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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
40/89

第0.4騒 第二公国軍内にて。

第0.3騒より、時間軸的に前の話になります。

第0.5騒の関係上、こちらを後に持って来ました。

 光の入らない狭い空間に、身を低くした何かが動いていた。

 その塊は大きく、速い。

 成人なら四つん這いにならなければ通れない天井の低さにも関わらず、まるで小動物のような素早さだった。

 空間を支える剥き出しの木の柱を次々に通り過ぎ。

 なのに、そよりと紙が動くような風しか生じない。

 動く際に生じる音のすべてが聴こえない。

 いや、同じ空間で耳を研ぎ澄ませば、あるいは聞こえたかも知れない。

 心臓の音と同じぐらいに小さな呼吸音が。

 音も無く光も無い中、何者かが器用に動く。

 ただただ等間隔に木の柱が生えている空間の中。何者かは立ち止まり、止まった所に置いていた大きな手で何かをずらした。

 紙一枚分の隙間から、光が差し込む。

 光の中に耳を澄ませば、ペンを走らせる音が一つだけ天井裏の者に届いた。

 隙間に顔を近づけ、何者かは囁いた。


「井戸端会議のお時間っす」 

 

 とても楽しそうな男の声が頭上から届いた。

 ペンを走らせていた男は、その声をしっかりと聞いた。

 微々たる光の中で、囁いた口元は弧を描く。

 しかし、規則正しいペンの音は止まらない。男は手を止めない。

 一定の規則だった音がしばらく続き。


「…今日は何の用?」


 ようやく、男の声が真下から真上へ届いた。

 硬質で平坦で抑揚の無い声だが、これが彼の、いつもの声だ。


「知っているとは思うっすけど、例の試作品の一つが紛失したっす」


 天井裏と呼ばれる所に潜む者は、空気の様に軽い口調で告げる。

 彼の口調はいつもこれだ。内容によって変えることすらしない。


「…初耳だ」


 男の音域が低くなった。硬質な声が更に強度を増したかのような、声色。

 それでも、ペンの音は止まらない。


「そのうち報告に来ると思うっすから、お仕置きはその時にお願いするっす。

 ちなみに、試作品は紛失ではなく盗難で、犯人は例の一味みたいっす」

「…余計な手間を掛けさせてくれる」

「全くっす。備品だけならお目こぼしにもあったっすのに、寄りにもよって、まぁ」


 続く会話と、続くペンの音。

 話している口と、動かしている手は別物に違いない。

 

「…管理者が協力者の可能性は?」

「あると思うっすよ。どこまでが協力なのかはさておき、思った以上に多いかも知れないっす」


 いやっす。物凄くいやっす。過労死するっす。

 そんな声が下に届くが、ペンを休まず走らせる男が同情することは、決して、無い。

 

「…うまく情報部隊を使えば良い」

「………あっちも、こっちも、本当に人数を増やさないと不味いっす」


 唸るのは、この二か月間休みが無いせいか。


「…今年は例年に比べて条件に合う該当者が多い。

 …今年ぐらいで手を打って欲しいと、伝言だ」

「必ず伝えておくっす」


 伝言の前にペンの音が止まった。と思えば、また始まった。

 手元の紙を変えただけらしい。

 それっきり、天井からの声は無くなり、部屋にはペンを走らせる音だけ響いていた。



*****************************************



 横、一メートル三十センチ。縦、一メートル。

 平たく置ける書類は二十枚。


「そんなにないけどよ、っと」


 白いマントを被った小柄な人物が、重厚な机の上に置いた書類を、机の上から眺めていた。

 並べられた紙は八枚だ。

 二十枚置ける場所なのに、八枚だ。


「んー。ぱっとしねーなー」


 白い手袋を履いた手が、八枚の内の一枚を、茶色の絨毯の上に捨てた。


「取りあえず、こつはいいや」

「今年一番の目玉を即座に捨てるな。そもそも重要書類を床に捨てるな」


 落ちた紙を拾った男は、元から手に持っていた書類を机の上に置き、拾った紙を見た。

   

「士官学校主席卒業。母は妾で、体を悪くして本館に引き取られたが、本妻との関係は最悪。父親は放任。

 周りは全部敵だと言うような生意気一直線。まさにお前好みの人材だと思うが?」


 男は小柄な人物が居座る机の椅子に座り、紙を机の上に戻す。

 どこも人材が不足しているというのに、一番人気を一番に切り捨てた相手に溜息が漏れた。

 なぜ男が不在の時に男の執務室にいるのかとか。なぜ重要な書類を無断で見ているのかとか。

 全て今更な質問は置いておく。

 それよりも、なにが不服なのだと、聞いてみると。


「だってつまんねーじゃねーか」


 実に簡単な返答だった。


「確かに良い物件だ。適正がないわけじゃない。だけどなぁ、いまから限界が見える奴はつまんねーよ」

「………」


 確かに、紙に書かれた相手の将来の姿は容易に想像が付く。

 けれどそれは決して悪い未来では無い。確実に中佐相当にはなるだろう、充分に逸材と呼べる。


「………ウチが貰いたいぐらいだ」

  

 男の方も人材不足は深刻なのだ。

 胡坐をかいた人物は七枚になった書類を熱心に見つめている。

 そして、男の執務机にある、男のカップに手を伸ばし、口を付け、顔を顰めた。


「ブラックかよ」

「………」


 この傍若無人な相手に何を言おうか男が迷っていると、上から声がした。


「そんな方にはこちら、クリームっす」


 天井から逆さまにクリームを持って現れたのは、頭の禿げた男だった。

 細目で常に笑みを浮かべている男は、天井裏の住人と呼ばれている。

 小柄な人物は手を伸ばし、クリームを受け取ると。

 男に用意されていた、男の珈琲に、たっぷりとクリームを加え、飲みだした。


「んでんで、良い人はいたっすか?」

「発掘中だ」


 音も無く絨毯の上に着地し、机の上に並べられている書類を覗き込む。

 立派な軍人であるはずなのに、その男の格好は奇妙であった。

 奇妙とは言え、世間一般から見れば変でも何でもない。ただ、場所柄、奇妙に映るだけだ。

 短パンに袖なしの麻の服など、典型的な漁師の服装は、軍の中では異質だろう。

 おまけに、漁師に似合いの見事な禿げ頭だ。

 その禿げた頭を、男は掴んだ。


「ギンブリーさん痛いっす! せっかく情報を持ってきたっすのに!」


 情報部隊という、情報を一手に握る部隊に情報を持ってくる男に呆れ、つい指に力がこもった。


「ギブっす! ギブっす!! これ本当に大事な情報っす!!」

「早く話せ」


 男が手を放すと、わざとらしく痛がる素振りを見せるも、直ぐに口元を緩めた。

 楽しくて仕方無いとでもいうような、表情だ。


「試作品の短銃が、例の横流し一味に奪われたっす。

 んで、管轄がウチに移っちゃいまいたっすけど、ウチ、ちょー忙しいんで、そっちのケツをそっちで拭けるように協力させてやるっすー。

 いやーウチって器がでかい!」

「………」

「なんだ? まだここまで情報が来てなかったのか?」

「そうなんすよー。さっき元帥の所にもお知らせに行ってきたっす。

 元帥も知らなかったから仕方ないっす」

「よっぽど隠したかったんだろうなー責任者」

「今頃恐怖のお説教くらってるっすよー。ぷぷっ」

「………」


 世間話のような気楽そうな会話だ。内容が、ギンブリーの脳に染み渡るのに時間がかかった。

 ギンブリーは机の上で胡坐をかく人物から、本来ならギンブリーの物であるカップを奪うと、一気に喉に流し込んだ。


「あぁ!!」


 愚痴と文句と罵倒を、胸やけしそうな甘さになった珈琲で飲み下す。

 せっかく自分好みに仕上げた珈琲を取られ、悔しそうな顔を見せる小柄な人物を観察し、ギンブリーは溜飲を下げた。


「丁度良い。さっきの奴を使うか」


 一度床に落とされた目玉人材の書類をもう一度手に取り眺め、ギンブリーは笑みを浮かべた。

 どさくさに紛れて優秀な人材を確保した相手に、呆れた声が掛かる。


「青田買いは禁止っすよ」

「非常事態だ。元帥には通す」

「軍服で行くのはアウトっすよ」

「………お前は俺をなんだと思っている?」


 そんな二人を余所に、小柄な人物は初めに広げていた七枚の書類から一枚を持ち上げた。


「こいつ、おもしろそうだな」


 持ち上げた紙を、後ろから二人が覗き込む。


「えー、本気っすか?!」

「理解しがたいな」


 目を引くところは何もない。空白の多い書類だ。

 特徴をしいて上げるなら、聞いたこともないような田舎の村が出身だと言うことだろうか。

 風変わりな白いフード付のマントを羽織った人物は、白い手袋越しに名前に指を這わせ、しっかりとその名前を覚えた。

   

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