、自信を持って言える。 

 だが、内乱を経験したデニッシュとフランクには葛藤があった。

 もし万が一、昔みたいになれば、と。本当に攻撃を疎かにしても良いものかと。

 傷つけることが怖いという軍人が現れるのではないかと。

 傷つけられることを恐れるようになるのではないかと。


「これからの実技だが………」


 向かいに座る二人に告げようとするも、フランクは言い淀んでしまう。

 後の言葉をデニッシュが継いだ。


「これからの授業は受け身を徹底的に鍛えるぞ。攻撃は最低限で、各種実技も、受けと逃げ中心で組み立てるからな」


 時代は変わる。

 たぶん、これから先、軍としての形も変わっていくだろう。

 王家が力を取り戻し、公国同士の小競り合いがなくなった。

 道は整備され、安全性が増し、物と人が循環している。

 災害も無い。魔物も滅多に出ない。平和になったと誰もが口を揃える

 結果、傭兵の数は激減した。

 デニッシュのように、軍人になる傭兵も増えた。

 変わらず傭兵をしているものもいれば、社会に適合できず、ならず者なる者もいる。

 決断をしても、苦悩と葛藤が未だに胸にある。

 だがそれは、デニッシュの個人的な想いだ。

 隣をみれば、フランクも、己の蟠りを飲み込むように、目を伏せていた。


「新人からの反発は大丈夫かな?」

 

 指導教官として、教えるのは今後に役立つ方が良い。

 バートとカルペルは方向転換に積極的だった。どんどん意見を出していく。


「何人かの反発は当然あるだろうけど、今期は例年より女子が多いし、最年少もいる。上は納得するはずだ。なにより、受け身の上達は『彼』の生存率を上げる」

「そうだよね。このまま彼が裏に巻き込まれて、万が一、秘密が裏に漏れでもしたら………」

「確実に身の危険が迫る」


 そう。そうなのだ。今の訓練内容では、彼は逃げる技術が学べない。

 事件に巻き込まれたのが決定的になった今、そんな危機を黙って見過ごすことは出来ない。 

 結果的には数年来の悩みが解決されるきっかけとなったのだが、釈然としないのも事実だ。


「なぁ……いまさぁ、音が漏れない結界張ってるよなぁ……俺さぁ、叫んで良いかな?」

「許す。私も叫ぶ」


 デニッシュの懇願に、珍しくフランクが同意した。

 ならばと、砂時計の残りを見据えて、ありったけの思いを込めた。


「訓練で死にそうになるのやめろって言ってるのに、なんで毎回死にそうになるんだ! あいつは!!」


 フランクも叫ぶ。


「普通は無意識に力を抑制するだろうが! 本能が欠落しているのか! あいつは!」

「覚えろと言った教本を一冊丸々、最初から最後まで暗記した努力は買うが、教本が何冊あると思ってんだ?!」

「全ての神から寵愛を受けるらしいが、勘弁しろ! なぜ神殿にいかなかった?! 行けば一生安泰に暮らせるだろうが!」

「あいつ、お布施が必要だから不用意に近づかないようにしてるとか抜かしてたぜ!」

「いっそのこと王家に告げ口するか!」


 鬱憤を吐き出す二人の剣幕に、バートとカルペルは発言を控えている。

 二人とも、デニッシュとフランクが訓練内容の変更に、ここ数年苦悩している姿を見ていた為、視線は生暖かい。


「そもそも! 本人が知らないってどういうことだよ!?」


「なぜ軍隊になんかに入ってきた、あの馬鹿は!! 迷惑だ!!」


「神の愛子を死なせるわけにはいかねーだろーー!!!!」


「素直に保護されておけば良いものを!!!」



『なのになにきな臭いことに巻き込まれて(いる)んだーー!!』


 

「自分の身が国宝級だと自覚があるのか!?」



「ないんだよなあいつは! コンチクショー!!」 




 ――誰にも言えなかった叫びが、教官室の結界の中で木霊した。   

 

 

※カスペル・ヘルマン少尉

 指導教官補佐。主にデニッシュの補佐だが、一番下っ端なので、雑用全般に走らされている。

 カート村に訪問した軍人。その時のことを聞こうとすると、なぜか体が冷たくなって震えるので、上官も詳しく聞けなかった。


 

 

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