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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
57/89

第13.3騒 荷物を運ぶ日の目撃者

 路地裏の建物の壁に、一人の男がもたれかかっていた。

 漁師のような出で立ちで、禿げきった頭をかび臭い壁に寄せている。

 40歳はとうに越えているだろうが、筋肉の弛みは一切無い。弛んでいるのは顔つきと態度だけだ。

 糸のように細い目が、柱の上にある外灯のさらに上。

 暑さが過ぎて風が気持ちよくなった、まだ明るい空を見上げた。


「こっちは外れだったっすかねー」


 かれこれ六時間ほど、引き渡し場所と思わしき酒場の前で運び屋を待っているが、一向に現れない。

 周囲を探ってみても、追跡しているはずの情報部隊の気配はおろか視線すら感じない。

 運び屋が出発したのを、男も遠目ながら確認している。朝一と言っていい時間だった。

 どこかで道草をくっているにしても、荷物を持ったまま、そろそろ夕飯の支度をする時間まで彷徨っているのは、いくらなんでもおかしい。


 男の方は外れだったのだろう。


 独自の情報で、取引場所として絞りこんだ酒場は二つ。

 こちらに来ない可能性は充分にある。

 

「ひまっすー」


 男は口の中で呟いた。 

 外れだとしても、合図があるまで待機していなければならない。

 細い通路の壁に無造作にもたれかかったいるだけで、特になにもしていないが、男は朝からこの位置にいる。さすがに疲れたし、腹が減ってきた。

 男は街中において決して目立つ方ではないが、特徴がないわけでもない。目に付かないように気配を薄くしていても、隠れているわけではないので、何度も通られると気付かれてしまう。

 さきほど酒場のマスターらしき男が目の前を通って店に入っていった。

 男には見事に気付かなかったが、何度か出入りすれば気付かれる可能性は高いし、職業柄、人を覚えるのが得意だろう。彼に顔を覚えられるのは不味い。

 夜にならなければ人通りがほとんどない場所だからと、甘く見ていた男が悪い。

 もう少し待っても合図が来なければ、位置を変えるか服装を変えるかなりして、対応をしなければいけないのだが……。


(……めんどくさいっす……)


 仕事で忙殺され続けた反動だろうか。六時間もゆったり過ごしたせいで、やる気が全く湧かないようだ。

 体も気持ちも弛緩させきった男の視界に、軍服姿の、木箱をもった青年が走り抜けた。

 一瞬だった。

 だが、男の目は正確に特徴を捉え、それが朝方、遠目に見た運び屋だと認識した所で、首を瞬間的に路地から出していた。


 出した視線の先で、青年が派手に柱に衝突していた。


「………………」


 柱が見えていなかったかのような突撃っぷりだ。柱についている外灯が落ちそうなほど揺れている。

 木箱が柱と体の緩衝剤になったようだが、その分、反動で地面へ叩きつけられる力が増す。

 顎を引いて頭を打たないようにしてはいたが、腹にのった木箱のせいで、思ったように体を丸められず、頭と背中を強打している。受け身の意味がない。いや、やった分だけ、多少はマシだったと願う。

 地面に一度叩きつけられ、浮きあがってもう一度打ち付けるぐらいの衝撃。

 もし地面に子供の拳程度の石があって、それが頭に当たっていたら死んでいただろう。

 もし荷物がもう少し胸の方にあったら、肋骨を折っていただろう。

 ちなみに、折れた肋骨は運が悪ければ肺に刺さって死ぬ。


(………衝撃的な瞬間を見た気がするっす……)


 弛緩しきっていた体が緊張していた。男は知らず、詰めていた息を細く吐く。

 それにしても。


(なんで気付かなかったんすかねー?)

 

 接近は愚か、目の前を通りすぎるまで青年の気配に気が付かなかったことに首を捻る。

 もう一度、今度は念入りに周囲を探るが、やはり情報部隊の影も形もない。


(これはまかれたっすね)


 男は口元に笑みを浮かべた。

 こちらで拉致って、盛大に吹っかけようと心に決め、倒れた青年に近づく。

 ……大丈夫っすかね。


「大丈夫っすかー」


 青年といっても、少年の域を出たばかりだ。そして話に聞いていたが、本当に前髪が長い。

 よく指導教官が許しているのものだと思いつつ、倒れている顔を覗き込んだ。

 前髪の隙間から見えた目の色が、鈍く光って見えた。気がしたような気がした。


(………………見間違えっすね)


 気のせいだろう。金目なんてこんな所にいるはずがない。光の加減だ。そうに決まっている。


(もし金目なら、聖人様として神殿が保護してるはずっす。これ以上ややこしいのは無しっす)


 気のせい気のせい。

 それと同じぐらいに、直ぐに意識が戻ったことに驚くが。

 男は青年に手を差し出す。だが青年は警戒の色を見せ、自分で立ち上がろうとした。

 そんなに急に起き上がって大丈夫っすか……。 


「大丈夫です……」


 呟きのように小さな、ほとんど感情が乗っていない声が届く。声変わりはしているようだ。

 青年はゆっくりとだが、立ち上がった。途端、激突の後遺症だろうか、眩暈を起こしたかのように、青年の体が傾げた。 


「危ないっす!」


 男は腕を掴んで、倒れそうな青年を慌てて支えた。

 死ぬっす!

 なぜそう思ったのかは定かではない。ただ、そんな気がしたのだ。

 掴んだ腕は、一般の成人男子より細く、妙な不安を覚えた。

 男の握った手で、親指と中指がくっつくほど細い腕だ。

 軍人としての体を作るには、今の三倍は食べさせるべきだ。


「ありがとうございます」


 形だけは丁寧に、感情のこもっていない声で礼を言う青年を、上から見下ろす。

 手は離さない。拉致って、情報部隊に高く売りつけると決めたのだから、逃げられてはたまらない。

 ここで離したらいけないと、男の勘が告げていた。

 

「………あの」

「なんすか?」


 こちらの気配を察したのだろうか。手の中の筋肉が強張った。

 前髪に隠れて目は見えないが、薄い口元はひきつっている。ような感じがしないでもない。分かりにくい表情だ。


「うでを、はなしてください」

「………」


 前言撤回。素晴らしく分かりやすい。

 表情も、声も、動きも、明確に感情を伝えているものは何一つないが、全体を見ると分かりやすく震えている。いや、体はどこも震えていない。あえて言うなら空気が震えている。

 試しに男は、殺気にもならない、やるぞコラ! 的な睨みをきかせた。

 青年の顔色は変わらない。腕の筋肉の強張りも同じだ。

 しかし、耳を寝かせて尻尾を股に挟んだ犬の姿が、はっきりと男にはみえた。

 危機を感じたのか、闘争、いや逃走本能が出ようとしたので、逃げられないよう細い首に腕を巻き付けけ、喉を押し、動きと声を封じる。


「ぐぇ!」

「助けてもらったお礼っすかー?当然のことをしただけっすよー。え?それでもお礼がしたい?仕方ないっすねーじゃあ、ちょっと付き合ってもらって良いっすか?」


 こいつは真面目なのだろう。倒れる前からずっと、今も、木箱を持ったままだ。木箱を離したら逃げれる機会はあったかも知れないのに。


(まぁ、逃がさないっすけどね)


 青年を引きずって、酒場があった裏通りから、更に細い道に連行し、無人のアパルトマンに入る。

 色々都合が良いので、こうした無人のアパルトマンや家は何件か所有している。

 ここは所有している物件の中で一番大きな物件だ。三階建てで、まだ新しい。場所が分かりにくく、買い手がつかなかっただけなので、掃除をすれば十分に住める。

 最上階、一番奥の部屋に入って、青年から手を放した。


「ぐぇっごほっ、ごほっ…」


 咳き込みながらも、男の手から逃げるよう、青年は窓を背に立ち、部屋全体を素早く確認する。

 扉の道は塞いでいる。背後の窓は重犯罪者用の、鉄格子入りの特別な窓だ。ちなみに扉も特別製で、外からしか開かないようになっている。


「いやー自分としたことが、全く気付かなかったすー」


 目の前を通りすぎるまで気付かなかった自分を恥じて、男は頭を叩く。

 いまだに耳と尻尾の幻が見えるほど怯えている青年に近づいた。


「その荷物、ちょっと中身を確認したいっす」

「それはだめだ!!」

「いいからちょっと見せるっす」


 あと指一本分ほどで木箱に指が掛かる寸前、青年の姿が突然、男の視界から消えた。


( ?! )


 予備動作もなく姿が見えなくなり、咄嗟に男が見たのは天井だ。

 いない。

 

(下か?!)


 自分の足元へ急ぎ視線を移した男。背後で、青年が悲鳴を上げた。

 振り返ると、青年が扉にぶつかって“また”倒れていた。


(………………)


 ―-行動が予測出来ない。


 なぜあそこで倒れているのか、理解が及ばない。

 青年は自分がぶつかったのが壁ではなく扉だと分かったのか、慌てて取手に手を掛けた。

 何度も言うが、扉は特別製で、外側からしか開かないようになっている。 

 扉に手を掛け、まさに逃げようとした青年に、本日何度目かの不幸が襲う。


「サラス!!」


 扉が外側から勢いよく開かれ、今まさに逃げようとした青年の顔を迎え撃った。

 今のは痛い。歯が折れていてもおかしくない。

 首からもげるほど頭を逸らせた青年は、今度は見事に頭から“落ちた”。

 床に激しい衝撃が伝わり、埃が一斉に舞う。

 

 死んだっすか。


 生存を確認するのが怖い。

 生きてるっすよ……ね? 生きてても後遺症とかやばくないっすか?

 男は少し冷静になって考えた。

 もし今ここで死んだら、自分が殺したことになるのだろうか?


「………………いやいやいやいや! 自分、何もしてないっすよ?!」


 何かあったらトドメを刺した相手に罪を擦り付けるっす!

 もとはと言えば、情報部隊が使えないのが悪い。教育したこいつが悪いっす!

 男は扉から入ってきた、元同僚の、現情報部隊隊長を睨んだ。


「いきなり扉を開けるのはマナー違反っすよ!! 死んでたらどうしてくれるっすか?!」

「なんのことだ?」

「何かあったらそっちのせいっすからね!! 一切合財、全部、そっちの職務怠慢のせいっすよ!!」

「だからなんのことだ?」

「無罪っす! 自分は無罪っす!!」

「落ち着け」


 軍の上層部で常に恐れられている特務部隊の男--サラス―-は、若干、取り乱していた。

 

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