第32騒 長い一日の、人質になった時。
カラト視点、簡単経緯。
酒場についた。
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それらしい男に鞄を渡した。
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鞄を受け取った男が鞄を確認した。
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中身を見た男が激情した。
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なぜか、人質にされた。
膝で、捻られた手ごと背中に押し付けられる。
カウンターに乗っていない下半身は自由だ。
上半身が妙な具合で捻れていなければ、抵抗できたかも知れない。
「動くな!」
頭上から、鋭い制止の声。
声と共に手が伸び、髪を鷲掴みにされた。
根っこの皮膚が、抜かれる悲鳴を上げる。
顔が上がる。首が反る。
反った首に。
ナイフが当てられた。
(逃げるの無理)
果物ナイフよりも尖っていて、細く鋭い刃先。
うっかり動かすと、さっくり切れそうだ。
目だけを動かして周りを見渡した。
(誰か、助けれてくれそうな人は………)
俺がいるカウンターから、三メートルぐらい離れた先に、人垣ができていた。
円状に輪をつくり、俺達を見ている。
手の届く所に人がいない。ということは。
助けてくれる人がいない。ということだ。
(………参った)
荷物を受け取った男が警戒しているのは、アドルドのようだ。
アドルドは人垣の一番前。正面にいる。
すぐに動ける体勢だが、動くことを躊躇っている。
アドルドが動くと、多分、ナイフが動く。
「近寄るな。こいつを殺すぞ」
近寄るな。殺される。
(でも、なんでアドルド?)
鞄を持って来たのは俺だ。
書類を水浸しにしたのは、持ってきた人物だと思わないのだろうか。
(ぐぉ……内臓と関節が……)
上に乗っている男が警戒を強めた。
膝に、力が加わった。
捻られている腕と、膝で押さえつけられている部分は、内臓も含め、当然、痛い。
だがそれ以上に、捻りを加えられている体の部分が痛い。
骨とか筋肉とか内臓とか。
全部、ぜんぶ、捻られているのだ。
その部分が、痙攣を起こすぐらい痛い。
「お前が、狩人と繋がっていることは知っている」
男が喋る。
(男の話に集中しろ)
痛みから意識を逸らすんだ。
(狩人。アドルドは猟師と知り合いなのか?)
「一般人を囮にしたようだが、生憎だな」
うおぉ! 髪が抜ける!
痛くない! 痛くないぞっ!?
「お前が鞄を換えた所を、部下が目撃してる。今頃お仲間は袋叩きにされているだろうさ」
アドルドが鞄を換えた? いつ?
鞄は、俺がずっと持っていたのに。
アドルドは表情を変えず。
反撃する構えを、深くした。
「………この人数を相手にする気か?」
男の、楽しそうな、好戦的な口調。
十人ぐらいの足音が店の中で響いた。
仲間だろうか?
(………それにしても………)
耳、良くなったな、俺。
毎日地面に倒れてへばっているから、最近、本当に、耳が良くなった。
足音の聞き分けは、最近自慢の特技だ。
「そっちこそ良いのか。こんなところで密集して」
アドルドが初めて答えた。
好戦的な笑みを乗せて。
店に、緊迫した空気が漂った。
「………………」
「………………」
焦れるような、長い、一瞬。
男のナイフが、少しずつ肌に喰いついている。
思考が焦る。
(何か動きがあれば……)
逃げる算段なんてものは無い。場が動く一瞬を狙うしかない。
後方で、風がうねった。
近くのどこかで何かが割れ。
重石が、軽くなる。
(! いまだ!)
体の下に敷いていた左手を引き抜く。
首に当たっていたナイフを握った。
とうに痺れが切れ、感覚がなくなっていたのが救いだ。
捻られていた体を更に捻る。
上にいる男の体勢を崩し、拘束を解く。
勢いのまま、床下に転がり落ち。
カウンターの下に身を滑らせ。
「伏せろ!!」
言葉より早く、暴風が店を吹きぬけた。
嵐のような音と共に、閉まっていた店のドアが吹き飛ぶ。
兆階がどこかの壁に当たり、外れたドアが奥の壁に激突した。
騒然となる店内で。
ドスの効いた低い声が、良く響いた。
「全員、動くなよ」