第34騒 長い一日の、大声を出した時。
9/24 一部表現を訂正しました。
少年と見つめ合う。
なぜか、視線を逸らした方が不利になるような気がした。
お互いに視線が外せなくなり。
見つめ合う。
幼い茶色の目は、揺れていた。
年のわりに大きな体だと思うのだが、どうも気が弱いようだ。
(……静かになったな……)
いつの間に店が静かになっている。
乱闘が終わったようだ。
まだ抵抗している人もいるようだが、酒瓶が割れる音はしない。
(もう、出て行っても良いかな)
騒ぎが収まったらアドルドの所に行って。
――なんでこんなことになったのか話を聞こうと思う。
(なんか、鞄を濡らして怒ってる雰囲気じゃなかったような気がするんだよな)
そう思って。
まだ見つめ合ったままの少年をどうするか、迷う。
口を堅く閉じ、何かに耐える少年。
目を閉じるのを我慢しているのか、目が充血しだした。
俺が苛めてるみたいだ。
目が痛いだろうと口は開きかけ。
「すまんアドルド!!」
「「!?」」
二人揃って、飛び上がるぐらい驚いた。
具体的には。
息が詰まり、肩が上がり、目が大きく見開いた。
突然響く、切羽詰まった大声。
見つめ合っていた俺達は、どちらからともなく体を寄せ合い。
テーブルの横から声の出た方向へ顔を出した。
(誰だ?)
赤の混じった茶色の髪の、二十代の男。知らない人だ。
軍服は着ていない。
平均的な身長だが、一般人にしては体つきが良すぎる。特に腕や肩。
盛り上がった筋肉は、明らかに荒事に慣れていそうな雰囲気だ。
(あぁ……傭兵か……)
腰に下げてある剣を見て納得した。
アドルドの名を呼んでいたし。
その人が慌てた様子で、人が積み上がった入口から。
奥にいるアドルドに叫んだ。
「すまんアドルド! 鞄を取られた!」
「なにぃ!!」
「相手の数が多すぎた!」
店内がざわつく。
アドルドが慌てて傭兵の所へ向かい。
軍の先輩も険しい顔で何か言った。
「本当か!?」
「出鱈目を言うな!!」
周りにいた軍の人も一様に険しい顔だ。
倒れていた人も、口々に何かを言っている。
秩序の無いざわめき。
本当なのかと真偽を問う声が広がり、嘘だと叫ぶ声が上がる。
大事のようだが、話が理解出来ないので、良く分からない。
どうやら、まだ騒ぎは終わっていなかったようだ。
(うわっ!!)
なんだ?!
突然、身を寄せ合っていた少年が震えだした。
尋常ではない震えが、触れ合った肩から伝わってくる。
先程までとは明らかに顔色が違う。
白い顔、紫の唇。おまけに体が震えているのだ。
何かあったに違いない。
「大丈夫か?」
ちょうど、時間式の魔方陣が起動したのか、暖炉に火が灯った。
背後にある暖炉では、用意していた燃料が、すぐ燃え上がる。
少年の顔色は、やっぱり青かった。
(怪我をしていたんだ)
だから逃げられなかったのだ。
「軍人が来ているから、その人達の所へ行こう」
傷に響かないよう、なるべく穏やかに伝えた。
一緒に行って、一緒に治療してもらおうと思ったのだ。
(………良く考えると、俺が呼んでくれば良いのか)
名案である。
軍服は着ていないが、一応、軍人である。
「俺、呼んでくる」
立ち上がる腕を、少年が掴んで止めた。
「……だ、だめだ…軍人はだめだ」
初めて少年が喋った。
掠れた、小さな声だったが、内容は十分に理解出来た。
ようするに、軍人が怖いのだ。
俺もそうだった。
この街に住む人達は友好的だが、大概、軍人は怖がられる。
組織に入ってしまえば気の良い人達だと理解出来るのだが、やはり外見は重要だ。
軍属として、ここは一肌脱ぐべきだろう。
「大丈夫。俺も軍人だから」
正確にはまだ予備軍なのだが、細かいことはなしである。
「!!」
両目を見開いて少年が驚く。
驚き過ぎだ。
急に目の白い部分が増え、少し怖かった。
「………ほ、本当に…軍人……なの、か?」
軍人らしくないという自覚はある。
体が出来ていないのが理由だと思うが、そればかりは時間を待ってもらうしかない。
「本当に軍人だ」
不安感を与えない為に、言い切った。
信じてくれただろうか?
「………………」
少年の顔色が更に悪くなった。
心配だ。
何気なく視線を落とすと、少年が抱きしめている物に気付いた。
鞄だった。
やたらと見覚えのある鞄だった。
俺が運んでいた鞄と。貰った鞄と。同じ、鞄。
(………流行か?)
それにしても良く似ている。
特に、この、擦れた時に入る、横一本の線とか。
「………………」
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………………………………。
あぁっ!!
「俺の鞄だ!!」
――気付いたら、大声で叫んでいた。