第5騒 はじめて踏まれた日の、同室が揃った時。
新入隊員は始めの一年、軍の敷地内にある寮で、共同生活を義務付けられている。
士官学校を卒業したエリートも。
生活に貧窮した貧乏人も。
ごくごく一般的な平均的庶民も。
コネで入った貴族も。
一人として例外は無い。
出身、身分に関係なく、一年目は寮で共同生活だ。
共同生活の中で同室は一つのグループとされ、何かあればグループごと罰せられる。
203号室の全員が揃ったのは、俺とアドルドが荷物を解き、一息ついた所だった。
「あかん!あかん!遅れてもーた!!」
何の前触れも無く、部屋の扉が壁に叩きつけられた。
首をすくめる音量にアドルドと振り向く。
小柄な人間が部屋に飛び込んで。
頭から突っ込んだ勢いのまま、部屋の真ん中を滑って止まった。
誰だ?
大声と共に扉が開かれるのは慣れているが、どちら様だろう?
「………」
部屋の左右に設置されている、二段ベッドの下段。
共に陣取りを完了していた俺たちは、床に滑り込んできた人物に注目。
言葉を止めて待つ。
「ふー。間一髪や。時間厳守は基本やからな」
起き上がる途中。
愛嬌のあるそばかす顔が、俺たちを見つけ、目を止めた。
色素の薄い目が大きく開かれ、嬉しそうな笑みが広がる。
「うちはリラ!兄ちゃん達、今日からよろしゅうな!!」
人懐っこい笑顔。警戒心が根こそぎ取り払われた。
癖毛のように跳ねた明るい茶髪と、大きく丸い目。
小動物がいる。
こんな少年相手に、警戒心を持つのは無理だ。
「よろしく。俺はカラト」
思わず近づき、髪を撫でていた。
(やばい。うっかりやってしまった)
妹にしていたせいで癖になってしまっている。
初対面で髪を撫でるのは非常識だったか。
手を引っ込めたようとして。止めた。
「カラト兄ちゃんか。よろしゅうに〜」
髪を撫でられたリラは、嫌な素振りを見せなかった。
(むしろ……嬉しそう手㎜…かも)
撫で続ける。
一向に拒絶らしい動作はない。
笑顔で気持ちよさそうにしている。
………妹より可愛い反応だ。
「リラ、年幾つ?」
「十五になったばっかや!」
妹と同じ年。
妹は頭を撫でると怒るが、リラは怒らない。
昔は妹も喜んでいたのに……。
(もう学術都市についたはずだよな。病気とかしてないだろうな)
………いかん。心配になってきた。
「そっちの兄ちゃんは?」
「アドルドだ。よろしく」
「アドルド兄ちゃん。よろしゅうに〜」
特大の笑みを向けたリラに、アドルドが戸惑うようにぎこちなく笑みを返す。
俺には見せなかった笑みだ。
これはもしや……。
(アドルドは子供が苦手なのか?)
意外だ。
勝手に、子供に好かれるイメージを持っていた。
リラはアドルドのぎこちない笑みを気にしていないのか。気付いていないのか。
自分の荷物を引き寄せ、得意気に胸を張った。
「兄ちゃん達、運がいいで〜。うちは商人の息子やさかい、これから先のいるもんは友達価格で売ったるわ」
………………。
「何の商品がいくら割引?買取の上乗せは?」
髪を撫でたまま、顔を近づけて問いかけた。
商売は目を見ながら行う。
相手が誰であれ、基本だ。
「異様に反応はっやいな〜カラト兄ちゃん……こない真剣にこられると思わんかったわ……。えーとな。うちの店は武器を扱う商売やってんや。せやから、鍋とか包丁とか金物なら販売価格の2割はまけれる。買取も金物なら上乗せしたるわ」
――金物二割引き。金物買取上乗せ。
(………………神はいた)
こんな幸運なことが今まで他にあっただろうか?!
リラ経由なら、底と取っ手の無いミルク鍋も小銭になるのだ!
実は俺の荷物の大半はそうしたガラクタ。
金に換金するつもりで家から持ってきたものばかり。
道中に換金しようとも思ったが、都会の方が売れるかも知れないと淡い希望を抱きつつ、今日まで背負ってきた、俺の全財産。
それが今、報われた!!
喜びのまま、リラの手を掴む。
「ぜひこれからもよろしく、リラ」
感情に任せ、繋いだ手を大きく上下に振った。
アドルドといい、リラといい、なんて同室に恵まれているんだ!
同室が良い人達ばかりで本当に良かった。
明日からの生活も上手くやれそうだ。
抱えていた新生活の不安が晴れ、俺は安心した。
これから来る試練に何も気づかないまま、無邪気に喜んでいた。