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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
60/89

第18.1騒 訓練を休んだ日の朝

 月と罰の神ディーがそろそろ眠りに入ろうかと微睡みはじめた頃。

 いつもより星の少ない夜を見上げながら、遠くで朝日が昇り始めたのを確認し、第二公国軍元帥は目頭を軽く揉んだ。

 部屋の中の灯りは極力抑えてあるが、カーテンの無い窓は鏡のように部屋の様子が映っていた。と言っても、映っているのは短髪の黒髪に、月のような色合いの瞳を持つ、冷たい美貌の男だけだ。

 疲れているのか、鋭いと言われる目を更に鋭く尖らせている。目を合わす前に謝って逃げだしたくなる迫力を醸し出していた。 


「…印をつけた荷物は?」

「今の時点で、まだ動きはないっす」


 鋭い目のまま、元帥は窓の方に向けていた視線を部屋に戻した。

 扉近くの大きな本棚に、三人が固まって集まっている。

 小さなアンティークの椅子に座っていたサラスが、元帥と顔を見合わせた後、首を横に振った。振った首はそのまま垂れ下がり、動かなくなる。

 サラスの横、直立不動を守るギンブリーに視線を移す。彼の顔色はひどく悪い。


「マスターは仲介の可能性が高いかと」

「どれぐらい関わってるのかは……今の段階じゃわかんねーよ」


 サラスを真ん中にしたギンブリーの反対側で、アンティークの椅子に座った小柄な人物が、椅子と対になっている小さなテーブルに覆いかぶさるような体勢で呟く。くぐもった声には疲労が滲み出ていた。

 元帥は膝に乗せていたアンティークドールの頭を撫で………深い、溜息をついた。 


 四人とも、疲労困憊だった。


「前から何度も何度も何度も思ってたけど、どう考えても可笑しいだろ、この仕事量」


 抗議の声を上げたのは、全身をマントで覆い隠した小柄な人物だ。

 ただし、顔を元帥に向けただけで、抗議の声も弱弱しい。動く気力もないのだろう。


「おかしいっすよね。そうっすよね」


 サラスが船を漕ぐように、首を緩く上下に振る。言葉も寝言のように緩い。

 限界寸前の二人を横目に、まだ立てるだけの余力のあるギンブリーは、仕方のないことだと言い聞かせた。


「横流しの集団が複数あるなど、誰がはじめに思うか」

「…結局は目くらましだったわけですが、おかげで随分と手間が掛かりました」


 執務室からほとんど出ていない元帥も、疲労の影が色濃い。

 

 彼らが重要視したのは、秘密裏に開発していた武器が横流しの集団に渡ったことだ。

 存在は知られていても、関係者しか触れられないはずの武器の試作品が、なぜ渡ったのか。

 当初、頭の足りない連中が超えてはいけない一線を越えたのだろうと思っていたが、調べれば調べるほど、頭の足りない連中では到底無理な、実に頭の良い方法が取られていた。

 捜査が複雑化した背景には、軍内の備品を流して小銭を稼いでいる集団が複数いて、それぞれが独自に動いていたことがある。ただしそれも調べれば、良いように躍らせれていただけ。彼ら同士の面識がほとんどないにも関わらず、最後に荷物が行きつく先が一緒なのだから。

 地道に調査を続け、幾つかの横流しルートを潰し、ようやく今回、中身を見て確信したのだ。

 幾つもあった軍内の横流しの集団の中で、本当に欲しい物が運ばれているルートがどれかを。

 今回の人事異動は、集団で駒となっていた連中を引き離す意図で行われたが、本当の狙いは、軍内での横領を計画したと思われていた者を敢えて動かさずに、行動を監視する為であった。


 尻尾は掴んだ。

 後は頭を特定するだけだ。


「どこまで締めるんだ? 今回は多いぞ?」

「…とりあえずは、武器に関して関わりのある者のみですね」

「全員を調べるには人手が足らないだろう」

 

 ギンブリーがそう言うと、椅子に座っていた二人が顔を見合わせた。 


「大丈夫っす。関係者はほぼ纏めているっすから、どうとでもなるっすよ」     

「人数が多いから任せるけど、悪質な奴と性格的に問題のある奴は切れよ」


 どうやら既に仕事を終えていたらしい。

 白いマントのどこからか紙の束を取り出し、揺らす。

 ギンブリーは小さな手から零れ落ちそうな紙の束を受け取り、執務机にいる元帥に手渡した。

 なるべく窓に映らないよう移動し、手渡した後は素早く、外から見えない本棚の近くに戻る。三人が執務机から離れた本棚の近くに集まっているのは、そこが外から見えないからだ。

 元帥は手元に来た紙を捲った。

 関わったものの範囲と余罪、周辺環境まで書かれた紙を見て、微かな笑みを浮かべた。よくやるものだと、ギンブリーですら頭を振っている。


 そこへ、扉が叩かれた。


「朝早くから申し訳ございません」

「…入れ」

 

 入室を許可して直ぐに入って来たのは、目の下に隈が住み着いた軍人だった。軍服の肩章などから、高官と一目で分かる。

 覚束ない足取りながら、緊張に身を固くして元帥に近づいた。

  

「歩兵のソイニ・フス大佐か」

「あそこは瀬戸際っすから」


 扉が叩かれたと同時に天井裏に逃げた三人は、眼下の二人を確認すると、足音と気配を消して移動した。

 特務部隊には元帥の護衛としての仕事もあるのだが、側に付くことは滅多にない。

 そんなことに人手を割けるかいうのが彼らの本音である。現元帥は細身の体からは想像できないほど化け物じみているから問題はない。

 狭い天井裏を音も無く、器用に移動しながら行き着いたのは、特務部隊に与えられている部屋だ。

 扉以外、壁の全てを本棚で埋め尽くした部屋に、天井から入る。


「………………」


 入ってすぐ、ギンブリーが盛大に顔を顰めた。

 彼らが、最近よく自分の執務室に来る理由が分かったのだ。

 声よりも明確な言葉を目に乗せて、ギンブリーは二人に視線を送った。


「「………………」」


 書類で床が見えなくなって久しい部屋の惨状と、厳しい同僚の視線を見て見ぬふりをし、二人はギンブリーに渡す書類を床から拾い上げた。



 外はもう朝である。



 朝の起床を知らせる鐘の余韻の中、その報告を受けた。

 “馬鹿でも風邪はひくのか”とフランクは妙に納得した。

 

「風邪ではないと思います」


 教官室に入ってすぐ前にある停止線で、アドルドが教官の言葉を否定した。

 フランクは椅子に座ったまま、直立不動のアドルドを見上げた。

 

「熱が出ているのだろ? なのに風邪ではないと?」

「はい。昨日の公休日、珍しく出かけていました。夜遅くに帰ってきた時には包帯が巻かれていました。触ると拳ぐらいのたんこぶがありましたが、すぐに寝てしまいました」

「外出か、珍しいな」


 アドルドは真顔で頷いた。フランクですらそう思うのだから、本当に珍しいことだ。


「え? 一人で外出したの?」


 二人の話を聞いていたバートですら驚きの声を上げた。


「奴の性格からして、外出は自発的ではないだろう。途中で事故に巻き込まれたと考えるより、初めから巻き込まれていて、途中で事故にあったと考える方が自然だ」


 彼は今年の新入隊員の中でも極めて教官の覚えが目出度い。一切の比喩無く、一番手を掛けている人物である。彼の性格はだいたい把握していた。

 フランクはバートに指示を与える。


「エフミト少尉を呼んできてくれ」

「はっ」


 フランクは直ぐにアドルドに向き直ると、真剣な表情を作った。

 薄い氷のような目を向けられ、反射的にアドルドの姿勢が伸びる。


「心当たりは?」

「………ありません」


 アドルドは少し考え、首は横に振った。

 彼はそもそも口数が少ないうえに、聞かれれば答えるが、自分から喋るのは稀だ。


「包帯を巻くのは意外に難しいんだぜ」

 

 フランクの椅子が、デッシュの体重の掛かった腕を受け止め、軋んだ音を立てた。

 どうやら最初から話を聞いていたようだ。

 デッシュの指摘で初めて、アドルドはそのことに思い至った。幼い頃から傭兵に囲まれていたアドルドは当然のように手当てが出来るが、軍に入って正式な勉強をする中で、出来ない人間の方が多いと知って驚いたものだ。


「ますます事件の可能性が増えたな」

「まぁ、みてみないとわかんねーけどな。アドルド、お前は点呼に戻れ」

「はぃっ!!」


 アドルドが敬礼をし、教官室から去っていくのを見送った後、デッシュはフランクに確認した。


「狙われたと思うか?」

「まだ決まったわけではないだろう」


 彼が始祖神リサと同じ金色の目をもつことは、指導教官の四人、エフミト少尉、同室者、あとは協力を仰いだ同期数名しか知らない。もちろん教官命令の箝口令は敷いているが、噂とは漏れるものである。

 しかしこの件に限っては、関係者一同、閉じた貝のように固い口のおかげで、一切広まっていない。



「奴の様子は点呼の時に見てくる」



 点呼が終わって、エフミトが来たのは八時頃。寮の中では朝食の前という時間帯だ。

 仮隊員達と同じ寮で寝泊まりをしている指導教官と違い、エフミトは通勤。

 出勤して直ぐに来たのだろう。息を切らし、教官室に入ってきた。 


「カラト三等兵が発熱ですって?!」

「怪我もしている。どうも外出先で何かあったらしい」

「わかりました! すぐに行きましょう!!」

 

 携帯してきた応急処置の道具を手に、エフミトはフランクとデッシュを促した。

 威勢良く廊下に出たエフミトは、大股の早足で精一杯歩く。そんな彼女に気を遣い、二人は普段よりも速度を落とし、後に続いた。

 ちょこちょこ一生懸命動くのが可愛いというのは、彼女を知る男の総意である。

 203号室は他の部屋に比べると、極端に荷物が少ない。一か月前に入ったと言っても信じてしまいそうである。そして物の少なさと部屋の狭さから、十二分に掃除が行き届いていた。

 他の部屋とは壁の輝きからして違う。

 

「相変わらず、野郎の部屋には見えないな……」 

「すごいわね……本当に男の子の部屋かしら……」


 標本のように整理された部屋の中で、異物を見つけるのは簡単だ。

 左右にある二段ベッドの左側の下段に、彼は寝ていた。

 顔を上に、真っ直ぐ足を伸ばし、腹の上に緩く両手を組んでいる姿は、寝ているというより、死んでいるように見える。


「………息は……しているな」

「こいつの寝方、怖ぇなー」


 思わず呼吸を確かめたフランクの後ろでデッシュが呟いた。

 エフミトはフランクとベッドの間に小柄な身体を滑り込ませ、患者の容体を診た。


「ずいぶん綺麗な巻き方ですね」

 

 小さな手が寝ていてもほどけていない包帯に触れた。

 話し声が聞こえていたのか、エフミトの手が冷たかったのか。

 彼が目を覚ました。

 上に向いていた顔が、教官達の居る方へ傾く。枕に近い左目に、癖の無い前髪が流れ右目が露出する。

 エフミトとフランクは、間近で彼の目を直視してしまった。

 目が合った瞬間、言葉が喉で詰まり、体が凍ったように硬直する。

 視界が急速に狭くなる。それしか見えない。見たくない。

 濃厚な蜂蜜を溶かしこんだかのような目玉が大きく見開かれ。 

 純金をちりばめたかのような、キラキラしい網膜が見つめてくる。

 欲しい欲しいと、我慢が聞かない子供のように、所有したい衝動が湧き上がって。

 溢れる前に――


「やばぇ、油断してた」


 横から飛び込んできたデッシュの声の後に手が伸び、彼のその目を、前髪で覆い隠した。

 二人は息を思い出したかのように、詰まっていた息を吐いた。


「カラト……お前、何をした?」


 妙に疲れてしまったフランクは、全く自覚のない彼に、呆れ半分苛立ち半分で問うた。


「覚えてません」


 彼は言い切った。腹芸が出来るほど、彼は頭が良くない。


「また立派なたんこぶだな、これ」

「恐らく脳に衝撃を受けて、一部記憶がないのかと………」


 エフミト少尉の見立てでは、打撲と擦り傷がほとんどで、前と後ろのたんこぶが治れば訓練に参加できるということだ。熱は、たんこぶが原因かも知れないので、熱が下がるまで絶対安静。下がった後も一ヶ月は経過観察が必要らしい。


「どうやったら後ろと前の両方にたんこぶなんて出来るんだ?」


 疑問に思ったデッシュがエフミトに聞いているが、彼女は「さぁ…」としか答えない。

 まさか何度も激突していると思わない三人は首は捻った。

 原因はどうであれ、現状、熱が出ているのだ。

 熱が上がったのか、苦しそうな浅い呼吸に、重い瞼を落とそうとする彼に、フランクは最後の質問をした。

 

「カラト……お前、誰かに襲われたってことはないよな」

「いえ……無いです」

「そうか。なら良いんだ」


 目を隠していてさえも漂よってくる感情に、彼に腹芸を求めるのは無理だと確信した。

 三人は静かに顔を見合わせた。



 どうやら、何かあったようだ。




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