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無騒の半音  作者: あっこひゃん
副旋律
37/89

第0.1騒 これが本当のプロローグ。

主人公カラト視点から第三者視点へうつります。


ここからがらっと文章が変わります。


 月と罰の神ディーが目を閉じようとしている。


 細い、弓のような光が海の水面を渡り、埠頭をひっそりと照らす。

 囁き合う恋人のような、緩やかな波。

 けれど耳を澄ませば。

 逢瀬には不似合の、まるで雰囲気を読まない、無粋と称されるだろう、捲し立てるような曲調の音楽が聞こえてくる。

 音程外れの上機嫌な歌は、埠頭にある煉瓦造りの倉庫の一つから流れていた。

 瞼の閉じかけた月の光は、五つ並ぶ倉庫の姿を映してはいたが、細部は曖昧だ。

 そんな闇夜の中から。

 顔が一つ、浮かび出た。

 男の顔だ。強面の顔に似合う角刈りの頭が左右に振れる。

 男は辺りを一瞥すると影の中に消えて行く。

 同じフレーズを繰り返していた歌も、消えた。



 男は光源の無い、暗い道を歩く。足元は何も見えない。

 倉庫の感触を左手に置きつつ、時折、右手の酒瓶を煽った。

 たまに躓くが、酒瓶の中身が少ないことを考えると、どちらが原因か分かり難い。

 奥へ奥へと進むと、急に視界が明るくなった。

 倉庫の裏手に出たのだ。

 月明りが注ぎ、ようやく男の足元が照らされる。

 男がいる位置は倉庫街の角だった。通って来た道はほんの十数センチ。その横は黒い海。

 飛沫が足にかかる。

 体を横にして歩いても不思議ではない道だったが、男にとっては楽な道だったに違いない。

 空になった黄土色のガラス瓶を足元に、男は木箱の一つに手を掛けた。

 木箱一つ一つは一メートルから二メートルの四角形。

 その木箱の山を上りきると、一か所だけ穴があった。

 何も荷物を置いていない。意図的な隙間部分。

 登らなければ気付かない隙間にランタンを置いて、二人の男が木箱に腰かけていた。

「もどったぞ」 

「どうだ?」

「あぁ。犬もいやしねぇ」

 出迎えた相手に、歯を見せ笑う。

 その場にいる三人は、良く似ていた。

 顔が、ではない。風体が。

 三人共、力仕事が得意そうな体躯である。服の上からでもわかる筋肉、特に腕や肩は厳つい。

 目の鋭さはもとより、刈り上げた髪の形まで似通っている。

「そいつはよかったぜ。全くお前はでかい声で耳の腐る歌なんぞ歌いやがって」

 返事を聞いた男は大げさに肩を竦め、隣の男の頭を殴った。

「なんだよ〜取引は終わったんだから良いだろ〜?」

 殴られた男の顔は赤い。たった一本の蝋燭の灯りでもわかるぐらい、赤い。

 素面の男と、飲んでも飲まれていない男は顔を見合わせ、同時に蝋燭に目を落とした。

 正確には、蝋燭の灯りを受ける銅貨に。

「そいつの分、減らせ」

「カスみたいな迷惑料だな」

「だぁ〜! それはひどい!」

 全体の銅貨の数は彼らの一か月分の稼ぎに相当する。

 その山を三つに分けているので、一山はさほど多く無い。

 それでも臨時収入としては充分な額だ。

 酔っている男は伸ばされる二つの手から銅山を守るべく、急いで一山を抱え込んだ。 

 抱え込み、酒で崩れた顔から更に崩れた笑みを浮かべる。

 鼻の下を伸ばした顔と言えばいいだろう。

「これでまた楽園エデンに行けるぜっ」

 彼の言う楽園エデンは、魅力的な女性が酌の相手をしてくれる店だ。

 侍らす相手によるが、手の中の銅貨で二、三回は良い思いが出来る。

「一度で良いから楽園エデンの女三人と一度に相手したいよなー。代わる代わるご奉仕してもらって………うへへ、俺のからだもつかな〜」 

「馬鹿だろお前」

「お前の相手をするなら馬の相手でもしてた方がましじゃねーか」

 天変地異が起こっても有り得ない妄想を切り捨て、二人はそれぞれの山を取り、懐に納めた。

「ぼろい商売だ」

 懐の感触を確かめ笑みを浮かべた男は、新しい酒瓶を開け、一気に煽った。

 待ちに待った喉越しに、声が漏れる。

 たちまち空になった瓶を転がし、二本目に手を伸ばす。

「元手はタダだからな。安い女の股を開かせるようなもんだ」

 素面を保っていた男も、小さな酒瓶を手に取った。

 少量だが度数の高いそれを、割りもせずに流し込む。

 三人の男は酒を楽しんだ。

 湧いたお金の使い方を語り、好みの体について熱く議論を交わし、日頃の鬱憤を巻き散らかした。


 背の低くなった蝋燭の周りで酒瓶が十本転がる頃。


 声を落として二人に話しかけた。


「なぁ、良いモン見せてやるよ」

 言って、服の中から取り出したモノをランタンの火にかざす。

 二人は目を見開いた。予想通りの反応だ。

「おめぇ……これ……」

「すげー! ちょっと触らせてくれよ〜!!」  

 指先まで真っ赤になった手を伸ばしてくるが、躱す。

「ついでにくすねてきた。安心しろ。これは非売品だ」

 二人とも、手の平に収まるモノに釘付けだ。

 仲間のど肝を抜けた優越感で、飲んでいた酒が倍に美味く感じた。

「これが噂のやつか……もっと良く見せろ」 

「俺が先だったのに〜!!」

「俺だってまだ弄ってないんだから後にしろ!」

 酒に酔った頭で取り合いを始めた。

 ぶつかるし、腕を真っ直ぐに伸ばせないし、手が回らないし。

 騒々しさは倉庫全体に響いているだろう。

 幸いなことに、聞きとがめる者はおろか、誰の耳にも届いていなかった。

 屈強な男三人による激しい騒ぎは、もはや乱闘に近い。

 奪い合いの最中。手と手が弾かれ、モノが飛んだ。

 木箱の上で一度跳ね、落ちる。

 高い音と、その直後に、何かが海に落ちた。

 そんな、音がした。

「………おい、落ちちまったぞ」

「…落ちたな」

「ど〜するよ」

「どうしようもないだろ」

 酔いの冷めた様子で三人は顔を見合わせた。

 手と手が当たった。誰が悪いというわけではない。

 そして今日は新月の前。罰を与える月の光はごく微かにしか出ていない。

「今から渦と珊瑚の神シズリーにでも祈りにいくかぁ?」

「祈って出てきたら苦労しないってば〜」

「せっかくパチって来たものを……」

「場所変えて飲みなおすか。お前らの面を見るのも飽きたしな」

「俺、楽園エデン行きてーな〜」

「少しは反省しろ」 

 

 三人の男は酒瓶を転がしたまま倉庫を後にした。

  


これが本当のプロローグ部分だったものです。

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