第13.1騒 荷物を運ぶ日の追跡者達
文章の一部を削除しました。
香草を擦りこんだ鳥肉を網で焼いて、甘く糸引く調味料に漬け、再度焼く。
調味料と肉汁が火の中に滴り溶け、肉の香ばしさ、薬草の香ばしさ、調味料の香ばしさ、絡み合う芳しい匂いが辺り一面に漂う。
最近、首都シェアラブルで一大旋風を巻き起こしている屋台では、朝から行列が出来ていた。
屋台なので、特定の食べる場所は無い。屋台周りは買った者が散らばり、段差に座ったり、立ったまま頬張ったりと、屋台ならではの気楽さを楽しんでいた。
ナディは買ったばかりの香草焼きを口に頬張った。
隣のサミエルも同じように頬張っている。
立ったままの食事に違和感はあるが、周りをみれば座っているのは女ばかり。男でも座っている隣には女がいて、男同士で座る方が恥ずかしいと、二人は人生初の立ち食いを敢行していた。
手掴みで食べるのは理解していた。しかし、手を洗う水も無く、串をつかむ紙も無い。そして困っているのがどうやら自分たちだけなのに気が付き、どうやらそういうものらしいと理解した。
一番驚いたのが価格だ。安かった。安すぎる。
行列に並んでいる時に、後ろの家族が幾らもっていていくつ買えるかと、子供相手に問題を出していなければ、到底信じられなかったぐらいだ。
余りの安さに思わず買い過ぎてしまったが、サミエルが休みなく手を出してくるものだから、遅れてはならないとナディも大量の串に食らいつく。
臭いを取る為の香草に、味に刺激を加える香辛料が混ぜられているだけでも素晴らしいのに、肉全体に漬けられた甘い調味料によって、臭いと刺激が薄れ、更に調味料に秘められた香ばしさが加わる。
屋台に用意されている肉を見ると、普通の肉だ。ワインや蜂蜜に漬けている感じはない。なのにとても柔らかくて食べやすい。一口より少し大きめに切って串に刺さっているから、肉を食べている噛みごたえもある。
甘いのに、香辛料の辛さも感じられ、味に飽きない。どんどん食べられる。
串に刺さっているのも、食べやすさに拍車がかかる。手が止まらない。
指に付いた調味料まで舌で舐め、二人は満足の息を吐いた。
「うまかった」
「うん。すごくおいしかったね」
大量と思われた串を全部平らげ、二人はようやく言葉を発した。
お互いに負けじと食べていた為、無言だったのだ。
「あっ。ちょうどよかったね」
食べ終えた串と容器を回収箱に入れ、ナディは歩き出した。
サミエルもナディの後に続く。
足取りは遅い。周りの店を眺めながら、ゆっくりと歩く。
「信じられん馬鹿だな」
二人の先には、誰の目から見ても怪しげな尾行をしている男の姿があった。
通りすがりの人さえ、奇行に走る男の視線を追い、男が追っている青年を発見するぐらいバレバレだ。
ただ前方の青年が軍服で、追う男が軍人らしい筋肉質な体格だった為、視線はすぐに逸らされているが。
ナディとサミエルは私服だ。休みの日なのに、なぜ一番前方の青年が軍服を着ているのか首を傾げた。
周囲から浮かないよう、かつ二人に見つからないよう、慎重に二人は後を追った。
とある部屋の一室で、ずっと窓の外を眺めている男女がいる。
カーテンをしていないので外からは丸見えだが、変わった様子は無い。恋人同士が窓の外を見て語らっているようにしか見えず、たまに冷やかしの視線が届くぐらいだ。
しばらくすると、窓の外を見ていた男が、隣の女を両手で抱きしめた。
豊かな黒髪に顔を寄せ、華奢な肩に額を置く。
愛を囁くのだろうか。
けれど、部屋の内側へと向けられた顔は、とても整っていて、とても不機嫌だった。
愛を囁くようには見えない顰め面の顔から、苛だった低い声が出る。
「運び人が仲介人と接触しました。仲介人がクソみたいな尾行をしています」
次に、抱きしめられていた女が男を控えめな胸に抱きこんだ。
不機嫌な男の頭に血の気の少ない白い頬を乗せ、機嫌の悪い声を出す。
「たいちょお~仮隊員の二人が~下手糞な尾行を~してます~」
「放っておけ。それより目を離すな」
窓の真横に立っていた男は、感情無く返した。壁にぴったりと引っ付き、外からは決して見えない。
「うぃ」「は~い」
素直に返事を返し、二人は抱きしめあった態勢のまま、顔を窓の外に向けた。
四つの目がわずかに窓の外を彷徨うと、同じ一点に焦点が集まる。
細身の軍人が箱を持って大通りを移動している。
二人はカーテンを素早く閉めると、隙間からそれぞれの足元に用意していた望遠鏡を覗かせ、目標物の見張りを続行する。
真昼間からカーテンを閉めても怪訝に思われないよう、恋人として違和感ないよう窓辺で見張りをさせられていたのだ。
今頃は若い二人がカーテンを閉めて行う行為に想像を刺激されていることだろう。
彼らがいるのは、四階建てのアパルトマンの最上部。最も活気溢れる市場が立つ広場から遠く離れ、場所も少し高台にある。喧噪から離れた、いわゆる高級住宅街の一角にあたる。
良い立地だが、不審者を毛嫌いする金持ちが多い中、日中にカーテンを閉めるには苦労する場所だ。
怪しまれない程度に、下準備をしたつもりだった。
下準備を台無しにされるかもと思ったら、つい怒りが湧いただけだ。
「あれは囮だ。気にするな」
男と女のすぐ後ろ、カーテンを閉めてからようやく近づいた隊長、ことギンブリーは、二人の機嫌を宥めた。
運び屋の尾行を行っている仮隊員には命令をしたわけではない。自発的な尾行だ。
指示をしていないのだから、全て自己責任である。
こうなるであろうと思って、あえて尾行を禁止と言わず、準備をしていたのは、ただの偶然だ。
二人は士官学校で尾行のイロハは習っているだろうが、机上で諳んじた程度のもの。
現に、一般人には上質過ぎる服を着ており、あきらかに坊ちゃん臭が漂っている。いくら紛れようとしても社会経験が欠如している彼らでは無理がある。おそらく、本人達は浮いていることに気づいてもいない。
その二人を見て、不審な動きをする者がいないか見張るのも今回の仕事に入っている。
運び屋を尾行する仲介者。運び屋と仲介者を尾行する二人。その四人を監視する三人。さらに。
「尾行組に合図を出せ」
「うぃ」
尾行に長けた二人が後を追う。
(これで撒かれるようなら臨死体験ぐらいさせてやるか………)
「あいつは何回、人にぶつかれば気が済むんだ?」
目的地など無いように、あっちへいってこっちへ行って、その度にわざとかと思うほど、人にぶつかっている。荷物がなければスリの類かと危惧するほどだ。
「ぜったい、迷子だよ。あれは」
背中を見ただけでも〝どうしよう”〝困った”の雰囲気を出している。
そしらぬ顔で近づいて、そのまま一緒に渡し屋のところまで行った方が良いのではないかと、ナディは一瞬考えた。
しかし偶然会ったで片づけるには、路地裏は不自然すぎる。
行動がさっぱり読めないせいで、フィラットは早々に彼を見失っていた。
軍では悪目立ちする彼も、市井に入ると妙に気配が薄くなって分かりにくい。人にぶつかったり押されたり、予測不可能な動きも入って二人は翻弄されていた。二人という利点で、ここまで尾行出来ているのだ。
軍服でこれなのだから、私服だと余計に分からないだろう。
「あいつ、実は気付いてるんじゃないのか?」
「そんなはずないよ。だったらあんなに泣きそうな背中してないよ」
哀愁を漂わせ、俯いていた彼が、急に交差を曲がった。
ふらふらと、何かに誘われるように、何度か唐突に角を曲がり、大通りに続く道に入る。
二人が尾行を初めた場所に戻ってきた。
独特な香草焼きの良い香りがしているので間違いない。
「………もどったぞ」
「なんで………」
二人で顔を見合わせて、首を傾げる。その時「うわっ!」と前方の彼が声を上げた。
慌てて見ると、馬車に轢かれそうになったのか、向こう側へと転んでいた。訓練の成果が出た綺麗な受け身だったが、そのままゴミ箱の中に突っ込んだと思ったら、飛ぶように路地裏に走りこんだ。
彼らがいる向こう側、大通りの反対側の路地裏へ入り込んでしまった。
「追うよ! サミエル!!」
慌てて二人が追う。しかし路地裏の入口に散らばる生ごみにたかるカラスが邪魔をして、二人は彼を見失ってしまった。
「………馬鹿な」
呆然と、男が呟いた。
見失った。と。
カラスで目くらませをされたが、犬と揉み合いになった場所までなんとか追いついた。
見失うと焦った心臓を落ち着かせながら観察していると、青年と犬は揉み合った途中の姿のまま見つめ合っていた。不気味光景だった。
しばらくすると青年の顔に前足を置いていた犬はお座りをし、立ち上がった青年を誘導しはじめた。
訳がわからない。
あの犬が渡しの案内かとも思ったが、追っていくうちに違うと確信した。
もう、めちゃくちゃ、だ。
あの青年は運び屋のことなんか絶対忘れてる。
木箱を持ち続けているのが不思議だ。
本人が木箱を持っていることすら忘れてそうだ。
飼い犬と野良犬の大乱闘を家の上からため息交じりに見学した。
犬の中に人間が一人混ざっているのに、まったく違和感がない。
徐々に飼い犬軍団が撤退していく。追う野良犬軍団。しかし撤退線と思いきや、誘い込み作戦だったようだ。
個々の力は強いが、興奮して統制のとれなくなった野良犬達が徐々に不利になっていく中、たった一人の人間が奮闘する。
そりゃそうだ。人間なのだから。
あっ。噛まれた。
あっ。かばわれた。
(………犬にかばわれるってどうなんだ?)
「って! 逃げるのかよ!?」
数匹の犬と離脱する青年。戦力外としてか、新人としてか、どうやら逃がしてもらっているような雰囲気である。犬と青年は乱闘の場から走り去り、入り組んだ路地裏の、密集した家の隙間に潜りこんだ。
―-そして出てきたのは犬だけだった。
(えぇぇーーーー!!!!)
この瞬間、男の脳裏には無表情の上官の顔が浮かんだ。