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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
55/89

第13.2騒 荷物を運ぶ日の傭兵達

 成人男性一人がようやく通れる幅の道を、横向きになって進んでいる男がいる。

 発達した上半身、特に肩から二の腕までは一般人の倍はあるだろう。

 腰には一振りの大剣。胸元で揺れるのは傭兵の証、十字の首飾り(フィートシンボル)

 命と同じぐらい大事な大剣をも横向きにし、一歩一歩を限界まで広げて距離を稼ぐ。見るものがいたなら二足歩行の大型動物のような動きに腹を抱えるかも知れない。男も客観的な意見を知っているのだろう。こんな姿は誰にも見せれないと、情けない顔で呟いている。

 短くも長くも無い道を抜けると、男は安堵の息を吐き、体を弛緩させた。

 先ほどの情けない顔とは正反対の、溌剌とした表情で見る先。四方を背の高いアパルトメンに囲まれ、ぽっかりと空いた場所に、女でも連れて来たなら期待しそうな、重厚ながら細部に拘った洒落た一軒家があった。

 横向きから解放された男は、いつものように背を伸ばし、機敏な足取りで店に近づく。

 わざわざ取り寄せたという年代物のドアを開けると、すぐに見知った顔を見つけ、子供の様に破顔した。


「おぅ! ひさしいな~アドルド!!」

「ご無沙汰してます。セルゲイさん」


 いつもは滅多に埋まらない店の席が、今日は満席だ。

 全部で十二席しかないのに、頭数は十二を超え、良く見れば、所々にワイン箱に座っている者もいる。

 全員が肩が縮めて座っている姿は窮屈そうだ。

 それはそうだろう。今日、この店に集まっているのは全員が傭兵関係者だ。

 こうして溜まるぐらいだから、マスターも元傭兵だ。今の恰幅の良い体形からは想像も出来ないが、なかなか良い腕だったのだ。

 傭兵御用達の店なのに、洒落た感じにしてるのはマスターの性格の悪さだろうと、仲間内で意見が一致している。

 高価なワイングラスが多いのも、これみよがしに店の随所に高価な絵があるのも、マスターの性格の悪さが滲み出ている。

 マスターいわく、これぐらい高価にしないと、あいつらはすぐに馬鹿騒ぎをする。

 目を疑うような高価なグラスが所狭しとある場所で、誰が馬鹿騒ぎをするものか。

 マスターの目論見通り、ここは騒ぐところではなく、しっぽりと楽しむ場所になっている。

 そして立地の悪さゆえに、今日のようなおおっぴらに集まれない時などは重宝している。

 ここにいるのは傭兵関係者。

 元も現役もいるなかで、それぞれの立場で合うと不味い関係者もいるのだ。

 最後らしかったセルゲイは、入口の一番近く、今日の主役がいる席の近くに席を陣取れた。

 人が密集すぎて奥までいけなかっただけなのだが、運が良い。すぐにマスターが麦酒を置いた。

 いつも置いてある高価なワインではなくメニューに無い安価な麦酒だ。ジョッキが陶器なのはせめてもの美学だろう。

 一気に煽ると、口から喉、胃への刺激が心地良い。やっぱりワインよりも麦酒だろうと、杯を掲げてお代わりを催促した。


「アドルドが軍人になるたぁ思わなかったが、案外向いてるかもな」


「こいつは真面目で面倒見が良いし、規律は守るからな」


「「そう」」


「バレないようにうまく手を抜くしな」


「「そうそう」」


「人を使うのもうまいんだよな」


「「そうそうそう」」


「頼むからもうやめてくれ」


 アドルドは傭兵だった両親の間に生まれた、生粋の傭兵だ。

 産まれてこの方、周りは全員傭兵。今日集まった中にはおしめを替えた強者までいる。

 色々と恥ずかしいのだろう。頭を抱えて羞恥に悶えるアドルドの肩を、誰かが叩いた。

 

「正解だアドルド。根無し草の傭兵より、安定してる軍人の方が嫁さんが来やすい。モテるぞ」


 軍籍に入って直ぐに結婚した元傭兵が、周りの、現在も傭兵で独身の男たちに勝ち誇った笑みを向けた。

 ここにいる既婚者は一組だけだ。元傭兵で現在宿屋を営んでいる夫婦は、周りの目を気にすることなくいちゃついている。それを悔しそうに、あるいは殺意を持って見ているのが独身者だ。全員、結婚の予定は無い。


「しっかし、アドルド。まさかお前の同室があいつとはな………」 


「〝あいつ”って、お前の知り合いか?」


「まさか! 今期の新入りで一番目立つ新人がこいつの同室なんだ!」


「へー。どんな奴だ?」


 セイルゲイはジョッキを傾けながら男に聞いた。

 アドルドの同室は軍内ではとても有名人だ。

 さてどんな風に上に伝わっているのか、アドルドもジョッキを傾けて聞き耳を立てた。


「そいつは、体力は一般女子を下回り、知力は六歳児に負けると言われてる」


「ぐっ」


 アドルドは麦酒を噴出さずに堪えた。しかし無理矢理飲み込んだせいで、喉が変に痛い。

 

「あんまりにも不適格すぎるうえに毎日訓練でぶっ倒れてるらしいから、辞める日が賭けの対象になってる」


 そんなことになっていたのかと、アドルドは同室に少し同情した。

 喉の痛みを紛らわる為に水を飲むが、一緒だった。痛みを和らげようと喉を擦る。


「お前の予想は? お前がやってないことはないだろう」


 ぜひとも同室には先輩の期待を裏切る形で頑張ってもらおう。

 その為なら、逃げても捕まえようと、アドルドは痛む喉に誓った。


「俺は一ヶ月にして早々に外れた。一ヶ月と三ヶ月と半年が一番多かったな……辞めないに賭けた奴は少なかったはずだ」


 あと少しで半年経つ。同室が辞める気配は、今の所、無い。

 このまま先輩達の予想を裏切ってくれと願うばかりだ。逃げても捕まえるが。

 まぁ、辞めるつもりなら、早々に辞めているだろう。

 生い立ちは同情を買うようなものだが、本人に悲壮感は欠片も無い。毎日が必死で、深く考える余裕がないだけかも知れないが、あの思い込んだら一直線の性格は称賛に値する。


「今日はな、そいつの話を聞こうと思って来たんだよ」


「そんなに面白いやつなのか?」


 セルゲイの目がアドルドに向いた。先輩も直接本人を知っているわけではないから、興味深々でアドルドを見てくる。


「面白い………行動が読めないという点では面白いと思う」


 アドルドはいままでの同室の行動を語って聞かせた。

 入隊式の時は自力で受付に行けず、歩けば人にぶつかって元に帰っていた事。聞けば一番乗りだったのに、寝て起きたら昼過ぎになっていた。

 野外訓練の時は空腹で涙が止まらず教官を本気で困らせた事。みんなこっそり携帯食を食べてるのに、本当に食べずにいたらしい。教官も表だって食べろと言えず、困り果てていた。

 食料現地調達の野外訓練でいないと思ったら動物を捕まえて来た事。一番苦労するはずの食事を全く苦労しなかったが、突然居なくなるので心臓に悪かった。

 くそ不味い食堂の飯を毎食おかわりしてるせいで、食堂のおばちゃんを味方につけている事。終了時間ぎりぎりにいってもあいつだけには優しい。俺たちには、もっと早くこいとか言うのに、あいつにはゆっくり食べて良いからねって、もう人格から違う。などなど。


 その一つ一つの話に笑いの渦が巻き起こる。


「あーーそいつおもしれーなー」


「体力知力はないけど、訓練についてくる根性はあるってんで、今は上でも評価が割れてるな」


「そうか……」


「あーー久しぶりに腹から笑った」


 そしてセルゲイは視線を男に流して「軍の人事異動はどうなったんだ?」と聞いてきた。

 今までの声とは比較にならないほど小さな声だったはずなのに、その瞬間、店の喧騒が引いた。

 答える男の声も低い。表情は先ほどの会話と変わらないが、セルゲイを窺う目付きだけが鋭い。


「異動だけだ。処罰はされていない」


「動いてるのは情報だけか?」


「--いや、特務も動いている」


「そりゃあ、お前、大事じゃねーか」


 アドルドはそっと、男とは違う、別の軍属の先輩に聞いた。


「特務と言うのは例の?」


「あぁ『元帥直属特殊超法部隊』通称、特務部隊だな。あいつらには絶対関わるなよ。全員、いかれてるからな」


 嫌悪感すら滲ませた口調からは、忠告以上の警戒を感じさせる。

 セルゲイと男の話は続く。


「これから炙りだしか?」


「その可能性が強いと思ってる」


「裏は新鋭の勢力が拡大してる。軍と繋がってた連中を抱き込んだ可能性もあるし、頭を分からなくして末端を切る可能性もある」


「新鋭の勢力は注意しろ」


 今まで会話に無関心だったマスターが口を挟んだ。

 全員の注目を集める中、美学の詰まった四角い髭を触りながら、眉を寄せる。


「奴らはここの出じゃない。頭はまだ若い男だと聞いているが、やり手だ。乗り込んできたにしてはずいぶんと根回しが良い。裏を仕切っていた組合同士のいざこざの合間に陣地を増やしたが、あれは仕組んでたな。そう思わないか?」


 マスターは宿屋の店主を見た。周りを気にせずいちゃいちゃしていると思ったが、話は聞いていたようだ。ただし、宿屋にはあまり関係がないのか、真剣さは無い。


「まぁなぁ……ここの出じゃねーっていうので納得したが、下っ端の方は混乱してるみてーだ。浮足立ってるというか、うろうろしてるというか、鬱陶しいというか……まぁ、本人がやり手なのに間違いはねーな。漆黒の仲介人が動いてるって話だ」


「死の商人が動いてんのか」


 セルゲイは顎に手を当てて考え込んでいる。


「セルゲイさん?」


 アドルドは恩人の名前を呼んだ。セルゲイは現役の傭兵だが、最近は別のことをしているらしい。

 大きな戦争が終わり、王家の力が戻った。地方の小競り合いも減少し、盗賊も少なくなり、危険な生物の研究も網羅された今、単純に武力としての傭兵は、活躍する場が極端に減った。

 そうした流れの中、傭兵の|技能<スキル>を持ちつつ、傭兵以外の仕事をする者も増えた。

 中には、より深みに入っていく者もいる。

 アドルドは、大きな子供のような雰囲気のセルゲイが昔から好きだった。


「心配すんな、アドルド。当分はここ(シェアラブル)にいるからな、いつでも声をかけてくれ」 

 

 それでも朗らかに笑うセルゲイに、アドルドは安堵しつつも、不安が胸にしこりのように残った。



セルゲイ:現役傭兵。銅・銀・金の十字の首飾り(フィートシンボル)の中で銀を持つ。大剣を武器にする。器用貧乏。独身。

傭兵稼業が長いせいで、あちこちに腐れ縁が多く、器用貧乏な性格も相まって厄介事に巻き込まれやすい。アドルドのおしめを替えた一人。

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