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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
46/89

第2.5騒 踏まれた日の少年

 リラは焦っていた。


 軍に応募し、入隊資格を得たまでは良かったが、そこからが大変だった。

 リラを可愛がっていた姉から、当然の如く猛反対を受けたのだ。

 猛反対を受けることが分かっていたから、リラは家族に内緒で応募したわけだが、上に三人いる姉全員からの猛反対はリラの想像よりも凄かった。

 浮気をしたかのように詰め寄られ、散々怒鳴られ、別れた話のように泣かれ、離婚寸前の夫婦のように無視され。

 それでも頑として入隊の意思を曲げなかったリラに、父親だけは内心で息子の成長を喜んでいた。

 ただ、表だっては女性陣に口出ししなかった。これは例えが全て男女関係になっていることで察して欲しい。

 入隊当日の今日、二つある目覚まし時計が両方とも止まってた為、リラは大幅に寝過ごすことになった。

 次女から誕生日に贈られた、お揃いの仕掛け時計だ。

 慌てて部屋出ようとして、扉が開かないことに気付く。扉の隙間から鎖のような物が見え、早々に諦めてて窓から外に出た。

 最近、怪しい店に長女が出入りしていると聞いた。一体、どんな顔で買ったのだろうか。

 寝る前に用意していた筈の荷物は無くなっていた。

 冗談では済まされない妨害に、さすがのリラも焦りが募る。

「今日は物置に荷物を取りに行かないとな。しばらく前に綺麗になったようだからありがたい」

 通り過ぎの父親の密告に、リラは物置まで疾走した。

 リラの家で言う物置は、敷地内にある倉庫と、家の空部屋だ。

 空部屋を開くと埃っぽかった。リラはすぐに閉めて外へ飛び出た。 

 倉庫はつい最近、誰かが掃除したのだろう。八メートル四方の倉庫に埃っぽさは無く、荷物が整然と並んでいた。

 末の姉の几帳面さが滲み出ていた。ならばこの辺りだろうと、リラは物置の隅を重点的に探す。

 荷物は樽の中に隠されていて、靴は違う隅の麻袋の中にあった。

 大幅に時間は掛かったが、なんとか、本当になんとか、準備は整えた。

 表だって反対をしなかった母とは、必ず昼ご飯を食べてから行く約束をしていた。

 母親としての願いだとリラは思ったのだが、テーブルに乗り切らないほどの料理が出されはじめ、やられたと頭を抱える羽目になった。

 満腹を通り越した腹を抱えながら、食事が入ることを拒む口に、更にご飯を突っ込む。

 食事がこれほど苦痛に感じたのは、産まれて初めての経験だった。

 リラが家を出た時。すでに昼の気配は跡形も感じなくなっていた。

 夕飯の買い出しに行く主婦を追い抜かし、横腹を擦りながら、必死で走って、せり上がる胃の中身を堪え、受付に滑り込む。

 間に合った。だが、まだまだ安心出来ない。

 リラは鍵をもどかしく受け取ると、203号室への階段を一段飛ばしで駆け上がると。

 ノックも無く三番目の部屋へ飛び込んだ。

 

「ふー。間一髪や。時間厳守は基本やからな」


 朝から焦っていたリラは、息を落ち着かせるように努めた。


(第一印象は大事やからな)


 リラは自分を見つめる二人の人物に目をやった。

 一人は体つきの良い、二十五歳ぐらいの男だ。黒い髪と目で、堅気の雰囲気には見えない。

 旅慣れた感じの服装と荷物、こちらを探る眼光から、リラは男が傭兵だと直ぐに見抜いた。

 家の商売柄、同じような雰囲気の者が多く来るのだ。

 そういう意味では、もう一人の青年の方が、リラには珍しかった。

 目を覆い隠すほど前髪を伸ばし、リラを伺っていはいるのだろうが、全体に動きが鈍い。

 物乞いにも負けず劣らない服装は、雑巾にすら使えないと姉たちなら言うだろう。

 リラは二人を見て、即座に自分の立ち位置を決めた。


「うちはリラ! 兄ちゃん達、今日からよろしゅうな!!」


 全力で口角を上げ、笑顔を浮かべた。


(でかい兄ちゃんには逆らわん方がええな。もう一人の兄ちゃんはトロそうやけど、この中ではうちが一番年下やさかいな)

  

「よろしく。俺はカラト」


 リラの言う、トロろうな青年が、ゆっくりと平坦な口調で自己紹介をした。

 青年の手はリラの頭に置かれ、明らかに年下扱いである。

  

「カラト兄ちゃんか。よろしゅうに〜」


 三人の姉たちから散々可愛がられきてリラにとって、頭を撫でる、抱き着かれる、は日常茶飯事だ。


「リラ、年幾つ?」

「十五になったばっかや!」

「そっちの兄ちゃんは?」

「アドルドだ。よろしく」

「アドルド兄ちゃん。よろしゅうに〜」


 末っ子ゆえに身に付けた、姉たちから評判の笑顔を向ける。

 アドルドの反応はいまいちだった。

 なので、リラは別の方向から攻めてみた。


「兄ちゃん達、運がいいで〜。うちは商人の息子やさかい、これから先のいるもんは友達価格で売ったるわ」

 

(アドルド兄ちゃん、こっちの喰いつきはどないかな?)

 

 結果は、アドルドが喰いつく前に、カラトが喰いついた。

 全く変わらない平坦な口調で詰め寄られると怖い。  


「これからもずっとよろしくな、リラ」


 目は見えないが、持ち上がった口角が、笑顔を浮かべているのだと分かる。

 だが、平坦な声のせいで、棒読みに聞こえてしまう。

 上がっている口角と、感情のこもらない声の差に、リラは奇妙な感覚に陥った。

 だが、戸惑っている時間は無い。

 リラは落ちつている様に装って、実はまだ焦っていたのだ。

 

「そんなことより、はようせんと時間がっ!」

  

 部屋の中、入ってすぐに置かれている備え付けの細いロッカーに駆け寄る。

 ロッカーには名前が書かれ、それぞれの制服が吊られてあった。

 リラは自分の名前の書かれたロッカーから制服を取り出し、慌てたように着替える。


『………………』


 見守っていた二人の視線が、痛い。

 アドルドは制服に着替えたリラを見て呟いた。


「いくらなんでもでかすぎるだろ」


 裾が十センチ以上余っている制服に着替えたリラは、子供が大人の服を着たかの如く。

 微笑ましくはあるが、これで点呼に出るのは不味い。

 アドルドの言葉に、リラの肩が下がる。

 実はリラは、ずっと子供服を買っていたのだ。子供服を買う時の感覚で申請書類を記入したので、服の大きさを誤ってしまったのだ。

 それに気付いて軍に連絡を入れたが、当日に早く来て対応して欲しいと言われた。なので、リラは、早く来なければいけなかったのだ。

 それなのに家族に妨害され、予定よりもずっとずっと遅くに、入隊にもぎりぎりの時間になってしまった。

  

(あかん! あかん! あかん! どないしよう!?)


 時間はない。

 思ったより、服は頑丈で仕立てがしっかりしている。

 今から替えてもらいに行くか? こんなぎりぎりの時間に来て?

 どこに? 誰に言う?

 

 冷や汗が溢れた。 

 点呼まで一時間を切っている。

 探して交換して、間に合うか。

 リラは稼業を手伝っていたので、軍人と会う機会が多かった。

 軍では担当がしっかりしているので、担当ではない場合、盥回しにされるのだ。

 そして顔見せの意味が強い、初めの点呼で遅れるのは、これからのことを考えると非常に不味い。

 リラは自分が最年少であるのを理解している。体が小さいことも。

 可愛がられるのと同じように、舐められることも。

 苛められる要素が多いリラにとって、目立つ行為は、避けたいのだ。


(ほな手直し出来るんか? 無理やな)


 リラは諦めの溜息をついた。

 諦めるのは早ければ早い方が良いというのはリラの持論だ。その分、次の行動が早く行える。

 仕方ない。間違えたのは自分だと、制服を脱ぐ。

 なるべく早く替えてもらおうと意識を変えた所で、手が伸びてきた。

 分厚くて大きい手の平が、リラの前に差し出されている。


「? なんやカラト兄ちゃん?」

「なおす」


 リラは言われている意味が分からなかった。


「今から服に手を加えるのか? そういうのは時間がかかるだろう?」

「大丈夫。間に合う」


 動かないリラから服を取り、青年は部屋にあった裁縫箱から裁断鋏と針と糸を取り出した。

 そして一気に、迷いなく鋏を入れ、裾を短くした。

 余りに大胆な鋏入れに、二人は息を飲んだ。

 大胆に鋏をいれたかと思えず、慎重に形をとっていくところもある。

 針が流れるように生地を泳ぐ。厚い生地なのに、まったく硬さを感じさせない。

 わざと皺をつくる為に水を吹きかけたり、重りをのせたり。

 手仕事を生業としている職人のように、全く迷いも無駄も無い動作だった。

 一番手間取っていると感じたのは肩幅だ。実際に着て、背中の生地を折って縫って調整して。

 それでも手際の良さが光る。

 匠の技に魅入っている二人を視界に入れないほどの集中力は、最後の糸を切るまで続いた。 

 

「ふぅ…」 


 首を横に鳴らして、青年は服をリラに手渡した。

 

「カラト兄ちゃん神様! ほんま助かったわ!」


 まさか本当に時間内に手直しが出来るとは思っていなかったリラは、飛び跳ねて喜んだ。


「すごいな、カラト」


 制服へと着替えながら、今まさに出来上がったリラのものと比べ、ほとんど変わらないことにアドルドが感心する。

 二人に褒められ、本人は嬉しそうだった。

 無事に着替えた三人は互いの服を見ながら、軽口を叩きあう。

 それから直後に起こった廊下での騒動も、見に行きたがったリラとカラトをアドルドが牽制したり。

 点呼後はそれぞれ自己紹介を交わし、故郷のことを話したり。

 三人はそれぞれ、初めて会った同室と、これから比較的穏やかに過ごせそうだと、安堵して眠りについた。



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