第9.2騒 公休日の倉庫隅にて。
たいへんながらくお待たせしました。
正月から転職・引越しでバタバタしてまして、ようやく生活スタイルが整いました。
五つ並ぶ煉瓦倉庫の片隅で、三人の男たちが身を寄せ合っていた。
時刻は夜。暗闇ではあるが、周りの輪郭が分かる程度には日が長くなった。それでも足元からの冷気はまだ冷たい。
小さなランタンの周りには酒瓶が用意されているものの、買ったままの状態だ。
三人が酒瓶に手を伸ばす様子は無く、一人はしきりに頭を掻き、一人は膝を揺すり、一人は腕を組み歯を軋ましている。
「どういうことだよ!?」
無意識に揺れていた膝を叩きつけ、一人が怒鳴った。
三人のいる隙間に声は大きく響いたが、それで誰かが来る気配は無く、夜の海がひっそりと三人の様子を伺っていた。
「仕方ない」
「え~人事異動じゃん。俺たちそこまでえらくないし」
一等兵である三人では人事異動の介入はおろか、異議の申し立てすら不可能である。
律儀に返答をした二人も、叫びたい気持ちは一緒だった。
「勘付かれたんじゃないのか?」
不安と緊張を孕んだ言葉に、三人の目が交わる。
「ないない! 関係ない奴も動いてたぜ」
不安を振り払うように、即座に頭を振って否定した男の横で、腕を組んでいた男が緊張を保ちつつ唸った。
「ばれていて、ばれてないように動かしたか。それとも、関係ありそうなやつを動かしたか……」
「今回の人事異動はいきなりだ。しかも上からごっそり変わってやがる」
「でも、動いてないやつもいるし~」
一年の厳しい訓練を終えた隊員が編入される時期は、毎年大掛かりな人事異動の時期だ。
それから四ヶ月経っての人事異動も恒例だ。辞めた人材の穴埋め、隊の雰囲気に馴染めない個々の移動など、この時期の異動は修正の意味合いが強い。
修正であるはずの今回の異動。しかし蓋を開ければ、編成されたばかりの新人隊員を始め、佐官をも巻き込んでの、近年類を見ないほどの大掛かりな人事異動となっていた。
「ばれてはねーってことか?」
「ばれてはないだろうが、目星はつけているだろう」
彼らは軍で調達している備品の横流しで小銭を稼いでいる。
それは彼らだけではない。
戦争がなくなった今、報奨金も危険手当も出なくなった彼ら軍人の給料はだいぶん安くなった。公国間の小競り合いも減少し、傭兵すら職を無くす時代になっている。
食べていけない質の悪い傭兵はならず者に成り下がり、犯罪が多くなった反面、戦争に負け、軍隊が縮小された第二公国軍は人手不足に喘ぎ、一人にかかる負担が大きくなっていた。
そんな中、上官から顎でこき使われ、一番重労働で一番給料が低いと嘆く一般兵の彼らは、少しばかり良い目をみてもよいだろうと、常々感じていた。
倫理も愛国心も忠誠もない彼らの中で、それは当然の言い分であり、一般兵の中では特に批判される意見ではない。皆がやっているんだ。なぜ自分たちだけが我慢しないといけないのか。
しかし、そう。“少しだけ”である。彼らとしては懲罰されると割に合わないのだ。
「諜報部隊が動いてる話もある……」
無意識に片足を小刻みに動かし、男は用意していた酒をあおった。
安酒は旨くなかったが、喉を潤し、少しの刺激があれば、今はそれで良かった。
三人が黙々と酒を飲む中、一人の男が突然、何かを見つけたように目を瞬いた。
視線の先にはせわしなく足を動かす男がいる。
「おい、お前の弟はどうだ? 何度か手伝っただろう?」
「いー案じゃん! 寮の新人は顔バレしてねーし!」
頭を掻いていた指が、良案だと音を鳴らした。
人事異動直後に動くのは危険だ。できるならしばらく様子を見て、安全を確認したい。
危険の高い時期に動きたくないのだ。ないのだが、そうも言っていられない事情が彼らにはあった。
――前回の取引で大口を叩いてしまい、引くに引けない状況になっていたのだ。
「前に大口叩いちゃったからな~今回は多少危険でもやらないといけないじゃん。でも俺たちだと危険だしー」
「………」
「相手からも要求されている。これ以上待たすのは得策じゃない」
「………」
「ああいう奴らは一度きれちまったらもう戻せないからなー。一番金払いが良いんだから切れるのはもったいないって~」
「………」
「取引相手もここのところ慎重だ。上層部が特定してるかどうか、次の仕事で確認だ」
男を納得させようと、もっともらしく言い分を並べる。
特に饒舌に語る男は、次回の仕事に対する報酬の上乗せ分を既にもらい、使い切っている。
もちろん、ほかの二人も上乗せ報酬の分け前は既にもらっている。
「………物は異動前の奴か?」
目を付けられているのかも分からないこの時期に、品物を倉庫から掠め取りに行くほどの度胸は無い。以前から保険用にと予備で取っておいた荷物を使おうと、意見が一致した。
「俺の弟だと、俺だとばれる可能性がある……弟を通して、他のやつに運ばせるようにする」
男の譲歩に、二人は頷いた。
と、いうわけだ。運び屋になりそうなやつはいないか?
金に困ってるやつのほうがよい。
ちょうどよいのがいるぜ。(ニヤリ)