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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
52/89

第9.3騒 公休日の少年と美女

 第二公国首都シェアラブルは、他の、どの公国の首都よりも圧倒的に人が多い。

 公主から土地の管理を任された貴族は本宅をそれぞれが管理する地におくが、別宅として必ず首都に一軒家を持っている。その一軒家を管理する、家令や従者や世話係の家は首都にある。その家令や従者や世話係の家族も首都にいる。

 そこまでは他の公国も同じだ。

 貴族の数で言えば第一公国は第二公国の三倍。

 しかし住んでいる人の数は第一公国の三倍となる。

 居住者が多い理由は、第二公国独自の制度である、軍だ。

 首都には軍人がたくさんいる。街には彼らの為の独身軍人専用のアパルトメンも数多く存在する。

 当然ながら、そのアパルトメンにも管理者はおり、それぞれがそれぞれの生活を豊かにしようとすれば、衣食住に関わる人が存在する。

 人が多ければ家も多くなる。問題は、土地が人の多さに比べて狭いことだ。

 第二公国は他の公国に比べると人や住宅の密集率が圧倒的に高い。

 家も区域によっては乱雑に密着しており、中には家が壊れても、資材を運ぶ道が無く、放置しなければならなくなった場所もある。


 そんな、主のいない壊れかけの家屋に、十代の若い少年たちが集まっていた。

 元は団欒と食事を楽しむ場所だった所に、年季の入った果物箱を置いて椅子やテーブルの代わりとしている。十人ほどが集まった賑やかな様子は、朽ちてもなお、家の役割を果たしていると言えるだろう。

 声変わりを終えた声と、まだ終えていない声が、思い思いに話を交わし、相槌をうち、酒を飲み、タバコをふかし、騒ぎ、原色のような感情と空気が混ざり合う。

 少年たちの話す内容は、女親なら顔を顰め、男親なら苦笑しつつ嗜めるだろう。甘さの残る理論と潔癖な批判があるだけで、彼らは思考は至って健全だ。服も清潔で、顔色も良い。

 ある意味、恵まれた環境の少年たちだ。仮に彼らを表すとするなら、“不良に憧れる不良”だろうか。 だが、悩める年頃であるのに変わりはない。

 現に、壁側の少年から漏れた呟きは代表的なものだった。


「なにしてんだろ、ぼく」


 呟きは 集団の中で一番背の高い、しかし声変わりをしていない、細身で気弱そうな少年から漏れた。

 手を体の後ろに回し、壁に背を預けて騒ぐ集団を手持ちぶたさで見ている。仲間に声を掛ける気はないようだ。

  

(なにがしたいんだろう、ぼくは)


 少年は、最近ずっと自問している。

 少年は家の手伝いばかりしてきた。大人の知り合いはたくさんいるが、同世代の友人は少ない。その中で一番環境が似ている、昔からずっと知っている幼馴染が、自分の道を決めていなくなった。少年は何の根拠も無く”同じ”と思っていた。裏切られた気がした。

 裏切った不快感。いなくなった喪失感。おいて行かれた焦り。将来の不安。

 どす黒い斑のような想いが渦巻く。刹那的な破壊の衝動が湧き起り、無理矢理、意識を逸らした。

 そこで喋っていた集団の空気が変わっていることに気付く。

 ソワソワと、なにか落ち着かない様子だ。

 少年たちの隊長格の少年が、近くの仲間に漏らす。


「なぁ、あの噂どう思うよ?」

「えーー」

「………いわれてもなぁ」

(うわさ?)


 少年は全くわからなかったが、どうやらほとんどの者が知っていることらしい。

 知らないが、知らないと声を上げることも、周りに尋ねることも出来ず、ただ会話を聞く。 

 そうすると少年以外にも知らない者がおり、ひそひそと小声で伝える声が聞こえてきた。


「おれたちの上がマフィアの傘下に入ったってよ」

「はぁ? どういうことだよ?」

(……どういうこと?)


「上がマフィアに入ったってんなら、下のおれらもマフィアの下になるってことか?」


 答える者はいなかった。

 少年たちは一応、組織の傘下に入っている。

 不良の真似事のお目こぼしをしてもらう代わりに、多少の金銭を渡す間柄だ。

 はたしてそれが下についたことになるのかは疑問だが、それでもどこかの組織に入っていなければ、安全に非行も出来ないのだから、微妙である。

 

「それはいやだ」

「おれもいやだ」

「マフィアの下に入ったら、やばいことさせられそうだよな…」

「オレは、軍のやつらに目を付けられるはごめんだ」

「言っても、オレたちと関わるかなんてわかんねーだろ」


 ただ日頃の鬱憤を晴らしたいだけの、だいそれたことをする気は毛頭ない少年たち。

 嫌なら明日から集まらなければ良いのだ。

 しかし、折角得た居場所を手放すことは、少年たちには考えられなかった。独りになる不安がそうさせているのだろう。

 話合いのようなものは、楽観的な意見に流れ、解散となった。



 家に帰る途中、少年は声をかけられた。


「あら? ミラン君じゃない。元気?」


 声のした横を振り向くと、お店の白いカフェテラスに座る二人の女性がこちらを見ている。

 その顔に幼馴染の影を見つけ、少年は挨拶もせずに顔を伏せて逃げた。


「ミラン君たら、とってたべやしないのに」


 運ばれて来たばかりのケーキにフォークを刺し、口に運ぶ。柔らかい生地の口当たり、濃厚で甘い生クリームに、果実の酸味と食感が加わり、溶け合う。


「んんーーーおぃし~い~」


 満面の笑みで一人の女性が口福を噛み締める。向かいの女性は、般若の形相で同じもの複数個、紅茶で押し込むようにして食べていた。

 近寄り難い雰囲気だ。柔らかいケーキを切るには力強過ぎるフォーク。ケーキを通り越して皿に食い込みそうなほどだ。甘いのに、まるで固くてすっぱい物を味わっているかのように顔を顰めている。

 普段は体重を気にして、一個をゆっくりと味わう彼女だが、ある状況になるとやけ食いをする。今のように。そんな状況を何度か見てきた連れの理解は早かった。


「あんた、ようやく別れたの?」

「まだわかれてないわよ!!」


 そうは言えど、やけ食いするのは失恋した時だ。認めたくないが、彼女も分かっているのだろう。


「確か病気してる故郷のお母さんの所に行ったんでしょ? あんたのお金持って」

「そうよ! 彼は大変なんだから!!」

「場所は知ってるの? 手紙の返事はあるの?」

「場所は遠いからって、南方としか教えてくれなかったのよ。送った手紙は住所不明で帰ってきたけど、きっと私が聞き間違えたのね」

「もう三ヶ月音沙汰ないんだから、認めて諦めなさいよ」

「うわ~~ん!! “また”騙されたのよぉ!!」


 垂れ気味の大きな目には涙が溢れていた。

 大きい目、通った鼻筋、厚めの唇。ひとつひとつが女性的な、整った顔の美人だ。そこへ来て、むしゃぶりつきたくなるような豊満な体。トドメのような右目の黒子は、垂れ気味の目に良く似合う。同じ女性から見ても色っぽいのに、どこかあどけない感じが親しみやすさを醸し出していた。

 男曰く、たまらない。女曰く、あざとい。

 そんな評価の裏で、彼女の連れである女性は思う。


(この子、甘いっていうか、抜けてるのよね)

(もっと外見がおとなしめだったら、猪突猛進の馬鹿で可愛い子だったのに……そういえばこの子、いまだに王子様を信じてるんだったわ……)


 中身はお子ちゃま。夢見る乙女。素直な純情娘。

 今だって、泣きながら食べている。食べるか泣くかどちらかにして欲しいと女性は思う。


「……前の自称芸術家の彼は友達に手を出して、前の前の彼はあんたの宝石もっていなくなって、前の前の前の彼は三股して――」

「もう辞めて!! 若かったのよ! 私!」

「どうしてダメな男ばっかり選ぶのよあんたは。そんなに美人なのに、全く羨ましく思わないわ」

「うわ~~ん! 今度こそって思うのに~!!」


 男運がないのか、男を見る目がないのか。

 楽園の看板美女は、何度目かの失恋をした。


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