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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
56/89

第0.35騒 元帥直属特殊超法部隊

 軍に正式に入隊して一ヶ月。

 寮生活の厳しさに何度も逃亡しようと考えながら一年が終わり、これから本当にやっていけるのか不安だったが、実際に入隊すればそれほど厳しくはなかった。

 少し拍子抜けしたぐらいだ。

 もちろん、寮生活にはなかった上下関係、上司や先輩との接し方に迷う時もあるが、概ね、指導教官と同じ態度で接していれば間違いは無い。

 一年間、みっちり体も頭も鍛えられたせいで、業務もそれなりにこなせている。

 新しく勉強することは山ほどあるし、訓練も厳しいものではあるが、寮生活の延長と考えればそれほど大変だとは思えない。なにより、自由な時間が多い。

 朝も自由、夜も自由。昼のご飯は美味しいし、外のご飯も美味しいし。間食だって出来る。

 引っ越した部屋もあらかた片付いて、少しずつだが、新しい環境に慣れてきた。

 環境に慣れるのが早いと気付いたり、失敗して怒鳴られるものの、指導教官のせいで耐性がついたのか、それほど気にしていない自分に気づいたりすると、寮生活をしてよかったと思うのだ。

 もう一度行けと言われても、絶対、行かないが。

 けれど、まだ一ヶ月。

 色々と分からないことは多い。

 書類を持っていく時も、他部署になるといまだに迷子になるし、慣例という暗黙の了解もややこしい。

 その辺りの情報は、先輩と仲良くなって教えてもらうしかないと、ようやく最近、社会の仕組みとして理解し始めた。


 そんな矢先だ。怪しい男に出会ったのは。


 怪しい男は受付嬢を口説いていた。

 軍人は全員、業務中に軍服を着用する義務がある。階級によって形や色が変わるが、軍服だ。

 その怪しい男は軍服を着ていなかった。

 剥き出しの肩、膝までしかないズボンから出る体はそれなりの筋肉がついている。筋肉美を追求する集団ほどではないが、肉体派だろう。

 頑丈な服の生地は色あせ、使い込まれているのが遠目からでもわかる。

 例えるなら漁師。禿げた頭もなんとなく太陽が似合いそうだ。

 そんな、軍人だらけの場所で、漁師が平然と受付嬢を口説いている。

 いや、ここは玄関だから、軍人以外が来るのも珍しくない。

 いやいや、それにしては周りの軍人の反応がおかしい。

 普段は率先して世話を焼く事務員さんさえ、あえて避けているような…… 


「あんまり見るな」


 背後から、先輩がそっと囁いた。書類で肩を叩かれ、顔を向けると、顎しゃくって付いて来いと促される。   


「あの、あれは?」


 見るなよなんて言われたら、見てしまうのが人の性。

 振り向くと、怪しい男は階段を上がっていた。関係者以外は二階に上がれないはずなのに、誰も止めない。


「お前も、とうとう遭遇したか」


 そう言って教えてくれたのは通称『特務』と言われる、謎の部署だった。




 後輩が不思議そうに特務の奴を見ていた。

 別に見てるだけで何が起こるわけではないと思うが、連中に目を付けられると厄介なので釘を刺しておくことにした。

 確かに、気になるよな。

 連中は全員、私服だ。特務は軍服の着用義務は無いらしい。不思議なことに。

 各部署の業務内容や訓練内容、各隊長達の部屋や、命令系統。全将位の名前と顔も覚えたが、そこに連中の存在は無い。個人名前は愚か、連中の業務内容や訓練内容、待機部屋の何もかも、未だに俺は分からない。

 四年目になったら、なかなか聞くに聞けなくなるんだよ。今のうちにどんどん聞いとけ。

 俺は一年目という特権を持つ後輩にありがたい忠告を授けた。

 特務の奴らのことは俺も先輩から教えてもらったからな。今度は俺が後輩に教えてやろう。

 聞いた話そのままだが……

 

 連中の部隊は、正式名称を〝元帥直属特殊超法部隊”というらしい。俺たちは特務部隊と言っている。

 元帥直属っていうのが厄介で、奴らはどの命令系統にも入っていない。

 命令出来るのは元帥個人のみ。特殊ゆえに、奴らが何をしているのか、知っている奴はいない。

 部隊としては由緒正しい部隊らしくてな、軍の当初からあるらしい。

 所属人数も不明だ。そもそも、〝部隊”といいながら、見かけるのはあの男だけだ。

 二回だけマント姿の奴も見かけたな。あの男より数段怪しかった。見た目から怪しすぎて、特務と言われて納得しちまったよ。

 あの男も神出鬼没で、軍の中だったらどこにでもいるような気がする。

 一日中、軍施設内をうろついているんじゃないか?

 本当にいろんな所で見かけるからな。朝も昼も夜も関係なくだ。

 あと、連中に関わると碌なことがない。

 そもそも元帥直属だぞ。連中は元帥の目で、口で、耳だ。連中に目を付けられるってことは、俺たちの上司を遥かに通り越して元帥に直接話が行くってことだよ。

 お前も知ってると思うけど、今の元帥はとっても厳しい人だ。

 目を付けられて、ただで済むと思うか?


 ぶるぶると頭を振った後輩と共に、元帥の部屋を見上げた。

 軍施設の中で、各部署の待機部屋が割り当てられている中央棟はコの字型で建てられているが、四階だけはロの字型になっている。その特別な、最上階の一区画はすべて元帥の部屋になっている。


 今の元帥はとっても厳しい。そして、とっても怖い。

 一切、表情を動かさないから、何を考えているのか分からないし、人間味が感じられない。

 そんな元帥に付いている特務の奴らも、どこか得体の知れない怖さがある。

 そんな話を知ったかぶって教えながら、階段の前で後輩と別れ、二階へ書類を持っていく為に上がっていると、特務の男が三階に上っていく姿が見えた。

 ………もしかしたら、連中の部屋は三階にあるのかもな。

 俺は二階までしか上がれないが、迷うことなく上る姿を見ると、そんな感じがしてくる。

 男は軍の中でもがっしりした体に入るのに、動きに全く重さを感じさせなかった。

 



 受け取った書類に目を通し、不備がないことを確認する。

 早急に三階の第一連大隊長の元へ届ける為に部屋を離れ、階段を上った。

 先ほど届けに来た部下に直接持って行ってもらった方が手間はないのだが、いかんせん、三階からは佐官の個人部屋があるし、元帥の区画に行く階段もある。

 簡単に上がってこられても困るので、こうして間を繋ぐ役割として尉官の人間が存在するのだ。

 大隊長の扉の前で、特務部隊の男が部屋から出てくるのを見た。

 あの姿は軍内では浮きに浮く。しかし意に介した様子は見せず、男は飄々とした足取りで、三階の端に向かって歩いて行く。その先には四階への階段があり、元帥の部屋からもっとも近い階段ということで、常に遊撃部隊の人間が警備についているはずだが、堂々とした足取りだ。

 そして相変わらず、足音が無い。

 歩いているのに足音が無い。偶に擦れ違うが、気配も無いのだ。

 特務部隊はあまり階段を使わないのですれ違うことは滅多に無いのだが、心臓に悪い。

 最近思うのだが、特務部隊を〝てんじょうびと”と揶揄った人物は天才だ。

 特務部隊の専用通路になっているらしい〝天井”裏と、彼らの上司である元帥を〝天上人”とで掛けている。考えだした奴は才能がある。

 さて、その元帥の声を伝える部隊の男が、今、第一連大隊長の部屋から出てきた。

 自分は今からそこへ書類を届けにいかなければならない。

 嫌な予感しかない。


 扉を叩いた。忙しいから出直せと言われるのを期待したが、すんなり通された。


「失礼します。第一連第三小隊モール少尉、連絡を頂いた書類を届けに参りました」


「あぁ早いな、早速見せてもらおう」


「はっ、こちらです」


 大隊長の顔色は悪くない。特務部隊が来たからと言って考えすぎか……。

 大隊長がすぐに書類に目を通し始めた為、部屋で立ったまま待機していたが、大隊長の目が突然、書類から離れてこちらに向いた。


「………さっき、〝てんじょうびと”と会わなかったかね」


「はい。そのまま元帥のお部屋に向かう様子でした。珍しく徒歩なので驚きました」


「近々、軍全体で欠員が出るらしい。数は不明だ」


「………辞職ですか?」


「そうだと良いがな」

 

 遠回りな元帥からの指示か。

 今年の新人配置はもう終わりったので、全体の人数の補充は無い。

 そんな中で、少なくない人数が辞めるとなると、業務をどうにかする為に、大幅な人員異動が行われる可能性が高い。


「仕事内容を吟味するか、今のうちに数年越しの溜めてる仕事を片付けろとのことですか?」


「さすがに、よくわかってるじゃないか」


 多岐に渡って吟味すべき内容の複雑さと、溜めに溜めている仕事を想像して、胃痛がしてきた。

 数年越しの仕事を強制的に片付ける為に、辞職と人員異動が行われるのじゃないかと言う気さえする。

 あの元帥ならあり得る。そして、この上司は、すべてを、下へ投げる。

 異動も叶わないまま、十年を超えて付き合っている上司だ。考えが手に取るようにわかる。ようになってしまった。


「少々、部下使いが荒く感じます」


「そうだな。私も常々そう思っている」


「…………」


「下がって良い。仕事が溜まっているだろう」


「………失礼します」


 今の代の元帥は仕事の鬼だ。家庭はもっていない、仕事しか頭に無い。

 その元帥に合わせて仕事をしているせいか、ここ数年、仕事の要求がことごとく高くなった。

 数年に渡る人材不足のツケかも知れない。単純に数で処理出来ないから質を上げようとの話になったせいかも知れない。


 とんだ飛び火だ。

 

 部下使いの荒い上司の部屋を出て廊下を歩く。

 元帥の階段の見張りに立つ同僚に手を上げ、ふと元帥の部屋を想像した。

 入ったことはないが、一年中、不眠不休で働いていると言われている元帥の下で働く特務部隊も、大変そうだと思った。もしかしたら、自分の方がましかも知れないと思うと、少しは胃痛も和らぐ気がした。

 


 

 肩を落として帰って行った部下を見送り、溜息を付いた。

 あの部下は士官学校出ではないから、今の平和な世の中では行けて大尉までだろう。本人も上を目指している様子は無い。だからか、あまり詮索をしてこなくて都合が良い。

 なんだかんだと長い付き合いゆえに、少々、愚痴に付きあわせてしまった。

 あぁ嫌だ。

 気分が重い。

 だいたい連隊長といっても三百人もいるのに、全員を把握するとか無理無駄無茶。

 元帥や特務部隊は二千人以上いる全員の名前を憶えているとか怪物だろう、あいつら。

 それをこちらに要求されても困るし出来ないしやらないし。

 普通の人間には無理無駄無茶。

 だいたいあいつら言った時点で、もう目星は付いていて、あとはご覧じて候だ。

 こっちがやることなんて一切合切隙間も無い。

 あぁ嫌だ。

 気分が重い。

 あいつらと関わるとロクなことがない。

 だいたい、元帥が関わっている時点でロクなことじゃあない。

 軽い要件なら秘書の少佐が出向いてくるのだ。あいつらが来た時点で元帥の強制介入が決定だ。

 今回は情報部隊も下に敷いてるみたいじゃないか。

 あぁ嫌だ。

 気分が重い。

 人が死ぬのは嫌いだ。

 二十年前の戦争で嫌というほど経験した。

 辞職が良い。人生強制退場なんて目覚めが悪すぎる。

 なんだって部下はあんなにも容量が悪いのだろう。

 もっとこう、やりようがあるだろう。

 あいつらの戦闘能力を知る連中も少なくなって来ただろうが、私はちゃんと、特務部隊の恐ろしさを部下達に伝えて来たのだ。今はどんな話になってるのか、知らないし興味もないしどうでも良い。

 眠ってる猛獣のしっぽを思いっきり踏まなくても良いだろうに。

 平気で人肉を食い荒らす猛獣だぞ。あいつらは。

 特務部隊の恐ろしさを知ったら、情報部隊なんて赤子のように可愛らしく感じるのに。

 あぁ嫌だ。

 気分が重い。

 結局、どうあがいても仕事が増えるなら、今はしなくても良いだろう。

 どうせ今しても、最後は上も下も混乱して適当な書類しか出来ないのは分かりきっている。良い機会だから、部下に今まで溜まっていた仕事を渡そう。それが最善最高最適。

 なら、今から一眠りするぐらい余裕だ。


 歩兵部隊、第一連大隊長は、いつでもどこでも、瞬時に目を開けたまま眠れるのだ。

 



「こんにちわっす~」


「あぁ………」


 男は酒場に入ってくるような気安さで執務室に入ってきた。

 部下は誰も止めなかったらしい。その上、男は勝手に人払いをしていた。

 部屋には私と男の二人だけ。

 いざとなれば大佐である私以上の権限を持つのが、特務部隊の嫌なところだ。

 緊張した面持ちで、入口の前で直立不動になるぐらいの可愛げがあれば、まだマシだったのだが。この男の場合、扉から入った時点で〝ちゃんとした”ことになっているのだろう。そして敬礼なのか挨拶なのか、非常に曖昧かつ手抜きな礼を一つしただけで、ノックもしなかった無作法をチャラにしようとしている。

 こいつらの非常識は今更で、いちいち腹を立てては仕方ない。

 わかってはいるが、無性に苛つく。


「要件はなんだ」


「そんなに嫌わないで下さいっす」


 こいつと付き合うと頭痛がする。

 はやく要件を言えと目線で促すと、軽薄な口元に笑みを浮かべ、糸のように細い目を更に細くした。

 

「えーーっと。監督不届きで軽~い罰が下されるっす。嫌なら死に物狂いで働くっす」


「………なんのことだ」


「元帥があれだけ秘密裏に作れっていってた新型の武器が、絶賛流行りの横流し集団のどれかに流されたっす。ネタはもう上がってるっすよ」


「………………」


 馬鹿か糞か、死んでしまえ。


「あっ。その様子だと知らなかったっすね。今から元帥に言いにいくっすよ。釈明があるなら考えとくっすよー」


「……………」   


 自分の反応を見る為か、本当に忠告のつもりで言いに来たのか。

 読めない。

 そしてどこからその情報を仕入れた。

 まだ誰も知らない情報を。


 こういうところが癪に触るのだ。

 特務部隊は元帥の私兵部隊で、元帥の命令に従っていると思っている輩が多いようだが、内情は少し違う。

 確かに彼らは元帥の命令に従う。しかし、基本は好き勝手に動いている。

 今回の件も、元帥が知る前に知っていたのが良い証拠だ。

 彼らの正式名称は〝元帥直属特殊超法部隊”。

 諜報ではない。超法だ。軍法に縛られない、軍にいながら軍人ではない存在。

 軍規では軍人同士の争いは禁止されている。下の階級はそれを暴行だと思っているが、実は罰則としても禁止されている。嫌われものの情報部隊も、あくまで素行調査。しても強制退軍か、辞表を出させるぐらいの力しかない。

 しかし、特務部隊は違う。

 こと軍内に限っては、勝手に軍人を殺しても行き過ぎた暴行をしても、どこからも文句が出ない。

 佐官以上の連中は知っているが、元々、暗殺技能を持っている連中の受け入れ先が特務部隊だ。毒には毒を。元帥の身の完全に守るには、どうしても同じ存在が必要となる。

 彼らを使いこなす。その器量が元帥に求められる資質の一つになるのだろう。

 金ではない。権力ではない。地位や名誉ではない。

 独自の価値観を持っている彼らを使いこなせなければ、元帥でいることは出来ない。

 限りなく真実に近い噂では、二代前の元帥が、前任の特務部隊長に消されている。

 その前任の特務部隊長は、今の特務部隊長に消されている。

 そも、今の特務部隊隊長は前任の元帥が任命したままで、四十年在籍している私でさえ、特務部隊の個人情報は知らない。特にマント姿の〝アレ”に限っては、名前は愚か声も顔も出身も知らないまま二十年近く過ぎている。


 ただ、間違いなく有能だ。


「これに懲りたら、少しは足元を固めることっすね。上を目指すのも良いっすけど、足場は大事っすよ」

   

 将佐になる準備のために、部下の監視を疎かにしていたと暗に責められる。

 否定は出来ない。時々、こいつらはどこまで知っているのだろうと恐ろしく感じる。

 その動きを逆に見張ることもあったが、成果を上げたことはない。


 私は男の言葉に頷くことしか出来ず、元帥への釈明に頭を悩ませることになる。



 

「最近、真剣に新しい人員を確保して欲しっす」


「連れてくるのも上手くいかねーから、試しに育ててみるか?」


「えーーー……うまくいくっすかねーー」


「物は試しだ。上手くいかなかったその時はその時だ」


「誰が良いっすかねー」


「逃げねーように、人質が取れる奴が良いな」


「あぁ、家族がたった一人的な。それなら逃げられないっすね。良い案っす」


「だろ? 今年はそんな奴らが何人かいたんだ。そいつらから選んでみるか」


「該当者資料を集めておくっすよ」




色々設定はありますが、今回はパスで。


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