第6騒 はじめて踏まれた日の、制服を着た時。
俺とアドルドとリラ。
203号室はこの三人で一組だ。
四人用の部屋だが、実際、四人で使うには狭いと思っていたので、助かった。
左右の壁に細長いロッカーと二段ベッドを縦に置いて、ベッドの間、窓の下に横向きに机を一つ挟む。
それだけで、部屋の壁が埋まる。
入口直ぐのロッカーだって、扉を開ければ廊下から丸見え。
反対側は扉を開けると使えない。
自分専用のスペースがベッドしかない。
これは、絶対、狭い。
小柄なリラと、平均的な俺はまだ良い。
大柄なアドルドは、ベッドから全てが小さい。
足を伸ばせないことに気付いたアドルドは、これからは床で寝ると言ってきた。
故郷の習慣で、床の上で寝ることに抵抗が無いらしい。
………踏まないように気を付けよう。
本当に狭い。
鳥小屋みたいな部屋だ。
しかし、文句は言えない。
“無料”
なのだから。
――無料。
俺はこの言葉に勝てたことが無い。
挙げた腕に体が当たったり、荷物を足で蹴られたり。
狭いと文句を言いながら、至急された服を着る。
もちろん服も“支給”だ。
新品なのに素晴らしい。
裾直しは各自だが、部屋には裁縫箱が完備されていた。
親切だ。
リラの、裾直しというには大掛かりな、もはやサイズ直しに近い作業には手間どったが、何とか集合時間までには仕上げられた。
「カラト兄ちゃん神様!ほんま助かったわ!」
体に合った服を着れたリラは、飛び跳ねて喜んでいる。
赤ん坊の産着みたいになっていた最初を思えば、感慨深い。
「すごいな、カラト」
アドルドに褒められた。
褒められて悪い気はしない。
喜んでもらって良かった。
二人とも裁縫は得意でないらしい。
(それにしても、二人は今まで服をどうしていたんだ?)
俺が服を手直ししている間、興味深そうに覗いていた姿を思い出す。
はぎれで服を作ったり、貰った服を自分用に作り変えたりしないのだろうか?
人から貰ったものは、手直ししないと使えないと思う。
「俺は繕うぐらいなら出来るが、作るのはしたことがないからな」
「うちもおんなじや。服は姉ちゃん達がいらんって言うとんのに買ってくるんや」
………………。
そうか。
服は貰うものじゃなくて、買うものなのか。
………………。
うん。
よそはよそ。うちはうちだ。
それにしても、久しぶりの新調品だ。
使い込んだお古を張り合わせた服とは何もかもが違う。
特に肌触り。
服が硬いなんて、どんな厚みの生地を使っているんだ?
忘れて久しい。新品特有の堅さ。
今の着心地は良くないが、馴染むと手放せなくなりそうで怖い。
とにかく丈夫なのは良い。
百回転んでも平気そうだ。
俺は大きなポケットに手を入れた。
上着にもズボンにも、使いやすいポケットがたくさんついている。
ポケットなんて、穴があいた時用の生地にしか思っていなかった。
こんなに便利なものだったとは……。
さすが軍隊用の服。
色が深緑なのも、汚れを気にせずに使える。
もちろん、靴も丈夫だ。
爪先に鉄板の入った茶色の編み上げブーツ。
格好良い。
一目で気に入ったが、履くのがとにかく面倒だった。
アドルドに手伝ってもらえて、ようやく履けた。
格好良いのに残念だ。
「リラ、おかしい所はないか?」
しゃがんでブーツを履いていたリラに声をかけて、全身を見てもらう。
リラは町中に住んでいるらしい。
軍人を良く見ているから、着方の点検だ。
「裾はブーツの中やで。下に着ている服もズボンの中。ボタンは襟元まで堅苦しくや」
「わかった」
指摘された通り、直していく。
首が苦しい。
襟首が伸びきった服しか着たことがないので、違和感が。
首が苦しい。
「慣れてくるさ」
とっくに慣れている様子のアドルドが苦笑する。
あぁ、ブーツも一度紐を解いて直さないといけない。
………面倒だ。
――本当に、慣れるのだろうか。
カラトの家はとても貧乏です。