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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
38/89

第0.2騒 商人の息子達

 船着き場は早朝が一番活気づく。

 海と言う布団に入った太陽が頭を出す頃。

 夜明け前から出船していた船が、赤い空を背景に次々に戻る。

 太陽が寝起き姿から完全に覚醒する前に、漁師は魚を卸し、魚を手にいれた市場の店主は採れたての野菜へ群がる。

 少し離れた先では、酒を出す屋台や手早く食事できる屋台などが、店の開店準備に走り回っていた。

 陽が大地を照らす時間になると、船着き場の熱気は倉庫街まで広がる。


 交渉と値切りと悲鳴と、情報と注文と怒声が飛び交う。

 貿易で運ばれてきた珍しい調味料や香料、食材が並び始めると、行きかう人は足を止め。

 一仕事終えた者か、今から始める景気づけか。酒を飲み交す屋台は賑わい。

 忙しく立ち回る人。野次馬のような人。あたりの立ち話は政治、経済、明日の天気や孫の話と節操無く。

 目まぐるしい人の流れの中から目敏く客を見つけ交渉を行うのは、荷運びの者か、情報屋か。

 

 早朝であるにも関わらず、この時間帯は様々なモノが溢れ、零れるような均衡の上で見事に収まっている。

 騒がしく、姦しく、忙しい。

 どのぐらい忙しいかと言えば、子供が容赦なく扱き使われるぐらいだ。



「おはよう」

「おはようさん」


 背の高い少年と、背の低い少年が倉庫街に入る前で挨拶を交わしている。

 一人は170センチぐらいのひょろりとした少年。一人は140センチほどの小柄な少年。

 成人男子の平均身長は180センチだから、170センチの身長を相手に少年では失礼かもしれない。

 だが、顔立ちが幼いので、少年と形容して差し支えないだろう。


「今日の鍵当番はブラン商会だったんだ」


 鳶色の大人しそうな瞳で見下ろした視線の先は、倉庫の鍵を持つ、あからさまに不機嫌な少年の顔。

 への字に曲げた口の上、大きな目には、見事な隈が出来ていた。


「鍵が三つあるんはともかく。三つとも、持っとるやつが違うっちゅーのは非効率的や」


 倉庫街にある五つの倉庫は、街にある五つの組合がそれぞれ管理、所持している。

 背の低い少年の家が所属している組合は、三つの内の一つの鍵を持ち回りで管理していた。

 背の高い少年は違う組合だ。だが、鍵の管理の仕方は違えど、厳重さでは似たり寄ったりである。


 大事な鍵だというのは子供でも十分理解出来るが、朝早くから駆り出されている少年の機嫌は悪かった。

 元々クセ毛の髪は普段にも増してはね広がっているし、たまに聞こえてくる腹の虫は主張が激しい。


「昨日の夜は何をしてたの?」

「………」

 

 起きれなかった原因を聞くと、猫のような茶色の目が見上げてきた。

 悪戯をする時に輝く大きな目は、いつもとは違って真剣で。輝いてはいないが、そこには深い光が見えた。

 軽い気持ちで聞いた筈の少年は不安になった。なにか変なことを聞いただろうか。

 足を止めないまま、探り合うように見つめ合う。

 ただし、その時間は僅かなものだった。


「あんなミラン。ウチな、今年から軍に入ろーと思ってん」

「………………え?! 軍?」


 ミランは思わず聞き返してしまった。

 少年は頷き、手の中の鍵を弄りながら口を尖らせる。


「せやけど、姉ちゃんが達が反対しとんや。最近ずっっと説得しとって。毎日大変なんや」


 それはそうだろう。

 背の高い少年ミランと、背の低い少年は同年代だ。こうみえても。

 二人は十五歳。軍に入れる年齢ではあるが、その年で入る者は少ない。

 なにより重要なのは、ミランは一人っ子だから良くわからないが、隣の少年は上に姉が三人おり、三人とも弟を溺愛しているということだ。

 同じ商売人の息子同士、こうして良く会っているし、会えば話をしたりする。

 話を聞くだけのミランでも、彼の姉達が許すとは思えなかった。


「急にどうして………」


 ミランにとっては、今日初めて聞いた話である。

 けれど、少年にとっては違うようだ。


「前から考えとったんや。ウチ、武器屋の跡取りやけど、武器全然使えへんし。親父も使えんさかい、最近は包丁ばっかりや。

それが悪いとは思えへんし、思わんけど、戦士と鉄の神ブラノフの名前を冠するウチの商会がそれじゃあアカンやろ。

それやったらはよ軍に入って、はよ退役して、店継ごうと思ったんや」


 言って、気楽に笑う。簡単に笑うが、家族全員が反対しているだろうことは雰囲気で分かった。


「………そっか……すごいな、リラは………」

「そんなことあらへん。ほな、そっちも頑張ってな」

「……あぁ……」


 二人は倉庫の前で別れた。


 ミランは同世代の思わぬ大人びた考えに衝撃を受けていた。

 ただ言われるままに店を手伝い、漠然と店を継ぐことしか考えていなかった自分と比較してしまった。

 家族全員が反対しているのに、曲げない所か説得しているのが奇妙に思えて仕方なかった。

 同じような時を過ごして、どうしてそんな思いを抱けたのだろうか。

 彼と自分の違いは何なのだろうか。

 ミランの内心の思いは別として、作業に慣れた体は順調に仕事をこなしていく。

 父が買い付けた野菜と魚と、倉庫から取り出した調味料と酒と塩。それらを荷台に載せていく。

 固く縄で縛って落ちないように固定する。

 縄の縛り方も慣れた物だ。漁師も使う頑丈な縛り方は、体が覚えている。

 一息つく。父親が顔なじみと話をしていたのが見えた。

 長くなると思ったのは、過去の経験からだ。

 荷台に座って少し休もうかと考えていたミランに、何かの重みがつま先に掛かった。


「……なんだ、お前か」


 こちらはこちらで、小さな顔見知りが前足を靴に乗せていた。

 藁色の、絨毯のような短い毛に包まれた猫だ。

 猫にしてはかなり大きく、貫録がある。傷の入った顔立ちも厳つく、歴戦の兵のような雰囲気が漂っている。

 実はこの猫、この街のボス猫であり、ボス野良犬と日々闘争に明け暮れる武闘派ネコである。

 猫の中ではドンなどと呼ばれ、裏道を歩けば“格好良い”“ダンディー”と雌猫が餌を持って春波を送るほどにはモテる。

 そんなことなど知らないミランは、いつもポケットに忍ばせている干した小魚を与える。

 ミランの手の上にある小魚を咀嚼する猫。

 猫はミランの手以外からは、与えられても食べない。

 そんなことなど知らないミランは、請われるままに魚を与え、頭や喉を撫でる。


 ひとしきり撫でられ、満足した猫は、倉庫前に積まれた木箱の上に乗って鳴いた。


「ナ〜ゥ」


 鳴き声は、響くような重低音。

 そして木箱を飛び渡り、倉庫と倉庫の間でもう一鳴き。

 ミランを見ながら尻尾を振っている様子は、まるでついて来いと少年を誘っているようだ。

 たまにこの猫は、捨てられたばかりの子猫の元に案内したり、不審な落とし物を拾わせたり、猫の手に追えない物を託すことがある。

 そうした日々から、ミランは今日もまた何かあるのかと、素直について行った。

 行く前に父を見遣ったが、まだ話は続いている。あれはまだ終わりそうもない。

 猫の導くままに倉庫の裏手に行く。

 樽や木箱を避けながら、一番端の倉庫を回った所に“それ”はあった。


「なにかな、これ?」


 海に落ちそうな際に、落とし物。 

 高い波がくれば海に飲み込まれてしまっていただろうが、昨日の波は非常に穏やかなものだった。

 壁際の側で、波にあおられながら浮かんでいる酒瓶がまだ新品の様子からも分かる。


 ミランは落とし物を手に持ち、眺める。

 掌に収まるぐらいの、黒い、鉄の何か。

 指を引っ掛ける取っ手や、短い筒のような形から、火縄銃のようでもあったが、それにしては小さいし、形がおかしい。

 こんなに小さいと火薬も詰めやしないではないか。


「なんだろう?」


 尻尾を叩きつけている猫に聞いても返事は無い。

 ミランはいつも通り、拾ったものを懐に入れこんだ。

 たまに子猫を拾わされるので、服を細工して、外からは分からないように腹に何でも隠せるよう改良しているのだ。 

 






リラ・ブラン 

 古くから続く武器屋“ブラン商会”の一人息子で跡取り息子。

 上に姉が三人。姉の愛がうっとうしいと感じているお年頃。          背が低く、くせ毛で目が大きい。猫見たいで可愛いと片思いの子に言われて失  恋(?)した過去がある。            


ミラン・オール

 大きい総合雑貨屋“オール雑貨店”の一人っ子で跡取り息子。

 気は弱いが力仕事で鍛えている為、腕力はある。

 ボス猫とは子供の時以来の付き合い。たまに玄関に鼠が置かれて困っている。


ブラン商会

 代々続く老舗の武器屋。

 小規模経営ながら、長い年月による伝手と信頼を得て堅実な経営を行っている。 現当主は武器が扱えず、武器の需要が減ったことにより、料理人用の最高級包丁をブランド化して成功させた。


オール雑貨店

 日常で扱うすべての商品がここで買えると評判。

 店長が新しいもの好きなので、よく商品が入れ替わるのが特徴。

 店も大きく、従業員も多い。


ボス猫

 ちょっと危険な匂いのする大人の雄猫。英雄色を好む。

 子猫の頃、ミランに助けられて以来恩人と感じている義理堅い一面も持つ。

 

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