第8.1騒 とある訓練の日の指導教官達
遅くなりましたが、更新です。
カート村から連盟の脅迫状が届いた翌日。
「おい。お前、村に行って確認とってこい。一週間あれば帰れるだろ」
上司命令で、カート村へと派遣された一人の軍人がいた。
この大陸は一つの王家を頭として、四つの公国が王家より土地と人の管理を任されている。
軍という制度があるのは第二公国のみ。
第二公国の首都“交易都市シェアラブル”は鉱山の多い第一公国と、作物の豊かな第三公国の間に位置する重要な街道の中心地として発展してきた。
街道を利用する際の個別の護衛は各自に任せるとして、街道そのものの治安が悪いと人も物も通らない。それは交易都市としては痛手であり、危機である。
街道は第一公国から第三公国まで続く。国として、街道の治安と保全は絶対であり、その二つを担うものとして、職業軍人が出来上がった。
さて、カート村は田舎だ。
第二公国に張り巡らされた街道は常に馬車が往復し、主要な都市を結んでいる。
この地に住む者の田舎の定義は、街道から離れた村と言う意味合いが強い。首都からの距離は関係ない。基本は街道だ。
街道から離れているから、情報も遅く、物も届きにくい。
そして軍は、効率良く街道を守ることを基本に設立された。
軍の守備範囲から離れて整備されていない道を進み、人口の少ない、すわなち利益の少ない村へ行くのは、よほどの物好きか、使命感に燃えた商人だけである。
さて、カート村は田舎だ。行った者の言葉をかりるなら、“ど”田舎だ。
“貿易都市シェアラブル”と“聖都市ノイマン”を繋ぐ主要街道の間。と聞けばそれほど田舎を想像するものはいない。
ただ、その間には、海岸に付きだした地形が存在する。
その付きだした地形の先端では、漁が盛んに行われ、船で二つの都市を行き来する。町にはならないものの、村として充分に栄えている。
カート村ではない。
カート村は、その突き出た地形の、真ん中にあたりにある。ほぼ、忘れられかけた村だ。
街道からも先端の村からも、歩いて三日かかる。隣村にすら一日かかる。距離の割に時間がかかるのは、特異な地形のせいだ。
カート村に行くためには大きな湖畔を通る必要がある。
湖畔は常にぬかるんで、馬車では行き辛く、水位によって道が変わる。迂回すればよいが、大きな湖畔だ。それも時間がかかる。
面倒な道を超えて行った先は、何も無い、ただの村だ。特産品も無い。
商人は滅多に寄り付かず、自給自足で生活を営む忘れられかけた村。それがカート村だ。
「はぁ? こっちら先に村なんかねー」
船の上、網を引く手を止めた漁師が男を見た。
村では目立つ軍服姿に、仕事をしている者達が遠巻きに様子を窺っている。
「なって名前だー?」
男はとうに暗記してしまった名前を答えた。
漁師は網を置いて腕を組んだ。首を捻り、眉を寄せた顔で唸る。
日に焼けた肌と分厚い上半身はまさしく漁師そのものだが、困った顔は妙に幼い。
記憶が探しても出てこないのか、漁師は遠巻きにしている集団に向かって声を張り上げた。
「だれか知れねーかー」
「あーー……反対側にんな名前の村があったらよー」
集団の中で一番年老いていると思われれる老人が、杖を片手に歩み出た。
馬上の男は首を傾げた。反対側? そんな言葉は初めて聞いた。
「こっちら村に来る前の、前の村らよ。もう一本道があるだー。そっちら先にも村があるだー」
「そっちら先に村なんかあっただー?」
「あったらよー。むかーしむかーし、一度だけ行っただー」
まだあったらかなー。と、不吉な言葉を続けて、老人は杖を、その村の方角に向けた。男が来た方角だ。
男は乗っていた馬の手綱に力を込めた。ありったけの力を込めて手綱を握りしめた。
この村に来るまで、男は半日、馬の上で過ごしていた。
しかし、これより先に村はないと村人が言うのだ。
当然だろう。この村から先は海しかない。仕事でなければ一泊ゆっくりして海の幸を堪能したいところだ。
悔しいと、軍人は己の職務を呪った。
こんなに新鮮で美味しそうな魚を前に、トンボ帰りをさせられるとは!!
こっちら村から、そっちら村まで、半日かかる。さらに先の村だと!?
街道からこの村に辿り付くまでに5日かかっているのを考えると、あと2日はかかるだろう。
なにせ道が分かりづらい。迷ったら更に日数がかかる。
「どんだけ田舎なんだよーー!!!!」
一週間で帰ることは愚か、辿りつけるかもわからない田舎に向かって、男は叫んだ。
「だーくしょん! ちくしょう誰か噂してんな」
「偵察に出た奴からでは?」
「くそっ、あいつどこいってんだ!? 全く帰ってこないじゃねーか!!」
寮の教官室で書類と格闘していたデッシュは頭を掻き毟った。
偵察の方もそれどころではなく頭を抱えているのだが、お互い知らぬままである。
「帰る前に問題が解決して、新しい問題が出て来たぞ、この野郎!!」
格闘していたのは書類そのものではない。そこに書かれた数字だ。
「“躾け”ってこれのことか!!」
「確かに、アレでコレは危険ですよね。よく今まで生きてましたよね」
彼らは揃って問題児を思い浮かべた。
いったいどんな奴がくるのかと戦々恐々としていた指導教官の前に現れたのは、普通より細身の青年だった。
体格の良い彼らは栄養失調ではないかとその細さを疑ったが、検査結果を見るに、ぎりぎり栄養失調ではないらしい。
件の連盟状は本人に内密とのこと。
もちろん仮入隊が大勢いる前で「お前か」などとは言わないが。
良くも悪くも、特別扱いは目立つ。さりげなく確認するだけだ。
部屋番号を確認し、その部屋の奴を見て当たりを付けようとしていた。そんなことをせずともすぐに分かったのは、外見はアレだけどという手紙の一文だ。
軍規で長髪は禁止されている。仮入隊の1年間は坊主頭でも良いぐらいだ。
初日から身だしなみの乱れに罰則を言い渡すほど五月蠅い仮入隊中で、前髪が異様に長いのは目立つ。
手紙の中で、アレだけは許して、勘弁して。と書かれていなければ、問答無用で切っただろう。
――切らなくて正解だった。
ちなみに来年度から、前髪は目にかからない程度と追記されるらしい。
「金の目なんて初めて見ましたよ、俺」
「安心しろ、俺もだ。正直、びびった」
問題児は、金塊を溶かして目に入れたような、綺麗な金色の瞳を持っていた。
村人総出で嘆願する前髪を上げてみたデッシュは見事に固まった。
人を創ったとされる始祖神リサは、金の目と銀の髪を持つ、とても美しい両性具有だと伝えられている。
親として、創造主として、人は金の目と銀の髪を、本能的に美しいと思い、畏怖する。
この大陸で最も美しいとされる色が金と銀である。だから貴族は金髪が多い。尊き色として積極的に血に加えるのだ。
しかし、滅多に銀髪は産まれない。金の目もそうだ。
琥珀よりも純度の高い金の瞳など、お目にかかることは一生無い。普通なら。
これで髪が銀色なら、王家が保護し、一生喰うに困らない生活が送れたことだろう。
金の目というだけでも、充分、保護対象だろうが。
「あの目で見られると動けねぇ……半端ねぇ威力だ……」
固まったデッシュを不審に思い、同じように覗き込んだフランクも、視線が合った瞬間に固まっていた。
デッシュは確信している。あれは、慣れない。毎日見ようが、決して慣れない。
体の奥から、畏怖と畏敬の念が、自然と湧きおこるのだ。と同時に、もっと見たい、手に入れたいという衝動も。
怖いけど見たい。尊いけど手に入れたい。相反する本能が渦のように思考を埋める。
問題児の前髪を伸ばすことを考えた人物は偉大である。前髪は周りの人間への配慮だ。
たとえ本人が、その事実を知らなくても。
目付きが悪いから隠せと言われています? うっかり同意するじゃないか。
間違ってはいない。目付きが悪いわけではなく、目そのものが凶悪なだけだ。
デッシュは手にある、体力テストの数字を見て、溜息を付いた。
「1年でどこまで使い物になるか……」
「使えないと放り出した翌日に行方不明か死体になっていますね。目を抉られて」
「………確実にな」
そう。貴重な、本当に貴重な目なのだ。
人買いや人攫いが組織の力全てを使って捕まえようと血眼になるぐらいには。
本当に、市井でよくぞ生きていた。
「手紙の意味が、ようやく分かった」
問題児の問題児たる所以。
問題児は命を狙わるほど貴重な目を持っているのに、全く体力が無いのだ。
本人の言葉を借りるなら、運動をしたことがないそうだ。野良仕事以外で体を動かすことがなかったそうだ。
だからなんだ!?
女よりも先にへばるな! 17の男としての自尊心はどこにいった!!
ちなみに女子は平均だ。決して体力自慢では無い。事務方志望の子だっているのだ!!
そこまで体力と筋力の無い男を、人攫いから自衛出来るまで育てられるのか…。
「頭痛くなってきたわ……」
彼らはまだ知らない。
件の問題児は、頭の出来の方でも問題があると。