第18.2騒 訓練を休んだ日の昼
新しいパソコン、ゲットしました。
そして二度と取り戻せないデータに血涙を流しました。
文章保存の格安クラウド、探してみようかな……。
第二公国首都シェアラブルで大通りと言えば、首都シェアラブルの中央を東西に横切っている道のことを指す。
馬車が三台並んで通れるほど広い石畳では、朝早くから日が沈むまで多くの馬車が行きかう。
大通りの両端には初めから最後まで店が立ち並び、通る者はその店構えを見ながら話を弾ませている。
首都の中心部、噴水広場にくると道は三つに枝分かれる。東西の大通りから枝別れをするように北西と南西に向かう通りがあり、こちらも石畳の幅広の道が続く。
大通りを通る馬車の内、一台の幌付き馬車が北西へと馬の足を向けた。
北西の道は軍施設へと続く道。〝北の大通り”〝軍人通り”とも呼ばれている。
この通りを行く馬車のほとんどは軍の関係者だ。
道の先には格子状の鉄の扉と、馬車よりも高い煉瓦の壁があり、馬車と人の流れを一時的に止める門となっている。
馬が門の直前で止まり、御者台にいた二人の内の一人が門番に通行証を見せた。
門番が通行証を確認し、合図を出す。徐々に鉄格子が上へと持ち上がり、馬車が通れるだけ持ち上がる。
手綱を振って馬に合図を送り、門を通れば、背後で鉄格子が落ちる。振動に、二人の御者の体が浮いた。
ちなみに仕掛けは人力である。見慣れた光景ながら、毎度の重労働に頭が下がる。
鉄格子の門を抜けると新緑の並木林が緩やかに坂道を作り、山へと続いていた。
爽やかな風を楽しみながら三キロほど登っていくと、堅牢と表現するにふさわしい石造りの門扉が現れる。
ここでもう一度、通行証を見せた。
この時間は乗り合い馬車での訪問客や、備品や食料品や売店などの卸しの馬車が大半だ。
「よし、通れ」
「毎度~」
「ご苦労様です」
御者台にいる二人は緊張無く門番に声を掛け、対する門番の軍人も、顔なじみに対するような気さくな笑みを見せた。
馬車は門扉を潜ると正面玄関を迂回する道を通る。
右手はすぐに土手になっていて、下には入ったばかりの軍人が暮らす寮と、訓練施設がある。
左手からは食欲を刺激される匂いが漂ってくる。戦場というに相応しい昼時の食堂を過ぎると軍馬の飼育所になり、そこも過ぎると卸の業者が集まる裏の入り口に行き着く。
すでに三台の荷馬車が停まり、忙しそうに荷物の出し入れを行っていた。
指定されている場所に馬を止めると、御者の一人が台から飛び降り、裏口にいる軍人に要件を伝える。
本日三度目の説明だ。面倒だと思うものの、それが規則だと言われれば従うしかない。
しかし三度目は最小限でよかった。店の名前さえ言えば伝わるのだから。二人が荷物を馬車から降ろしている間に彼らの担当者が出てきた。
「「いつもありがとうございます」」
二人は担当である軍人に頭を下げた。
「ご苦労様です」
三十代後半だろう、裏口にいる門番より、年も階級も上の男がにこやかに二人に近寄る。
二人いる御者の、若い方が荷物を降ろす横で、年長者の御者と担当者が話をはじめた。
「こちらが今回の納品書です。ご確認下さい」
「あぁ……」
担当者が書類をめくる。
納品書はこまごました物が多く、品名も多種多様だ。
降ろした箱を一つ一つ確認しながら、箱の中身と紙の内容を次々と確認していく。
担当とだけあり、確認の作業は早い。御者との阿吽の呼吸もあっている。
御者が一つの木箱を開ける。
「これは包帯です」
木箱にぎっしりつまった包帯を見せ、担当者も数を確認する。といっても五十で一袋、ひと箱四袋なので確認は早い。
「これで全部だな」
ふぅと息をついた男が最後の書類を目を落とし、目を細めた。
「今回はともかく、次の納品は大変だな」
「旦那様は、はりっきってますよ」
「そちらは注文が多いほど儲かるが、こちらは手間が増えるだけなんだぞ」
担当者は応援に来た軍人に荷物を運ぶ指示を出した。
いつもならそこで離れる御者の男が、ところで。と話を切り出す。
「他の御〈おろし〉仲間から担当が変わったという噂を聞きましたが?」
「人事異動で変わった部署もあるな。私はそのままだが」
「担当が変わると色々と手間どりますからね。あなたがいてくれてよかったですよ」
「私も慣れた場所を離れるのは、いささか面倒だからな。異動がなくてほっとしている」
「旦那様も安心されるでしょうね」
商人らしい愛想の良い笑顔をもって、御者が頭を下げる。
「今後ともよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしく頼む」
担当者も笑顔で応じた。
御者が安心したように、荷物を運ぶ軍人を見やる。
「いつもながら応援の方々も機敏な動きですね。うちの若い衆にも見習わせたい手際の良さです」
「彼らも鍛えているからな」
「特に先日の応援の方々は素晴らしいかった。予定よりも早く帰ってきた私に、旦那様が驚いたほどです」
「いつもと変わらなかったように思うが?」
「いえいえ、大変素晴らしい方でしたよ。いつも彼だと助かると、旦那様ともお話ししたぐらいです」
「そうか………」
「えぇ、ぜひまたお願いしたいですね」
「番頭! 終わりましたよ!」
荷物を運び終えたことを伝えに来た若い男の言葉に、番頭と呼ばれた男が頷いた。
「ではまた」
「あぁ、次も頼む」
御者台に乗り込む二人を横目に、担当者は包帯の箱を運ぶ男を呼び止めた。
「それはこっちに運んでくれ」
「はい」
備品倉庫にある、仕分けする前の場所の一角を男は指さした。他の箱に紛れないように、少し離れた場所だ。
「これで全部です」
「ありがとう」
「はい、失礼します」
運び込まれた箱の数を確認しながら、担当者が応援に来た軍人に礼を言う。
彼らは、また新しく来た業者の応援に向かった。この時間はひっきりなしに卸が来る、最も慌ただしい時間帯だ。ちょっと、と目を離すと、直ぐに荷物が紛れてしまう。
担当の男は紛れないように置いてもらった箱を開け、中身を確認し、最後の書類を外して服の中にしまった。
(まったく、どんどん要求が上がっていくな)
男は廊下を歩きながら、服に入れた紙の内容に眉を寄せた。
(使えなくなった奴もいるから、あと何チームか撒き餌でほしいところだが、今は誘うべきではないな。期限は長いとは言え、異動でどう変わるか確認してからだ)
長い廊下を歩きながら考えを纏めていると、向かうから顔なじみの相手が来るのが見えた。
食堂から出てきたところだろう。
「お疲れさま。今日は何だ?」
「今日は肉だったぜ。スープが上手かったぞ」
「それは楽しみだ。それはそうと、また飯にいかないか?」
「奢りか?」
「七:三までな」
「相変わらず半端な奢り方だな。また連絡する」
すれ違いざまの数秒のやり取りで分かれ、歩く。男はふと思い出して、声を掛けた男の後姿を見た。
歩兵部隊の彼は体躯が良い。荷卸しの応援も、歩兵部隊が順番に当番になっている。筋力だけなら歩兵部隊が一番で間違い無い。ただし脳みそまで筋肉仕様の連中が多いのも事実だ。
(今まで何度も運んでいるのに、なぜ今回だけ指名されたんだ?)
彼らを指名していたのは間違いないが、そんなに優秀な奴との記憶は男にはなかった。
彼は分類するなら脳筋側の男だ。
(少し探ってみるか………)
「あの人、居てよかったですね。担当が変わるのは大変ですものね」
荷物がなくなり、軽くなった幌付き馬車の御者台で、若い男が声を弾ませた。
一日の中の、一番大きな仕事が終わったのだ。
隣の男に比べ、二回り年長の、帰ってもまだまだ仕事がある男は、苦笑しつつ答えた。
「そうだね。でもいつまでも同じ担当はありえないから、あの人も近々変わると思うよ」
「えぇーーー」
「彼らも軍人だしね。それに、上は馬鹿じゃないしね」
「そういうものですかね。ところで、昨日は久々の休みだったようですけど、どこにいかれてたんですか?
楽園のほうへ行っていたと、噂がありますよ?」
好奇心が押さえきれない様子の姿に、男は更に苦笑した。
ずっと聞きたかったのだろう。
楽園は有名だ。彼の収入なら、生活費以外を半年我慢すれば贅沢に一夜遊べる。
しかし残念ながら、男は楽園には行っていない。
「残念ながら、男の尻を追ってたよ」
「お、男!?」
「はっはっはっ。なに、旦那様の使いがちゃんと働いてたか確認しに行ってきたんだよ」
「なーんだ。俺は旦那様に会ったことはありませんが、わざわざ忙しい番頭がいく用事ですか?」
「旦那様は疑り深いからね。自分が確認出来ないことは、私にやらせるんだ」
「さすが番頭! 旦那様が一番信用してるのが番頭なんですね!」
「一番使いやすいだけだよ」
他愛も無い話を続けながら、馬車は格子の門を潜って街に戻っていった。
裏路地の落書きで汚れた壁に、少年たちの声が反響する。
「はやくこいよ!」
「とろいなー!」
足音と声の数から、五人よりは多くないだろう。
中には声変わりを終えていない声も混じっている。
駆け足ぐらいの速さで落書きの壁を過ぎ去り、後ろに向かって罵声を飛ばす。
「ま、まってよ!」
彼らの背を追うのは、背の高い少年だ。
必死に走っているのだろうが、酒と食料の入った袋を両手いっぱいに持っている為、先を走る少年達から遅れるばかりだ。
走るたびに食料の入った袋が足に当たり、腕の中の酒が激しい音を立てる。
前を走る少年たちの手に荷物は無い。
「割れたらお前の金で買えよ!」
「はやくしろ!! でくの坊!!」
投げかけられる怒声と嘲笑に、奥歯を噛み締め耐え、前を行く少年達を追う。
走る彼らは荷物持ちの少年が付いてくると疑っていない。
背は高いものの、筋肉があまりついていない細身の体に、気の弱そうな態度。怒鳴られて萎縮する様子から、彼らの関係の中では、少年は最下層であろう。
なぜ彼らに従っているのか。
きっかけは少年の友達が軍に入隊したことだ。
相談も無く告げられたことによる悲しみ。同じ年なのに取り残された焦り。何をすればよいのかわからない不安。自分への迷い。
落ち込む少年に、不良まがいの少年達が強引に仲間へと誘ったのだ。
はじめは拒否したが、拒否すれば暴力が振るわれた。もともと友達が少ない少年は誰に相談すればいいのか分からず、暴力に抗えない無力感も相まって、自分に対する自信をすっかり無くし、抵抗を諦めてしまった。考えるのに疲れ、流されてしまった。
心配する両親が鬱陶しく、最近、少年は家にも帰っていない。
そんな彼の後ろ姿を、一匹の猫が見ていた。