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無騒の半音  作者: あっこひゃん
主旋律
4/89

第4騒 はじめて踏まれた日の、同室が判明した時。

「………カート村のカラトです」

 名前を言うだけなのに、極度の緊張に襲われた。

 せっかくここまで来たのに、名前が無いと言われたら………。

(明日からどうすれば……)

 手の平に汗をかきながら、受付の人を注視した。

 ほんのわずかな動きも見逃すことは出来ない。

 紙束の中から、俺の名前を探している。

 一枚の紙に上から下まで。余すところなく、人の名前が書かれていた。

 探す側の眉間に皺がよる。

 何もやっていないのに、何か言われそうな雰囲気が漂ってきた。

 大変な作業だ。皺が寄るのもわかる。

 ただ、待つ身としては、心臓に悪い癖だ。

(あるはずだ。俺の名前)

 自分で探そうと思ったが、無理だった。多すぎる。

 何もかも諦めて、目の動きが尋常じゃない受付の人の任せよう。

(それにしても多いな)

 紙は数枚ではない。束だ。

 この紙束に書かれた全員が新入隊員なのだとしたら、とんでもない人数である。

「か、ら、と……っと。はい、これが部屋の鍵。今日の夕方に説明があるからそれまでに制服に着替えて部屋で待機。放送があるから良く聴いててね」

 流れるような説明と共に、女性軍人に笑顔で迎えられた。

 眉間の皺は、もう無い。

(名前があった!良かったぁ〜)

 不安で不安で仕方なかった心が晴れる。

 思わず胸を撫で下ろした。

「ありがとうございます」

 ペンダコのある柔らかい手から鍵を受け取り、名前を記入する。

 カラトと書いた青いインクの後ろに、赤いインクが染みた。

(あれ?)

 ペンを置いて、机に当たっていた手の側面を見る。

 赤い液体が垂れていた。

(インクなわけないよな。これ。腕からか?)

「血が出てるぞ」

 受付の済んだ救世主が、横から覗き込んで来た。

「あっ」

 思い出した。

 慇懃無礼な女顔サミエルに突き飛ばされた時に擦り剥いた傷だ。

 意識してしまうと、肘から下がかなり痛いことに気付く。

 気付かなれば痛くないのに、気付くと痛くなる。不思議だ。

「君、怪我してるの?大丈夫?」

「大丈夫……です」

 女の子に大丈夫?と言われて、無理。と答える男の子がいるか。

 健気に強がってみた。

 しかし、正直、痛い。

「そう。痛かったら我慢しないで治療室に行ってね。場所は適当に誰か捕まえて聞いて」

 かなりおおざっぱな説明で、軍人のお姉さんは次の人を促した。

 忙しそうだ。

(当然か)

 あの紙束にある全員を捌くのは本当に大変だ。

 しかも入隊の受付は、今日一日だけ。

(俺だったら無理だな)

 お姉さんに感謝の意を込めて、軽く頭を下げて離れる。

 邪魔にならないように受付から離れ、人ごみからも離れる。

 人の波から外れた所で、汚れきった袖を捲った。

 腕の下、結構な広範囲で出血を確認。

 鮮やかな赤い一滴が、肘先から地面に滴った。

「傷自体は浅いし、血もすぐに止まりそうだな。消毒と包帯を巻くぐらいの応急処置で大丈夫だぞ」

 適切なアドバイスが降ってきた。

 ありがとうございます。

(……もしかして、さっき倒れそうになったのは貧血のせいか?)

 空腹と貧血。

(………どっちらも同じか)

 結局どちらも、めまいの後に倒れるものだ。

 どうでも良いことは気にせずに、腕に目を移した。

 浅い傷だからか、景気良く血が流れている。

 垂れかかった血を舌で舐めると、傷に染みた。

「けっこう痛い」

「俺も少しなら傷薬をもってる。今は適当な布あてといて、部屋に行って治療しよう」

「えっ?あ、ありがとうございます」

 なんということだ。

 まさかそこまでしてくれるとは。

 素晴らしい。

 彼こそ人の鑑だ。

「俺はアドルド。元傭兵だ」

 アドルドは節くれだった手を差し出してきた。

(傭兵か。通りでがたいが良いわけだ)

 俺より三十センほど高く、肩幅は確実に十センは広い。

 がっしりした胸板。筋肉で絞られているのが分かる体。

 腕なんか、妹が抱き着いても、持ち上げられそうなほど太い。

 殺伐とした印象の傭兵だが、アドルドの黒い目は、厳しさの中に、優しさを感じさせる目だった。

「俺はカラト。元農民」

 握り返した掌は大きく、強い力を感じた。

 屈託無く笑う顔も、力に溢れていた。

 たくさんの経験を積んだ“自信”という力。

(自信か……俺には程遠い言葉だな)

 どうすれば自信がつくのか。

 いずれ御教授願いたい。

 教えてもらっても、なかなか身につかない自信ならあるが。

(でも出来なくても、最後まで面倒をみてくれそうだな)

 会って間もない相手に、ここまで付き合ってくれるのだから。

 面倒見が良いというか、人として立派すぎる。

(良い人に会った)

 笑い返す。相手も笑ってくれている。

 なぜだか、打ち解けたような気分になった。

「俺の部屋は203だな」

(同室はこうゆう相手が良いな)

 せめて近くの部屋。

 思い切ってお隣さんぐらいにいて欲しい。

 それなら、例え同室が嫌な奴でも、どうにか過ごせそうだ。

(俺は何号室だろう?)

 握り締めていた鍵を初めて開く。

 平鍵に削られた番号は。

「………203」

「同室だな!これからよろしく頼む!」

「……こちらこそ、よろしくお願いします」

 どうやら俺の幸先は、出会いと唐突の神アガンに祝福されていたようだ。

 傍若無人女顔サミエルに突き飛ばされたことは記憶から消し、頼もしい同室を与えてくれた神様に感謝した。


誤字脱字やわかりにくところがありましたら、遠慮なくつついて下さい。

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